夕刻――
幾多ある電化製品が暴走し、警視庁はIoTテロの可能性が高い、と発表した頃。
あたしはとある場所で最後の仕上げに追われていた。
――K-2地点クリア。J-4地点クリア。
「そのまま続けて」
――モノレールの乗客、避難完了しました。
「了解」
爆破された国際会議場近くにある建築中のビル。
(確か、ここだったよね)
あたしは覚悟を決めていた。
カプセルの軌道を変えるために花火ボールを蹴るコナンくんが来られないのなら、あたしがやるしかない。
(ごめん。紅子さん、やっぱり分からなかったよ)
あの後、青子さんも無事戻り、黒羽くんが謝っていた、と紅子さんから連絡がきたが、あたしはそのことについては何も言わなかった。
(なければないで、何とかするだけ)
つい先日、連絡をくれた『協力者』の顔を思い浮かべる。
(ホントにごめん。ロクに説明もせず、お願いして)
あたしはイヤリング型通信機のスイッチを入れた。
――日下部検事。あなたがテロを起こした動機は、本当に公安警察なのか!?
安室さんの声がした。
(ってことは、警視庁に制御を失った『はくちょう』が墜ちてくる、って分かって皆、カジノタワーに避難するところね)
蘭や真純さん、不起訴になった毛利探偵に英里さん、無事でいてくれるといいな。
――サミット会場が爆破され、アメリカの探査機が東京に墜ちてれば、公安警察の威信は完全に失墜する。
――なぜそこまで公安警察を憎む?
――お前らの力が強い限り、我々公安検察は、正義をまっとうできない!
あたしは通信機に呟いた。
『正義のためなら、人が死んでもいいの?』
あたしそっくりの声が、向こうで響いた。
(急に頼んだ割には上手いな、さすが探偵さん)
――民間人を殺すつもりはなかった。だから公安警察しかいない時に爆破し、死亡者が出にくいIoTテロを選び、カプセルを落とす地点もあそこを選んだ!
『警視庁を停電させたのは、中にいる民間人を避難させるためなの?』
――ああ。
『傲慢ね。警察官だって家族や心配してくれる人がいるのに。そもそも、殺していい人といけない人を分ける時点で、おかしいわよ』
(ここでの台詞は違うものだったような気がしたけど)
――正義のために多少の犠牲は止むをえない。
『その多少の犠牲で泣く人がでても?……そんなの、全然正義じゃないわ』
――私の……私の『協力者』だって犠牲になった……!
『羽場さんは、やはりあなたの協力者だったのね』
――なぜ、それを……。
『スマホの暗証番号。このあいだ通りすがったとき、聞こえたわ。88231、と。入力した音を消していなかったのは、忘れないためなの?羽場二三一を』
――コイツらへの復讐心を肝に銘じるためだ!
――公安警察の『協力者』は全てゼロに報告され、番号で管理される。だが、公安刑事同士は互いの『協力者』を知らない。ましてや『協力者』を抱えている公安検事がいたなんて、去年までしらなかった。
聞いていたあたしは、ん?となった。
(『去年まで』ってことは、やっぱり羽場さんが『協力者』だったって知ってるんだ。安室さん)
だけど、感情に流されていた日下部さんは気づかなかったみたい。
――だからあの時、私の『協力者』を簡単に切り捨てたのか!
『裏があったのね。去年、羽場さんが起こした事件には』
――あれは……私が、羽場に頼んだんだ。『NAZU不正アクセス事件』の捜査のために。そのアクセスデータが被疑者が出入りしていたゲーム会社にあると知った羽場は、それを盗み出そうとして、公安刑事に捕まったんだ。
力のない日下部さんの言葉が続く。
――公安の協力者は違法で危険な調査を余儀なくされる。だからこそ、公安と『協力者』の関係は肉親より強くなる。決して金だけで繋がった関係じゃない。使命感で繋がった、まさに一心同体だ……。
日下部さんのために『協力者』であることを黙っていた羽場さん。
その羽場さんを守るために担当検事に、彼が自分の『協力者』である、と打ち明けた日下部さん。
互いが互いを思いやっていたはずなのに、羽場さんは消えた。
『自殺』という最悪の形で。
――羽場を自殺に追いやったのは、いや、殺したのは、公安警察だ!
――それで警視庁に探査機を落とす計画を……。
――ああ。『はくちょう』の帰る日が、羽場の命日だと知ったときから……。
『IoTテロは?』
――計画にはなかったが、検事として無実の人間を起訴させる訳にはいかなかった!
――毛利小五郎が、犯人じゃないと証明するために、IoTテロを……。
――ああ。だが、咄嗟のことで、被害の規模は予想を越えてしまった。
やはり、というか、なかなかコードを言おうとしない日下部さん。
――私を逮捕すればいい!取り調べでは一切を黙秘する。
あたしはスマホの画面を日下部さんに向けるよう、こっそり指示を出した。
《日下部さん》
新しい第三者の声が、日下部さんを呼んだ。
――バカなっ!?なぜ、羽場が……!
