世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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77.千年の時を越えた岐路

 

 

 

 

 

 禁忌ノ森。その最奥。

 

 始原の幼子、全てを終わらせる者と呼ばれた魔物がいた場所。

 言葉こそ話せるが、会話をすることができず、ただただ苛烈な攻撃を持って襲って来た魔物の姿はもうない。頭部を剣で貫かれ、完全に動きが止まったところをシウアンの働きかけで世界樹から切り離された。そして死体も残ることなく光の粒子となって消えていったのだ。

 

 同時に最後まで戦い、力尽きたジャガーノートも世界樹から解放する。最後まで利用する形になってしまったけど、負けてはダメな戦いだったから。

 

「これで、ようやく終わったか……」

「うむ。造られた魔物はすべて完全に死んだ。蘇ることはない」

 

 膝をつくウーファンの言葉にイシュが同意する。

 世界樹の一部ということもあって魔物自体はまだ存在するけども、過去のイシュによって弄ばれた命は解放された。もう永遠の命に苦しむ存在はいない。

 

「今度は世界樹を下るのか……今回もハードな旅だったな……」

「だが意義のあるものだった。囚われ続けていた魂が解放されたのだからな」

「まぁね。イシュ、城でもう一泊させてくれないか? 街までこのまま降りるのはさすがに厳しい」

 

 特別な魔物はいなくなったとはいえ、危険な魔物はまだまだ存在する。満身創痍な状態だとあっさり死にかねないし、私もイシュの城で一度休憩をとるつもり気でいた。

 

 しかしイシュの返答は、

 

「……降りるのであれば、樹海地軸を使えば瞬時に可能だ」

 

 泊めることを了承せず、降りることの提案。

 登りでは魔物とすれ違う可能性を考慮して使わなかったけど、確かにそれさえあればあっという間だ。

 

「宿代は節約したいんだが……」

「辺境伯から受け取った金があるだろう」

「まぁそうだけどな……」

 

 まあ、ハイ・ラガードの宿を堪能するのもいいか。せっかくの異国なんだし。

 

「樹海地軸……私使ったことないけど、お城に入るときの柱みたいなやつであってる?」

「その通りだシウアン。色合いこそ違うが使用感は似たようなものだ」

 

 そういえばこのメンバーの中でシウアンだけが樹海地軸を知らないのか。私も使ったのは煌天破ノ都での時だけだけども。

 

「汝らを地軸の場所まで送ろう」

「ってことは、イシュとはそこでいったんお別れですか?」

「我は城に残る。あの者たちの解放が叶ったのだ。大地に降りる理由がない」

「引きこもり……」

 

 そんな軽口もどうでもいいとばかりにイシュは移動を開始した。

 禁忌ノ森からいよいよおさらばである。

 

 一番近い樹海地軸は天ノ磐座にあるそうで、このパーティで行動するのはこれが最後になるかもしれない。

 イシュは城に残り、私たちはタルシスへ戻る。

 タルシスに戻っても、ローゲルさんは冒険者として活動するが、ウーファンとシウアンはウロビトの里に戻るだろう。キバガミさんもイクサビトの里に戻る。

 

 こうして一緒に旅をすることは、もうほとんどないと思っていい。

 

 禁忌ノ森を降り、天ノ磐座内の玉座の間を通り抜ける。

 玉座の間には壊れた白い鎧兵のみ。使ったベッドが無くなっているのは、再び床の中に収納されたんだろう。

 

 ……やっぱりあの白い鎧兵が、何か引っかかる。

 

「イシュ」

「なんだ。この城でなくとも、麓の街には今の時代の宿がある。今後休むのであれば、今の時代の施設を使うべきだ」

「いえ、そうじゃなくてですね」

 

 かつてのイシュだったという白い鎧兵を指さして、だけど上手く引っかかっている部分が言葉にできずにいた。

 

「あの……えっとあれ、あれがなんだか気になって……」

「以前の我だ。何も気になる点はないはずだが」

「なんだか引っかかるんですよ……」

 

 うーん。

 足を止めているためか、ローゲルさんたちも話に加わってきた。

 

「実は自壊じゃなくて侵入者にやられた可能性があるとかかい? ここにも一応冒険者の手が伸びているみたいだしな」

「そうなの?」

「ああ、時折物陰に焚火跡があったよ。太古の時代のものにしてはチグハグだしな」

 

