玉座の白い鎧兵は動かない。
確かこれは城の防衛システムのはずだ。壊れているということは、防衛システムを越えてきた侵入者がいるということなのではないだろうか。冒険者とかならいいけども、魔物だとしたら不味いのでは。
イシュは鎧兵に近づいていく。
「……宣言通り、自壊していたか」
「イシュ……?」
イシュは小さな笑みを浮かべながら言った。
喜びのような前向きな笑みではない。物悲し気な、後ろ向きな笑みだった。
「自壊ってことは、暴走でもしたのか? コレ」
「いや、正常に動いていた結果だ。暴走ではない」
ローゲルさんの疑問に答えるイシュの顔にはもう笑みはない。無表情に戻っていた。
しかし暴走ではないのに自壊って……要するに自殺ということじゃないか。正常だと自殺するってなんだそれ。理解ができない。
「これは我だった物だ」
言ってる意味がよくわからない。
鎧兵はイシュだったというのは、比喩なのか。それとも言葉通りなのか。比喩なら比喩で何のかわからないし、直喩だとしたらイシュは複数いることになる。古代の力の限度がわからないから何とも言えない。
顔に疑問符でも浮かんでいたのだろう。
イシュは説明してくれた。
「この城を出る前の僅かな時ではあったが、我は同時に二人存在していたのだ。その片割れがこの侵入者排除用の警備アンドロイド、SSA-1の体にダウンロードされていた」
「双子……とかじゃないんですよね?」
「うむ」
同一人物が二人もいるわけがない、なんて常識はこの際捨てる。古代技術に今の常識は通用しないととっくに悟っているから。
それよりも、この鎧兵がイシュ……
なんで───
「どうしてこのイシュは……死んでるの?」
シウアンが私の気持ちを代弁してくれた。
自壊、つまり自殺。イシュは何で自殺したのか。同一人物が同ヵ所にいると、なんかこう、死んじゃうってなんかこう、ふわっと聞いたことあったりするけど。なんでだっけ。とにかくそれと関係があるのだろうか。
「この時代に存在する意味を見いだせなかったからだ。千年前の彼らはもうどこにもいない。哀れな魔物の解放はこの体の我が成す。城に残った我に役目はない。いつ再び狂うかわからぬ中、存在し続ける理由はない。ゆえに自壊を選んだ」
「……無責任な話だ」
ウーファンは責めるように言った。
「もう一人己がいるからなど関係なく、犠牲者を救うために動くべきだったはずだ。それをせず、逃げるように消えるなど……」
「命なき存在となっていたのだ。自身を動かす意義、それなしに在り続けることは難しい……この我は、惜しむことなく自壊を選んだはずだ」
「それが無責任だと言っているんだ」
「汝の言う通りかもしれぬな」
イシュとウーファンのやり取りをぼんやり見ながら、私はなんだか落ち着かなかった。
何か、重要なことを見落としている気がするのだ。それが何かよくわからないけども、胸騒ぎがひどい。
イシュは玉座に腰かけて動かない鎧兵、かつてイシュだったものを無理やりどけた。
どかされた鎧兵は抵抗することなく、操り糸の切れた人形のようにガシャンと音を立てて玉座の横に倒れた。
「少々待つがよい。この玉座の間に人数分ベッドを移動させる」
「まるで引っ越し作業だな。別にベッドのある部屋に案内してくれたらいいんだが」
「数分程度で移動が完了する。ここは城の制御室でもあるのだ」
玉座の前に青く透けた光の板が出てきてイシュが何やら弄っている。
私は倒れた鎧兵をじっと見ていた。
胸には穴が開いており、穴は完全に貫通している。細長い何かで溶かされたのだろうか。周囲にヒビが入ることなく綺麗に貫通していた。
その両手にはそれぞれ細長い筒状のものを握っている。
観察している私に気づいたのか、イシュが説明してくれた。
「SSA-1は両手に光刃……高熱の剣を用いて白兵戦を行う機兵。その柄は戦闘時に緋色の刃を生み出す。その刃をもって、胸部のコアを自ら貫いたのだろう」
「やっぱり自殺なんですね……」
「自壊だ」
胸、というか胴体以外に攻撃を受けた部分はない。
争った様子もないし、遺書のようなものもない。遺す相手がいないと判断したからか、何のこだわりもなかったからか。
それ以上観察しても何もわからなかった。
やがてイシュが言ってた通り、玉座の間にベッドが人数分地面から出てきた。床がパカっと開いてベッドが出てきた。
「体を休めた後、禁忌ノ森へと向かう。目標は二体。ジャガーノートも連れていくが……」
「戦力として扱うかはウーファンの判断待ち、でひとまず納得してくれよ」
「承知……」
ということは、明日は六人とジャガーノートの大所帯。
