ジゲンの太刀に後退無し 作:他意は無い
実力差、理解してこそ、一人前。
そんな川柳擬きを頭の中で思い浮かべながら、暮人は目の前に対峙する相手に目を向ける。
(鈍ってるのもあるとは思うけども……………そもそも弱い、か)
「構えないのか?」
「さあ、な」
気の無い返事に、防具を身に付けた一夏は若干の苛立ちを感じていた。
こうなったのは、彼が幼馴染みの箒にISの特訓をお願いしたことに始まる。
/
朝の鍛練を終え、汗を流した暮人は制服に着替えて、食堂へと向かっていた。
夕飯を相当に食べた彼であったが、朝の鍛練で完全にエネルギーを使いきってしまっており、先程から腹の虫が鳴き止まない。
何を食べようかと思案していると、
「昨日ぶりだな、島津」
と声を掛けられた。
振り向けば、そこに居たのは箒と少し驚いた表情の一夏の二人組。
「よぉ、おはよー」
暮人は、少し振り向き挨拶をするとそのまま止まることなく進んでいく。
その背を追う箒と、急に動き出した彼女を追うように慌てて動く一夏。
彼からすれば、仏頂面がデフォルトであった幼馴染みが自分から他人との接触をとるという行為に驚いていた。
一夏から見て、島津暮人という少年は不真面目で変な奴という印象である。
授業はマトモに受けず、自身の姉である千冬に何度か折檻を受けて、その上で無視を決め込んでいたからだ。
その印象が少し変わったのは、セシリアとの一件から。
彼は、ISを宇宙服だと言った。そして、そんな物で戦おうとする者達をおかしいと言った。
一夏は今まで一度もそんなことは考えたことがない。
そもそもISは、幼馴染みの箒の姉が造り上げて、世に出したものだ。そして、女尊男卑という世の中になっても、彼はどちらかというとちやほやされる側の人間であり、明確な悪意と対峙したことがない。
いや、過去に一度だけあったか。だがそれも、姉の力によって払われた。
悪くいってしまえば、世間知らずなのだ。そして、自分の意見が薄い。芯が細い。
ともすれば、アッサリと折れてしまいそうな程に、細い。
更に己を正確に測れていない。
例えば、今回の一件。セシリアとの決闘も、普通ならば やらない。何より、ハンデ云々の話は出てこなかったはずだ。
暮人は否定したが、やはりこの世界でISというものは兵器の側面があることは否定できない。
兵器は、道具だ。そして、道具の練度は練習の積み重ねによって成り立つ。
代表候補生ならばその時間は300時間を越えるだろう。そして、その時間もただ遊んでいるわけではない。
そんな相手に、マトモに乗った事が一度しかない彼が敵う見込みは限りなく低いだろう。
もっと言うと、その際のハンデ発言は周りは気付いていなかったが、女尊男卑ならぬ男尊女卑。つまりは、女性が男性よりも力で劣ると言っているようなものだ。
そんなことはない。少なくともこの世界では、そんなことはないのだ。
ISを持ち出されてしまえば、勝てるのはそれこそほんの一握り。少なくとも正面からでは勝つことは難しいだろう。
世間を知らない、世界を知らない。自分が恵まれた立場であることを理解していない。
「なあ、箒」
「なんだ?」
「俺のISの練習、見てくれないか?」
だからこそ、最初に頼る相手を間違った。
箒の内心には、二つの思いが浮かぶ。
1つは、初恋の想い人に頼られた喜び。もう1つは、何故姉である千冬に頼まないかの疑問。
口を開けば、後者の疑問が表に出た。
「何故、私なのだ?お前には、千冬さんが居るだろう?」
「それは…………何と言うか千冬姉には頼りたくないって言うか…………」
「…………まあ、良いだろう。だが、ISは使えないぞ?」
「何でだ?」
「訓練機の貸し出しは予約制だ。次に貸し出されるのは予約して一ヶ月後だな」
「ま、マジか………」
「それに私も、まだまだ修行中の身だ。放課後丸々は使えない事を分かってくれ」
「え、でも全国大会で優勝した、んだよな?」
「あんなもの、誇るほどじゃない。私より強い剣士などごまんと居る」
少なくとも一人は、確実にこの場に居る。学園で見れば二人は確実だ。
「千冬姉、か?」
「いいや、違う」
「じゃあ―――――」
「島津だ」
誰だ、と一夏が問う前に箒は答える。
彼女の言葉に大きく目を見開いた彼は、少し離れた席で山盛りの丼4種をがっつく暮人へと目を向けた。
