ジゲンの太刀に後退無し 作:他意は無い
死闘の直前、アリーナ管制室では真耶が狼狽え、千冬が渋い顔をしていた。
「ど、どうしましょう先輩…………あの人はいったい…………」
「…………………さあ、な。だが、教師陣の突撃は見送らせてくれ」
「で、でも、生徒が………」
「あの男は、障壁を破って入り込んだんだぞ?絶対防御やシールドエネルギーを宛にしている者では、カウンターで斬られかねん」
千冬の懸念。そして、ある程度絞られた正体から考え、彼女は引かせることを決めた。
少なくとも、今の状態は正体不明の男が、生徒を守る位置に立っており、敵と向かい合っている。
もっとも、状況的に宜しくないのは確かだ。
避難誘導が始まっているとはいえ、彼の登場は派手すぎた。
今のところ、彼の持つ刀が特別製だと周りは考えている事だろう。
しかし、正体に心当たりのある千冬は、戦い始めればそれも変わると考えていた。
正に胃痛案件。世界最強も内臓へのストレスにまで耐性は無いらしい。
「…………………死人が出なければ、御の字か」
ボソッと呟かれた物騒な言葉は、誰にも聞かれることはなかった。
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障壁の外では、騒ぐ者達が多い中、アリーナ内部では沈黙が支配していた。
向かい合う死神と贋作、そして死神の後ろに庇われる形の3人という構図だ。
明らかに異質なのは、前者。溶けたISが操縦者を包み込み姿を変えた者と、スーツ、仮面、刀という明らかに色物な男。
だが、彼と彼女等は声をかけられない。
色物な見た目に反して、その全身から発せられる殺気が半端ではなかった。
それは、彼等が行っていた全力の試合がおままごとと思えるほどのもの。
当たり前だ。ルールと装備に守られ、安全を考慮した試合と、一瞬の油断が生死を分ける死合では修羅場の度合いが違いすぎる。
男と彼らの間に横たわるのが、その差だ。
そんな周りなど知らんと言うように、彼は剣を構えた。
一応正体を隠しているのだから一般的な正眼の構えである。
蜻蛉など見せた暁には、面倒な追求が彼を待っている。
近い構えならば、八相や上段等もあるのだがせっかくの相手だ。楽しまなければ損だろう。
彼は偽物を肯定する。
世間一般では、真似ばかりというのは忌避されがちだ。
しかし、忘れてはいないだろうか。人間誰しも、才能に関係無く始まりは真似から始まることを。
それが勉学であれ、スポーツであれ、武術であれ、始まりは真似することだ。
真似て、覚えて、理解する。それが全て。そこから、発展させるのが天才であり、反復するのが凡才だ。
どちらであれ、その過程で真似した相手に近付きたいと思うのは間違いではない。むしろ当然とも言える。
結果として、贋作、偽物と揶揄され、非難されようとも、手にした力は本物だ。
彼にとっては、力の得た過程や方法などはどうでも良い。
ただひたすらに強くありさえすれば、それで良い。
「ブチコロス」
黒が駆け抜ける。
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火花が散った。何度も何度も舞い散り、散って、再び咲き乱れる。
特筆すべきは、彼の方か。
相手はISだ。立ち上がれば、成人男性も見上げるほどに大きい。
そんな相手が近接武器である剣などを振るえば、自然と振り下ろす姿勢となるだろう。
「カカカカッ!ヤルジャネェカヨ」
態と、相手の攻撃を受け止めながら死神は機械音声で笑っていた。
振り下ろしには、単純な膂力だけでなく、重力や遠心力を乗せやすい。
それに加えて、今はパワーアシストによって鉄板すらも飴細工のようにネジ切れる力を発揮できる。
つまり、人一人が受け止められるような一撃では、本来ならば無い。だが、彼は違う。
全身を柔らかく使い衝撃を緩和、刀身の反りを利用してインパクトの瞬間ズラす事により、緩和する衝撃を更に削っていた。
常の彼を知る者からすれば、似合わない柔の剣だ。
そもそも、剣狂いが一撃必殺の剛剣のみで目指すべき頂きに辿り着ける筈もない。
例えば、ベースとなっている“ジゲン”流とて初太刀を外せ、というのが印象的すぎて他は素人、等という印象が持たれている。
それは、誤りだ。二太刀、三太刀と次に繋げる手段も確かに存在しており、確かな技がそこにある。
居合い抜き等もその一つ。
確かに一を極めることは、重要だ。しかし、その過程でその一つに固執する事は宜しくない。
時には別の視点を混ぜていかねば、煮詰まってしまう。そうなれば、高みに登れるであろう逸材も腐ってしまうというもの。