 防衛システムを突破できる実力をもつ冒険者……そんなに多いとは思わないけど、いないとは言いきれない。実際全盛期のイシュを倒したのは冒険者なのだし。

 

「侵入者自体はいただろう。だがこれは間違いなく自壊だ」

「断言できるものなのか?」

「うむ。光刃で自身を貫いていることもあるが、この玉座の間の開閉は我がタルシスへ旅立ち、そして今回帰還するまでの間に一度もない」

「戸締りができてたんですか」

「途端に世俗的な話に変わったな……」

 

 私の言葉は微妙な反応を返された。

 

「実際この玉座の間は、認証を受けた者がいなくては開閉されぬように設定されているままだ。戸締りができていると言う表現は正しいだろう」

 

 私の感覚は古代でも通じると証明された瞬間である。

 それよりも認証という単語が出てきた。煌天破の時の門を思いだす言葉だ。

 

「今回の場合、その認証と言うのはイシュ殿を示すのであろうか?」

「うむ。城の主である我、そして我が許可した者だけだ。よって、一介の冒険者では玉座の間に入ることはできぬ」

 

 イシュの許可なく入れないということは、やっぱりあのイシュは自殺……理由は自身の役割が無くなったから、だっけ。

 

「ってことは、今回俺たちが入れたのは許可をもらえてたからってことか」

「汝らは我の同行者だったから入れただけだ。許可した覚えはない」

「こいつはいつも……」

 

 ローゲルさんとイシュがいつものように口喧嘩しそうになっているが、今聞き逃せない点があった。

 

「え、じゃあ私も許可がないってことですよね?」

「うむ」

「それはちょっと困ります。私はタルシスに戻りますけど、たまにはここに遊びに来ようかと思ってるんで!」

「遊びに来るような場所なのか……?」

 

 イシュを訪ねに、つまり友人を訪ねにって感じだから遊びに来るで合ってるはずだ。そんな細かい表現についてはどうでもいい。とにかく私は許可がほしい。

 

「この城は遊戯施設ではない」

「いや、遊びにっていうかイシュを訪ねに来る予定なんで!」

 

 細かい表現は重要だったようだ。人の城をなんだと思っているんだと言わんばかりに窘められた。

 

「我を訪ねに? 何を考えているのだ」

「いいじゃないですか。一緒に旅してきたんですし、たまには会いに行こうってなるかもじゃないですか!」

 

 仕方ないなあ、みたいなニュアンスでもいいから許可が欲しい。

 っていうか私の発言って別に変なところなくない? 何を考えているとか言われるほどではないのでは。

 

「アルメリア殿の言う通りだ。共に戦った仲間を訪ねることはなんら不思議ではないと拙者は考える。どうだ、イシュ殿。拙者らに、お主の玉座に入る許可を与えてはくれぬだろうか?」

 

 キバガミさんいい援護。キバガミさんの常識人ポイントさらにアップだ。

 

「……ならん。我が城の、ましてや玉座の間だ。何人も許可を出すわけにはいかぬ」

「頭の固いやつだな」

「ウーファン、汝にそのようなことを言われるとはな」

「なっ!?」

 

 キバガミさんの援護射撃でもイシュは折れてくれないとは。

 なんだかウーファンが騒ぐ予感がするが無視だ。

 

「私のどこが頭の固いというのだ!」

「しかし…………アルメリア、汝にのみ許可を出そう」

「おい! 聞け!」

「ほんとですか!」

「だが、その許しも一度だ。一度だけ、玉座の間に入る許可を出す。それと、今回のような同行者は認めぬ。訪れる日時は汝が好きに決めるがよい。無論、訪れずともよい」

 

 一度だけ……

 ケチくさいこと言わずに何度も許可してほしいけど、これ以上は折れてくれないだろうきっと。

 

「同行者を認めないというのは、少々酷ではないか? 玉座の間の前まで行くのも危険であろうに」

「樹海地軸で天ノ磐座まで瞬時に移動が可能だ。防衛システムも許可を受けた者には働かぬ」

「それなら危険は少ないか……」

 

 何故かウーファンをなだめているシウアンの姿が目に入ったが、まあいい。その一度の許可で、次の許可ももらえるようにごねよう。もしくは城から連れ出そう。

 

 

 

 結局、壊れた白い鎧兵の何に引っかかっていたのか。その時はわからず仕舞いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏の階層にすでに設定してある。触れれば世界樹の一階に着く」

