「ここだよ。ここだけ茂みの奥の木がトンネル状になってるんだ」
ウィラフさんに抜け道を教えてもらえたが……
「こんなの全然わからないですよ……」
「だよね。虱潰しに探してたらどれだけ時間がかかるかわからないくらい」
そう言いながら茂みを掻き分けて、木が作り出したトンネルを見せてくれた。
トンネルってこれ……
「小さすぎません?」
「よっぽど太ってなければ通れるって。あなたたちの体型なら大丈夫だよ」
「……この我が地を這うことになるとはな」
抜けた先に魔物がいないか見てくると言って、ウィラフさんはトンネル(というか抜け穴)に入っていった。
少ししたら私たちも這って行かなくてはならない。
「……こんな道しかないなんて嫌ですね」
少し、といっても具体的な時間などは決めていない。とりあえず戦う音や大声が聞こえたら穴には入るな。そう言われているだけ。
かといってすぐに入ってしまえば、万が一向こう側に危険な魔物がいて、ウィラフさんが戻ろうとしたときつっかえてしまう。
だから少しだけ待っているのだけど、沈黙もあれだし、とイシュに世間話のような他愛のない話をしてみた。
しかし、返ってきた言葉は同意などでなく
「……汝は我のことを知らぬ。にも関わらず、何故我の言葉を信じることができる」
?
突然なんだろう、いまいちよくわからない。
何故信じれるか? そんなの、別に嘘を言ってるわけじゃないのだし、信じるのが普通では。
初対面の人とは違うのだ。まだ知り合って二日目だけど、イシュほどわかりやすい人はそういないと思う。
とにかく何故信じれるか、と聞かれたからには理由を答えなくては。でもどんな答えを求めてるんだろう。まあ、考えてもわからない。なら正直に言うしかない。
「えーっと…………イシュが嘘をついてないから、ですかね?」
「何を根拠に…………いや、いい。忘れるがよい」
「?」
もうよいだろう、とイシュは抜け穴に入っていった。
なんだったのかわからない。とにかくイシュに続いて穴に入った。
「クラントロの群生地は北にあるよ。ねえ……やっぱり私が囮になろうか?」
「我は囮になるつもりはない。調べたいだけだ。汝は汝の目的を達すればよい」
イシュとウィラフさんが前を並んで歩いていく。
その後ろを私はついていく。
……地図を描きながら。
おかげで手元を見たり、道を確認したり、二人から離れないよう注意したり、後ろから魔物が来てないか確認したり……
軽いパニックに陥りそう。確認が多すぎる。
イシュがいつものように先頭を歩こうとし、ウィラフさんが道案内と説得のために負けじと前を歩こうとするから、二人はどんどんペースをあげていく。
ダメだ。
このままじゃ置いていかれちゃう。
「そもそもあなたたちがやられたら、その次は私に被害がくるんだよ? だから危険なことせずに───」
「我が魔物程度に敗北することなどありえぬ。それも、世界樹の影響をただ受けただけの魔物だ。なおさらありえぬというもの」
「どこからその自信が……」
「い、イシュー……」
「む? どうした、アルメリア」
振り返り立ち止まってくれた。ウィラフさんも同じように立ち止まった。
「ごめんなさい……少しだけ、進むペースを落としてほしくて……」
「あっ、ごめんね! 地図を描きながらだものね」
「ふむ……汝、ウィラフといったな。アルメリアの後ろにつけ」
少しペースを落としてくれるだけでいいのに、隊列の変更をしてくれるなんて。
イシュがそんな優しさを見せてくるとは思わなかった。せいぜい良くて『ならば地図を描かなければいい』とかかと。
イシュのことは信じられる人だと考えているけど、優しさとかとは無縁な人と思っていただけに、本当に予想外。
「いいけど、道は大丈夫?」
「一本道なのだろう? ならば問題はない。それに、熊の魔物の囮など不要だという証拠を見せてくれよう」
「ハァ……ヤバそうに感じたら一目散に逃げるんだよ」
……優しさとかじゃなかった!
