部屋の中にあった樹が焼け、弾け、形を崩して落ちていく。
硝子瓶は焼け溶け、樹に繋がっていた幾本もの管も異臭を漂わせながら溶け千切れていく。部屋を照らしていた不思議な白い光が、炎とは違う赤く明滅する光へと変わった。
異常を知らせる警鐘のようなものだろうか。明滅する赤い光と共に、けたたましいベルの音が鳴り響く。壁の向こうから高い音を立てながら、弾けるような炸裂音が何度も聞こえてくる。
「止めろ! すぐに炎を消せ!!」
イシュがそう言うも、もうこの炎は私の手から離れてる。私にはどうしようもないし、どうにかできても消す気はない。
部屋が大きく揺れ出した。
いや、部屋だけではないだろう。きっと世界樹からのエネルギーを得られなくなった天ノ磐座が、浮遊することができなくなったのだ。
「このままでは、私の城が……! 私の、私たちの城が壊れてしまう……!」
この浮遊城はもう持たないとわかったのか、悲痛な叫びが耳に届く。
完全に心がむき出しだ。
あとはこのまま、冷静にというか、落ち着いてくれたらいいんだけど……さすがにそうもいかない。第一今この城は堕ちかけているのだ。
だから私たちは降りないと。安全な場所まで。
「イシュ、もう城が崩れます! 一緒に逃げま──────」
城壁が壊れつつあるのか、外の雷鳴がはっきり聞こえるようになってきた。あまり時間はないかもしれない。急いで城から脱出しないと。
イシュの手を掴み、一緒に逃げようとした。
だけど、私の手は振り払われた。
「イシュ! このままじゃ危ないんです! 難しいかもしれませんが落ち着いてください!」
「何故私が城から離れなくてはならない……!」
「もうこの城は持たないんですって!」
「それがなんだ!」
またどこかで爆発音が起きる。それと同時に全体の振動が激しくなった。
「城と共に私は終わる……それだけだ!」
「何を馬鹿なことをいつまでも……!」
癇癪を起こすイシュを無視して、払われた手をもう一度掴もうと腕を伸ばし──────逆に掴まれそして、
「っ!?」
──────ぶん投げられた。
投げられて背中を強く打ちつける。元々体力的にも精神的にも厳しい状況で、追いうちのように痛みで息が止まり一瞬意識が遠のいたが、城全体の揺れで小刻みに頭を震わされ意識を落とさず済んだ。
さっきから脳内で警鐘がひどい。早く逃げないとと悲鳴をあげている。気を抜けば膝が震えて止まらなくなりそう。
イシュは城がもう持たないと判断してもなお、城に最後までいるつもりだ。そして城を破壊した私を逃がすつもりはないようだ。
正直言って、もう逃げだしたい。
残り時間は全くない状態で、イシュの説得はもう無理だ。無理やり一緒に逃げようにも抵抗する気満点。
イシュと一緒に逃げるという選択をしなければ、私だけで逃げるのに集中すれば、なんとか間に合うかもしれない。
もしも逃げるのが間に合わなければ、高所からの落下による死か、瓦礫に潰されての圧死か。
ああ、だめだ。
弱気な考えが浮かぶと本当にダメだ。
──────立つことができない。
足の震えが止まらない。これでは逃げられない。呼吸が浅くなっていく。視界の色が白く薄まっていく。
こんなことならさっき意識を失っていてくれたらよかったのに。運がいいんだか悪いんだか。いや、これは悪いんだきっと。
深呼吸だ。
深呼吸して、深呼吸して、深呼吸して、落ち着かないと。
浅い呼吸を無理やり深く、苦しさを抑え込んで無理やり深く整える。
だんだんと視界の色も明確に戻ってきた。そして視界の隅に見える、イシュの足が振りかぶられるのも。
蹴りが来る。
イシュの全力の蹴りなんて、まともに喰らえば死にかねない。転がるようにその場から動いて避けようとした。
「───っぁ!!」
世界がぐるんと回転した。
避け切れず、蹴り飛ばされた。特に足が痛む。痛すぎて悲鳴すら上げれない。息を押し殺したような声の出ない叫び。
間違いなく、折れた。折れた、はず。
どういう折れ方か見たくない。両足どちらも痛いけど、特に右足が激しい熱と痛みを訴えている。そして動かそうと力を入れると目がチカチカする。
「イ、シュ……」
この足ではもう動けない。這って動くしかない。
そんな悠長な時間があればの話だ。あるわけがない。
「イシュ……」
せめて、最後に……最後まで、恰好をつけてみたい。
昔読んだ物語本とかの、悲劇の主人公風に、誰かを守るために命を賭けて、最後まで守って散るような。
だからイシュには逃げるように、最後に言わないと。聞き入れさせないと。私を置いて逃げろと。
「……ぃ……て」
瓦礫が、部屋の天井が崩れてきた。
