今日もタルシスは朝から快晴。
空を飛び交い影を街に落とすのは、色とりどりの気球艇。
タルシスの街はずれにある一軒家で私は黙々と本を読んでいた。
読んでいた。
「うあー! もう無理ー!!」
「何が無理だと言うのだ」
ギブアップを叫ぶ私の向かいの席で、イシュは飛行船の計画書を書きながら呆れた表情を浮かべた。
「古代文字が複数もあるなんて聞いてませんよ……しかも文法まで変わるなんて……」
「文字だけでも優に万は超えるな。そこに単語、文法と合わさっていくことを考えれば嘆く暇もない」
「頭痛い……」
「ふむ。一度休憩を挟むか。時間も昼食の頃合いだ」
そう言いつつ、イシュは席を立とうとしない。
昼食早く作れってことか、これ。いいけどさ。イシュに台所任せるよりは断然いいけどさ。
「チーズトーストでいいですよねー」
「……またか」
「得意料理ですから」
「我は構わぬが……汝は飽きぬのか」
飽きたら別のを作るとも。というか別に毎日これってわけじゃないんだし。
結局、イシュはあの城で崩れていた口調を元に戻した。
千年近く付き合っていた口調を戻すのも落ち着かないらしい。だから口調こそ以前のままだけど、表情や雰囲気は柔らかくなった。
不満気な表情を浮かべるイシュを見ながら、あれからの出来事を思いだしつつ昼食の用意をする。
天ノ磐座が堕ちたあの日。
幸いというべきか、イシュが案内してくれていた時に言った通り、世界樹に引っかかり天ノ磐座は止まった。そのため麓まで大きな被害はなかったそうな。代わりに見あげれば城が見えるようになった。
私とイシュはクァナーンさんと他の翼人に樹海地軸まで送られてハイ・ラガードに戻ると、即座にウーファンたちに出迎えられた。
事情を説明すると何故かドン引きされたのは記憶に新しい。イシュを殺す約束しました、って確かに字面はひどいけども。
天ノ磐座墜落騒動の後、結局イシュはエクレアちゃんに渡した頭巾をまた譲ってもらい、私にとっては見慣れた姿に落ち着いてくれた。
そして行きと同じメンバーのまま、タルシスへ戻る馬車へと乗ったのだ。私の足のためにしばらくハイ・ラガードで療養するという選択肢もあがったが、シウアンをいつまでも里から離すのもウロビトたちが心配しそうだし帰るのを優先。どうせ移動も馬車だし、馬車外の行動時は誰かに抱えてもらえばいいし。
また抱えてもらっているね、とシウアンに言われたのがちょっとショックだったり。
そんなこんなでタルシスに到着。ハイ・ラガードに滞在していた時間より馬車内にいた時間の方が長い旅だった。
「ようやく帰ってこれましたね、タルシスに」
馬車から降りて久しぶりのタルシスに立つ。相変わらず色とりどりの気球艇が空を飛んでいる街並み。
「行きと同じ顔ぶれで戻ってこれるとはね」
「よいことではないか。それにしても今回は随分と長く里を空けていた。何事もないだろうがやはり心配ゆえに、拙者はこれにて里に戻る」
「私もウロビトの里に帰るね。みんな心配してそうだもん。ウーファンはどうする?」
「私も帰ろう。長旅の疲れを癒したい」
「それなら俺の気球艇で三人とも里まで送るよ」
ということは、ここで解散かな。
「ローゲル」
「ん? どうした?」
「それにシウアン、ウーファン。キバガミ」
イシュが四人の名前を呼ぶ。少し間を置いて、
「世話になった。感謝、する」
四人とも驚いていた。言われた言葉と言った人物が結びつかなかったのか、しばらく四人の空気が止まっていた。かくいう私も少し驚いていたけども。
やがて、といっても五秒ほどだろうか。沈黙が破られた。それはローゲルさんの笑い声だった。
「くくっ……」
「笑うところなどなかったはずだが」
