「君が鈴木園子さん?」
会議室、と思われる部屋にいたのは、ほんの少しだけ青みがかった金髪のとんでもない美形だった。
(……天使)
事情聴取として連れてこられたのは、やはり警察庁で、てっきり風見さんか安室さんだと思っていたあたしは対応に困るのと同時に、
(何、これ。どこの巨匠の名画ですか)
窓辺に佇むその人物は、かなりの長身でスーツの上からも鍛えている感が半端ないので、恐らく警察関係者だと思うのだけれど。
「警察庁へようこそ。胡桃沢だ。『彼』の上司とでも思ってくれればいい」
ざっくらばんな説明に戸惑っていると、
「座りなさい」
「はい」
促されて、大きなテーブルを挟んで椅子に腰掛けたが、少しも落ち着かなかった。
(これってどういうこと!?)
確かに今回の事件は『無人探査機がカジノタワーに墜落する』という大規模なものだったけれど。
それだけで『上』が動くとは思えなかった。
(やっぱり、遣り過ぎちゃったかな)
ちら、と視線を動かすと、部屋の隅に目立たないように腰を降ろしていた婦警さんを発見。
(あたしが女性だから、かな)
何とはなしにそんなことを考えながら見ていると、
「彼女のことは気にしなくていい。単なる保険だ」
(あ、やっぱり)
「さて。どうしてここに呼ばれたのか、分かっているかな?」
テーブルに軽く肘をつき、その重ねた手の甲に少しだけ顎を乗せてこちらを見た灰褐色の瞳は、まるで射抜くように鋭かった。
(どこまで知られてしまったのだろう)
「先日の件では随分と世話になったようだ。その点は感謝しておこう。だが」
(来た!)
あたしはテーブルの下で、ぐっ、と拳を作った。
「国際会議場に仕掛けられた爆発物に関する助言。IoTテロの予測。まあ、この辺りまでは何とか常識の範囲内だ。きみは独自の情報源があるだろうから。しかし――」
これはどういうことかな。
テーブルにあった書類が、くるり、と裏返された。
それを見たあたしの顔から血の気が引いて行く。
「これはエッジ・オブ・オーシャン付近の地図だ。そして幾つか印の付けられた建物、見覚えがあるね?」
それらの建物は、疾走していた安室さんの車が狙撃されないように、と人の配置を頼んだビルだった。
(結局、全部ウチで買い占めちゃったんだけど)
そう報告を受けて、白目になりかけたのも記憶に新しいことだ。
「そして、ここ」
(あ、やっぱりそうなりますよね)
「この建設中のビル。何故ここにいたのかな?」
いつかはこんな日が来るのでは、と思っていた。
けれど、それは『今』ではない。
(せめて、ネオ・グリフォンとの決着がつくまでは……)
今回、あたしがこんなに準備を重ねたのは、ネオ・グリフォンがもしかしたら、安室さんを狙うのではないか、と思ったから。
さすがに主人公のコナンくんを狙ったりはしないだろうけれど、その周りの、いわゆる『お助けキャラ』を面白がって消してやろう、とかは思うかもしれない。
その可能性に気付いてからは、少しも落ち着けなかった。
だから、『鈴木財閥』の力を使ってでも助けたかった。
「それは、何となく――」
「何となく、でこんなに人や金を動かせるのか。大したものだ」
(だめだ。かけらも信じてない)
この流れだと、どうしてその建築中のビルの最上階にアルファロメオを待機させていたのか、とか、国際会議場へ突っ込むこと前提だったのか等、聞かれたくない質問のオンパレードとなってしまう。
(何とか、少しでも話を反らさないと――)
焦ったあたしはとんでもないことを言ってしまった。
「こんなことをして、いいんですか?」
「どういう意味かな?」
「この『鈴木園子』にそんな理不尽なことをするのなら――」
空気が、変わった。
「何が、どうなると?」
――見る者を凍らせるかのような微笑。
「財閥の力というのは確かに凄いものだよ。こちらは公僕だからね。上の圧力には極めて弱い。だが」
凄烈ともとれる視線がこちらを射ぬいた。
「私は警視正だが、場合によってはこの身分を擲っても構わない」
さあ、答えてもらおう。
――きみが一体何者なのか?
どうやらあたしは押してはいけないボタンを押してしまったらしい。
でも、あたしだって引く訳にはいかない。
もしも、今あたしが本当に『十代の女の子』だったら、即座に降参していただろう。
けれど、『あたし』は違う。
それに――
(ネオ・グリフォン。あいつだけは)
この『コナン』の世界知識を持つ転生者で、しかもその力で世界を歪めようとしている。
同じ転生者として決して見逃すことなどできなかった。
だから、あたしは唇の端を上げてみせた。
「何者ってただの『お嬢様』ですよ。警視正さん」
「分かってないのか――」
「ウチの情報網、使えばこれ位のことできますよ」
そこで何故か、ため息をつかれた。
そんな表情も絵になる、ってどこまでもイケメンだなあ。
(あれ?でもさっき警視正、って……)
この見た目で安室さんより年上!?
