鈴木園子はゼロの夢を見るか   作:ルナ子

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ラベンダーの追憶 《後奏曲》

数日後、喫茶『ポアロ』であたしの頭の中は、ちょっとした『カオス』と化していた。

 

 

「初めまして。皆川桂一です」

 

新しい店員さんです、と梓さんに紹介されたのは、黒髪黒目のいかにも純日本人という顔立ちなのにイケメン、という安室さんとはある意味、対称的な青年だった。

(え、このタイミングで新しい人って)

思わず、カウンターの奥にいる安室さんの方を窺うが、特にこれといった反応はなかった。

(何か、避けられてる!?)

あの後、安室さんは何事もなかったかのように、部屋まで送り届けてくれ、その話に触れることなく帰路についたのだった。

(却って気になるんですけど)

だけど、『とっさに浮かんだメロディー』と言ってしまった手前、こちらからは絶対に言えない。

(一体、どうしろと)

「世良真純です。よろしく」

「あ、鈴木園子です」

「江戸川コナンです。……園子姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫よ」

あはは、と笑ってみせるけど、

「そう言えば蘭姉ちゃんは?」

ぐ、と言葉に詰まったあたしを真純さんが気の毒そうに見やる。

「あー、コナンくん、その話はちょっと……」

「いいんです。真純さん。蘭なら少し遅れるって。すぐ来ると思うよ」

(うん。きっとすぐ来るわー)

「園子姉ちゃん、何か目の焦点合ってないような……」

「しっ、そっとしてあげなよ」

 

 

『ふうん。そう、そうなんだ。園子にとって私なんて』

『ちがっ、違うのよ!!蘭!!』

 

 

あれ以来、何か気まずいというか、ぎこちない雰囲気になってしまった。

(今日来たら、もっときちんと謝らないとな)

そんなことを考えながら、注文。

「はい。あと園子姉ちゃんだけだよ」

(何かやさしいなあ、コナンくん。もしかして同情されちゃった?)

メニューを受け取っていつも通り紅茶を頼もうとした手がふと止まった。

「あれ、これって」

いつもなら『紅茶』としか書かれていない箇所に修正が入り、『セイロン』『アールグレイ』『アッサム』『ダージリン』など、茶葉の名前が羅列されていたからだ。

傍らで見ていたらしい梓さんが解説してくれた。

「ああ、それね。皆川さんが紅茶入れるの上手みたいで、試しに入れてみたの」

たまたまお客さんが少なかったためか、その声はよく響いたらしく、カウンター近くにいた皆川さんが振り返った。

「いや、そこまで言われると」

「そんなことないだろ。お前の紅茶、結構うまいじゃないか」

すかさず安室さんがフォロー、ってあれ、その口調?

「安室さん、皆川さんとお友達なの?」

普段より気さくげな口調に早速、コナンくんが質問をぶつけた。

すると安室さんはやれやれというように、

「そうだよ。皆川とは古い付き合いなんだ」

「え、それ今、聞いたんですけど安室さん」

「マジ?梓さん!?」

「ねえねえ、『古い付き合い』っていつ頃からなの?」

あっという間に質問タイムとなったが、あたしは違うことに気を取られていた。

(古い付き合い、ってまさか……)

心の中に蘇ったのは、廃ビルの屋上のあのシーン。

「そうですね。学校はほとんど一緒でしたね」

「それって幼なじみじゃないの?」

(ノックと疑われて自殺を選んだ『彼』も確か黒髪で、だけど顔が違う。でも)

潜入捜査をこなす彼らなら、きっと変装なんてお手の物で。

「そうとも言いますね」

(何か目が合った!?ナゼ?)

 

盛り上がる皆をよそに、

『あなたはスコッチさんですか?』

(そんなこと聞いたら、終わりだ)

聞きたいのに聞けない、とジレンマに陥っているとお店のベルが鳴った。

「いらっしゃ……あら、高木刑事」

「どうも」

「こんにちは」

入ってきたのは高木刑事と、ややきつめの眼差しの美人さんだった。

(……誰?)