「まあそうだな……くく……」
笑わないように堪えているんだろうけど、漏れまくりだ。
シウアンやウーファンは未だ驚きの表情のまま。キバガミさんは微笑ましそうな、生暖かい目でイシュを見ていた。
「わるいわるい。まったく、本当に驚かされてばかりだ……」
「なんのことだ」
「まあなんだっていいだろ。それより、俺の方こそ世話になった。ありがとう」
「そうか」
「拙者からも感謝を。イシュ殿の旅路がなければ拙者はここにいなかったやもしれぬ」
「そうか」
「私もありがとう。私の知らない世界をいっぱい見せてくれて、世界樹も止めてくれて」
「私からも、感謝しよう。出逢いの件はともかく、貴様には助けられた」
「そうか」
そっけない返事しかしていないようで、でもどの言葉も相手を見ながら言っている。もしかして照れているのかもしれない。
やがて笑いも落ち着いたのか、にやけていたローゲルさんが真面目な顔になった。
「……俺は今後、冒険者として活動するつもりだ。今までのように……以前のようにアルメリアのために動くことはもうないだろう。今後は殿下とタルシスのために動く」
「それでよい。汝は汝の目的を目指せ」
「ああ、必ず」
騎士じゃなくなったけど、ローゲルさんは皇子はために尽くすつもりだ。今まで罪悪感からとはいえ、私って騎士に尽くされてたと考えると違和感すごい。これもローゲルさんだからだろうか。
次に口を開いたのはウーファンだ。
「私は方陣師を束ねる立場だ。これまでは巫女の付き人として里を離れられたが、今後はそうもいかないだろう」
「立場に絡み取られ過ぎないようにするんですよ」
絡み取られ過ぎたらあまりいい予感がしないから。そう思って口を出した。
「今後はそうするつもりだ。巫女の付き人としてだけでなく、私個人として考え、そして示していく」
「私も巫女だからって色々我慢するのはやめるよ」
「え? シウアンって我慢してたの?」
「してたよ! 里にいる間はだけど……」
そうなんだ。そういえば初めて会った時は、シウアンが話をしようとして、ウロビトの兵士が何度も間に入ろうとしてきてたっけ。
今度からこの二人は自分を抑えないようになるのか。でもウーファンは抑えてたイメージが全くないのは何故だろう。まあいいか。
「……拙者は里長としての務めがある。だが、必要とあればいつでも力を貸そう」
「あれもこれもと気を張りすぎるな。たとえ助力を乞われても、手の届く範囲までだ」
「なに、手の届かぬ範囲ならば里の者にも拙者から協力を願うまで」
「……それもそうだな」
キバガミさんの言葉に、イシュは眩しそうに目を細めた。
「む」
私はそんなイシュと手を繋ぐ。特にほどかれることも理由を聞かれることもなかった。
「共に旅するのは難しいが、いつでも会うことはできよう」
「キバガミの言う通りだな。それじゃまあ、そろそろ行くか」
「ああ。ではな」
「アルメリア、イシュ。またね!」
手を振りながら離れていくローゲルさんたちを見送ってから、私たちも移動を開始する。
私とイシュはタルシスの人たちに戻ってきたことを報告しにいくのだ。
まずベルンド工房では。
「いらっしゃー……あーっ!!」
私たちの姿を見て、出発前と同じようなリアクションを見せたのは店番の子。大声をあげてイシュに指していた。
「ただいま戻りました。イシュも一緒に」
「うんうんっ! おかえりっ!」
嬉しそうな店番の子にイシュは近づいていき、鞘に入った二本の剣を渡した。
「およ? ……ねえ、これってまさか」
「うむ。壊れた」
「やっぱり!! なんで!? 今度はどんな魔物に挑んだの!? 硬い魔物相手に力任せにぶつけたんでしょ!?」
「床にぶつけたら壊れた」
「なんで床に!?」