「何を考えている?」
「なんでもありません!」
慌てて返事をすると、
「まったく君――」
そこまで言われたとき、ノックがされた。
「入れ」
「お取り込み中、申し訳ありません。内閣府より緊急の――」
「分かった」
(……やっぱり、かなりの地位にいるみたい)
どう見ても二十代にしか見えないのに。
「仕様がない。だが、これだけは言っておこうか」
見透かすような視線と共に放たれた言葉にあたしは絶句するしかなかった。
――決して、ひとりで戦おうとするな。
「まったく、もう」
先日きちんと謝罪はしたのだけれど、やっぱりまだお怒りモードが解けない七槻さん。
「ごめんなさい」
何でも、あたしに化けたのはいいが、安室さんの殺気がめちゃくちゃ怖かったそうだ。
(今日、安室さん居なくて良かった)
今、あたし達がいるのは、とある市にある博物館。
例のごとくキッドからの予告状が来たのだ。
安室さんは本業の方でどうしても手が放せなかったらしく欠席。
(……もしかして、先日のあの人から、何か言われちゃったのかな)
タイミングが良すぎるし、風見さんも来ていなかった。
これまでのパターンなら、代わりに誰か、よこすはずだけど。
「ほんとにどうかしてた。あんな怖い思いするなら、軽々しく引き受けるんじゃなかった」
「その節は誠にすみませんでした」
「なになに、どーしたのさ?」
「真純さん!!なんでもないですっ!!」
キッドが今回狙っているのは、期間限定で展示される『いわしの涙』と名付けられたダイヤモンド。
例のごとく、次郎吉おじ様が張り切ってこの博物館を買い取り(おーい)、嬉々としてキッド対策に取り組んだ結果、現在、この博物館はある種の『からくり屋敷』と化していた。
「ふははははぁっ!!これで今度こそきゃつも年貢の納めどき、というものじゃろうて!!」
豪語してるけど、それってフラグ……。
「毎度のことだが、じーさん、あんまり遣り過ぎないでくれよ」
頭を抱えている中森警部を筆頭に、
「ったく。いい加減、止めてくれよ」
とぼやくように毛利探偵が言うと、
「アレを止められると思うか?」
「これが『いわしの涙』ねえ。とってもきれいね、コナンくん」
「うん!蘭姉ちゃん!」
「もう!快斗ったら、どこ行っちゃったのよっ!!せっかくお父さんがキッドを捕まえるトコ、見せようと思ったのに!!」
(……青子ちゃん。多分、快斗くんこと怪盗キッドは名探偵に顔バレしたくないから、雲隠れしてると思う)
何せ、工藤くんと快斗くん、顔の造り、ほとんど一緒だからなあ。
はは、と遠い目をしていると、
「うおっ!あと五分だっ!配置に着いたかっ!?」
「「「「「「「はっ!!」」」」」」」
(いや、あの。中森警部。毎回思うんだけど、こーゆーとこに娘さん連れて来ちゃ、……ブーメランだった)
緊張感がみなぎる展示室内であたしはふと疑問を感じた。
(これって本当にキッドなのかな?)
