鈴木園子はゼロの夢を見るか   作:ルナ子

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お嬢様と『執行人』③

夕刻――

 

幾多ある電化製品が暴走し、警視庁はIoTテロの可能性が高い、と発表した頃。

 

あたしはとある場所で最後の仕上げに追われていた。

――K-2地点クリア。J-4地点クリア。

「そのまま続けて」

――モノレールの乗客、避難完了しました。

「了解」

 

 

 

爆破された国際会議場近くにある建築中のビル。

(確か、ここだったよね)

あたしは覚悟を決めていた。

カプセルの軌道を変えるために花火ボールを蹴るコナンくんが来られないのなら、あたしがやるしかない。

(ごめん。紅子さん、やっぱり分からなかったよ)

あの後、青子さんも無事戻り、黒羽くんが謝っていた、と紅子さんから連絡がきたが、あたしはそのことについては何も言わなかった。

(なければないで、何とかするだけ)

つい先日、連絡をくれた『協力者』の顔を思い浮かべる。

(ホントにごめん。ロクに説明もせず、お願いして)

あたしはイヤリング型通信機のスイッチを入れた。

 

 

 

――日下部検事。あなたがテロを起こした動機は、本当に公安警察なのか!?

 

安室さんの声がした。

 

(ってことは、警視庁に制御を失った『はくちょう』が墜ちてくる、って分かって皆、カジノタワーに避難するところね)

蘭や真純さん、不起訴になった毛利探偵に英里さん、無事でいてくれるといいな。

――サミット会場が爆破され、アメリカの探査機が東京に墜ちてれば、公安警察の威信は完全に失墜する。

――なぜそこまで公安警察を憎む?

 

――お前らの力が強い限り、我々公安検察は、正義をまっとうできない!

あたしは通信機に呟いた。

『正義のためなら、人が死んでもいいの?』

あたしそっくりの声が、向こうで響いた。

(急に頼んだ割には上手いな、さすが探偵さん)

 

――民間人を殺すつもりはなかった。だから公安警察しかいない時に爆破し、死亡者が出にくいIoTテロを選び、カプセルを落とす地点もあそこを選んだ!

『警視庁を停電させたのは、中にいる民間人を避難させるためなの?』

――ああ。

『傲慢ね。警察官だって家族や心配してくれる人がいるのに。そもそも、殺していい人といけない人を分ける時点で、おかしいわよ』

(ここでの台詞は違うものだったような気がしたけど)

――正義のために多少の犠牲は止むをえない。

『その多少の犠牲で泣く人がでても?……そんなの、全然正義じゃないわ』

――私の……私の『協力者』だって犠牲になった……!

 

『羽場さんは、やはりあなたの協力者だったのね』

――なぜ、それを……。

 

『スマホの暗証番号。このあいだ通りすがったとき、聞こえたわ。88231、と。入力した音を消していなかったのは、忘れないためなの?羽場二三一を』

――コイツらへの復讐心を肝に銘じるためだ!

――公安警察の『協力者』は全てゼロに報告され、番号で管理される。だが、公安刑事同士は互いの『協力者』を知らない。ましてや『協力者』を抱えている公安検事がいたなんて、去年までしらなかった。

聞いていたあたしは、ん?となった。

(『去年まで』ってことは、やっぱり羽場さんが『協力者』だったって知ってるんだ。安室さん)

だけど、感情に流されていた日下部さんは気づかなかったみたい。

――だからあの時、私の『協力者』を簡単に切り捨てたのか!

『裏があったのね。去年、羽場さんが起こした事件には』

――あれは……私が、羽場に頼んだんだ。『NAZU不正アクセス事件』の捜査のために。そのアクセスデータが被疑者が出入りしていたゲーム会社にあると知った羽場は、それを盗み出そうとして、公安刑事に捕まったんだ。

力のない日下部さんの言葉が続く。

――公安の協力者は違法で危険な調査を余儀なくされる。だからこそ、公安と『協力者』の関係は肉親より強くなる。決して金だけで繋がった関係じゃない。使命感で繋がった、まさに一心同体だ……。

 

日下部さんのために『協力者』であることを黙っていた羽場さん。

その羽場さんを守るために担当検事に、彼が自分の『協力者』である、と打ち明けた日下部さん。

互いが互いを思いやっていたはずなのに、羽場さんは消えた。

『自殺』という最悪の形で。

 

――羽場を自殺に追いやったのは、いや、殺したのは、公安警察だ!

――それで警視庁に探査機を落とす計画を……。

――ああ。『はくちょう』の帰る日が、羽場の命日だと知ったときから……。

『IoTテロは?』

――計画にはなかったが、検事として無実の人間を起訴させる訳にはいかなかった!

――毛利小五郎が、犯人じゃないと証明するために、IoTテロを……。

――ああ。だが、咄嗟のことで、被害の規模は予想を越えてしまった。

 

やはり、というか、なかなかコードを言おうとしない日下部さん。

――私を逮捕すればいい!取り調べでは一切を黙秘する。

あたしはスマホの画面を日下部さんに向けるよう、こっそり指示を出した。

《日下部さん》

新しい第三者の声が、日下部さんを呼んだ。

――バカなっ!?なぜ、羽場が……!

