奉仕部に入ってから1週間ほど経ったある日。
普段通り奉仕部に向かうと、部室の前で雪乃と由比ヶ浜が立ち往生して居た。
「何してんの?」
声をかけると、2人は驚いた猫のように肩を弾ませた。
ついでに言うと由比ヶ浜は三浦との件以降奉仕部に入部している。
雪乃と2人きりは気まずさがあったため正直ありがたいことではあった。
「もう、びっくりさせないでよヒッキー」
「で、どうしたんだよ」
「部室に不審者がいるの」
「不審者?」
ドアの隙間から覗くと、窓の方を向いて仁王立ちする大柄な男の姿が見えた。
俺はドアを開けて部屋に入る。
「何してんだよ材木座」
「フハハハハ、待ちわびたぞ盟友よ!」
材木座は俺の声を聞くや否やハイテンションで振り向いて来る。
俺に続いて、雪乃と由比ヶ浜も部屋に入って来た。
「比企谷くん、この人は?」
「こいつはJ組の材木座、体育の授業でお互いボッチだからたまにペアを組む」
「ちょっと八幡!寂しいこと言わないで!」
「そう、よろしく材木座くん」
「……ところで八幡よ、この度我は貴殿に相談があって来たのだが」
「相談?とりあえず話を聞いてあげるから椅子に座ってちょうだい」
「……は、八幡よ」
女と喋れないのかこいつ。
俺は材木座に椅子を用意してやると、材木座は雪乃と由比ヶ浜から離れた俺の近くに腰かけた。
「我の書いた小説を評価して欲しいのだ!」
「小説の評価?そんなのネットにでもあげれば良いだろ」
「ネットの奴らは心無い誹謗中傷を容赦なく書き込んでくるからな……」
「大衆の目に触れるからには仕方ないだろ。プロになって出版する事を目指してるならそんな事言ってられないぞ」
「ぐぬぬ……そうなんだが……」
「とりあえず、その小説を見せて欲しいのだけれど」
俺は材木座から小説を受け取り、それを雪乃に渡す。
雪乃は1ページ目を読んで溜息をついた。
「文法もめちゃくちゃ。それになぜ暗黒騎士でブラックナイトと呼ぶの?それにたった数回の会話でこの女の子が主人公に惚れる理由が見当たらないわ」
雪乃に追求されて明らかに萎縮する材木座。まあ無理もない。
まさか初対面の女子に自分の妄想小説を読まれるとは思ってなかっただろうしな。
「雪乃…ちゃん。それは小説の中でもライトノベルと分類される作品の一種だ。主に画材がなく絵が描けない漫画家崩れが書くことが多い。まあ漫画の台詞をそのまま文字起こししたようなものだ」
「なるほど」
「俺も中学生の頃暇潰しを兼ねた賞金目的でとあるネット小説サイトに投稿して銀賞を貰い、その小説を出版してもらうことになったんだが、半年で打ち切りになった。こういうライトノベルを読む層は一般文芸的な作品よりもラフで手軽に読める作品を好む。それこそより漫画に近いような作品をな」
「あなたの作品も受けなかったということね……是非読んで見たいものだけれど」
「出版記念に20冊ほど貰ったけど、要らないし渡すような人もいないから捨てちまったな……」
そういえばあの人には渡してたっけな。
あと小町にも。
「確か応募したのが……2015年度ガガガ文庫のネット部銀賞受賞作品を調べれば出てくると思うが」
「本当だ、見つけたわ。……『憧れた太陽と夜に住む悪魔』……これって……」
雪乃には教えない方が良かったな。
まあ三巻で打ち切りになったから、読んだところで大して内容進んでないから問題ないだろう。
最後まで書ききっていたらそれこそあの人にしか見せれない。
「つまりだ材木座、実行無しに夢を語る事は出来ないんだよ。それにそういう物はノリが大事だ。慎重に進めても結局現実を理解して諦めることになる。それならもう最初から勢い任せで行けるところまで行った方がいい」
「そ、そうだな!なんか勇気が湧いたぞ八幡!ありがとう!」
こうして材木座は元気よく去って行った。少しでもあいつの心の足しになったのなら良かったぜ。
材木座が去った後、後10分もすれば下校時刻になり奉仕部も解散になる。
雪乃は小説を読み、由比ヶ浜は携帯をいじっている。
その時、急に由比ヶ浜の携帯が鳴った。
「ママから電話だ!時間も時間だし、あたしこのまま帰るね!ばいばい!」
親から電話がかかって来たようで由比ヶ浜は忙しそうに部室から去っていく。
俺と雪乃が残されたところで、雪乃が本を閉じた。
「……まだ、姉さんのことが好きなの?比企谷くん」
「……」
「ねえ、答えて」
「だからお前とは関わりたくなかったんだよ。俺はお前の気持ちを知ってるから、それに応えれない俺はお前の側にいちゃいけない」
「……私も、まだ貴方のこと好きよ」
「お前にとっては辛い事を言うが、俺はずっと陽乃さんのことが好きだよ」
はっきりと、そう言う。ここであやふやに応えて雪乃に期待させてはいけない。
俺は雪乃のことは嫌いじゃない。
むしろ俺はこの子を信頼している。
が、その心を弄ぶような事をしてはいけない。
俺はこいつの想いに応えられないから。
少し涙目になる雪乃だったが、目尻を指で摩ると微笑んだ。
「平塚先生が言ってたルール覚えてる?」
「……覚えてるが」
「良かった。わたしが勝ったら、貴方には私と結婚してもらうわ」
雪乃はそう言って微笑む。
この子は諦めが悪い、負けず嫌いだ。
万が一にも俺は雪乃との勝負で負けるかもしれない。雪乃は高い能力をもっていて、優秀だ。
そして、簡単に諦めるようなヤワな女じゃない。
だが、この方法が1番いいかもしれない。
この条件を受け入れた上で雪乃に勝てば、雪乃は俺を諦めるかもしれない。
「ああ、いいよ。その代わり、俺が勝てばもう俺のことは諦めろ。雪乃」
「……。うん」
普段は凛々しい雪乃だが、子供のように頷いた。
「それと、一つお願いがあるの」
「何だよ」
「みんなの前だからと言って、無理にちゃんを付けなくてもいいわ」
「変に仲良いと思われても困るだろ」
「だって実際、仲良いじゃない」
「そうか……」
雪乃と俺の勝負が、今日ここで明確に始まった。