怪盗キッドは初代であるお父さんの敵討ちのために、特別な宝石を探している。
それは、月光を浴びると怪しく輝く、という伝承があるらしい。
(なんか、今回のダイヤモンドには当てはまらない気がする)
予告があった『いわしの涙』は、つい最近見つかったダイヤモンド。
(その宝石を狙う、キッドのお父さんを殺害した組織も昔からあったみたいだし。その辺りのことを考えると、何か違うような……)
それに――
先日、鈴木邸を騒がせ『おじさま』のこともある。
(……あれ?そう言えばこれって――)
「あと一分です!警部!!」
「よーし!!抜かるなよっ!!」
皆が時計を注視するなか、誰かが秒読みを始めた。
「……三十、二十九――」
『キッドキラー』ことコナンくんがさりげなく蘭の前に出る。
「十五、十四……」
真純さんは前に男の子と間違えられたことを根に持っているのか、ぐい、と前に出ていた。
(異性に間違えられて服取られたら、やっぱ恨むよね)
というか。事前調査はちゃんとしてよね、キッド。
「十一、十……」
あたしと七槻さんは邪魔にならないよう、壁際へ下がった。
「五、四、三……」
皆の視線が『いわしの涙』に集まった。
「一、……「なんだあっ!?」
プツン、とスイッチが切れたように灯りが消えた。
「自家発電はどうしたっ!?」
「キッドかっ!?」
パッと一気に辺りが明るくなり、目をしばたたかせると、涼やかな声が響いた。
「確かにダイヤはいただきまし……うおっ!?」
展示ケースの上で白いシルクハット、スーツにマントといういつもの姿で、ダイヤを顔の前に掲げたキッドの傍らを何かがよぎり、反対側の壁に突き刺さる。
(……トランプ、ってことは)
「何だ!?」
「どーゆうことだっ!?」
場が騒然とするなか、つい今しがた聞いたのと寸分違わぬ声が上から降りかかる。
「私も有名になったものですね」
「「「「「「「キッドがふたりっ!?」」」」」」」
「騙されるなっ!!こいつは罠だっ!!両方とも捕らえろっ!!」
「「「「「「「はっ!!」」」」」」」
ダイヤを手にしているキッドに警官が群がるが、ぽん、と煙幕を張られてしまう。
(う、こっちまで煙来た!)
ハンカチで口を覆っていると、誰かがドアを開けてくれたようで、何とか周りが見えるようになった。
「くそっ!!今ので奴が誰かに化けたかもしれん!!お互いの、……ん?」
見ると、まだ『ふたり』はそこにいた。
というより――
「キッドとキッドが闘っている……?」
「私に化けるとはいい度胸ですね!!」
後から現れたキッドが、ダイヤを手にしているキッドに拳を繰り出した。
「何のことやら。偽者はあなたの方でしょう」
さらりとかわし、お返しとばかりにその腕を掴もうとするが、それはかわされ、
「人の名を語っておいて!!」
「どっちがっ!!」
「「「「「「「……」」」」」」」
(え、っと――)
一進一退の攻防を眺めながら、あたしは我に返り、蛍光塗料入りのハンドガンを手に取った。
(一応、用意させて良かった)
「七槻さん!」
テニスボール大のボールが射出されるので、それなりに重いのだ。
側にいた七槻さんの手を借り、照準を合わせる。
「どうするの?」
(もし、あたしの予想が正しければ……)
あたしは、すぅ、と息を吸った。
「あっ!!不二子さんっ!!」
「……へ?」
「えっ!不二子ちゃ、……っ!」
(今だっ!!)
ダイヤを持ってあたふたしている方の『キッド』へ狙いを定めて引き金を引く。
「ゲッ!!」
頭からたっぷりと蛍光塗料を浴びた『キッド』を指差し、
「あの『キッド』はルパンですっ!!」
あたしがそう叫ぶなり、廊下の奥から叫び声が聞こえてきた。
「ルパン~~!!!」
「げぇっ!!とっつあんっ!!?」
「……マジかよ」
(あ、快斗くん素が出てる)
入り口に仁王立ちになる銭形警部に、
「お早いこって」
と答えると、アゴの下に手を掛け、べりっと『キッド』の顔を外す。
「ル~パ~ンッ~!!貴様!!今度は何を考えとるッ!?」
「そ~んな怒るなよ、とっつあん。血圧上がるぜ」
ルパン三世は窓に体当たりをするが、そこには――
「へっ!??」
割れた窓ガラスの向こうには、鋼製の網が張られていた。
(でも凄い。あんな勢いでぶつかつたら、反動で落ちるのにしっかり掴まってる)
「なんだぁっ!?」
とそこで次郎吉おじ様の高笑い。
「ふぁふぁふぁっ!!まだまだ甘いわあっ!!お主らこそ泥が逃走に使う手管は、全て見切ったわぁっ!!!」
「それ!キッド!!逮捕だあ~~!!!」
「ルパン~~!!!」
「「げぇっ!!」」
網にしがみついたままのルパン三世に銭形警部が飛びかかろうとしたとき、空を切るような音がした。
一瞬の閃光。
(あっ)
「でえぇぇいっ!!!」
鋼が紙のように散り散りになって下へ落ちた。
「五右衛門~~っ!!!」
「……また詰まらぬものを――」