単にウィラフさんに強さを見せるためか。あと前を歩くためか。なんかちょっと勘違いしたのが恥ずかしい。
狙いはどうあれ、隊列を変更したおかげか、かなり落ち着いて地図を描かなければ進むことができたので、結果的には良かった。
「もうすぐ縄張りに入るよ」
見た目はなにも変わらない、森の景色。
だけど、近くにある背の高い木に縄張りを示すような引っ掻き痕。
引っ掻き痕の位置を見て、その熊の魔物の大きさを推測してみる。
……そもそも引っ掻き痕の位置が4メートルくらいはあるような……
立ち上がってつけたとしても、かなり大きくない……?
「みんなは森の破壊者って呼んでる魔物だよ。この樹海で一番強く、そして数も多いの」
森の破壊者……
ネーミングがちょっとかっこいい……
熊の魔物あらため森の破壊者は辺境伯も言っていた、増えている魔物なのだろう。
そして、この樹海の生態系のトップ。
ウィラフさんの声と、私たちの歩く音、あとは草木の揺れる自然の音くらいしか聞こえない。
「森の破壊者って名前の由来はね」
ウィラフさんが僅かに声を低くして説明を続ける。
何か、何処からか、破砕音が聞こえた。
音は小さく、遠い。
ガサリとそばの茂みが大きく揺れる。
「……! あ、なんだ。リス?」
茂みからリスが飛び出しただけだった。必要以上に身構えてしまった。
「え、え……? どんどん出てくるんだけど……!」
リスに続いて兎や鳥、狐に狸。果てには熊までも飛び出してはどこかへ逃げていく。どれも魔物ではない。普通の獣だ。
再び起きる破砕音のあと、何かが倒れる音が聞こえた。大きな何かだ。
「本来あるべき森の生態を破壊していく姿から、破壊者って名付けられたんだ……」
「……」
先頭を歩いていたイシュが立ち止まり、剣を抜いた。
「もうわかってるでしょ? 見つかった。今からでも遅くない。倒すなんてやめてあなたたちは───」
「くどい」
ウィラフさんも剣を抜き、茂みの奥を睨む。木が壁のように密集している、道の外。
地図を仕舞い、ワンドを強く握る。
一瞬、風すらも止んだのか、無音の時間が訪れた。
「───来た!」
まるで紙か何かのように木々が裂かれ、倒れていく。
それを引き裂いた黒い毛並みの魔物は目を爛々と輝かせ、一直線に私たちのもとへと走ってくる。
あれが、森の破壊者。
「汝らは下がって見ているがいい」
ネズミやバッタの魔物はもちろん、狒々の魔物すらもただの獣と思えてしまう重圧。
それを前にしてもイシュは堂々としていた。
森の破壊者はその太い前肢を振り上げながら、イシュに肉薄する。
「───バカ! なんで避けないのさ!!」
ウィラフさんの慌てるような声。
狒々の魔物の時と同じように、イシュはその一撃をそのまま受けたのだ。
「~~~!! アルメリア! 退くよ!」
……まあ、端から見たらあんなの死んだとしか思えないよね。
「───ふむ。ほんのわずかだが、ダメージを受けるようだな」
「はぁ!?」
「信じられないでしょうけど……イシュは大丈夫なんです。説明は難しいですけど」
イシュの戦い方は冒険者というより魔物よりに見えてしまう。
持ち前の怪力とか、すごく硬い体とか、油断なのか慢心なのか、回避しないところとか。
仕留めることができていないとわかったからか、森の破壊者はまたも腕を振りかぶる。そして今度は叩きつけるというよりは、引き裂くように爪を用いてきた。
「だからなんで!?」
「さ、さあ……」
避ける気が一切ないイシュの姿に、ウィラフさんは理解できないようだ。
昨日の私の反応を見ているようでほっこりする。
「ほう。爪による攻撃なら人工皮膚を傷つけることはできるか」
まるで森の破壊者を評価するようにイシュは言った。
その顔には引っ掛かれた裂傷がある。
「イシュ!? 怪我がす───え? あれー?」
余裕たっぷりだけど、結構な怪我だった。
すごい怪我、だったのだ。
魔法染みているとしか言いようがない。瞬く間にその怪我が治ったのだ。今はもう傷あとなんて一切ない。
「REPAIRも正常に働くな」
「……あなたの仲間、どうなってるの? 傷が消えたんだけど……」
「私も傷がなくなるのは驚きです……」