「こんにちは、高木刑事。このお姉さんは?」

(いつもながら直球ですね。コナンくん)

「あ、彼女は――」

「まさか、新しい恋人とか?」

「ちょっ、からかわないで下さいよ。彼女は新しくウチの班に入ってきた、岩崎刑事ですよ」

そこで美人さん――岩崎刑事が会釈した。

「岩崎みづえです。よろしく」

「どうもご丁寧に。この『ポアロ』で働いています。榎本梓です」

「こちらでバイトしてます。安室透です。よろしくお願いします」

「今日からこちらで働くことになりました皆川桂一です。よろしく」

流れであたし達も自己紹介したけど、こんな女性、『コナン』にいたっけ?

(そう言えばあたしが死んだ頃、まだ『コナン』って連載中だったよね)

それを言うんだったら、七槻さんのこともおかしい。

あれは安室さんがここへ来るより、ずっと前のハナシだったはず。

「あ、立ち話も何なので」

梓さんが席へ案内しようとしたが、

「あ、いや。今日は近くまで来たので岩崎さんの顔見せも兼ねて」

その後、ゴニョゴニョと続けられた言葉を聞いた梓さんは、にこにこして、

「はーい!お持ち帰りにハムサンドですね!かしこまりました!」

「ハムサンドですね」

てきぱきと調理にかかる安室さんと比べると、高木刑事はあきらかに挙動不審。

(ん?これはもしかして)

「佐藤刑事へ、ですか?」

近くまで行ってこそっと囁いてみると、高木刑事は文字通り飛び上がった。

「い、いや、あの、これは!」

(そこまで慌てなくても……)

「園子さん、ご注文は?」

「すみません、えっと……」

(何かいつも通りなんだよね。安室さん。それに)

もし、安室さんが『転生者』だとしたら、『コナン』始まる前に全部終わっちゃってるだろうし。

(それじゃあ、何であの曲――)

堂々巡りになりかけたので、軽く頭を振って切り替えた。

「じゃあ、ルフナ、お願いします」

ルフナはミルクティーに適した紅茶で、別名『紅茶の王様』とも呼ばれている。

(案外、クセがなくて美味しいんだよね)

と思っているとなぜか皆川さんが振り返った。

(あれ?安室さん、手が止まってる?)

「何か、マズかったですか?」

「いや、何でも。好きなんですか、その茶葉」

皆川さんの台詞を受けて、梓さんも考え込むように頬に手を添えた。

「そう言えばあんまり聞かない名前ですよね」

(前世では結構ポピュラー、って単にあたしが紅茶好きだっただけかな)

「クセがなくて美味しいんですよ」

ちなみにあたしはミルクをたっぷり入れて、砂糖を心持ち少なめにするのが好き。

と見ると、皆川さんはカウンターで片手鍋を手にしていた。

(何か、本格的、ってロイヤルミルクティー?)

あれって美味しいんだけど、コツがあってなかなか難しいんだよね。

(手際、いいなあ)

と見ているうちに、

「それじゃあ」

「ありがとうございました」

高木刑事たちは帰っていき、あたしの前にロイヤルミルクティーが置かれた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

早速、砂糖を入れてひと口。

(うん、美味しい)

「とても美味しいです」

にっこり笑って答えると、皆川さんは少しホッとしたようだった。

(初出勤、って緊張するよね)

「ありがとう」

はにかんだような笑みを残して皆川さんは戻って行った。

(うーん、スコッチさんなのかなあ)

何しろ『コナン』が始まる前に亡くなっているから、どんな人なのか、具体的にはわからないんだよね)

悩んでいると、ぐい、と腕を掴まれた。

「園子君」

「なに?真純さん」

「まさかと思うけど、皆川さんにクラ替えしたのかい?」

「は?」

(何をどうしたらそんな結論が、ってこれまでの『園子』の行いからですか)