城の崩れる音と爆発音、世界樹の枝が折れる音、外の風音、雷鳴、外的要因でこんなにも妨害する音が溢れている。そして私自身、痛みで大きな声を出しにくい。
でも伝えないと。
逃げるよう、伝えないと。
「イ……」
幸いと言うべきか、最悪というべきか、イシュはとどめを刺すために近づいてきている。
その分だけ声を届けやすい。裏を返せば、聞き入れてもらえる可能性は低いということだけど。
だけど聞き入れてもらおうと、言葉を並べるのはもう無理だ。
短い言葉でも気持ちが伝わると信じて、一言に全力を込めよう。イシュに人の心の機微なんて、伝わるか怪しいところだけども。
あっちへ行けと言うように、イシュに手を向けて伸ばす。
この部屋の出口は反対側だ。こっちに来てもダメなのだと。
だけどイシュは向かってくる。その両手は強く握り絞められている。パンチをするつもりだろうか。それともキックだろうか。
やっぱり声を出さないと。
「……イシュ」
変に痛みを和らげようとするから余計痛くて、声が出なくなるのだ。
痛みを覚悟で叫ぶんだ。全力で。
今までより遥かに大きい爆発音。そして大きな瓦礫が落ちていく。これらの音に負けないように、そして、潰される前に、逃げて、と。
ああ、まずい。
私の体を覆いかぶさるように、影が濃くなっていく。イシュが作る影じゃない。私の上の天井が、迫ってきている。もうすぐ潰される。
だからイシュ、早く逃げて。
「──────たすけて」
考えとは裏腹に、口から出た言葉は、あまりにも情けないものだった。
何故最期をかっこよく決めれないのだろう。やっぱり私は物語本に出るような、主人公めいた決めシーンと無縁なのかもしれない。
いよいよ光が見えなくなっていく光景が、天井が迫る景色が、いやにゆっくりに見えて。
襲い来る瞬間が少しでも遠ざかってほしいと願いながら、ぎゅっと目を瞑った。
目を閉じて真っ暗な視界の中、だけど潰れる感覚は襲ってこない。
こんなこと、前もあった気がする。あの時は銀嵐ノ霊峰で鰐の魔物に襲われた時だったか。それとももっと前、碧照ノ樹海で熊の魔物に襲われた時だったか。
鰐のときは、イシュが助けてくれたのかと思ったら、偶然の形で氷竜に助けられた。
熊のときは、イシュが助けてくれたのかと思ったら、キルヨネンさんに助けられた。
耳を澄ませば、城の崩れる音は未だ聞こえる。
運よく崩れた瓦礫の隙間にいることができたのか……それとも
ゆっくりと目を開ければ、今回こそは、
「ひぇ……」
「本当に……忌々しい……!」
今回こそは、イシュが助けてくれた。それは合ってたけども、表情がすごい、激怒状態だ。
天井を両腕と首で持ちあげ支えながら、呪詛のように言葉を紡いでいる。
「敵対行動を取りながら助けを求める愚行……! 脱出手段を用意せず城を破壊する蛮行……! そんな愚か者の助けを求め縋る手を、振り払えぬ私自身が理解できん……!」
じわじわと、天井を持ちあげていく。イシュの力をもってしても、時折膝が折れかかるほどの相当な重量。
その間にもさらに上から何かが落ちているのか、そばから落下物による轟音が鳴り止まない。
「命を奪おうとしていた相手を助けるなど、合理性の欠片もない……! なのに何故!!」
とうとう天井を完全に持ちあげ、勢いのままひっくり返すようにはね除ける。
イシュが掛け声のように口にしていた疑問。イシュ自身がわからないことを、私がわかるはずがない。
たすけて、という言葉は本心だった。恰好をつけたかったけど本心からの言葉だった。だけど助けてもらえるとは思っていなかった……と思う。切羽詰まっていた状況だったから、自己分析なんてできていないけど。
天井がなくなり、上のフロアまで吹き抜けになった部屋の中、イシュは未だに憤怒の表情のままだ。その怒りは私に向けられているのはもちろん、だけどたぶん、イシュ自身にも向けられている。
イシュは揺れ続ける城を問題なさげに動き、私の手を掴んで無理やり持ちあげた。
引っ張られて肩が痛い。あと足が超痛い。
「彼らとは違う人間を何故……助けなくてはと思考してしまうのだ……!」
私の足が折れていることなど一切気にせず引きずるように運んでいくイシュ。手だけを掴んで引きずるから、さっきから足がやばい。痛みのあまり目を見開きっぱなし、脂汗も止まらない。
ズカズカと、段差や瓦礫を気にせず引きずりながら進み続けてくれて感謝しかないけども。でもかなりヤバイ。脂汗以外にも涙が追加で止まらない。
ある程度してイシュは立ち止まった。まだ城の中だ。だいぶ傾きつつある状態だけども。