なんて安心する光景だろう。なんか戻ってきたって感じがする。騒ぎの中心の二人には悪いけど、こう、安心感がすごい。
でもこの後の流れを考えるとなー……剣を二本、また購入費が飛んでいく。まぁ今後はイシュも物を大事に使う可能性も少しはあるかもしれないし……あ。
「あ」
「およ?」
「む?」
ふと思いだした事実に気が沈みそうになった。
「あの……私もサンクトゥス、無くなっちゃって……」
「どういうことなの!?」
「空の彼方に……」
「何してたわけ!?」
恐る恐る申告した内容に、店番の子は頭を抱える。
イシュだけでなく、私まで怒られることとなった。
怒りながらも彼女はどことなく嬉しそうな雰囲気だった。
次にカーゴ交易場では。
「……おう、戻ったかボンクラども」
相変わらずの人相な交易長が出迎えてくれた。
「ノアの修理が終わるまでもう数日ってとこだ」
「本当に修理を進めていたか……本来は戻る気などなかったのだがな」
「だけど戻ってきたじゃねぇか」
「想像以上の馬鹿者に無理やり連れ戻されたのだ」
交易長は面白そうにしながら話を聞いていた。この人が気球艇以外で楽しそうにしているのもなんだか新鮮だ。
しかし想像以上の馬鹿者ってひどい言いようすぎる。
しかし楽しそうに聞いていた交易長も、私の城破壊について話が入った途端表情が変わってきた。
「浮遊城を、堕とした……?」
「うむ」
「気球艇じゃなく……?」
「城だ」
これはあれかな。私の強さが想像以上でびっくりしたと言った感じかな。
この後の交易長の反応を予想する。きっとすげーな嬢ちゃん! みたいな感じだ。
「嬢ちゃん」
「はい!」
「ノアの動力には絶対に触んなよ」
「はい?」
何故そんな話の流れに。
「気球艇の操作をさせなかったらいいと考えてたけど、そんな浮遊城を落とすような危ねえのと一緒にノアは飛ぶんだよな……動力部の保護をもっと頑丈にした方がいいか?」
「耐熱性を優先させよ。動力だけでなく球皮もだ」
「球皮もか……まだまだ課題はありそうだな」
なんなんだこの技術屋たちは。
話の流れに置いてけぼりの私を放置して、二人は気球艇の改良案を話し合っていた。
次に冒険者ギルドでは。
「ム? お前らか」
珍しく特訓していないギルド長が、机に座って何か書類を書いていた。そういった机仕事もする姿はとても意外だ。
「……」
「えっと、ただいま戻りました」
ギルド長は腕を組んで目を閉じだした。
何か言葉を探しているのか、しばらくして。
「……色々と言いたいことがあるが、辺境伯の役目だろうな。ならば、ワシから言えることは何もない」
「へ?」
なんだというのだ。
「まったく、トンデモないことばかりするものだな。お前らニーズヘッグは本当に……」
「えっ、えっ?」
「世界樹への道を開拓し、巨人相手に立ちまわっただけでなく……今度はハイ・ラガードの伝承を崩壊させるとはな」
「へ!?」
「ム? お前らではないのか?」
「なんのことです!?」
なんだ、伝承の崩壊って。
私たちがハイ・ラガードに行ってた時期と重なるからその犯人が私たちと思っているのか。それで言いたいことが色々あると。とんでもない誤解である。その伝承の崩壊の犯人は絶対別の人たちだ。
「スマンな。ワシの早とちりだったか」
「まったくです! そもそもなんですか? 伝承の崩壊って」
私の反応から違うとわかってもらえたようだ。
それにしても馬車の移動中にそんな事件が起きたのだろうか。何が起きたのか気になるところ。
「ハイ・ラガードにある伝承でな。空を飛ぶ城があるのだ。何ヶ月か前だったか、その伝承が事実であることが発覚してな」
伝承って空を飛ぶ城のこと?
え、それって天ノ磐座?