たとえ戦力ではなく即座に解放すると決めたとしても、禁忌ノ森の脅威度がわかるまでは同行というわけだ。
「うわ……ばいんばいん……」
とにかくベッドに横になろうと飛び込むと、すごい弾力がある。床から生えたベッドなのに高級感溢れるものだ。思わず出た感想が自分ながら酷いこと酷いこと。
「あれ? イシュは寝ないの?」
みんなが横になる中、シウアンが玉座に腰かけているイシュに言った。ベッドは一応イシュの分も出ているみたいだし、イシュも横になるものだと私も思っていた。
「我に睡眠は不要だ。気にせず眠るがよい」
「せっかくベッドがあるのに……」
イシュはまた、青い透き通った板を弄り始めた。あれは何か操作しているってことだろうか。
城のこととなると本当にわからない。手伝えることもないし、むしろ本番は禁忌ノ森っぽいのだ。ならば本番に備えて今は休むこと。それが一番の手伝いだ。
そんな理論武装を整えて、私は眠りについた。
禁忌ノ森。
そこは天ノ磐座の周囲に浮かぶ島に点在する森。イシュが制御できない魔物の……いわば物置小屋のようなもの。廃棄することもできず、利用することもできず、扱いに困った魔物たちを押しやる一角。
禁忌ノ森とは具体的にどんな場所なのか、出発前に玉座の間で説明を受けた感想が今のだ。だいたいみんなも同じような感想だったと思う。
だけど、実際に足を踏み入れた感想は、大きく二つに別れた。
「なんとも……穏やかな場所よ」
「そうだな。禁忌ってつくほどだから、もっとおどろおどろしい場所を想像してたんだけどな」
キバガミさんとローゲルさんは広がる緑の草原と青空に、拍子抜けしたような顔で感想を述べた。
「ここ……いやかも……」
「ああ、不気味な場所だ。いや……狂っている……」
シウアンとウーファンは広がる景色から異常を感じていた。気をしっかり持つためにとばかりに二人の表情は険しい。
全く違う感想が出たことによって、ローゲルさんが尋ねた。
「危険な気が近いとかか?」
「そうではない。確かに歪な気が多いが、この森は狂気的だ」
「拙者にはのどかな景色にしか見えぬが……」
のどかな景色だと私も思う。そしてどうしようもないほどに、不安な場所だとも思う。
なんで不安になるのか、上手く説明ができない。見える景色が信じられない。何かが引っかかる。何かが不安にさせる。何かが正気を失わせる。
「城は雷雲の中にあった。そしてこの森は城の周囲に浮かぶ島。だというのに、この穏やかな天気はなんだ。それに……風は吹いているにも関わらず、雲は動かない。空模様に変化がない……。歪な生命を押し込め、まがい物の空を造り、さも楽園のように姿を晒すこの森は……とてものどかに感じれない……」
ああ、そうか。ウーファンの説明を受けて納得がいった。
表面だけは綺麗なんだ、ここは。きっと何も知らなければ、表面だけを堪能して満足できた。だけど私たちはすでに知っている。ここには魔物にされた悲しい生物がいることを。望んで棲みだしたわけでもないのに、押しやられた存在がいることを。そのどれもが狂気が生んだ存在だということを。
綺麗な表面を剥がせば裏には歪みきった地獄が潜んでいるのだ。天国に見える薄皮で包まれた地獄だ。
「汝の言う通り、この森の空はまがい物。空に見えるそれは壁に映されただけの、いわば絵だ。世界樹内部の管理が済む前に、我を信じた彼らのために急造した楽園。それを制御不能な魔物を押し込める場所として再利用しているのだ」
千年前の人たちのための、楽園のつもりで造った場所。だけど楽園になることができなかった場所。
天ノ磐座も、それより下の四季の階層も、そしてここも。
全部千年前の人たちのために用意した場所。こんなにも尽してくれたイシュを、千年前の人たちは置いていった……
イシュが狂っていた。だけどそれと同様に、千年前の人たちも狂っていたんじゃないか。そうでも思わないと、どこまでも軽蔑してしまいそうだ。
造られた森の中、心中穏やかになれそうになかった。
禁忌ノ森の奥深く、霧が立ち込める場所に目的の魔物がいた。その名はヘカトンケイル。
青と薄紫の肌、つぎはぎで乱雑に繋げられたいくつもの巨腕。体中には杭が打たれ、逆さを向いた顔には大きな口が開いていた。とても人間に見えない。腕や足こそ人間のものと同じ形だけど、そのひとつひとつのサイズは大人の身の丈を軽々と越える。だけどこのヘカトンケイルも、人間が混ぜられたもの。
全体的な大きさだけを見れば、ジャガーノートと同じぐらいにも見える。だけど感じる印象は全然違う。ジャガーノートが闘争心の塊なら、このヘカトンケイルは怨念の塊。
「ウーファ……大丈夫?」