「それはいーからっ!!」
いつの間にか、轟音が近付いてきていた。
(ヘリコプター……いつの間に)
「そんじゃあ、とっつあん、達者でな~~!」
ヘリコプターから伸びたロープに掴まったルパン三世と五右衛門に、銭形警部が叫ぶ。
「くそぉっ!!ルパン~~!!五右衛門~~!!!」
「ヘリはどうした!?」
「この作戦にヘリは用意しておりませんッ!!」
「待て~~!!キッドッ~~!!!」
コナンくんの声がはるか遠くから聞こえてくる。
「うわっ!!」
「なんだっ!!」
階段が、消えていた。
正確には、その段差が消えて坂になっていたのだ。
「滑るっ!!」
「上がれませんっ!!」
キッドを追いかけていた警官達が足止めを食らっていた。
「ふあっ!ふあっ!ふあっ!!毎度のように屋上へ逃げ出すきゃつのために作らせた特別製の階段じゃっ!!!油も撒いておるから、そう簡単には――」
「キッド~~!!」
遠く、恐らく上の階から聞こえるコナンくんの声。
「……おじ様。キッドキラーのコナンくんが上にいる、って、ことは」
「まさか、」
「念のため、一旦解除した方が」
「ううむ」
仕方がない、とおじ様がその懐からコントローラーを出して操作しようとしたとき、小さな爆発音がし、それは壊れてしまった。
そして、バネが付いたカードには――
「キッドマーク、じゃと!?」
(うわ、仕事早い)
「他に制御できる手段はないのか、じーさん!!」
「慌てるでない。このようなときのために、この辺りに制御盤が――」
次郎吉おじ様が壁に隠されていた扉を開け、制御盤を――
「のわっ!?」
再びの爆発音。
また見つけたバネの先にはデフォルメされたルパン三世の顔と――。
「ごくろうさん、だとっ!?人を小馬鹿にしおってからにッ!!!!」
パシッ、とカードを叩き落とす次郎吉おじ様。
「どうします?」
「どうしますも何も、上がるしか」
「そこ、どいて」
気合いの入った真純さんの声に、思わず皆が下がった。
「……行くよ」
壁際からの全力疾走。
「はあぁぁぁぁっっ!!!!」
(すごっ、一気に登っちゃった)
思わず感心して見送っていると、すぐ近くで気合いを入れる気配。
「ら、蘭っ!?」
「だ、ダメ~~!!」
「何で止めるのよ!」
あたしは慌てて耳打ちした。
「だって蘭、そのスカートっ!!」
蘭が運動神経いいのは分かってるけど、流石にミニスカでそんなこと、させられない。
「……あ」
蘭もようやく気がついたのか、止まってくれた。
(良かった~~)
ほっとしていると、『坂』から何かが転がり落ちてきた。
「「「「「「「……え?」」」」」」」
近くにいた警官が思わず、という体で手に取り、
「かつら?」
この場にいる人達のほとんどの人が、かつらイコール変装、と思ってしまったのも仕方がないことだと思う。
「キッドはまだ近くにいるぞ!!油断するなッ!!!」
そして、間の悪いことに、
「あのう、すみません。それ、自分の――」
後になって分かったのだけれど、彼は本当にかつらが、必要な方で、もちろん普段は坂を軽快に転げ落ちるようなシロモノではなく、オーダーメイドの、なかなかそうとは分からないものを着用していたのだけれど、その日に限って悪戯心を起こした飼い猫にオモチャにされて――。
仕方なく、近所に住む従兄弟が忘年会で着用したものを借りてきたということだった。
「すみません。返して……」
「「「「「「「確保~~っ!!!」」」」」」」
「えっ」
わあぁっ、と声が上がり、気の毒なかつらの所有者に追っ手が群がった。
後日、あんまり気の毒になってあたしは快斗くんに直撃してしまった。
もちろん、以前、蘭が受けたセクハラの抗議もさせてもらいました。
「いや、だって……まさか、あんなことになるなんて――」
話を聞いてみると、百パーセント善意で返したようだった。
その警官に化けようとして制服を拝借しようとしたら、『それ』に気がついてしまい、動転していたのか、自分の変装用のかつらと、ご本人のそれとを交換してしまったらしい。
蛇足だけど、とっさにこの警官に化けるのは断念したらしい。って何で?
「いや、何か凄い罪悪感、感じちまって」
結果として、ダイヤモンドはルパン三世が盗り、後日、釣り人のバケツに入っていた、と返品された。
(蝶が羽ばたくにしても、これは――)
後々の展開に備えながらも、あたしはあまりの流れに頭を抱えてしまった。
今回出てきたオリキャラ(一応(^_^;)
胡桃沢 翔(くるみざわ しょう)――安室さんの上司。外見はグラ○ルのルシ様(ル○フェルか○シオかは、お任せしますm(_ _)m)。中身は捏造。(ガチャで出て来ない。だから、つい出した。また出してみたいな)
で、ミステリ好きの方、どなたか気づいたかなあ。
(でも、著者が既に故人だからなあ。……今のところ、コ○ンの単行本の折り返しに出て来てないから、無理か(ヾノ・∀・`)