 

 天ノ磐座の樹海地軸前で、イシュはそう言って去って行った。見送りはこれで終了らしい。

 なんというか、もうちょっとこう、何かあってもいいのではないだろうか。ここまで送ってくれたのなら最後まで見送ってほしいところ。

 

「最後までマイペースなやつだなあいつは……」

「まったくだ……」

「でもイシュらしいと思うよ」

 

 イシュの行動にそれぞれ感想を漏らす。

 

「イシュ殿と次に会えるのはアルメリア殿だけだな」

「私だけが許可をもらいましたしね」

「あんな奴と会いたがるやつは貴様ぐらいだろうがな」

 

 ウーファンうるさい。

 

 とにかくこれで樹海地軸に触れれば、ハイ・ラガードの世界樹としばらくさよならである。

 だいたいイシュの案内のおかげでスイスイ登れたけど、もう一度登るのは苦労しそうだ。いや、次は樹海地軸を使えばいいのか。触れたら一瞬で移動できるんだし、今回よりも簡単そう。

 

 ハイ・ラガードに降りたら、すぐに馬車の手配をしてもらってタルシスに一度戻ろう。馬車代は辺境伯からもらってるし、あ、でもお土産とか一応いるかな。せっかく遠い国に来てるんだし、お世話になった人たちへのお土産を探してから……ううん、考え出すとやることがいっぱいある。

 イシュはそういうことが嫌で城に残ったとか? それはないか。嫌ならやらなければいい、とか言いそうだしね。

 だけど私は常識人。だからやるべきことはちゃんとやるのだ。イシュとは違うのです。

 

 そういえば、イシュはこの後どうするつもりなんだろ。

 イシュの千年前の目的、信じてついてきた彼らはもういない。代わりにできた別の目的、魔物にされた人たちの解放は果たせた。

 特に城に残る理由なんてないんじゃないだろうか。だってもうイシュの目的は果たされ──────

 

 

『命なき存在となっていたのだ。自身を動かす意義、それなしに在り続けることは難しい……この我は、惜しむことなく自壊を選んだはずだ』

 

 

 ──────あ。

 

 自然と、イシュの、玉座の間で言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。壊れた白い鎧兵を前に、放った言葉だ。

 他人事のように言っていたけども、イシュだって命なき存在だ。自身を動かす意義がなければ、在り続けることは難しい……?

 

 

『城に残った我に役目はない。いつ再び狂うかわからぬ中、存在し続ける理由はない。ゆえに自壊を選んだ』

 

 

 イシュは、目的を果たした。役目を果たした。

 機械という体は人と全然違う。千年も存在し続けたのだ。この先も、長い時間存在し続けることができるだろう。その長い時の中、再び狂う可能性がないとは断言できない。

 もしも、イシュがそう考えたとしたら……いや、あの人はそう考える。考えてしまっている。

 

 

 じゃあ、城に残ったあの人が行うことは──────自殺、自壊。

 

 

「アルメリア?」

 

 すでにローゲルさんとキバガミさんは地軸に触れて降りたようだ。

 残っているのはウーファンとシウアン、私。そして急に黙って動かなくなった私をシウアンが気にしていた。

 

 今から走っても、玉座の間にイシュが戻る前に追いつくことは難しい。防衛システムが起動している。扉の前まで行くのにより時間が掛かってしまう。

 惜しむことなく自壊を選ぶ相手だ。ほんの数秒が手遅れになる。それなら───

 

「ごめん、忘れ物!」

「え!?」

「先に降りてて! 大事な忘れ物があるから!」

「アルメリア!?」

 

 私ひとりで向かう。防衛システムも私ひとりなら反応しない。扉も私ひとりなら一度だけ開いてくれる。許可をくれた一度、それを使うタイミングは私が好きにしていいという話なんだ。それなら今使う。

 

 あの人を取り残すわけにはいかない。

 今動かなければ、千年前の出来事を繰り返すだけになってしまう。

 

 全力で足を動かしながら、脳裏に浮かぶは炎の中で叫んだ記憶。

 

 

『気づいたときにはひとり城に取り残して……なんで誰も、あの人と一緒に降りようとしなかったんですか!! 無理やりにでも引っ張ってあげればよかったのに! 手を振り払われても、何度もその手を掴んであげたらよかったのに! なんで!!』