完治したイシュは高く翔び上がる。ただ翔んだわけではない。
「如く舞う」
翔び上がりながら、森の破壊者を斬り刻んでいく。体を庇うようにつきだされた前肢を足場にし、そこからまた翔んで斬る。何度も何度も空中で踊るように斬り刻んでいく。
ズシン、と大きな音を立てて森の破壊者は倒れた。
……力業とは全然違う連撃。
破壊者の硬く鋭い爪すらも斬り落としてるようだし、その一撃一撃はどれも重いものみたいだ。
「……む」
遅れて着地するイシュ。
着地の際に少しバランスを崩したのか、ややよろめいた。
「イシュ! やっぱり怪我が!?」
「怪我などない。この体の出力で、如く舞うを再現するのはやはり難しいようだ。威力も範囲も、以前の体に遠く及ばぬ」
あー……
やっぱり技名だったんだ、あれ…………
「森の破壊者がこんなにあっさり……ちょっと自信なくしちゃいそう……」
ウィラフさんが森の破壊者の死体を見ながら呆然としている。
「汝が自信をなくす必要などない。我が優れているだけだ。クラントロを取りに行くのであれば、もう障害はあるまい」
「うん、そうだね。こんなあっさりだなんて、目の前で起きたことなのになかなか信じられないよ」
あ、そうだ。森の破壊者の素材を持ち帰らないと。
やっぱり攻撃に用いていた腕だろうか。でも……重そう……いや、弱気になっちゃダメだ。きっとこの先、もっと重たい素材とかもあるだろうし。
素材解体用に準備していたナイフを突き立ててみたが、刃が入らない。硬いのだ。この熊。
「ところで、アルメリアは何してるの?」
「何って、解体しようと……」
「狩猟民族か何かかな?」
いや、素材として大事でしょうに。
「持って帰れる量に限度があるよ。魔物の素材としてなら、こいつの場合は爪と牙だね。お肉としてなら……ちょっと私は詳しくないや」
「腕じゃないんですか……」
「腕だけでもかなりの重量だよ。30キロはいくんじゃないかな」
うん、爪と牙にしよう。
というか……
「クラントロは取りに行かないんですか?」
「あ、うん。行くよ。行くけど……あれ臭いし、今はちょっとのんびりしたいし……」
そんなに嫌がるほど臭いんだ……
本では独特な香りとしか書いてなかったし、少し気になってしまう。
「そうだ、二人はどこの宿をとってる? 今回の納品依頼は二人のおかげでもあるし、いくらかお礼させてよ」
「お礼って、抜け道の件で済んだんじゃ」
「いいじゃんいいじゃん。細かいことなんて」
「それに私たちは宿をとってないですよ。自宅からですし」
「へえ、純タルシス冒険者なんだ」
純ってなんだ。
いや、まあ言いたいことはわかるけども。
「私はセフリムの宿を使ってるんだ。今度ご馳走するからおいでよ。女将さんの料理はすごいんだから! ……ほんと、いろいろと」
どこか死んだ目をしだした。
宿の料理ってことは不味いというわけじゃないと思うけども、何かあるんだろうか。
「汝、礼をするというのならば、次の階層への道を教えよ」
「……あなたたちなら大丈夫か。本来は奥への道はあまり教えちゃダメなんだけどさ」
イシュの言葉に少し悩んだ様子を見せたが、了承してくれた。
地図を貸して。と言われたので自信作を渡し、次の階層への道を教えてもらう。
なかなかわかりやすい地図だと自負しちゃうくらいの自慢の子(地図)だ。褒められないかな。
「地図に地下二階へ降りる階段の場所は描いておいたから。私はクラントロを必要数とったら一度街に戻るよ。もし良かったら、セフリムの宿に一度顔でもだして」
返してもらった地図を見ればチェックがついている。そしてそこへ行くまでの道のりも。
……あとでこっそり描き直そう。線のぶれが気になりすぎる。
「それじゃ、またねっ」
「あ、はい! ありがとうございました! また!」
ウィラフさんはさっそく、いや、ようやくと言うべきか、クラントロを取りに向かった。
気付け薬になるというし、お金になりそうではあるが、今はいいや。
離れていくウィラフさんの背中を見送って、イシュに地図を見せながら相談する。
「まだ結構距離がありそうですね。ウィラフさんの地図の尺度と私の地図が同じならですけど」