『警視庁のライブ映像です』

――どういうことだ……。

――彼を取り調べた公安警察は、彼を自殺したことにして、これまでの人生を放棄させた。公安検事が『協力者』を使っていたという事実を隠蔽するために。そして、公安検事が二度と『協力者』など作らぬよう、そのことはあなたにも伏せられた。

安室さんの言葉を聞きながら、あたしは昔聞いた台詞を思い返していた。

(正義感だけでは解決できないこともある。……誰の台詞だったっけ?)

ぼんやりとまとまりかけた答えは、続く安室さんの言葉で消えてしまった。

――自らした違法作業は、自らかたをつける。貴方にはその力がない。公安警察がそう判断した。

 

 

《日下部さんが私を人生のどん底から救い上げてくれた。たった二年でしたが、日下部さんは、お前のお陰で公安検事として戦えると言ってくれた。だから私は今も、こうして戦えるんです》

 

《日下部さん、変更したコードを教えて下さい》

――しかし、公安警察の力が強いままでは……。

《日下部さん!》

――あそこに落ちれば、羽場も無傷ではいられない。

 

(あ、それ。言っちゃいけないやつ)

 

――汚いぞ。これが公安警察のやり方か!?

 

《日下部さん》

 

あちこちに指示を出し、状況を確認しながら、あたしは待った。

(あいつ――ネオ・グリフォンが介入しないように、と祈りながら)

 

《それが私の信じた、あなたの正義なんですか?》

重い沈黙の後、日下部さんの声がした。

――NAZUに不正アクセスして、変更したコードは――

 

 

あたしは、ふう、と息を吐いた。

(ここでひと段落。だけど――)

 

 

――何!?ブラックアウト!?

安室さんの慌てたような叫びが上がる。

――ブラックアウトの間は、プラズマが発生するため通信状態が保てず、確実に軌道が修正できているか分からないそうだ。しかも、パラシュートが開かない可能性がある。

――羽場を……羽場を、早くあそこから避難させてくれ!

――日下部刑事!

 

 

 

その頃には煩かった通信もほとんど終わり、あたしは少しだけ肩の力を抜いた。

(油断しちゃいけないけど、とりあえず考えられるだけの安全策はできた)

耳を澄ませると、日下部さんの焦ったような叫び声がした。

 

――羽場!どこだ!?

しばしの沈黙の後、

――彼はここにはいない。

――だが、携帯では確かに――。

――あなたが見ていたのは、合成映像だ。

――なっ……。

――ドローンで撮影した映像を使って、あたかも警視庁のヘリポートにいるように合成した。彼は今、安全上な場所にいる。

 

(羽場さんは阿笠博士の家にいるんだよね。ドローンは元太くん達が操縦して警視庁へ飛ばして、博士がリビングで博士さんを撮影して、それを灰原さんがパソコンで合成……何か、コナンくんいないとマジ、大変なんですけど)

いつ何が起こるか分からないので、この場面のことも哀ちゃんに話しておいたら、人外のモノをみるみるような目付きで、『あなた、何者?』と言われたときには、白目になりかけました。ほんと。

 

――……そうか。

あたしは日下部さんのほっとしたような声を聞きながら、指示を出した。

『安室さん』

通信機の向こうで、変声機を使っているとはいえ、あたしと全く同じ口調で『彼女』が繰り返してくれる。

『軌道修正できないとしたら、落下位置は……』

――ああ。四メートルを越えるカプセルが、秒速十キロ以上のスピードで、ここへ墜ちてくるだろう。

 

あたしは軽く息を吸った。

(ここ、本当はコナンくんの台詞なのに)

『安室さんなら、今すぐ爆薬を手に入れられますか?』

――耐熱カプセルを破壊するつもりか。

『いいえ。太平洋まで軌道を変えるんです』

――……何てことを、考える。

 

(あ、声、低くなってる。この辺りのことは教えてなかったしなあ。……『知っていたなら、何故言わなかった!』って副音声が聞こえてきたような……)

 

気後れして沈黙を保っていると、軽くため息のようなものが聞こえた。

――風見、至急動いてくれ。……ああ、公安お得意の違法作業だ。

 

 

その後、その爆薬を積んだドローンをカプセルにぶつけて、パラシュートを開かせることに成功。

 

――連行します。

――ああ。

 

『待って』

 

あたしは『彼女』にスマホを操作して、画面を日下部さんに見せるように頼んだ。

 

《日下部さん、私達は今でも一心同体です》

――……ああ。

――行くぞ。

 

そこへ新しい声が飛び込んできた。

 

――二三一(ふみかず)!

 

 

(……橘境子)

 

う、とあたしは思わずイヤリング型通信機をずらしてしまった。

小声になったけど、一応話は聞こえてくる。

 

この場面、思い出す度に考えてしまう。

(境子さん、貴女本当に羽場さんのこと、好きだったの?)

誰よりも『正しいこと』を愛していた羽場さんに、そんなことしていて顔を向けられるの?