 

 

 かつてローゲルさんに向かって叫んだ自身の言葉。

 あの時は怒りのあまり、勢いで叫んだ言葉だ。勢いで言ったけども、本心だった。心の底から思った言葉だった。

 

 今、イシュはひとり城に残ろうとしている。

 タルシスの人たちが、今の時代の人たちが差し伸べた手を振り払って、城で消えようとしている。

 

 消えるなんて許すものか。無理やりにでも引っ張りだす。

 何度手を振り払われようとも、私は何度も何度も掴んでみせる。たとえそれがイシュの意思を無視するものであっても、そんな結末認めてたまるものか。

 

 あの時言った言葉を嘘にしないためにも。

 

 私の嫌いな人たちと同じにならないためにも。

 

 

 

 

 私は、千年前の人たちとは違うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天ノ磐座の赤い扉、玉座への扉の前まで走る。

 すると、扉に触れずとも自然と開いていった。

 

 部屋の中央、玉座にはイシュが腰かけていた。ただ座っているだけで、特に自害をしようとしてはいない。

 

 

 ──────良かった。間に合った。

 

 

「アルメリア……何をしにきたのだ」

 

 

 イシュの問いかけに答えたいところだけど、ちょっとごめん。息を整えさせてほしい。全力疾走してたから本気でしんどい。

 

「何故、ここに来た」

「いやな、予感が、して……」

 

 全然息が整わない。やっぱり体力勝負な前衛職は私には向いてなさそうだ。いいけども。

 でも旅を始める前に比べたら、かなり体力がついたと思っている。

 

「嫌な予感?」

「イシュが、自殺する、気がして……」

 

 これがただの私の早とちりなら、それはそれで別にいい。

 私がこれからすることに変化はあまりない。早とちりであっても、ひとり城に残すつもりはない。

 

「……」

「イシュ?」

 

 イシュは答えない。

 思えば、ここ最近答えないことが多くなっていた。答えたくない質問には、無言でいるようになっていた。

 ということは、

 

 

「……やっぱり自殺するつもり、だったんですね」

 

「…………自殺とは異なる。我の場合、自壊だ」

 

「同じじゃないですか……」

 

「全く違うものだ」

 

 

 早とちりではなかったけど、こんな予想合ってても嬉しくない。

 

 

「まさか汝が、これほど早く玉座の間に来るとは予想できなかった。まったく、珍奇なことばかりする……」

 

「イシュに言われたくない……」

 

 

 珍奇って、自分のことを棚上げするの、よくない。

 

 幸いというべきか、今のところイシュは会話をするつもりがあるようだ。最悪なのは、私がいようといまいと関係なく自殺を図ること。説得の余地なく実行に移されたら妨害は困難だ。

 

 

「だが……我が存在するうちにこうして来たのであれば、メッセージを残す必要はないか」

 

「メッセージ?」

 

「汝が再び城に訪れた時、汝宛てに手紙のようなものを残そうとしていたのだが……言葉をまとめている間にやって来るとはな」

 

 

 メッセージの意味はわかるよ。言い換えなくても大丈夫だよ。

 でもまさか置手紙を用意しようとしていたとは。だけどそんなもの不要だ。

 

 

「メッセージなんて、必要ないですよ。だから一緒にタルシスに戻りましょう」

 

「確かに必要なくなった。今ここで、汝に直接言えばいいだけの話」

 

「聞いた後、一緒にタルシスに戻るって言うのならそれでもいいです」

 

 

 私の要望に対して、面倒臭そうにため息をつかれた。

 

 

「我はタルシスに行かぬ。タルシスは我の住まう場所ではない。ここが、この天ノ磐座が……地上から逃げた、最後に残った我らの城。最後に残った、我らの居場所。ここで我は最期を迎えるべきなのだ」

 

 

 イシュは目を閉じながら、今私と話しているはずなのに、過去を想いながら言葉を紡いでいるようだった。

 

 どこまでも、過去にしがみついている。

 

 

「タルシスは、他種族であろうと受け入れていたじゃないですか。一緒に旅していた最中、何度も見てたじゃないですか……」

 

「アルメリア、汝との旅は有意義なものだった。始めこそ、目的のための手段と考え守っていたが……いつの間にか新たな時代を想い、未来のために存分に戦った」

 

 

 何を勝手にまとめに入っているんだ、こいつは。

 まだ私との会話は続いているのに、何を勝手に終わらせようとしているんだ。

 

 

「だが我は過去の存在。未来にあってはならぬ過ち。ならば、この城で最期を迎えるべきだ」

 

 

 過去の存在?

