ジゲンの太刀に後退無し 作:他意は無い
一振りの刀が打たれるとき、何十回と何百回と鋼は叩かれ鍛え上げられる。
熱され、冷やされ、叩かれ、研がれ。長い長い時間をかけて、その一振りは完成に至るのだ。
人もそれは同じだ。
その資質が玉鋼か、それとも屑鉄か。それは誰にも分からない。
しかし、鍛えなければ結局ただの鉄の塊でしかない事は確かだ。
まあ、見苦しいといえば断然前者を磨かない事だろうが。所謂、宝の持ち腐れという奴である。
勉学であれ、武術であれ、鍛えなければ結局、屑鉄に成り果てるだろう。
「ふぅーーー………………」
暮人は、その手に愛刀を握り、静かに息を整えていた。
ここは、IS学園のアリーナの一つ。時刻は、夜遅い。が、無理を言って開けてもらっている。
彼の前に有るのは、一つの鉄塊だ。縦4メートル、横1.8メートル。
厚みは横幅と同程度だ。
暮人の手に有るのは、三尺刀と呼ばれる物。何の変哲もない普通の刀だ。
対して鉄塊はISの装甲や隔壁などに用いられる合金。
その光景を見守るのは、千冬と真耶の両名だ。
名目は、男性操縦者の実力テスト。だが本題は、暮人がどのレベルなのかを知るための事。
彼にもメリットはある。今の自分の力がどの程度なのか把握する目安になるからだ。
「……………チェストォオオオオオオオッッッ!!!」
蜻蛉の構えから放つ、雲耀を目指した一太刀。
至っているかは、分からない。しかし、その踏み込みと振り下ろしは並みの人間には見切れない。
それは最早単純な斬撃の領域の話ではない。
断ち切る、ではなく斬り潰す。
金属がひん曲がる音が響き、アリーナの床が粉砕されて大きな粉塵が巻き起こっていた。
「――――――ま、こんなもんか」
肩に刀を担ぎ、暮人は呟く。
粉塵が晴れたそこにあったのは、天辺が妙に凹み、真っ二つになった鉄塊と数メートル縦に傷が刻まれたアリーナの床であった。
これを成した暮人本人からすれば、それほど鈍っていなくて何より、といった所だ。
元々彼は、力こそパワーを地で行く脳筋タイプ。真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす、ならぬ真っ直ぐ行ってぶった斬るが信条だ。
何より、彼の実家の人間は鉄斬り程度ならば結構アッサリやってのける。
それは技であったり、力であったり。暮人は後者だ。
「やはり、か…………」
「ど、どうしましょう先輩。島津君が生身でこれなら……………」
「自主的には、乗らないだろうが、ISを纏えば、恐らく絶対防御も抜きかねんな」
その光景を見ていた、千冬と真耶の二人は戦慄を隠せない。
好き好んで、暮人がISに乗らないことは彼女達も分かっている。だがそれでも、その状況は想定しない訳にはいかなかった。
この学園は、ISを扱うせいか女尊男卑の温床になっている面がある。
顔が良く、更に千冬の弟である一夏には被害は限り無くゼロだ。
だが、暮人は違う。その実力を知るのは精々、剣道部の面々や、一夏との接触を見た野次馬位。
後は、彼の不真面目な態度に女尊男卑特有の無駄なプライドを刺激されている者達が虎視眈々と制裁の時を待っている位だ。
因みに後者が手を出した場合。恐らく悲惨な結果が待っている。
暮人は、自分から仕掛けることは少ないが、仕掛けられれば問答無用で叩き潰すからだ。
「…………ん?」
教師陣の相談を知らない暮人は、不意に気付く。
肩に担いだ刀の刃の一部が若干欠けていた。
愛刀、と呼んだが別段思い入れがあるわけではない。
名のある名刀でもなく、ただ振りやすいというだけ。
そもそも彼の実家では、刀は消耗品だ。手入れはするが、何れ折れるというのが認識として定着している。
武器を壊すのは、二流だと言われるが、暮人達からすれば、武器を思いやって実力のすべてを発揮できない事の方が問題だ。
故に、彼らは名刀も使わないし、武器に愛着も薄い。棒切れ一本でも十分なのだ
それが『島津』だ。剣狂いの家系が表に出てしまった弊害であった。
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セシリア・オルコットにとって、世の男性というものは、すべからく見るに耐えないと思っている。
その根底にあるのは、常に腰の低かった父の姿だ。
彼女は、強い母を尊敬していた。そして、常々、何故この様な男と結婚したのかと不思議に思っていた。
女尊男卑の世界になる前から、常に腰が低く、ペコペコと頭を下げてばかり。そして、世界が変われば、それはより一層強くなっていた。
一度、母に訊ねたことがある。何故、父のような男と結婚したのかと。
答えは、返ってこなかった。その代わり、いつものように、カッコいい微笑を浮かべてセシリアの頭を撫でたのだ。
それも数年前に壊れた。
列車事故が発生し、両親はそのままアッサリと帰らぬ人となったのだ。
その跡に待っていたのは、彼女に残された遺産を目当てに近寄ってきた大人達。
辟易とした。
悪意、悪意、悪意、悪意。次から次へと悪意の嵐だ。
そして、そんな最中でIS適性検査によってAランクという高ランクを叩き出し、代表候補生となった。
それからは、ひたすらに我武者羅に突き進んできた。
強く。ただ強く。強ければ、誰にも邪魔されない、と。
そして、母の残したモノを守るのだ、と。
そんな意思を持って、更なる研鑽と国からの命令によってやって来たIS学園。
そこには、二人の男がいた。
一人は、世界最強である織斑千冬の弟、織斑一夏。
もう一人は、何の後ろ楯もない島津暮人。
特に後者は、セシリアにとって看過できなかった。
何故、そうもやる気が無いのか、と。その席にはもっと相応しい者が居ただろう、と。
だが、その認識も少し崩れた。それは、一夏との決闘騒動の際だ。
ISに携わる者達とは、明らかに違う視点。そして、自分を全く見ていなかった。それこそ、羽虫でも飛んでいるかのような、そんな無関心。
不快であった。無気力無関心な男に新たな視点を与えられたことが不快であった。
それは所詮は、男だと侮る気持ちから来ているもの。
その時までは。
決闘を数日後に控えたある日、セシリアは寝付きが浅くかなり早い時間に目を覚ましていた。
眠り直そうにも寝付けず、仕方無く朝の空気でも吸おうと寮を出て少しした時に、それを見つけた。
「彼は…………」
それは、何かと気に入らない暮人の背中。胴着姿であり、その手には妙な物体がある。
丸太に鋼の棒を付けた鍛練棒。
少なくとも、セシリアは持ち上げられるとは到底思えない。
彼は、それを苦もなく片手で持ち上げると肩に担いでグラウンドへと向かっていった。
未だに、夜明け前であるため、グラウンドには人の気配処か、鳥などの影も見えない。
その片隅で、彼は素振りを始めた。
踏み込み、振るう。その繰り返しだ。
セシリアが注目したのは、そのパワー、ではない。
(全く、ブレませんわ…………)
踏み込み、そして振り下ろしは重力も相俟って腕へと掛かる負荷はかなりのものだ。
だが、先程から一振り一振りがピタリ、と止められる。そして、一度たりともふらつかない。
見蕩れた。ただ単純に、その素振りに見蕩れてしまった。
そこには、男だからと侮るような感情はない。
この時間は、グラウンドに二人以外の生徒が来るまで続くのだった。