「だが少し前にその城が堕ちたそうだ。お前らが何かやらかしたのだと思ったが……アルメリア、顔色が悪いぞ」
「そ、そうです?」
「幸い堕ちた城は世界樹に引っかかったそうだが、いつまでも放置しているわけにもいかず、しかし世界樹内の魔物のせいで解体も遅々としているためにハイ・ラガードは今大変だそうでな」
「ほ、ほー……」
これは撤退あるのみだ。
ギルド長はもう私たちがやったわけじゃないと思っているようだけど、このままここにいてはまずい。いつボロが出るかわからない。
「わ、私たちは他の人たちに帰還報告があるので、失礼します……!」
「ム、そうか。皆喜ぶだろう。早く顔を見せにいってやれ」
「は、はい!」
逃げるように冒険者ギルドから脱け出す。でもふと考えたら、さっきカーゴ交易場で私が城を堕としたってイシュが言っちゃってたし……バレるのも時間の問題な気がした。
どうしよ。とにかく今はこの場を離れるべきだ。
逃げた先は踊る孔雀亭。
「あら、問題児のご帰還ね」
「いきなりの挨拶すぎません!?」
いきなり店主のこの言葉である。
この様子じゃ、ハイ・ラガードの浮遊城墜落は結構広まっているようだ。犯人が誰かまではともかく。
「でも事実じゃないの。本当、あなたたちって騒動の中心よね。退屈しなさそうだわ」
「別にトラブルを起こしているわけじゃないのに……解決を頑張ってるだけなのに……」
「そういうのを引き寄せるのも一種の才能なんじゃない? でも戻ってきてくれてよかったわ」
あ、この人は歓迎ムード? かな。伝承崩壊なんてしやがって! みたいな感じじゃない。
安心感からにへらっと笑いながら帰還報告だ。
「にへへ、ただいまです。そんなに喜んでもらえるとは」
「あなたたちに憧れて冒険者を始めたって人がよく来るのよ。だから問題児っぷりを見せて、いい反面教師になってほしくてね」
「反面教師!?」
「なるほど。たしかにアルメリアの問題行動は反面教師として適しているな」
何を期待しているんだこの人は。そしてイシュは何を同意しているんだ。
抗議しようとすると、肩を震わせて笑いをこらえている姿に揶揄われていたのだと気づく。
忘れかけてた。この人は見た目より遥かに俗っぽいのだ。
「ふ、ふふ……ごめんなさいね。冗談よ。まさかイシュも乗るなんてね」
「戻ってそうそうこんな扱いだなんて……」
「拗ねないの。それだけ親しみやすいってことよ。それに全部が全部冗談ってわけじゃないのよ?」
「へ?」
きょとんとする私に彼女は言った。
「あなたたちに憧れて冒険者を始めた人がいるのは本当のことよ。この街だけじゃない。ウロビトの里からも、イクサビトの里からも、帝国からも、外の街からも、ね。そんな彼らに、あなたたちが英雄譚に出てくるような英雄サマじゃなく、揶揄いやすくて親しみやすい姿だって見せてくれると嬉しいわ」
イシュもなんだか雰囲気が変わったみたいだしね、とその言葉は続いた。
なんだか照れくさくなった私ははにかむしかなく、代わりに返事をしたのはイシュだった。
「頼まれようと我らの行動に変化はない。見たい者が勝手に見に来ればいい……この者の問題行動をな」
「まだ引っ張る!?」
「ふふ、そうね。イシュの言う通りだわ」
店主の彼女だけでなく、イシュにまで揶揄われるようになったのは良いことなのか悪いことなのか。
次いでセフリムの宿。
「こんにちはー……あれ? いないのかな」
「厨房の温度が高い。調理中か、少し出ているだけだろう」
いつも真っ先に出迎えてくれる女将さんの姿が見えなかったけど、そういうこともあるか。
厨房の方へと顔をのぞかせてみたけど、そこにも誰もいない。だけど鍋の火は掛かったままだった。
「火をつけたまま離れるなんて……」
火をかけてそんなに時間が経ってないのか、沸いてはいなかった。
じゃあちょっと出てるだけだろうか。