 私が話している相手は過去ではない。今のイシュだ。現在進行形で、勝手に締めに掛かっている今の、イシュだ。過去の人物ではない。

 

 

「勝手に話を終わらせようとしないでください。私はイシュをタルシスに連れ戻します。この城に残す気はありません」

 

「……アルメリア、汝は共に旅したという点を注視しすぎるあまり、寄せるべきではない情を抱いている。我は存在してはならぬ異物。この先の汝の人生に、関与してはならぬ存在だ。奇人ではあるが、愚者ではない汝ならわかるはずだ」

 

「わかりません」

 

「汝の体に呪いはもうない。今後、汝は多くの者と出会い、そして多くの者と別れることとなる」

 

「イシュとも、そのうちの一つと言いたいんですか」

 

「そうだ」

 

「そんなの───!」

 

 

 いやだ、という前に、イシュが言葉をかぶせてきた。

 それは私の反応を予想していたかのような、先回りした言葉だった。

 

 

「別れを惜しんではならぬ。それを惜しむあまり、我は大きな間違いを犯した。別れを惜しまずに、共に過ごせる時を大切にせよ」

 

 

 なんて、らしくない言葉なのだ。似合わなさすぎる。

 言葉の内容も、その穏やかな表情も、何もかも似合わない。

 

 共に過ごせる時を大切に? それなら別れの前にその時を一緒に過ごさせろ。あんなドタバタな旅じゃその時間がなかったんだ。今から作るべきだ。

 

 

「……何度も言っています。私はイシュをタルシスに連れて帰ります」

 

 

 またため息。

 まるで聞き分けのない子供を相手にしているかのような反応。

 

 

「汝は知ったはずだ。我の所業を、我の大罪を。過去の時代の人々を救わんと動き……結果、この時代に災いを齎す悪魔。人を魔物に変え、魔物に人を襲わせ、また新たに魔物を造りだす……到底、許されることではない」

 

「だけどもう、みんな解放されました」

 

「だが我が存在し続ければ、また同じことを繰り返しかねない。我が再び狂う日がいつ訪れるともわからぬ」

 

 

 だから、今で終わろうとするのか。

 過去を悔やみ、未来を恐れて、今を終わらせようというのか。

 

 あれほど自分の行動を省みなかった人なのに。人の死をなんとも思わなかったのに。今はそう思えなくなったのか。それは本来喜ばしいはずなのに、そういった倫理観がイシュの中に生まれ、それがイシュを責め立てる。過去の罪はなかったことにできない、と。

 

 だけど未来は確定ではない。不確定なものだ。それを恐れて、終わらせるなんてさせない。

 

 イシュの恐れる未来なんて、壊してやる。

 

 

「繰り返させません。私が、絶対に」

 

「……何を言っている」

 

「イシュが再び狂い、同じことを繰り返させたりはしないって言ったんです」

 

「口ではなんとでも言えよう」

 

 

 イシュは出任せとでも思っているようだけど、具体的な方法はある。あるにはあるけど、それは酷く単純な方法。単純だからこそ、難しいかもしれないけども。それに、少し歪だ。

 歪だけども、繰り返させない方法があるのなら今で終わらせたりはしない。

 

 

「出任せでも、勢いで言ったわけでもないです。まぁ少しは勢いもありますけど……とにかく! 絶対に繰り返させません!」

 

「勢いでしかないな。仮に止めれるとしても、我が存在し続けていい理由にはならぬ。汝も知っているだろう。エスバットというギルドを。我の罪を深く憎むのはあの者たちだけでは留まらぬ。ならば我は罰を受けねばならぬ」

 

「エスバットの人たちだって罪を犯してます。でも償うために彼らは生きてます」

 

「あの者たちと我では重みが違う」

 

 

 イシュとエスバット、何が違うって言うんだ。

 彼らは旅先で人助けをして償おうとしている。

 イシュだってタルシスで、大勢を助けたはずだ。巨人との戦いで、竜の足止めをしてくれた。それだけじゃない。そもそもイシュがいなければ未だに碧照で躓いているかもしれない。あの時の帝国の計画を止めれなかったかもしれない。