彼、暮人も同じこと。一撃必殺の剛剣をベースに脱力を覚え、柔剣の要素を組み込むことにより、爆発的に一振りの破壊力が増した質だ。
「ソロソロ イイカ?」
「!?」
何度も何度も、剣を振り下ろしていた異形、VTシステムはシステムでありながら目の前の存在が急激に大きくなったかのようの圧迫感を覚える。
同時に、先程まで一方的に振り下ろすだけであった剣が徐々に跳ね上げられていく。
そして初めて、彼から一歩前へと踏み出した。距離を詰めてから、前にも後ろにも行かなかった彼から仕掛けた形だ。
その内心としては、百近く受け止めてハンデもやったんだから、良いだろう?というもの。
贋作とはいえ世界最強の太刀が、弾かれる。
どの角度から振り下ろしても弾かれ、威力を変えても意味がない。
一振りする度に、無駄、と叩き返される。
訳がわからない。
相手は生身であり、スキャンすれば筋密度や骨の強度が異常ではあるが人間だ。
だが、打ち勝てない。手も足もでない。
それどころか、押し込まれる始末だ。
VTシステム内には、山のようなエラーが発生しており、その結果一気に機体の動きが悪くなっていく。
その一瞬を彼は逃さない。
「シマイ ダ」
一瞬で四本の斬撃が駆け抜け、中のラウラを傷付けぬように両手足が斬り飛ばされ、柄頭によって顎をカチ上げられた。
埃を舞いあげ、機体は仰向けに倒れる。
本来ならば、ヘドロのような装甲がダメージを食らう先から修復されていくのだが、今ではその機能も、エラーによって死んでいた。
最初から決まっていたことだ。ただ、早いか遅いか、それだけの違いでしかない。
ここが学園ではなく、外であり、相手が殺しに来た敵ならば、最初の一太刀でケリがついていたことだろう。
「マアマア タノシカッタナ」
狂人の欲を満たすためだけの茶番。
決められたシナリオを完走した演者に与えられるのは―――――無力感だけであった。
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茶番劇の行われた、その日の夜。甘味を補充し、昼寝をした暮人は海の側へとやって来ていた。
崖の天辺に腰を下ろし、何をするでもなく海をボーッと眺める。
既にスーツではなく、安物のジャージ姿となった彼は、手元に得物も持ってはいない。
「こんな時間に、何をしている」
「それはお互い様じゃねぇですかね」
彼の背後に現れるのは、スーツ姿の千冬であった。その表情は、かなり厳しい。
「島津………いや、死神、と呼ぶべきか?」
「………はて、何の事やら」
「惚けるなよ。フランスの件もお前の仕業だろう?」
「フランス?俺は単にずる休みしてる不良生徒っすよ」
惚ける口調の暮人。どうやら真面目に答える気は欠片もないらしい。
別段隠している事でもないが、面倒を背負い込む気は更々無いからだ。
「………私としても、殺人鬼を野放しにはしたくないんだがな」
「だったら掛かってくれば良いでしょう?牙の抜けた虎ほど狩りやすい相手はいませんがね」
覇気の強くなる千冬に対して、暮人は余裕を崩さない。
彼としては、殺し合いになっても構わないと本気で思っていた。
なんせ、VTシステムは肩透かし、偽物にしたってもう少し完成度が欲しいと文句を言いたくなるレベルであった為だ。
鈍っていることを加味しても、恐らく最強クラス。
それを思うだけ血が滾る。やはり彼も剣狂いにして、戦闘狂の一族なのだ。
「お前は、その手を汚すことに躊躇いはないのか?」
チリチリと肌を焦がすような殺気を放ち始めた目の前の背中に、千冬は思わず問い掛ける。
殺してやる、と怒りを持ったことは彼女にもある。しかし、その前に理性がストップをかけるのが人間というものだ。
普通は。
「別に、何とも。弱いから敗けて、結果死ぬ。それだけっすから」
狂人には関係無い。
人が生まれ、生きて、死ぬ。その過程に、彼らは魅力を感じない。
求めるのは、生き死にの掛かった一瞬に煌めくやり取りのみ。
どうしようもない程に単純で、そしてどうやっても取り返しのつかない瞬間にこそ、充実感を得られる。
そんな狂人の理に、千冬は寒気が背中を通り抜ける感覚を覚えた。
これは、違う。そう本能的に理解した、いや、理解させられた。
自分も大概“オカシイ”と自覚のある彼女ですら、この狂気は理解の外。
何故なら、彼女は人間だから。理性ある、人間、だからだ。
暮人を含めて、彼の家は違う。獣で、餓狼だ。
戦いと血に飢えた野獣。
そんな相手に、人間の理を説いた所で意味は無い。
「相手、してくれます?」
問うた彼の振り向いた横顔には、口角が裂けたのかと思えるほどに好戦的な笑みが張り付いているのだった。