 

もし、あたしがその立場だったら――

始めは『自殺』なんて信じられなくて、必死に行方を探して――それが『本当』だと分かったら、めちゃくちゃ泣くだろう。

――でも。

こんなふうに何の関係もない人達を巻き込んでまで、復讐しようとは思わない。

弁護士はきっと続けると思う。

彼が信じた『正義』に相応しくなりたくて……。

 

(何て、それはあたしが本当に大事な人を失ってないから、言えるのかな)

ふう、と軽く息をついて、傍らの『相棒』へ目を移した。

 

――アルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。

 

ふたり乗りのクラッシックカー。

 

ちなみにあたしが今、居るのはラストシーンで安室さんが運転する車が、落下してくるカプセル目掛けて突っ込む、件の建設中のビルの最上階。

あたしは決めた。

コナンくんが居ないのなら、そして安室さんが間に合わないのなら、あたしがやる、と。

 

『鈴木財閥』なら、どんな車でも用意できただろう。

でも、あたしはこのアルファロメオに拘った。

何故なら、

「不可能を可能にする、大どろぼうさん、力を貸してください」

小さく呟いて、あたしは昔から好きなアニメのテーマソングを口ずさむ。

――ルパン三世。

言わずと知れた、世界をまたにかける大どろぼう。

どんな金庫も、厳重な警備も何でもござれ、と愛嬌のある笑みであらゆるものを盗み出す手際と、ときどき見せるシリアスな表情に、子供の頃のあたしはいつもドキドキしていた。

(あたしの中で、ルパン三世は初恋なのかな)

今日の件、あたしはこっそり、持てる伝手を使ってメッセージを送った。

でも、反応はなかった。

(まあ流石に昨日の今日じゃあ、無理か)

もう少し早く気が付いていれば、と思ったけれど、仕方ないこと。

(そろそろ準備しないと)

アルファロメオのドアを開けようとしたときだった。

「おひとりでどこへ行く気ですか、お嬢様?」

「……皆川さん」

(やっぱり皆川さんも、そっちの人だったんだ)

ずっとあたしの行動をチェックしてでもいない限り、こんなにタイミングよく来られないはず。

「言いたいことはいろいろあるけど、取りあえずこれから何をしようとしているのか、聞いてもいいかな?」

(物腰は柔らかいのに、何か威圧感が凄いんですが)

「えっと……」

 

大ざっぱに説明すると、皆川さんは頭を抱え込んだ。

(あれ?何か変なコト言ったっけ?)

「……冗談だろ。何のスタントだよ……。ってか、何をどーしたら、そんな結論に辿り着くんだ」

何かぶつぶつ言っているようだけど、

「という訳でそろそろ支度、したいんですけど、そこ、どいて貰えませんか?」

「いやいやいや!何が『という訳で』なんだ!?もうすぐゼロが来るんだろっ!?あいつに任せればいいじゃないか!?」

「無理ですよ。誰がボールを蹴るんですか?」

「それなら君だって」

「先ほど話したように、このアルファロメオでカプセルと同じ高度で突っ込みます。そうしたらキック力増強シューズのスイッチを入れて、カプセルのすぐ側まで近付いて――」

「いや、それ、ひとりじゃ無理だって」

「じゃあ、手伝ってください」

「――は!?え?」

半ばヤケだった。

ここで何とか話を収めないと時間がなかった。

「皆川さんMTの車、運転できますか?」

「ああ。一応、って。そういや君、未成年……」

「できますよ」

私有地なら、免許、要りませんものね。

(……ホントはあたしが免許取った頃は、なかったのよね、MTしか。ふふっ、久々に感じるジェネレーションギャップ)

「私有地って……」

スマホが震えた。

「はい。ああ、そう。そっちもOKなのね。助かるわ、ありがとう」

ちょうど入った連絡。

「今のは……」

「ん?国際会議場……今は跡地ですね。そこがたった今、ウチの所有になりました」

語尾にハートマークがつくような口調で伝えると、皆川さんは絶句していた。

「……」

「ちなみに今居るこの建設中のビル、ウチのになってますから」

「はぁ?園子ちゃん――」

「そういう訳なので、ここからカプセルに向けて大ジャンプして、どこかにぶつけても、損害賠償とかの問題はクリアですよ」

そうじゃないだろう、という呟きが聞こえたような気がしたが、全力で聞こえなかったことにした。

あたしは主人公じゃない。

それでも、それでも何とかできるハズ。

「それで皆川さん、どうします?」

あたしがそう問いかけると、皆川さんは、はあ、と大きく息をついた。

「分かったよ。分かりましたよ。ドライバー役、引き受けたよ」

 

アルファロメオのドアに皆川さんが手を掛ける。

「待ちなさい」

(――今の、声)

声がした方を見ると、柱の陰からひとりの女の子が出てきた。

「……哀ちゃん?」

(え!?何で!?博士のトコにいるハズじゃ!?)

 

よく見ると、マスクをしていて、その厳しい眼差しは女の子のソレではなくて。

 

(……まさか。コナン、くん?)

 

 

 

 

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