世界樹と巨神と上帝と   作:横電池

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79.決戦 イシュ

 

 

 

 

 さっきまでの技とは違う、なりふり構わない攻撃が幾度も迫る。折れた剣が、拳が、脚が、何度も体を掠めていく。

 

 天の支配者の技にこだわりを捨てて襲いかかってくる。

 動きがシンプルになり、大振りが控えめになった。そう考えると脅威に感じるけども……もともとイシュは戦う立場の人間じゃなかったのだろう。あまりにも動きが単純だ。

 

「おのれ! おのれぇ!!」

 

 単純だからこそ、予測しやすい。というか避けられるという先読みが一切ない。だから動き続けていれば問題ない。といっても、こちらの体力が続く限りではあるけども。

 

「ほやっ!」

「つまらぬ小細工を!!」

 

 火球を顔にぶつける。時間稼ぎと考えたけども、動きがより激しくなっただけだった。

 避けることを一切しないのは、怒りでいっぱいだからなのか、それとも却火の印術じゃないからなのか。両方だろうなきっと。

 

 しかし余裕ぶることがなくなったせいで、基本的に距離を詰めてくるから却火が準備できない。

 

 そして結構余裕ある感じに考えれているけど、イシュの溶かされた腕が少しずつ修復されている。片腕だから凌げているけど両腕になればさすがにまずい。

 一撃でももらったらこちらはアウトなのだ。身体能力だって負けている。無理やり掴まれるだけでも敗北決定だ。

 

 

「いい加減気づいているんじゃないですか!? 千年前の人たちはイシュを見捨てたんです! 頼り続けて、助けられていたくせに、肝心な時にイシュを見捨てて去って行ったんです! そんな人たちのための城なんて、残す必要なんかないって!!」

 

「私の城の破壊を企てるだけで飽き足らず! 彼らまでも愚弄するなど、思い上がりもいい加減しろ!」

 

「企てるじゃなくて、破壊します」

 

「アルメリア!!」

 

 

 激情のあまり口調が少しずつ変わってきている。

 それともこれが本来のイシュの口調なのか。千年の時が、イシュを押し込めていたのか。それとも千年前の希望を背負うために、本来のイシュを殺していたのか。

 

 だとするならば、私の今やるべきことがまた一つ追加された。

 

 城の破壊、イシュの無力化。そして、本来のイシュを完全に引きだすこと。

 

 きっともう、断崖絶壁な胸のコアを露出させるほどのダメージを与えても、イシュは止まらない。乱暴だけども四肢を動かせないほどにするか……もしくは精神攻撃だ。精神攻撃は基本。

 

 

「過去は変えられないんです! 認識だけを歪めたって、事実は変わりません! いい加減千年前の人たちのことを引きずるのはやめましょう!?」

 

「認識を歪めているのは汝だろう!!」

 

 

 躱した拳が壁にめり込む。攻撃が外れたことと、さらに城にダメージがいったことに怒りがまた膨れ上がっている。でも今のは私のせいじゃなくない?

 

 

「私はイシュから話を聞いて、思ったことを率直に言ってるだけ! 歪めてなんていません!!」

 

「どの口が……! 彼らのことを何も知らず、彼らを陥れる言葉ばかりで歪めていないだと!? ふざけるな!!」

 

「それが依存しきってるって……!」

 

 

 叫びながら今度は炎の剣。怒りの炎、なんて言葉を体現するように燃え盛った剣が迫る。

 周囲を見ていないし、感情任せの炎だ。躱せば先ほどの拳と同じように、城の壁にぶち当たる。周囲を気にせず全力で振るわれた剣撃の破壊力はすべて剣に返った。

 これで二本目の剣が折れた。工房の子が激おこ確定だ。

 

 

「自分たちの国を捨て、私を信じてくれたのだ! 私を信じる彼らの存在が、あの厄災を乗り越える支えとなったのだ! 彼らがいてくれるだけでどれほど私の救いとなっていたことか! 何も知らないお前が勝手なことを抜かすな!」

 

「やっぱり、何かしてくれたわけじゃないみたいですね」

 

「黙れ!!」

 

 

 剣が二つとも折れてダメになった。そのため今度は体を使った攻撃だけとなる。

 理論はよくわからないけど、拳だと炎や氷、雷などは纏わない。こちらにとっての難点は剣より避けにくいということ。逆に、こちらにとっての利点は、

 

