ジゲンの太刀に後退無し   作:他意は無い

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拾七

 少女、ラウラ・ボーデヴィッヒにとって織斑千冬は、もはや崇拝の対象と言っていいほどの存在であった。

 最初は、落第生であった自分を拾い上げてきてくれた感謝。

 感謝はやがて、憧れへと変わり。

 憧れは、崇拝へと変わっていった。

 故に、彼女は織斑一夏を認めない。自身の崇拝する千冬の栄光に泥を塗ったと思うが故に、許すことができない。

 

 だがしかし、ここ最近彼女の関心は別に移っていた。それは決して良い感情ではない。むしろ、悪いとすら言える。

 問題は、ただ一つ。暮人が尽く千冬の授業をサボっている点。この一点に尽きる。

 何より、そのサボりを千冬が黙認していることが我慢なら無い。

 一度、一夏の件も含めて問い詰めたのだ。

 その結果は、暮人には関わるな、という容認しがたいものであった。

 

「何処に居る、島津暮人………!」

 

 放課後、ラウラは暮人を探して学園内を歩き回っていた。

 その懐には、物騒なモノが吊り下げられ、腰の後ろには一振りのナイフ。

 いざとなれば、使うことも辞さない。

 

「剣道場、ここか…………」

 

 目当ての場所にやって来た、彼女は扉に近寄るとバレないように中を覗き込んだ。

 

「居ないか」

「あれ?どうかしたの?」

「む。いいや、人を探していたんだ」

 

 扉から離れた直後に、道場から出てきた剣道部員に問われたラウラは、答える。

 

「あ、人って島津君?彼なら外だよ。私達じゃ相手にならないからね」

「外、か」

 

 ラウラは一つ礼を言うと、外へと向かう。

 グラウンドでは、運動系の部活が練習に打ち込んでいるところであった。

 だが、そこにも探し人の姿はない。

 キョロキョロと辺りを見渡し、頭を捻る。

 

 アリーナは、あり得ない。グラウンドにも居ない。寮には、帰っていない。

 いったい何処に居るのか、検討もつかない。

 暮人はルーチンこそ組んでいるが、基本はブラブラと適当に動き回って自堕落極まりない日常を過ごしている。

 野良猫だ。それも縄張りを作らない気紛れのクソ猫。

 辛うじて居着くのは、寮の自室か、生徒会室、若しくは食堂位か。

 

「厄介な……………む?」

 

 半分潰れた視界の右端、そこに妙なものが映った為に、ラウラは顔を上げた。

 

「あれは、フランスの…………デュノアか?」

 

 金髪をうなじで纏めた、自分と同じタイミングで転入してきた三人目の男性操縦者。

 本国からの指示もなく、ラウラとしても接触のメリットがないため放置していた相手だ。

 そんな彼が、木立を覗き込みながら、どこか挙動不審であった。

 

 それは直感。ラウラは彼の先に、暮人が居ると何となくそう思った。

 

「―――――!ボ、ボーデヴィッヒさん…………」

「島津暮人はこの先か?」

「え?う、うん…………」

 

 近づいてきたラウラに気付いたシャルルだが、二人の間に特別会話はなかった。

 元より繋がりもないため、当たり前か。

 木立へとズカズカ踏み込むラウラへと、一瞬だけシャルルが手を伸ばしたが、それも届かず、後も追わない。

 そんな背後の葛藤に気づくことなく歩を進めていた、ラウラの聴覚が不意に在る音を拾った。

 

 それは何かが空を斬る音だ。それも相当な質量を誇る何か。

 音の方向へと進んでいくと、そこには開けた空間が広がっていた。

 草地になっており、辺りは木立であるため余計に明るく見える草地の広場。

 

「4997………4998………4999………」

 

 その中央にて、胴着姿で素振りをする暮人の姿があった。

 一振り毎に、全身から蒸気が吹き出すように上り、汗が蒸発していく。

 人間の体温は、炎天下の運動時には40度程まで上がるが、今の暮人はそれ以上に高いかもしれない。

 

「……………」

 

 ラウラは、その光景に声をかけることすら忘れて、見蕩れていた。

 武骨ながらも、一本の芯がピシリと通ったかのような背筋。一振り毎に躍動する上腕。百キロはくだらない素振り棒を完全に同じ場所で止める筋力、そして体幹。

 軍人として、肉体を鍛えるからこそ分かること。

 即ち、レベルが違う。

 勿論ISを使った戦闘ならば、負ける気はない。だが、生身で殺り合えば、その結果は悲惨なものになるだろう。

 

「――――――何か用事か?」

「………!」

 

 気づけば、暮人は素振りを終えていた。鍛練棒を側に突き立て腕を組んでラウラを見る。

 

「………………貴様は、ここで何をしている?」

「鍛練」

 

 会話は短く簡潔に。互いに、書類による情報は得ているものの、話題が無いためだ。因みに、暮人の情報源は楯無である。

 

「で?お前こそ、何のようだ?随分と物騒なものを持ってるみたいだがよ」

 

 鍛練棒を担ぎ直した暮人は、若干腰を落として笑う。

 仮に、銃を向けられれば撃たれる前に鍛練棒を叩き付けるつもりだ。

 この場合、どちらが早いかは明白。ラウラの拳銃は制服の下に吊られており、抜くまでにラグがあり、尚且つ狙いをつける為に一瞬止まらねばならない。

 対して暮人は、腰を落とすことにより、足でバネを作り、鍛練棒を持つ右腕にも少なくない力を溜めている。後は放つだけだ。

 示現の太刀は、秒より始り、絲、忽、毫、厘、そして雲耀へと至ることを目指して鍛練を積んでいく。

 だが、才があり、鍛練を積んで、体を壊しかけて、漸く忽に至れるというのが人間だ。それ以上、況してや雲耀等の領域は、最早怪物に成らねばならない。

 そして、暮人は人間ではあるが、狂人であった。

 狂った剣士の速度は、厘。あと一歩で、雲耀へと届き、あと一歩で人間を辞める手前まで来ていた。

 

「……………っ」

 

 相対したラウラは、自然と喉がなるのを理解した。

 彼女から見て、織斑一夏は腑抜けていた。故に、サボりの常習犯である暮人は、もっと不真面目でふざけた相手だと思っていたのだ。

 しかし、実際のところは違った。内側に一本の真っ直ぐな芯があり、その為の努力を惜しまない。

 餓狼の様に強さを求めるその姿。

 

 それは、見てはならなかった。少なくとも、今のラウラが見るべき者ではなかった。

 強くなる理由も、意味も見いだせない者には、劇薬でしかなかったのだ。

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