それにしてもこの鍋……いつも女将さんがそばに持ってる鍋だ。だけど食堂でご飯が並ぶ際、鍋から何かをよそったりはしていない。なんに使われているのかよくわからない鍋。
今なら中身を見ることができる……
ちょっとぐらいなら蓋を開けてもいいよね。さっと開けてすぐに閉じれば、たいして影響はないよね。
では、鍋の真実を拝見──────
「アルメリアさん? 何してるんですかー?」
「ひぃ!?」
突如聞こえてきた声に心臓がバクバク鳴りっぱなしである。
滅茶苦茶こわかった。すっごくこわかった。
「あ、火を見ててくれたんですねー。ありがとうございます」
「は、はい……」
「でも勝手に厨房に入っちゃダメですよー? 怪我をするかもしれませんから」
「はい……」
冒険者でも怪我の心配がある厨房……まぁ、使い慣れてない包丁とかで指を切るとかだよね……きっとそうだ。
「それにしてもアルメリアさんたちは今日帰ってきたんですよね。無事に戻れてなによりですし、今日もうちで食べていきませんか?」
「いいんですか?」
「今日は機嫌がいいので大丈夫ですよー」
「機嫌……? 女将さんの機嫌次第で変わるんですか……」
厨房に勝手に入った場合、仕事より機嫌優先で拒否する場合もあるということだろうか。
「いえ? 私じゃなくてお鍋のですよ?」
「はい?」
女将さんが鍋を見ながら言った。
私も鍋を見た。そこには火にかけられて、蓋のされている鍋だけだ。特に何も不審な点はない。ない……はずなのに、何故か不安になってきた。本当にこれは鍋なのだろうか。
何を言っているんだ私は。鍋に決まっている。うん。
でも…………この件については、そっとしておこう。
とにかく今日の夕飯をお呼ばれすることとなった。それでいいじゃないか。うん。
そして最後にマルク統治院。
兵士の人たちが待ってましたとばかりに出迎えて、そして辺境伯の執務室まで案内してくれた。正直もう案内なしでも普通に行けるんだけども。
辺境伯の執務室に入ると、いつものようにマルゲリータちゃんを抱きかかえていた。
「アルメリア君、それにイシュも。よく戻ってきてくれた」
「はい、ただいま戻りました」
掛けたまえ、と言われソファに座る。
そして辺境伯は向かいに座り、話を切りだした。
「ハイ・ラガードで諸君らに何があったのか、私は知りえない。そのため聞かせてくれるかね? 遠き地で、諸君らは何を行い、そして何が起きたのか」
「なんだかミッションの報告みたいですね」
「そのつもりで報告してくれた方が嬉しい」
ミッションの報告風、といっても何があったかできる限り細かく話すだけだ。
ハイ・ラガードの入国試験、イシュの造った魔物、翼人との出会い……そこまで話して私の口が止まった。
ひょっとして辺境伯は、浮遊城墜落の犯人を知ろうとしているのでは。
もしかしたら私たちかもしれない。だけど証拠がない。だから話を聞いて判断しよう。そんな考えでこの報告を聞いているのかもしれない。というか絶対そうな気がする。
でも誤魔化しは……たぶん無理だ。もう交易長に自白してしまったようなものだし、この瞬間を誤魔化しても後からバレる。ギルド長には誤魔化したようなものだけど……まぁ彼は辺境伯が言う役目だろうとか言ってたしまぁ……
ここはもう、正直に話そう。
造られた魔物を全て解放してからのこと、イシュの考えていたことを私が妨害したこと。城の破壊を企てたこと。結果、城を堕としたことを話した。
辺境伯は話の腰を折らず、ただじっと聞いていた。
「──────以上が、ハイ・ラガードであった出来事です」
報告を終えると、辺境伯はゆっくり話し始めた。
「諸君らが無事で本当によかった。そしてイシュ、君が再びタルシスに生きて戻ってきてくれたことはとても嬉しく思う」
だがアルメリア君、と彼は続けた。
若干目に光がないんですが。
「他にやり方はなかったのかね……」
「うぅ……」
じっくり考えている時間がなかったんだし、そんなこと言われてもって感じだ。