止まった理由は何かと思えば声が聞こえた。
イシュの声ではない。当然、私の声でもない。
「その土の民は足を怪我している。運び方は気をつけたほうがいいのではないか」
翼人、クァナーンさんがそこにいた。
「……何故ここにいる」
「イシュ、汝を完全に信じたわけではなかった。ゆえに汝の行いを離れて見ていた」
「……この際なんでもいい。アルメリアを連れて天ノ磐座から離れろ。この城はもうじき堕ちる」
イシュはクァナーンさんに私を渡そうとした。
怒りが込められているのか、抱え直してから、なんて行動はなかったけども。そのまま手を引っ張られる形でクァナーンさんに押し付けるような状態だ。
クァナーンさんは私を抱きかかえようとしてくれたけど、私はイシュの手を掴んだままの状態だ。
「汝はどうするつもりか」
「このまま城に残る。本来ならば城の破壊を行ったアルメリアに死を与えたいが……わけのわからない思考回路が邪魔をする」
……まだ城に残る気なんだ。
「……手を離せ、アルメリア」
離さない。ふりほどかれる前にと両手でイシュの手を掴む。理想とはるかに離れた状況だけど、本当はもっとスムーズに色々説得やら一緒に逃走をするつもりだったけど、とにかくこれが最後のチャンスだ。
この重ねた手がほどかれたら、もうイシュは降りてくれない。
「絶対に、離したくありません……」
「手を離せ!」
「離しません!」
そんな強い語調で言われたって従うもんか。
力任せにふりほどかれないように、この状況でもイシュを止めるために、何か手を打たないと。それでいてただの時間稼ぎじゃない、イシュも降ろすような。
「イシュがっ! なんで私を見捨てれなかったのか!」
確実に止めそうな、イシュが疑問に思っていた行動について口に出した途端、その理由が頭に浮かんだ。どれもそうなんじゃないか、という推測だけども。それでも今は充分だ。
「イシュはもう過去のイシュと全然違うんです! 今を生きだした人間なんです!」
「何をわけのわからぬことを言っている……もうよい」
「千年前の人たちを導くための、天の支配者という機械ではなくなっているんです! 天の支配者としての使命に、イシュ自身が背きだしたんです!」
イシュが天の支配者のままだったら、私は助けてもらえなかった。過去にしがみ続ける機械のままなら、過去の城を破壊した私はあのとき潰されていた。
だけど私は助けてもらえた。潰されなかった。それはきっと過去ではなく、一緒に現代を旅してきたイシュとなったから。
イシュの反対の手が、私の手を離そうと動く。
痛いほど強く掴んでいる手だ。そう簡単にはほどかれない。上から握りつぶすつもりなら、その形のまま固定されてやる。
「天の支配者としての使命と、過去の人たちからの希望に背いてようやく、止まっていた時間が動こうとしているんです! 埋もれていた本心の、今を生きたいと憧れていた気持ちを手にしたんです! 今ここで手を離したら、イシュはまた天の支配者に、過去に呑み込まれる! だから絶対に、この手を離しません!!」
イシュはまだ天の支配者に、過去に背負わされた希望に囚われ揺れている。本当は死にたくないくせに。消えたくないくせに。
そうじゃなかったら私はイシュの自殺を止めれていなかった。言葉をまとめていたとか言っていたけど、本音は少しでも長く今の世界に留まりたかったからじゃないのか。初めて気球艇に乗ったとき、キラキラした目で今の世界を見ていたくせに、消えたいなんて絶対嘘だ。
ずっと家に閉じこもっていた私を、未来に絶望していた私を、外へ連れ出してくれたこの手を離さない。
あの日もらった希望を私で終わらせない。
「貴様、何をする……」
「私はこの土の民の意志を尊重する。あなたも共に城から脱出するべきだ」
イシュと私の手攻防戦、それに第三者のクァナーンさんも参加した。
「今の戯言のどこに惑わされる! 私は翼人の創造主だ! 私に従え!」
「神の声にただ従うだけだった我らが、多くの魔物を造りだす原因でもあった。我らはそれを、イサの流れだと、全ては定められたことだと考えるあまり、自ら思考することを放棄していた。だが、今は違う。我らは、私は私自身の考えに従い、この土の民の意志を尊重する。それが我ら空の民の新たな生き方なのだ」
「……!」
「それに土の民の言葉、私には戯言には思えなかった。……再びあの神が生まれることを阻止する。それを第一とする私には、あなたを城に残すわけにはいかない」
イシュに創られた種族であるクァナーンさんの言葉。
一緒に旅をしていたとはいえ、他人である私の言葉よりもイシュに響く程度は大きく違う。