「ほあ!」

「くだらん攻撃を……!」

 

 顔に向けての火球。視界を遮られて闇雲に振り回すのが剣ではない分、距離を取るにしても回り込むにしても安全性が大きくなったことだ。

 壁際に追い詰められていたから、反対側へ逃げようとしたときに体の一部が当たったのか、青い光の板がチカチカと光り奇妙な声を響かせる。その声は途切れ途切れだったけど、誰かに似た声だった。

 

 

【諸王の…聖杯……。みな…これで……助かる……助かる…はずだ…のに……】

 

 

「え!?」

「これは……」

 

 突然聞こえ出した声。

 一瞬気を取られてしまい、慌ててイシュの攻撃に備えたが何もこなかった。イシュも動きを止め、声に気を取られているようだった。

 

 

【何故……誰も…答えぬ?】

 

 

 ひどく寂しい言葉だった。知らないはずの声なのに、聞いたことのある声。この城で聞いたことのある声なんて限られている。

 

 これは過去のイシュの声だ。

 

 

「……答えるわけがない。この時、すでに私は狂気に陥っていたのだ……」

 

「狂気に陥ったイシュのそばに誰もいようとしなかった。誰も止めようとも、助けようともしなかった」

 

「どうあっても彼らを陥れたいようだな……」

 

 

 平行線だ。

 ジャガーノートの処遇について、キバガミさんと意見が分かれた時のような妥協点は、見つかりそうにない論争。

 

 

「イシュが何と言おうと、その人たちがイシュを見捨てたのは事実です。機械の体になってまで尽くそうとしてくれたイシュを、見捨てて城を去ったんです」

 

「狂人のそばに誰が近寄るものか。私が見捨てられたのは当然の結果。彼らは──────」

 

「この時代の人たちは、一緒に旅をしてきた人たちは、私は、見捨てませ───うひゃあ!?」

 

 

 イシュの言葉にかぶせながら過去の人たちとは違うと主張するも、私の言葉に返ってきたのは飛ぶ拳だった。辛辣すぎる。

 ひょっとして、今の私はイシュから相当嫌われているのでは……まぁイシュにとっての大切を破壊しようとしてるから当然か。嫌われているとわかったところでやめないけども。

 

 

【……我…研究……伝…を…みなの……為…死…を…】

 

 

 過去のイシュの声はまだ流れる中、イシュの片腕が先の攻撃で飛んでいき、もう片方は再生中。腕がないなら足を使えばいいとばかりに今度は蹴りが襲う。

 

 

【永遠……命…を……。今…も……続け…】

 

 

 声は、誰もいなくなったのに、永遠の命を追い求め続けていた。かつてついてきてくれた人たちのために。

 そこで声は途切れ、聞こえなくなった。

 

 しかし、両腕がないとはいえ苛烈な攻めから一転、どこか落ち着いた攻撃に変化している。過去の声によって冷静になってしまったのか。冷静になられたら攻撃が難解になりかねない。それに本来のイシュが遠ざかる。

 千年前の人たちの希望を背負うために作られた指導者としてのイシュではない。その希望を背負わされて、潰されてしまった始まりの部分を戻さないといけない。

 

 指導者としてのイシュは千年前の人たちを絶対視している。

 始まりの部分のイシュだって千年前を重く置いているだろうけど、もしかしたら千年前に見切りをつけてくれるかもしれない。それに、始まりの部分は純粋な人間の気持ちだ。

 人間の気持ちなんて、移り変わりすることもあるのだ。だからその点を期待する。

 

 冷静さを失わせるために怒りを引きだすってなかなか酷い手だけども、そのために天ノ磐座は破壊する。

 壁は異常に硬い。大きい凶鳥烈火でも突破できない。天井はできた。というか完全に破壊するには火力が合ってもまず私が持たない。それならば、最低限の破壊で、天ノ磐座を落とす。

 

 この天ノ磐座は浮遊している。いわば巨大な気球艇だ。気球艇は動力源がおかしくなれば落ちる。同じようにこの城を浮かせる力をおかしくさせればいい。イシュは世界樹のエネルギーを利用して浮かせているって言ってた。世界樹を破壊する、なんてのは城の完全破壊よりもっと無理だ。それならば、城と世界樹を繋げている部分のみを破壊すればいい。