「アイツが?」
「ああ」
一夏は信じられない、といった様子だ。
しかし、箒としては同じく剣道部に入部してくれたお陰で目指すべき鍛練相手が出来たといった認識。
「そんなに、か?」
「私は手も足もでなかったな」
「……………」
箒の言葉に、一夏はジッと暮人を見る。そして、意を決した様に口を開いた。
「なあ、今日行って良いか?」
/
そして、場面は冒頭の向き合う二人へと戻る。
たった二人の男子がぶつかり合う状況に、自然と野次馬が集まっていた。
各々が好き勝手言っているが、基本は一夏を応援する声の方が多いというのが実情だ。
最も、それは暮人の実力を知らない者達なのだが。
昨日のあれこれを知っている剣道部員達は、一様に無言で暮人へと注目しており、一挙一動を見逃さないよう食い入るように見つめていた。
「二人とも準備は良いか?」
この状況で、審判を務める箒は二人に問う。
「おう!」
胴着に防具を姿の一夏は威勢良く返事をし、
「………………」
制服のズボンに、タンクトップ、裸足といった出で立ちの暮人は、竹刀の切っ先を上げようともせず棒立ち、無言であった。
初心者ならば、それは諦めたようにも見える。
だが、それが一定レベルに到達していれば構えと同義だ。
今の暮人は、全身の力を抜きに抜いていた。
立つことに力はいらない。竹刀すらも重く感じで持ち上げられないほどに力を抜きに抜く。
「では、始め!」
箒が掲げていた右手を振り下ろす。
「ハァアッ!」
ブランクが有る割には、良いスタートを切った一夏は、竹刀を振り上げ面を狙う。
だが、それは余りにも悠長で緩慢というもの。
「―――――ゴッ!?」
気づけば、一夏は後ろへとすっ飛ばされていた。
数メートル飛び、尻餅をついた彼は腹部の防具を突き抜けて腹部を襲った鈍痛に思わず腹を抱えてしまう。
(全く、見えなかったな…………)
審判をしていた箒は、何が起きたのかは理解した。理解したが、動きが見えなかったことに内心で冷や汗を掻く。
暮人が行ったのは、突き技だ。右手一本で前へと伸びるような突き。
それが一夏の鳩尾へと突き刺さっていた。
脱力からの硬直。野球のバッティングなどもそうだが、一から十まで力を込め続ける必要など無い。
バッティングならば、バットとボールの当たるインパクトの瞬間。
これが格闘技ならば、相手に当たる瞬間だ。
それ以外は、むしろ力を込めることによって関節の稼働域等を狭めてしまい、パフォーマンスを低下させることにしか繋がらない。
「終わりか?だったら、篠ノ之に代われ」
踞る一夏に、暮人は淡々とした口調でそう言う。
侮辱の意味などは含んでいない。ただ、立ち上がれない剣士をそのままその場に留まらせておくほど、彼は甘くはなかった。
突きと打撃。その衝撃こそ差異はあれども、加減の度合いは同程度。
それで立ち上がれないならば、その程度だ。
果たして、ふらつきながらも、竹刀を杖に一夏は立った。
「まだ、だ!」
「…………言葉では何とでも言えるだろ」
やはり、暮人は構えない。今度は竹刀を肩に担ぎ、空いている左手をポケットに突っ込む有り様だ。
手ぬき、ではない。これは、面の向こうより覗く一夏の目を見た上で、暮人が出した結論の結果だ。
単純な話、一夏は暮人を無意識の内でとはいえ下に見ていたのだ。これは、人として誰しもあり得ること。
経験があるだろう。自分よりも出来ない相手を見て、安心したこと。そして、そんな相手に何かを教えて悦に入る、その感覚を。
教室で不真面目な暮人は、明らかに落第生であり落ちこぼれに見える。
そして、一夏から見れば、自分が比べられる相手がここまでやる気がない、ということが何処かスケープゴートのような役割を果たしてくれると無意識に判断していた。
だからこそ、混乱する。今立ち上がったのも、最早惰性だ。
「あああああ!!」
型など無い、雑な突きだ。そして、アッサリと打ち落とされる。
「ガッ!?」
竹刀が叩き落とされた瞬間に、顔面に衝撃を受けて、一夏は後ろへと思いっきり仰け反って倒れた。
そんな彼を一瞥することもなく、暮人はため息をついた。腹も何も決まっていない相手をすることこそ、時間の無駄というもの。
「マジで、代われ。話にならん」
この一言により、この場は決した。
詰まらない決着がただ着いた、それだけの事である。