「で、でもあの城は残していたってあんまり……」
「我の前でよくそんなことを言えるものだ。あの城は我に取って思い出深いものだというのに」
「うっ……」
イシュが便乗するように、責めるように言った。
思い出として扱われると言い返せない。でもあの時のイシュは、思い出というには依存しまくっていたくせに。
「……」
「辺境伯? どうしたんですか?」
「……あ、ああ。いや、なんでもないとも。イシュの雰囲気が随分と変わって少し驚いただけだ」
「我の雰囲気、か。今日だけで何度かそう言われたが、あまりわからぬな」
辺境伯の嬉しそうな、優し気な目線から少しでも逃れようとしてか、イシュは辺境伯の横でくつろいでいるマルゲリータちゃんを見ながら答えた。
何気に犬が好きなのだろうか。
「随分と変わったとも……。その変化は決して悪いことではなく、喜ばしいことだ」
どこか和やかな雰囲気になった執務室。
その空気を一度入れ替えるように、辺境伯は咳ばらいをして私を見だした。
「ここからは少し……いや、あまり嬉しくない話かもしれないのだが」
「えと、それは私たちに関係がある話───」
「関係があるというより当事者だがね」
「ですよね!!」
辺境伯の話は、やっぱりハイ・ラガードの件だった。
「イシュの城の墜落。幸い怪我人等は出ていないらしいが……それでもいくつかの家屋が落石により被害が出ているそうだ。それと魔物が刺激されたためか、活発化しており危険度があがっているそうだ」
まさか家屋の弁償と魔物の対処とかだろうか。でもここからハイ・ラガードまで結構掛かる。移動中に状況が大きく変わるんじゃないだろうか。
「ハイ・ラガード側は弁償等を求めているわけではない。そもそも犯人が誰か断言できない状況だったからというのもあるだろうが、かといってこのままにしておくのはあまり気持ちのいい話ではないと思わないかね?」
「は、はい……」
「そこで、ハイ・ラガードの魔物の鎮静化のために、このタルシスからも何名か送ろうと考えている」
良かった。弁償とかはないようだ。
だけど魔物の対処はやっぱりあるのか。そしてその何名か、っていうのに絶対私たちも入ってる。
「だがハイ・ラガードまでの移動時間を考えると無駄骨になりかねないのではないか?」
「馬車での移動でならそうなるだろう。だがこのタルシスは気球艇技術がある。帝国の気球艇技術も取り入れたものだ」
馬車でなく気球艇で……でもそれには確か問題があるんじゃ。交易長がハイ・ラガードに行く前に言ってた気が……たしか、ハイ・ラガードまでの遠征に持たないことと、気球艇が広まらない限り、受け入れ態勢が整っていないとかどうとか。
「遠征可能な気球艇ができた、というわけではないが、途中途中でしっかりとした整備さえ行えばハイ・ラガードまで飛ぶことが可能なまでに改良ができたそうだ。そのためには気球艇知識を持つ者でないとダメなのだが……イシュなら問題ないと港長のお墨付きをもらった」
「でも、ハイ・ラガードの受け入れ態勢ができてないとかじゃ……」
「その点は前もって手紙で知らせておくとも。それにこれを機に、気球艇を世界中に広めるべきだ。いつまでも一つのところに留まり続けては、変化は生まれない。それは技術だって同じだろう」
留まり続けては変化は生まれない。
その言葉は暗に今までのイシュを示している気がしたのは考え過ぎだろうか。でもそう思えたから、私はすんなりと納得できた。
「この世界は未だ未知が多く存在する。未だ解明されていない世界樹が、遺跡が、島が、いくつもある。気球艇技術が……いや、気球艇技術をさらに発展させたものがあれば、それらを知るのに大きな助けとなるはずだ。中には人が踏み入れてはいけない領域もあるだろう。新技術によって、起きる危険もあるだろう。だが世界中の情報がより早く伝わるようになれば、危険は自ずと減っていく。ハイ・ラガードへの遠征は、そのために歩みだされる第一歩となる」