「だがそう違うまい。少しの異なりなど気にすることはない」
「……訂正しながら進んでいいですか?」
「気にすることはないと……」
「訂正したいです」
「……あまり時間はかけすぎないのならばいいだろう」
「はい!」
道のりはわかってるのだ。尺と線の引き、道と川の区切りに色を変えるだけだし時間はかからないのだ。
小さな泉のそばを通り、もうすぐ地下への階段があるというところだった。
前の方から聞こえてくる、鎧の金具がぶつかり合う音と走っているような足音。
誰かが移動している。それもかなり急いでいる。
その人物は、今朝別れた人。
ワールウィンドさんだった。
その顔は汗だらけで、肩には鎧を着込んだ兵士が担がれている。
なんでそんなに焦っているのかを尋ねる前に、漂ってくる香りで理由が察せれた。
鉄のにおい……
いや、濃厚な血のにおいだ。
「っと……! 君たちか……悪いけど今はゆっくり話している暇はないんだ。下のフロアにヤバイ魔物が現れたらしい。兵士がやられて見ての通り重症だ」
担がれている兵士さんの顔には包帯が巻かれている。その包帯もどんどんと赤い染みが広がっているあたり、かなり瀬戸際だ。
治療薬を持ってはいるけど、この様子では慰めにもならなさそう。急いでしかるべきところで治療してもらうのが一番だ。
「樹海の中は当然死と隣り合わせ。死人が出たとしても、何も慌てるようなことではないだろう。その兵士とて死を覚悟して樹海に入ったはずだ。そうでないのならばただの愚か者だ。どちらにせよ、捨て置いてよいものだ」
「い、イシュ!?」
そんな突き放すような言い方しなくても。
「……っ! ……俺は急いでこの兵士を連れていく。アルメリア、この先に行くのなら注意した方がいい。少しでも危険だと思ったらすぐに逃げるんだ。いいね?」
イシュのあんまりな物言いに何かを言おうとして、それを堪えてワールウィンドさんは兵士を優先した。
またも、ワールウィンドさんとイシュとの間に溝ができてしまった。
イシュの価値観と、タルシスの人たちの価値観が大きく異なっているのかもしれない。
もともとそんな様子は何度か目にしたことはある。
イシュは助けることができる命であっても、見捨てることを選ぶのに躊躇しない。
思えば最初の邂逅時もそうだった。私の体を治すメリットがなければあのまま見捨てられていた。
イシュは嘘をつかない。なんとなくそう感じていたけど、その理由がわかった。
イシュは強いのだ。誰かの手助けがなくてもひとりでなんでもできるほどに。
誰かから気に入られようとなんてしない。合わせようともしない。だから嘘をつく必要がない。相手にも、自分にも。
イシュは人の環から外れてしまっているのだろう。
いや、唯一の例外があった。
イシュがたまに言う、救うべき人たち、だ。
その人たちといるときだけは、イシュはきっと人になれる。
その人たちがいる限り、イシュは孤独ではないのだ。
まあ、だからといって今の問題が解決するわけではないけど。
救うべき人たち以外にも、優しさを向けてくれたらなぁ……
血のにおいがこもった階段を降りながら、私は溜め息をついたのだった。
リスを見て「あっ……」ってなった人は毒されすぎです。
バーローはこれでも優しくしてるつもりなようです。人と揉めると色々と面倒だから穏便にいこう、みたいな。
「死ぬならその体、我が使ってやる」って言わないだけ昔よりましなんです。バーローなりに配慮してるんです。
アルメリアのイシュへの信用の大本となる理由は、ざっくり言ってしまうと刷り込みに近いものがあったり。
あとバーローのアンドロボディですが何度も言うようにラスボス時の能力(弱体化済み)とアンドロの能力がいくつか、です。
なのでラスボス時の第一形態の能力もあるのです。なのでリペアを使えます。一応卵形態の時は英文字だったので、英文字で言わせました。
物理カウンターおよび属性カウンターは使えません。
あと状態異常付与系も使えません。
描写の仕方が分からないんだ……
あ、今更ですが、アリアドネの糸も描写がわからないのでなしの冒険です。縛りプレイ縛りプレイ。