「私は……私が生き延びれば、再び狂うかもしれない! そうなれば再び不死の魔物が造られる!」
「そうなる前に私が止めます! たとえイシュをその時、殺すこととなったとしても、イシュの生きる今を守れるなら必ず約束します!」
「……!」
「私の力をまだ疑うなら、これからも旅をして強くなります! 絶対にイシュを殺せるように! だからもう、天の支配者に怯えなくていいんです! 過去に囚われなくていいんです!」
「どこまでも……愚直な……」
空いた壁の外から聞こえていた雷鳴が遠ざかっている。かなり高度が下がっているということ。
とはいえこのまま中にいても危険だ。イシュの様子はまだわからない。
「過去の人たちのためだけじゃなく、今の人たちのために生きようとしてください……!」
「私の罪は生きて償えるものではない」
「そんなの……死んだって償えるものじゃないです! それなら生きて償ってください!」
「生きていれば、再び罪を重ねかねないと───」
「だから! 私が止めます! これ以上罪を重ねさせないために! 私じゃ一緒に償うことはできないけども、そばで止めることならできます! これ以上、イシュの背中に重荷を増えさせないために!」
できることなら、その償いも手伝いたい。だけど私は部外者だ。
だからって何もできないわけじゃない。
イシュの背負うべきものを一緒に持つことはできないけども。その荷を増やさないようにはできる。落としそうになったら、支えてあげることはできるはずだ。
イシュは口を閉ざした。
その顔はまだ応じてくれていない。
「……」
「私一人の翼でも、あなたと土の民の二人ならば飛ぶことができよう」
クァナーンさんがじっとイシュを見ながら問いかける。
敵意も好意もない、見極めるような目。堕ちかけている城の中でもこの冷静さ。やっぱりマイペースがすごいのだろう。
「……」
イシュは答えない。だけど私の手をほどこうともしていない。
未だ、悩んでいる。
「イシュ」
「……」
「お願いです……私と一緒に、今を生きてください。一緒に旅をしてきたように、一緒に生きて、明日を迎える喜びを一緒に感じたいです。だから───」
「クァナーン」
最後まで言う前に、イシュが落ち着いた様子でクァナーンさんの名前を呼んだ。
「私とアルメリア、二人を抱えて本当に飛べるのか?」
「それって……!」
「……まだ、疑心は晴れていない。本当にアルメリアが狂った私を止めれるのか、この城と共に私は消えなくてよいのか」
イシュは呟きながら、掴まれている手を見て続けた。
「だが……これまで私を、我を信じ、そして今後も我を信じようとしている一人の願い程度、叶えてもよいと思っただけだ」
イシュの言葉は、今までの旅で聞いた口調に戻りつつあった。
だけどそこに込められている温かみは、天の支配者として話していたものとは全然違う。千年前の始まりと、天の支配者と、そして一緒に旅をして共に過ごしたイシュが混ざりあい、新しい形へとなったようで。
私は千年前のイシュに戻そうとばかり考えていた。この形は考えと違った。でもこの形になっていなかったら、千年前に完全に戻すことは一緒に旅してきたイシュを否定することになっていた。
「イシュ……ありがとう、ございます。それと、ごめんなさい……」
私がやらかしかけていたこと。それを気づかせてくれたことへの感謝と謝罪。
この先、今回みたいに私も間違えることがある。イシュだけじゃない。互いに正しあえれば……と考えて、なんだ普通の仲間や友人のような関係を築けばいいんだと気づいた。
狂う前に殺すだのなんだの、物騒な関係を望んでいたけど、もっと普通の関係を求めてもいいかもしれない。
そのことを言おうとして、その前にクァナーンさんが口を挟んだ。
「二人を抱え、空の民の里まで飛べよう。幸いともいうべきか、桜ノ立橋の距離も今まで以上に近い」
「では頼む」
まあ、新しい関係を求めるのはまた今度の機会にしよう。今はゆっくりしていられないのだし。
それにイシュは言ったのだ。クァナーンさんに頼むと。今までのような命令ではなく、頼る形を見せた。イシュが天の支配者としてではなく、新しい生き方を選んでくれたのだ。
イシュの言葉に私は当然のごとく、そしてクァナーンさんもどことなく、嬉しそうに見えた。
こうして、私とイシュとクァナーンさん、三人で堕ちていく天ノ磐座から脱出することが叶った。
はい、新2の主題歌意識しちゃってます。
クァナーンさんの一人称二人称、あの人場面によって使い分けてそうなので変化させてます。
次回エピローグです。