ジゲンの太刀に後退無し 作:他意は無い
島津暮人が力を示した暫くした後、1年のフロアには転入生の話題が駆け抜けていた。
だが、騒ぐのはミーハーな者達だけだ。
例えば、前回の一件で手痛い敗北を被った者達、とか。
「……………ッ!」
その一人、織斑一夏は一心不乱に竹刀を振るっていた。
最初は、剣道で負けた。鈍っていた事もあるが、それ以上に力の差があった。
次は、IS戦で負けた。
心の何処かで、セシリアにも善戦できた事から勝てないまでも良い勝負が出来るのでは、と期待していた。
だが、その結果は剣を一合も合わせる事無く、何をされたのか理解する前に叩き潰された。
そして、知る。自分と暮人の明確な力の差を。
これではダメだと剣を振り直していたのだ。しかし、振れば振るほどに現実は彼を蝕んでいく。
遠いどころか、見ることすらも出来ないほどの背中。
一振り毎に、その差を直視させられる。
何故こんなにも自分の一振りは非力なのか。何故こんなにも自分の一振りは鈍足なのか。何故こんなにも自分の一振りは軽薄なのか。
分かっている。理解している。それはきっと、どれだけ真剣にたった一つの事に打ち込んできたかの証明だからだ。
自分には、それがない。中学では、家庭を助けるという理由からバイトばかりであった。
その始まりの感情は、姉である千冬の助けに少しでもなりたいというものだ。
立派なものだろう。両親がいない二人暮らし故の行動であった。
仮に、だが。仮に一夏が剣道を続けていた場合、この差は埋まっていたか。
A.埋まらない。如何に彼が天才的な成長速度を誇っていようとも、基礎がガタガタなのだから同じ建造物を建てようとすれば綻びが出て、最悪倒れる。
ならば無駄かと言われれば、そうでもない。
確かに追い付けないかもしれないが、努力することによって自分の力を高めることは出来るのだ。
結果として強くなることには変わり無い。
只し、両刃之剣だ。何故なら実感する前に先駆者を見てしまい、その結果やる気を失うこともある。
壁があるからこそ燃える、と言うものも居るがその壁が絶対に越えられないことを知っていれば、その炎も弱まる、ないしは消えることだろう。
大きすぎる障害は、人のやる気を削ぐだけだ。
さて、そんな彼を心配そうに見つめる二つの影があった。
1つは、箒。もう1つは、最近転校してきた中国の代表候補生、凰鈴音だ。
この場にセシリアが居ないのは、彼女も思うところがあり、鍛練を続けているため。
彼女の弱点は、その正確無比な狙撃だ。普通ならば欠点にならないのだが、タイマンの場合は話が変わってくる。
正面から潰し合うだけが闘いではない。それこそ、フェイント応酬による騙し合いや、何でも使う無差別戦など手法は様々だ。
そして、正確無比な狙撃というのはそのまま相手の素直さも表している。
どこを狙うのか、どう狙うのか、いつ狙うのか。
一度でも呼吸を取られれば、後は見切られるのみ。
速くしようと遅くしようと、その流れは変わらないからだ。
暮人戦が正にそれ。もっとも、相手の学習能力と戦闘経験の蓄積量が異常であったが故の事態ではあったが。
後は、近距離戦の弱さか。
一夏との戦いでもそうだが、距離を詰められると途端に弱くなる。一応、ショートソードとミサイルビット等を装備しているが、前者は呼び出すことすら難しく、後者は二発ポッキリだ。
この場合、採れる選択肢は二つに一つ。長所を伸ばすか、短所を削るか。
勘違いしてはいけないのが、後者だ。あくまでも削るのであって払拭する訳ではい。
例としては、達人じみた剣術の腕ではなく、達人等を相手に十合程打ち合えるようになる、というのが最終目標。
この十合というのは、一種の目安のようなものでそれだけ達人と打ち合えれば隙も作れ、逃げる算段もつくというもの。
そして、長所を伸ばすというのは、ビット兵器による偏向射撃だ。
これは、放ったレーザーを操作して追尾性能を持たせたりすることができる。
縦横無尽に飛び回るビットとそこから放たれる偏向射撃。更に、そこに精密射撃が加われば、相手の動きを操作しながら回避できないタイミングを自ら生み出せるようになるだろう。
少年少女は腐らずに、努力を続ける。
結果はどうあれ、だ。
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「良い傾向、なのかしらね」
「急にどうした?」
「一夏君達の事よ。貴方とぶつかったお陰か、努力してるみたいよ」
「?当たり前だろ。出来ねぇことを、出来るようになるには努力するしかねぇじゃねぇか」
生徒会室にて、テーブルを挟んでソファに座り向かい合った、暮人と楯無の二人はそんな会話を交わしていた。
「それは、努力することが、かしら?それとも出来るようになるって事が当たり前なの?」
「前者に決まってるだろ。生憎と俺は、努力が必ず実を結ぶなんて思ってない。むしろ、望んだ結果を得られる方が少ないと思ってるからな」
「どうして?」
「個人差の問題だ。百の努力で、十の結果しか出ないやつと、十の努力で、百の結果を叩き出すやつ。まあ、資質とか才能の話だな。こういうのは、基本的に天性のもんだ。たまに聞く、努力で限界を打ち破るとか言われるけど、あれもある意味、努力して実らせる才能がある、て言えるだろうしな」
「才能、ね…………だったら、努力の必要性ってあるのかしら?」
「そりゃ、あるさ。結果はどうあれ、才能とか資質とかは、原石だ。努力のカットで宝石になるのさ。それが小粒か大粒かの違いだけだな」
下手なことすりゃ割れるけど、と続け暮人は紅茶を啜る。
この場には、虚の姿はない。彼女は、整備科へと呼ばれており席をはずしていた。
「割れる、ね。それって、アプローチとオーバーワークの事かしら?」
「まあ、な。どんなことでもやりすぎは、体を壊す。限界値位は見定めとかねぇとな」
「貴方がそれを言うの?」
「いや、俺らは骨が折れればちゃんと休むから」
「普通は折れるほどやらないでしょ」
「無鉄砲にやってる訳じゃないさ。限界値ギリギリでちゃんと止めてる」
「……………やっぱり貴方達おかしいわ」
楯無は、呆れたと言わんばかりのため息をついて首を振る。
彼女の家も、対暗部用暗部として厳しい訓練は積んでいる。しかしそれは、あくまでも不意打ちや裏家業に特化したもの。
何より、現代には銃火器があるのだから射撃などをメインに据えて、体術はサブの在り方が強い。
体術には銃を、剣には銃を、暗器には銃を、ISにはISを。
距離と防御力というのは大切だ。特に前者は、有るのと無いのとでは精神的な余裕が違う。
肉眼で見る銃口と、モニター越しにみる銃口ばりに違う。
だからこそ人間は距離をとってきた。石器時代から投げ槍などの遠距離手段を採り、弓矢が銃へと変わるのが武器の歴史だ。
最後には、安全なシェルターに籠って、ボタン一つで隣国を滅ぼすほどになる。
そんな世界に逆行する剣術一家。
「貴方の家に生まれなくて良かったわ」
「あん?出来なきゃ逃げりゃ良いだろ」
「そうもいかないでしょ。だって貴方、跡継ぎじゃ―――――」
「いいや。特にそんな決まりはねぇよ。強い奴が継ぐだけだ」
強さ至上主義は、跡継ぎ問題にも顔を出す。
暮人が弱ければ、嫡男だろうと関係ない。強い者こそが正義であり、法なのだ。
「ホンット、修羅道ねぇ」
「生きてりゃどこでも修羅道じゃね?」