 その時は助けるなんて考えがなかったのかもしれない。だけど多くの人を助けたのは事実だ。それでも償いきれないものを、死んだらできるというのか。

 

 

「じゃあ消えたらイシュの罪は償いきれるって言うんですか」

 

「不可能だ。だが、繰り返さないために、我は消えなくてはならぬ」

 

 

 消えなくては、ではなくて消えたいだけじゃないのか。

 

 玉座の間の鎧兵のイシュのように、無責任に逃げたいだけじゃないのか。狂う前にと言いながら、本当は怒られるのが怖くて、責められるのが辛くて逃げたいんじゃないのか。

 

 そうであろうと、そうでなかろうと、もういい。強引にでも生かしてやる。そうしないと私は、ベオウルフさんの死を嘆いていたあの兵士のように後悔する。

 

 狂うのがこわいという建前があるのなら、狂わせない。

 

 

「だから、イシュが狂ったら私が止めます! 力づくでも!」

 

「……それが無理だというのだ。汝の力で我を止めれるはずがない」

 

「止めます!」

 

 

 またため息。呆れたようなため息ばかりだ。

 できるはずがないと考えているのか、それともそもそも根本的にズレてたりするのだろうか。

 

 

「我は汝と違う体だ。汝が天寿を全うしようと、我は存在し続ける。汝がいなくなった後、狂った際はどうするつもりだ。汝の子孫に、狂気の我を止める大役を任せるとでも言うのか」

 

「だったら、私が死ぬ前にイシュを殺します。イシュが狂う前に、イシュを殺します」

 

「───」

 

 

 目が点になる、というのはこういう表情を言うのだろうか。

 

 だけどそれしかないじゃないか。そもそも、以前狂ったイシュが正常に戻ったのはよくわからない古代の技術のおかげらしい。私にそんな技術はない。だから私が現役の際、イシュが狂って力づくで止めたとしても、正気に戻らなければ殺す気だ。物騒だとは自覚している。

 

 

「……どれほど勝手な話をしているのだ、汝は」

 

「イシュほどじゃないと思います」

 

「以前、汝にそれを期待したことがある。だが汝は我の問いかけに言い淀んだ」

 

「あの時はあの時、今は今です」

 

 

 あなたを殺して私も死ぬみたいなドロドロの愛憎劇みたいな異常発想だけども、狂う未来を恐れているのなら、そんな異常性で止めてあげたらいい。

 

 これでも納得できないのなら、もう話はおしまいだ。無理やり引きずってでも連れて帰ってやる。

 

 

「……いいだろう」

 

「! ほんとですか!」

 

 

 引きずって帰る前運動というわけじゃないけど、手をグーパーしてたら了承の返事。

 

 だけど少し奇妙だ。

 イシュは玉座から立ち上がり、そして、剣を抜いた。

 

 

「だが、その言葉が本当に実現可能かどうか、我に証明できればの話」

 

「え」

 

「狂いし我は汝に手心を加えることなどないだろう。ならば汝は、我の全力をも越える力がなくてはならぬ」

 

 

 本当にイシュを止めれるのか、殺せるのか、それをするだけの力を示せと。

 

 つまり、力試し。それも全力のイシュ相手に。

 

 

「この我、天の支配者と戦うか、自身の力量を省みて引き返すか、選ぶがいい。だが仮に戦うとすれば、我は汝の命を奪うことに躊躇しないことを宣言しよう。汝が我を止めれぬのであれば、我はこの時代から去るだけなのだから。汝は無謀にも我に挑み、死を選ぶか……それとも言葉を撤回し、生きながらえるか、良く考えて選ぶのだ」

 

 

 剣を構えながら、イシュは選択肢を突き付けてきた。

 

 しかしあんまりな選択肢だ。どちらを選ぶにせよ、自殺すると言っているようなものじゃないか。

 

「わかりました」

 

 だから私は、短剣を構えて選んだ答えを言った。

 

 

 

「イシュをタルシスに連れ戻すことを選びます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


始原の幼子すらカットなこのお話。
幼子戦カットの理由はあれです。描写がほとんどわっかんないですあの子。下手に描写するとすごい弱そうになるんですよ。
そして幼子戦をカットするならヘカトン戦も道連れです。だってヘカトン描写しまくって次の幼子をカットはおかしい気がして……

というわけで、次回ラスボス、オーバーロード戦です。
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