辺境伯の言葉に私は何も反対意見はない。
だけどそれよりも、私たちにとってあまり嬉しくない話というのはいつ来るのだろうか。前置きが長い。
「ハイ・ラガードからの返事次第で出発時期は前後するが、数週間後には諸君らにまた、ハイ・ラガードで魔物と戦ってもらうこととなる」
「はい……あの、それで嬉しくない話って……?」
「うん? 今言った通りだが……?」
「……はい?」
私も辺境伯も、なんだかかみ合ってない。
えと、私たちがハイ・ラガードへ魔物の鎮静化に行ってもらうってことだろう、今の話は。気球艇についての云々は辺境伯自身がやり取りするだろうし。
えっと、嬉しくない話というのは魔物とまた戦ってもらうということだろうか。
「……アルメリア君、魔物と戦うことに抵抗はないのかね?」
「え? ないですね?」
「……」
だって強くならなくちゃいけないのだ。
イシュに負けないように。だからこの話はむしろ嬉しい話の部類。
「イシュとの約束を果たすためにも、強くならないとですから」
「……冒険というのはここまで人を変えてしまうものなのだろうか。旅に出る前に比べて逞しくなったというか、物騒になったというか……」
辺境伯が疲れたように呟いた言葉はなんだか印象深かった。
それから、ハイ・ラガードへの遠征を再び行い、魔物の鎮静化および天ノ磐座の解体作業の間向こうで滞在し、またまたタルシスへと帰還したのだ。
二回目のハイ・ラガードでは古文書をいくつか拾って持って帰った。どれも天ノ磐座と翼人の里で保管されていたものだ。本来の持ち主に返す、というクァナーンさんの主張からイシュが受け取ったのだが、イシュには不要だったらしいので私がもらい受けた。
世界樹は古代の技術によるもの。今後も世界樹に行く可能性があるので色んな古文書を読めるように努力中だ。中には古の術式書もある。でも解読はひっじょうに進んでいない。
イシュは天ノ磐座を今までとは違う飛行可能な居住区、飛行都市にするという計画に関わることとなった。
天ノ磐座が地上に姿を見せたことによって、様々な技術の可能性が生まれた。天ノ磐座をベースにした飛行都市。計画の主導は別国だけど、各地の技術者を集っているとかなんとか。
天ノ磐座も過去から変わろうとしている計画だ。
現代の技術レベルの範囲内で提案書を出すのも楽しいものだ、と何度も却下されてやけくそ気味に変な感想を漏らしていたイシュが記憶に新しい。
「アルメリア」
「はい?」
まだ二人分のトーストは焼き終わっていない。付け合わせのサラダもまだ途中だ。もう少し待っていてほしいものだ。それとも待ちきれないほどお腹を空かせたのか。いつから腹ペコキャラに。
「我も手伝おう」
「え」
イシュの提案。
でもこの人、庭の草むしりもできないしなぁ。
「いえ、いいで──────やっぱりそうですね。それじゃあ配膳お願いします」
イシュに任せるのは不安だから、と断ろうと思ったけどすぐに撤回する。
イシュから色々と奪ったけど、また全部奪うわけにはいかない。
今度は一緒に背負えるように、少しずつ以前と違うやり方で歩いていこう。
「うむ」
「あ、その皿はまだ盛り付け終わってません!」
「む……」
なかなか前途多難かもしれないけども。
書き始めたころの予定(イシュ死亡エンド)とは大きく違うエンディング(イシュ生存エンド)を迎えました。
これにてこのお話はおしまいです。
最終章、というか全章通しての後書きはまた活動報告にでも書きます。
なのでここではあまり書くことが思いつかなかったり。
とりあえずあれですあれ。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
私は世界樹シリーズで一番2が好きです。
クエスト「豪傑の過去」のしんみり具合とかすっごい好きです。
あ、ちなみに赤ソド子も好きです。
ではでは(´・ω・`)