『警視庁のライブ映像です』
――どういうことだ……。
――彼を取り調べた公安警察は、彼を自殺したことにして、これまでの人生を放棄させた。公安検事が『協力者』を使っていたという事実を隠蔽するために。そして、公安検事が二度と『協力者』など作らぬよう、そのことはあなたにも伏せられた。
安室さんの言葉を聞きながら、あたしは昔聞いた台詞を思い返していた。
(正義感だけでは解決できないこともある。……誰の台詞だったっけ?)
ぼんやりとまとまりかけた答えは、続く安室さんの言葉で消えてしまった。
――自らした違法作業は、自らかたをつける。貴方にはその力がない。公安警察がそう判断した。
《日下部さんが私を人生のどん底から救い上げてくれた。たった二年でしたが、日下部さんは、お前のお陰で公安検事として戦えると言ってくれた。だから私は今も、こうして戦えるんです》
《日下部さん、変更したコードを教えて下さい》
――しかし、公安警察の力が強いままでは……。
《日下部さん!》
――あそこに落ちれば、羽場も無傷ではいられない。
(あ、それ。言っちゃいけないやつ)
――汚いぞ。これが公安警察のやり方か!?
《日下部さん》
あちこちに指示を出し、状況を確認しながら、あたしは待った。
(あいつ――ネオ・グリフォンが介入しないように、と祈りながら)
《それが私の信じた、あなたの正義なんですか?》
重い沈黙の後、日下部さんの声がした。
――NAZUに不正アクセスして、変更したコードは――
あたしは、ふう、と息を吐いた。
(ここでひと段落。だけど――)
――何!?ブラックアウト!?
安室さんの慌てたような叫びが上がる。
――ブラックアウトの間は、プラズマが発生するため通信状態が保てず、確実に軌道が修正できているか分からないそうだ。しかも、パラシュートが開かない可能性がある。
――羽場を……羽場を、早くあそこから避難させてくれ!
――日下部刑事!
その頃には煩かった通信もほとんど終わり、あたしは少しだけ肩の力を抜いた。
(油断しちゃいけないけど、とりあえず考えられるだけの安全策はできた)
耳を澄ませると、日下部さんの焦ったような叫び声がした。
――羽場!どこだ!?
しばしの沈黙の後、
――彼はここにはいない。
――だが、携帯では確かに――。
――あなたが見ていたのは、合成映像だ。
――なっ……。
――ドローンで撮影した映像を使って、あたかも警視庁のヘリポートにいるように合成した。彼は今、安全上な場所にいる。
(羽場さんは阿笠博士の家にいるんだよね。ドローンは元太くん達が操縦して警視庁へ飛ばして、博士がリビングで博士さんを撮影して、それを灰原さんがパソコンで合成……何か、コナンくんいないとマジ、大変なんですけど)
いつ何が起こるか分からないので、この場面のことも哀ちゃんに話しておいたら、人外のモノをみるみるような目付きで、『あなた、何者?』と言われたときには、白目になりかけました。ほんと。
――……そうか。
あたしは日下部さんのほっとしたような声を聞きながら、指示を出した。
『安室さん』
通信機の向こうで、変声機を使っているとはいえ、あたしと全く同じ口調で『彼女』が繰り返してくれる。
『軌道修正できないとしたら、落下位置は……』
――ああ。四メートルを越えるカプセルが、秒速十キロ以上のスピードで、ここへ墜ちてくるだろう。
あたしは軽く息を吸った。
(ここ、本当はコナンくんの台詞なのに)
『安室さんなら、今すぐ爆薬を手に入れられますか?』
――耐熱カプセルを破壊するつもりか。
『いいえ。太平洋まで軌道を変えるんです』
――……何てことを、考える。
(あ、声、低くなってる。この辺りのことは教えてなかったしなあ。……『知っていたなら、何故言わなかった!』って副音声が聞こえてきたような……)
気後れして沈黙を保っていると、軽くため息のようなものが聞こえた。
――風見、至急動いてくれ。……ああ、公安お得意の違法作業だ。
その後、その爆薬を積んだドローンをカプセルにぶつけて、パラシュートを開かせることに成功。
――連行します。
――ああ。
『待って』
あたしは『彼女』にスマホを操作して、画面を日下部さんに見せるように頼んだ。
《日下部さん、私達は今でも一心同体です》
――……ああ。
――行くぞ。
そこへ新しい声が飛び込んできた。
――二三一(ふみかず)!
(……橘境子)
う、とあたしは思わずイヤリング型通信機をずらしてしまった。
小声になったけど、一応話は聞こえてくる。
この場面、思い出す度に考えてしまう。
(境子さん、貴女本当に羽場さんのこと、好きだったの?)
誰よりも『正しいこと』を愛していた羽場さんに、そんなことしていて顔を向けられるの?