まあ、あれは一種の現実逃避なんだけどね。

『財閥』のしがらみから逃れたい『園子』が、自分をさらってくれる王子様を夢想して、イケメン探しをしていたにすぎないのだけど。

(ノッてみるのも、わるくないかな)

「そーなの?」

「ちょっ、ガキンちょまで!そんな訳ないでしょっ!!美形がいたら誰だって観賞したくなるじゃない!!」

「……園子君?」

「そこは否定しないんだね」

「そーいえば、工藤くん家、おそうじ手伝ったの、いつだったっけ?もうそろそろ……」

「まだ大丈夫だと思うよ」

それに、とコナンくんが続けた。

「沖矢さんなら、今忙しいみたいだから、あんまり構わないでいてあげてね」

「あ、そうなの?」

いかにも残念、というふうにあたしが答えたときだった。

「どうぞ」

お冷やのおかわりを手に安室さんがいた。

(営業スマイルのはずなのに、辺りの空気が凍ってる気がするのって、あたしだけでしょうか)

「アリガトウゴザイマス」

冷気の元が去ったのを確認して、あたしは息を吐いた。

(この反応。やっぱりスコッチさん死亡コースかあ)

てっきり何か凄いキセキでも起こって、スコッチさんが生きてるんじゃ、と思ったのだけれど。

(スコッチさん、生きてたらあんな反応しないよね)

原作では、スコッチさんが自殺するのを赤井さん(沖矢さん)が止められなかった、と安室さんが憎んでいることになっている。

(ホントは少し、違うんだけどね)

実際、赤井さんはスコッチさんの自殺を止めようとしたんだ。

だけど、そのとき運悪く、追っ手らしき足音が聞こえて、それに気を取られた隙にスコッチさんは――

そして、その後が更に救えない。

その追っ手らしき『足音』の主は安室さんだったのだから。

(タイミングが悪すぎる、ってこのことよね)

幾らあたしに原作知識があるとはいえ、過去は変えられない、と思っていると、

「ねえ、園子君」

ぽん、と肩を叩かれた。

「え、」

「あのさあ、園子姉ちゃん、アレはないと僕も思うよ」

「は?」

「だからさ、幾ら安室さんが園子君のこと、どのくらい好きなのか知りたいからって他の男のことをダシにするのはさ」

「ねえ」

「はいいぃっ!?」

(いや、それっ!ぜんっぜんっ!!違うからっ!!)

「ち、違うってばっ!!」

思わずあたしがそう叫んだときだった。

「何が違うの?園子」

買い物袋を提げた蘭がそこにいた。

「蘭……いつの間に」

「やあ、蘭君、用は済んだのかい?」

こわばったあたしと、いつも通りの真純さん、その横で頭を抱えているコナンくんを一瞥した蘭は、とてもいい笑顔をしていた。

(この笑みは、絶対逆らっちゃいけないヤツだ)

「うん。ねえ、園子」

「はいっ!何でしょう!!

「園子君?」

「しぃっ」

鯱張った返事をしたあたしに、

「今日は、朝までじっくりお話ししようね?」

(え?ということはお泊まり?)

「あ、あの」

「さっき、園子の家に電話して、話しておいたから」

「あっ、ハイ」

すると蘭はコクコクと頷くあたしを見つめたまま、コナンくんに声を掛けた。

「それとコナンくん」

「何、蘭ネエチャン」

(さすが、分かってるね。今の蘭は逆らってはイケナイのだよ)

「コナンくん、今日は博士のお宅に泊まってきてね」

もちろん、連絡してあるからね。

「じゃ、僕、仕度してくるね!」

(はや!ああ、もうそんな遠くに)

蘭がこちらを向いたままなので、目の端で確認するしかなかったけれど、ホントに速かった。

「園子?」

「お泊まりね!もち、OKですっ!行きましょう!!」

 

 

……あたし、明日の朝日、拝めるよね?

 

 

 

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