 問題はそれがどこか……樹海地軸という考えがよぎったけど、すぐに否定する。可能性はないわけじゃないけど、あそこは低い。あそこだとあまりにも無防備すぎる。どこか別の場所だ。

 

 ……まぁその場所を今のイシュに聞いても教えてはくれないだろう。

 

 眼前をハイキックが空振る。蹴りの勢いによってイシュ自身の体がその場で一回転する。背中を向けて、再びこちらを向き直った時、未だ再生中の腕を攻撃に用いてきた。

 

 

「くぅ……!」

 

 

 まだ腕はないと思っていたせいで避けるのが遅れた。ぐにぐにとした謎の材質パンチによって、硬質な床に何度も打ち付けられるように吹き飛ばされ、何かにぶつかって止まる。

 追撃に迫ろうとするイシュの姿が見えた。迎撃は無理だ。体勢を立て直すのも間に合うかどうか。急ぎ間に合わそうと体を起こし、自分が壊れた白い鎧兵にぶつかって止まったことを知った。

 鎧兵の手から筒状の道具をもぎ取り、先端をイシュに向ける。

 

 これどうすれば刃が出るんだ。

 

 どこかにバネとか仕込んであるんだろうか。強く握れば刃が出るとかだったり……? 一か八かで両手で強く握る。全力で握る。すると、

 

 

「で、たぁ!!」

 

「悪あがきを」

 

 

 緋色の細く束ねられた光が筒から伸びる。これが刃なのだろう。鎧兵の体を貫ける刃、威力としては脅威のはず。そのリーチを知っているからか、追撃はやめて一定距離でイシュは止まった。

 イシュから目をそらさず、体を起こす。これさえあれば猛攻は凌げそうだけど……腕が疲れてきた。握る力を弱めると刃が短くなったのだ。これは長く持たない。

 

「とあっ!」

 

 せめて怯ませようと投げつけたが、手から離した途端に筒だけとなった。なんて無意味。

 それが当たるか当たらないか、なんて見届ける前に扉に向かって走った。ここにいたままではまた追い詰められてしまう。今の優先は城の破壊だ。

 

 

「今更逃げられると思っているのか」

 

 

 振り向かなくてもわかる。追いかけてきている。対人能力がそれほど高くないイシュだけども、それでも身体能力の差は大きい。真っ直ぐ走っているだけではすぐに追いつかれてしまう。追いつかれないためにも、また目くらまし作戦に切り替えて距離を取っていくか、要所要所で避けては回り込むしかない。後者は厳しいけど前者なら可能性はまだ高い、はず。

 

 一直線に迫るイシュに向けて、却火を振り絞る。目くらましとして使うには負担が大きいけど、玉座の扉まで一直線なのだ。今回はこれで足を止めさせる。

 

 狙いが上手くいったのか確認する暇がない。真っ赤な扉を勢いよく開けて周囲を見渡す。

 西も東も防衛システムの機械兵は少ない。この階は違う。それなら下に降りるのみだ。

 

 玉座の間の外へ脱出できたけど、イシュは外まで追いかけてくるだろうか。追いかけてこないなら破壊工作してからまた会いにいかないとだ。まぁその方が体力的に楽かもしんない。ちょっと息を整えることもできるし……

 

 

「うひっ!?」

 

 

 僅かに楽観視してしまった私の顔の真横を腕が通り過ぎていった。

 

 追いかけてくる、これ。イシュ本体が来る前に、急いで階段を降りる。なんだか暗黒ノ殿のときみたいに、追いかけっこ状態だ。ハードな鬼ごっこすぎる。

 

 階段から出てすぐさま振り向いて爆炎。階段内を炎で満たす。さすがに頭が痛くなってきた。走りながら印術を使いながら、体力も精神力も厳しい。

 絞りに絞ってあと数回程度だろうか。

 

 それまでに城と世界樹の繋がりを破壊するしかない。

 

 周囲を見渡し、このフロアの構造を思いだす。

 

 たしかここは、小さな機械兵がたくさんいたフロア。それも他のフロアに比べて格段に多かった。あまり強そうには見えなかった機械兵だったけど、あれも防衛システムの一つなら何か厄介な性能を持つのか、それとも見た目にそぐわない強さを持つと考えたほうがいい。

 

 ということは、

 

 

「きっとこのフロア……にぃ!?」

 