もし、あたしがその立場だったら――
始めは『自殺』なんて信じられなくて、必死に行方を探して――それが『本当』だと分かったら、めちゃくちゃ泣くだろう。
――でも。
こんなふうに何の関係もない人達を巻き込んでまで、復讐しようとは思わない。
弁護士はきっと続けると思う。
彼が信じた『正義』に相応しくなりたくて……。
(何て、それはあたしが本当に大事な人を失ってないから、言えるのかな)
ふう、と軽く息をついて、傍らの『相棒』へ目を移した。
――アルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。
ふたり乗りのクラッシックカー。
ちなみにあたしが今、居るのはラストシーンで安室さんが運転する車が、落下してくるカプセル目掛けて突っ込む、件の建設中のビルの最上階。
あたしは決めた。
コナンくんが居ないのなら、そして安室さんが間に合わないのなら、あたしがやる、と。
『鈴木財閥』なら、どんな車でも用意できただろう。
でも、あたしはこのアルファロメオに拘った。
何故なら、
「不可能を可能にする、大どろぼうさん、力を貸してください」
小さく呟いて、あたしは昔から好きなアニメのテーマソングを口ずさむ。
――ルパン三世。
言わずと知れた、世界をまたにかける大どろぼう。
どんな金庫も、厳重な警備も何でもござれ、と愛嬌のある笑みであらゆるものを盗み出す手際と、ときどき見せるシリアスな表情に、子供の頃のあたしはいつもドキドキしていた。
(あたしの中で、ルパン三世は初恋なのかな)
今日の件、あたしはこっそり、持てる伝手を使ってメッセージを送った。
でも、反応はなかった。
(まあ流石に昨日の今日じゃあ、無理か)
もう少し早く気が付いていれば、と思ったけれど、仕方ないこと。
(そろそろ準備しないと)
アルファロメオのドアを開けようとしたときだった。
「おひとりでどこへ行く気ですか、お嬢様?」
「……皆川さん」
(やっぱり皆川さんも、そっちの人だったんだ)
ずっとあたしの行動をチェックしてでもいない限り、こんなにタイミングよく来られないはず。
「言いたいことはいろいろあるけど、取りあえずこれから何をしようとしているのか、聞いてもいいかな?」
(物腰は柔らかいのに、何か威圧感が凄いんですが)
「えっと……」
大ざっぱに説明すると、皆川さんは頭を抱え込んだ。
(あれ?何か変なコト言ったっけ?)
「……冗談だろ。何のスタントだよ……。ってか、何をどーしたら、そんな結論に辿り着くんだ」
何かぶつぶつ言っているようだけど、
「という訳でそろそろ支度、したいんですけど、そこ、どいて貰えませんか?」
「いやいやいや!何が『という訳で』なんだ!?もうすぐゼロが来るんだろっ!?あいつに任せればいいじゃないか!?」
「無理ですよ。誰がボールを蹴るんですか?」
「それなら君だって」
「先ほど話したように、このアルファロメオでカプセルと同じ高度で突っ込みます。そうしたらキック力増強シューズのスイッチを入れて、カプセルのすぐ側まで近付いて――」
「いや、それ、ひとりじゃ無理だって」
「じゃあ、手伝ってください」
「――は!?え?」
半ばヤケだった。
ここで何とか話を収めないと時間がなかった。
「皆川さんMTの車、運転できますか?」
「ああ。一応、って。そういや君、未成年……」
「できますよ」
私有地なら、免許、要りませんものね。
(……ホントはあたしが免許取った頃は、なかったのよね、MTしか。ふふっ、久々に感じるジェネレーションギャップ)
「私有地って……」
スマホが震えた。
「はい。ああ、そう。そっちもOKなのね。助かるわ、ありがとう」
ちょうど入った連絡。
「今のは……」
「ん?国際会議場……今は跡地ですね。そこがたった今、ウチの所有になりました」
語尾にハートマークがつくような口調で伝えると、皆川さんは絶句していた。
「……」
「ちなみに今居るこの建設中のビル、ウチのになってますから」
「はぁ?園子ちゃん――」
「そういう訳なので、ここからカプセルに向けて大ジャンプして、どこかにぶつけても、損害賠償とかの問題はクリアですよ」
そうじゃないだろう、という呟きが聞こえたような気がしたが、全力で聞こえなかったことにした。
あたしは主人公じゃない。
それでも、それでも何とかできるハズ。
「それで皆川さん、どうします?」
あたしがそう問いかけると、皆川さんは、はあ、と大きく息をついた。
「分かったよ。分かりましたよ。ドライバー役、引き受けたよ」
アルファロメオのドアに皆川さんが手を掛ける。
「待ちなさい」
(――今の、声)
声がした方を見ると、柱の陰からひとりの女の子が出てきた。
「……哀ちゃん?」
(え!?何で!?博士のトコにいるハズじゃ!?)
よく見ると、マスクをしていて、その厳しい眼差しは女の子のソレではなくて。
(……まさか。コナン、くん?)