実際の脅威度としてはどれほどのものか、ウーファンに聞こうとしたけどあまりにも顔色が悪い。だけど仕方がないことか。ジャガーノートよりも酷い目にあっていると、見ただけでわかる存在。気を感知する彼女には悍ましすぎるのだろう。
「……単純な強さで言うなら、ジャガーノートより悍ましく、強力だ」
「となると、ジャガーノートには悪いが力を貸してもらうしかないな」
「……ムゥ」
キバガミさんは悔しそうだ。だけどごねる様子はない。
「ヘカトンケイルは力任せの狩りしかできない。もう一体の魔、始原の幼子に比べれば危険性は低い方だ」
「その情報、あまり嬉しくないんですが……」
要するにヘカトンケイルよりもっとヤバイ奴がいると。パワーバランスはどうなっているんだ。
というかそれならジャガーノートにはその幼子って相手と戦う時もいてもらわないとってことでは。
「期待はしてないが、弱点とかそういうのってないのか?」
「……」
「ないのか……」
「……ヘカトンケイルの体は所々腐乱しているはずだ。魔物に利用された死体の中でもかなり古い」
腐乱していると言うけども、やたら馬鹿デカい棍棒を平然と持ち歩いているけども……腐っていたら持ちあげることすらできず崩れていそうなもんだ。いや、常識で考えちゃダメか。ヘカトンケイルの体は人間と、世界樹を利用して造られたものなんだから。
「かなり古い……ということは、大昔の冒険者の死体か。長き時をあのような姿で……」
キバガミさんの言葉は憐憫が多く含まれていた。あの姿になってもなお、人間としての記憶や意思が残っていたらそれは残酷なことだ。残っていたとしても、すぐに正気を失ってしまうだろう。
「冒険者の死体ではない。千年前の罪人だ」
「罪人?」
「うむ。世界樹に人間が入り込むようになったのはここ最近。それ以前もごくまれに迷い込むことがあったが優れた肉体を持つ者は少なかった」
千年前の罪人……いったいどれほどの罪を犯せばあんな姿にされてしまうのか。
こんなことを思うのは酷いだろうけども、ちょっとだけ安心した。なんの罪もない人たちだった場合、あんまりな話だからだ。その罪人がこの報いを受けるのは当然、なんて考えはないけど。やり過ぎだと考えるけども。それでも何らかの責められる人たちということなら、少しだけ安心だ。
だけどその安心感も、すぐに無くなる。
「ゆえに、人間の肉体を使うには罪人から選ばれた。だが……咎められるほどの罪ではない者や、何の証拠もなかった者ばかりではあったが……」
「それって……罪人に、仕立てられた人たちってこと……?」
恐る恐ると言った具合にシウアンが確認した。
今のイシュの言葉は、そういうことなのだろう。イシュは以前、禁忌ノ森の魔物は恨みが強いと言っていた。
イシュはシウアンからの質問に、何も返さなかった。
ヘカトンケイルとの戦いは、ジャガーノートの対応に追われている隙に手足を削いでいく作戦で挑んだ。
ヘカトンケイルはイシュの姿を見た時、その口からは怨嗟のような慟哭が漏れた。人の意思がなくなってもなお、恨みと悲しみが込められた泣き声はこの場に立つこともつらく思わせる揺さぶりをかけてくる。
無数の腕で地面を揺らし反撃を試みる魔物をジャガーノートの突進が妨害し、炎で魔物の皮膚を焼き、腐りかけの筋肉を剣で斬り、金棒で潰し、砲剣で爆ぜ、体勢を整えようとしたところを方陣が絡めとる。
禁忌ノ森の魔物には何もさせない。させてはいけない。これは試合ではないし、冒険による単なる命の取りあいでもない。負ければ誰も救われない。だから絶対に負けてはいけない。
ヘカトンケイルの怨念、恨みを私たちは徹底的に無視して彼を地に伏せさせた。
ヘカトンケイルも解放され、これで残り二体。うち一体はジャガーノート。
そしてもう一体は、最も危険視されている存在。始原の幼子。
ジャガーノートは制御下だから、このハイ・ラガードの世界樹における最後の戦いは始原の幼子だ。
つまりはあともうひと踏ん張り。
Q.へカトン戦までもカットだなんて、いくらなんでもカットしすぎなのでは?
A.ごめん。諸事情により……カットしないと不自然だと思ったのデス。詳しい理由は次回の後書きに。
でもジャガーノートが味方の状態での戦闘描写をしたいなーとは思ってたんですよ。本当ですよ。でも泣く泣く……
それはそうと禁忌ノ森の不気味さは個人的にすごい好きです。気が狂いそうになる。
4の暗黒ノ殿は思いっきりホラー空間ですけど、2の禁忌はじわじわとSAN値を削る空間だと思ってます。
3はじわじわというよりガッツリ削る空間。1はまあ不気味な感じ。
あくまで個人の感想です。