「このフロアに、何を求めている」

 

 

 背後から聞こえた声に右腕を捕まれた。

 

 

「痛ぁ……!!」

 

「何を企んでいる。何故この階を狙う」

 

 

 万力のように硬く強い力で腕を握られるあまり、火の聖印を扱うためのルーンの短剣が床に落ちた。

 

 短剣が落ちたこともまずいけど、このままじゃ右腕を握り潰されて……いや、それどころかそのまま命も潰されてしまう。

 痛みのあまり意識が飛んだらアウトだ。そうならないためにも、左手で鞄から小瓶を取りだし口に含む。

 

 

「まだ抵抗する気か」

 

「……うぷ」

 

 

 想像をはるかに超えていたせいで吐き気が襲ってきた。小瓶の中身───ネクタルの味とにおいのせいで。

 気付け薬としては充分過ぎるほどに刺激的だ。意識がなくなっていてもこれは目が覚めてしまう。

 

 そのおかげで、少しだけ痛みを忘れられそうだ。吐き気がやばいけど。

 

 

「……!」

 

「ったぁ!」

 

 

 浮かびだした却火にイシュが気づき、火を遠ざけるために私をぶん投げた。

 吐き気と頭痛、そして右腕の痛みとひどいが解放されただけよし。それより用意した却火が熱い。短剣がないだけでこんなにも熱く感じるなんて。準備状態でこれほどとは、今まで知らなかった術式の威力に驚きだ。

 とにかく熱い却火を私も遠ざけるため、牽制のように放ち再び始まる逃走劇。

 

 このフロアで間違いない。なら目的地も近い。

 道も想像がつく。機械兵がより多い道を選んでいけばいい。より警備が厚い場所へ場所へと。

 

 その方角へ進めばいずれは……

 

 

「いた……!」

 

 

 見えたのは焦げた魔物の死骸。なんの魔物かはわからないけど、機械ではない存在、世界樹が生み出した魔物。

 

 この城も世界樹の一部。だから魔物も発生する。だけどイシュに案内されていた時、魔物の気配がないとウーファンは言っていた。それに対してイシュは、防衛システムが魔物を排除しているとも。

 世界樹が生み出す魔物に、城内を自由に歩きまわられないために、あちこちへ広がる前に止めないといけない。そのためには発生源の近く……今回の場合、城と世界樹の繋がっている部分、力場とやらの発生原因の島の樹があるところ周辺に機械兵を配置させなくてはいけない。魔物の自由を許さず、魔物の抵抗を確実に圧殺できるように。

 

 未だに許可が生きているのか、機械兵たちは私を襲うことはない。この先に進めば目的地。それまでの邪魔があるとすれば、発生したての魔物もしくは、

 

 

「この先は……まさか! させるものか!!」

 

 

 追いかけてくるイシュのみだ。

 

 私の狙いが何か、完全に気づかれた。次は捕まれば問われることなく即死だろう。

 

 魔物の死骸と機械兵を辿って狭い通路へと入る。通路の奥からどことなく森の香りを感じれた。

 

 一本道なため追いつかれないかと戦々恐々としていたけど大丈夫そうだ。狭い通路のため、小さな機械兵が地味に邪魔なのだ。機械兵の頭に手を付けては飛び越えて奥へ進む私とは反対に、イシュは機械兵を蹴とばしたり殴り飛ばしたりと、避けずに排除しながら進んでいる。逆にその行為が時間をかけているにもかかわらず。

 

 狭かった通路もやがて小部屋へと辿りついた。

 

 

「ここ……!」

 

 

 部屋の中央には大きな硝子瓶のようなものに入っている一本の樹。その樹にいくつもの黒く長い管がつけられていた。世界樹のエネルギーを利用するために取りつけたものだろう。わかりやすい見た目で助かる。

 

 この樹ごと、この管も焼き払う。

 そうすればこの天ノ磐座も終わる。終わらせれる。こんな古い過ちの象徴を、

 

 部屋の中を熱気が満たしていく。熱気を生み出しているのは却火ではない。

 

 凶鳥烈火。

 

 巨人の腕を焼き落としたといわれる術式。それをもって、世界樹との繋がりを焼き落とす。

 

 

「アルメリアァァア!!」

 

 

 

 部屋の扉を吹き飛ばしながらイシュが吠え─────それを気にすることなく私は火の鳥を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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