ジゲンの太刀に後退無し   作:他意は無い

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 放課後。生徒会室で午後の授業もブッチした暮人の姿は剣道場にあった。

 放課後になると直ぐにここまで来た為に、彼は制服姿だ。

 

「防具は本当に要らないんだな?」

「…………要らねぇ」

 

 制服の上着を脱ぎ、黒のタンクトップ姿となった暮人の手には、一振りの竹刀。

 彼と相対するのは、剣道の防具一式を纏い竹刀を中段に構えた篠ノ之箒。

 更に、剣道場の端には部員の他にも多数の生徒達が居た。

 

 事の始まりは、数分前へと遡る。

 

 

 /

 

 

「道場なんて、久し振りだな」

 

 近代的な校舎のなかに、和風は浮く。鼻を擽る木の香りを嗅ぎながら、暮人は剣道場前へとやって来ていた。

 外履きに靴下を突っ込み、上着を脱ぐ。

 

「失礼、この剣道場の責任者はどこっすかね」

 

 突然の来訪者に沸き立つ剣道場。そして、少女達の視線は、彼の肉体へと吸い寄せられていた。

 礼儀正しく、折り目正しく、ピシリと背筋を伸ばした彼の全身には、服の上からは分からない、まるでギリシャの彫刻のようなミチミチと皮膚を突き破らんばかりに詰め込まれた筋肉があったのだ。

 

「あ、えっと…………私、だけど」

「これから、剣道場の端を借りたいんすけど。良いっすかね?」

「えっと、島津君、だよね?剣道するの?」

「いや、剣術っすね。それに、家の方から誰かとの鍛練は向かないって言われたんで」

 

 暮人が思い出すのは、父や祖父母、親戚などから向けられた気狂いを見るかのような目。

 無論、そんな目を向ける彼らも世間一般からすれば十分に剣狂いなのだが。

 

「あ、これ入部届けっす」

 

 比較的常識をわきまえた彼は、入部届けを責任者である上級生へと差し出す。

 

 そして、彼は一礼すると近くの壁に掛かっていた木刀を周りに断りを入れて手に取った。

 そのまま赴くのは、一本の丸太の立ち木。

 

「ふぅー………………」

 

 周りが注目するなかで、集中する暮人は一人であった。

 大きく息を吐き出すに併せて、彼の視界は周りの余分な情報をカットしていき、思考は剣の一点に絞られていく。

 

「…………………チェストォーーーーーーッッッ!!!」

 

 蜻蛉の構えより放たれた振り下ろし。まるで雷でも落ちたかのような衝撃と音が辺りに木霊する。

 そして、それは一度だけではない。

 振り下ろす速度もそうだが、それ以上に剣を引き、元の体勢に戻る速度も尋常ではないのだ。

 立ち木は瞬く間に痩せ干そっていき、同時に木刀にも大きくヒビが刻まれる。

 

「ハァーーーーーーーッ!!!」

 

 一際強く、気迫を発し踏み込み、振り下ろす。

 木刀が砕け、立ち木も真横からへし折れた。

 

「やっべ、やり過ぎた」

 

 我に返った暮人は、刀身の砕けた木刀を眺めて頭を掻く。

 隔離を受けてから久方ぶりの打ち込みであった為に、どうやら加減が甘かったらしい。

 

 謝罪をしようと振り向く彼だったが、周りは其れ処ではない。

 木刀自体も脆いものではない。それはへし折られた立ち木も同じことだ。

 それをたった一度の打ち込みだけでへし折るまで持っていった。

 

 端的に言って化け物過ぎる。

 

「すんません。少し手加減が鈍ってましてね」

「………………あ、うん」

 

 ヘラリと笑った彼に、責任者の先輩は気の無い返事しか返せない。

 同時に、彼ほどの使い手がこの部に入ったことに今年の波乱を嗅ぎとる。

 

 もう一人、持て余した期待の新人が居るからだ。

 最も、彼と比べればまだ人間業なのだが。

 

 その後、砕けた木刀と折れた丸太を暮人が担ぎ上げると同時に、新たな部員がやって来る。

 彼女こそ、中学剣道の全国大会にて圧倒的な実力を持って優勝した、篠ノ之箒その人である。

 

 彼女から見れば、一日サボっていた男が道場に無理矢理押し入って暴れたように見える。

 

「お前、何をやっている」

「鍛練」

「立ち木をへし折るのが鍛練か」

「ここ最近、振れてなかったからな。加減ミスったわ」

 

 ヘラヘラしている暮人の態度は、真面目な箒にはふざけているようにしか見えない。

 

「……………」

 

 既に胴着へと着替えていた彼女は、手早く防具を着けていく。

 そして、竹刀を暮人へと突き付けた。

 

「剣術をやっていると、言っていたな。ならば立ち合ってもらおうか」

 

 流石にそれは無謀だ。少なくとも周りは、止めようと動く。

 そこを暮人は制した。

 

「それは、手合わせか?それとも、死合か?」

「前者だ」

「そうか」

 

 箒の言葉に暮人は、頷いた。そして、丸太を下ろし、木刀の欠片をその上に置くと、竹刀が置いてある場所へと向かう。

 適当に一振り抜き出すと二、三度振って肩に担いだ。

 

「なら、やろうか」

 

 そして、場面は冒頭へと戻る。

 

 

 /

 

 

 中段に構えた箒と竹刀を肩に担いだ状態の暮人。

 別段、彼は舐めている訳ではない。

 ただ、一定以上の使い手ともなれば自然と力の差を理解するというものだ。

 

 剣の修行を積んできた箒と剣の苦行を積んできた暮人。

 一文字違えば中身も違う。

 

 箒の剣の腕も相当なのだが、残念ながらその域にまでは達していない。

 だからこそ、目の前の相手が構えないことが腹立たしい。

 

「…………行くぞ!!」

 

 もとより、寝てばかりだった彼には良い印象を抱けていなかった箒だ。

 竹刀を振り上げながら、一気に距離を詰めていく。

 面打ち。これまで何度も練習を重ね、更に全国大会でも、一度も防がれることのなかった鋭い一手。

 だが、

 

「カッ――――――!?」

 

 音が遅れて聞こえ、箒は左斜め後方へと吹き飛ばされていた。

 勢いよく流れていく景色。そのなかで、彼女は確かに見た。

 

(片手、だと………!?)

 

 視線の先、右手を左から右へと薙ぎ払った体勢の暮人がいた。

 何の事はない。突っ込んできた箒に対して彼が後出しで竹刀を振るい、勝った、それだけのことだ。

 膂力、技量、鍛練量。全ての桁が違う。

 

 この一合で格付けは決した。

 吹き飛ばされながらも、何とか両足で踏ん張って止まる箒。だが、体が止まると同時に膝をついて崩れ落ちる。

 胴の防具を挟んでも相当な衝撃だった。

 

「終わりか?」

「――――――ぐっ……!まだ、だ!」

 

 立ち上がる箒。何度もえずいているが、その切っ先は確りと暮人へと向けられている。

 その面の下から覗く瞳には、先程までの侮りと、彼女自身も気付かなかった傲りが消えていた。

 代わりに宿るのは、純粋な闘志。高みに挑む一人の剣士がそこに居た。

 

「……………」

 

 暮人も応える様に、構えるのは蜻蛉。同時に全身から押し潰さんばかりの圧力が放出される。

 

「…………ッ!」

 

 厚く高い壁。一瞬怯んだ箒だったが、無意識に下がろうとした足を無理矢理前へと踏み出し、駆け出した。

 そして―――――

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