砂糖は人類の宝? よし、お前は今日からオレの親友だ! 作:みーごれん
取り敢えず進めるだけ進んでみようと思います。
もう一作品の息抜きで書こうと思っていたのですが、こっちの手が止まった途端あっちが書ける様になりました。ピタ〇ラスイッチか……
本日も晴天成。
彼はふと歩みを止めると、後ろに現れた人影に声を掛けた。
「時間通り、だな。例のブツは?」
「当然である。苦労したぞ……」
躑躅守が振り返ると、戦利品を胸の辺りに掲げた筋肉質で長い黒髪を三つ編みにしている大男――八番隊第三席・円乗寺辰房が立っていた。戦利品を見て躑躅守も思わず唇の端を上げる。
「ほう……それが“ちょこれいと”……未知なる砂糖菓子だ」
「気に入っていただけたようであるな」
「当然だ。隠密機動は基本瀞霊廷内でしか行動しないから現世の事物には疎いんだ。ふふふ、ならば“とっておき”を交換しよう‼」
テッテレー
躑躅守が掲げた一枚の写真を、まだ詳しく見ても居ないのに円乗寺は“おおっ!”と声を上げた。まあそう急くな。どうせ譲ってやるんだから。
互いに戦利品を右手に持ち、左手で受け取る構えをして近づいた。交換を終えると、共に受け取ったモノをまじまじと見つめる。
「ふおおおおお⁉ 砕蜂隊長に蹴られる寸前の写真⁉」
お気に召したらしい。
そう、オレは隠密機動。ターゲットの趣味趣向を洗うことなどお手の物だ!
取引相手の円乗寺が
「これはッ、すっ、隙間からッ……一片の悔いなし‼」
ブシ――ッ‼
鼻から凄まじく出血をしつつ、片手で必死に抑える円乗寺。
いや、全然抑えきれてないから。
やれやれ、妄想の激しい奴だな。
奴に渡した写真は、奇跡の一枚といっても過言ではないものだ。具体的にどういうものかというと、ポン太がこちらに蹴りかかってくる図だというのは前述のとおりである。彼女は小柄である為、自然、一旦地を蹴って浮き上がった状態で回し蹴りをこちらに放つのが常なのだが、そうすると稀に、いい感じで彼女の衣服も浮き上がる。その状態で蹴りを放つとどうなるか?
袴というものは、身体との密着度の低い、ゆったりとした服装。つまり何が言いたいのかというと、角度とタイミングが揃うとかなり奥の方まで見えるのだ。何がとは言わないが。今回の写真は、“ギリギリ見えるか見えないか……やっぱり見えないッ!”という絶妙な陰影を演出することに成功した至高の一枚。
オレは全然ポン太に興味は無いので正直どうでも良いのだが、ここまで喜ばれると苦労の甲斐を感じるの通りこして正直ヒく。
苦笑しつつ躑躅守が自身の手の内に視線を戻した。茶色いテカテカした紙の上に大きめの字で“CHOCOLATE~大人のビター~”と金色に文字が打たれている。紙でクルリと銀色の金属の箔を巻いてあり、どうやらその中に例のモノが入っているらしい。
「ちょっこれいと、ちょっこれいと、ちょこれいとは~、め、○、じ♪」
丁寧に箔を破いて、中身を覗く。すると茶色い板が顔を出した。長方形に切り出しやすくなっているデザインに従って、ひと欠片を口に入れる。
口に入れた瞬間、僅かに香料を想わせる独特の香りが漂い、ほのかな甘みが口の中に漂う。口の中で転がしていると、唾液と口の熱でとろりと解けてきた欠片がその本領を発揮した。甘いのに、僅かに顔を出す苦みが甘さを諄く感じさせない。エキゾチックな香りを漂わせながら解けた端は、餡というよりかは飴に近い感覚で羊羹と水あめを足して二で割ったような舌触りだった。
――喉が渇いたな……しかしこれは茶を口に注ぐのは忍びない。水なんてもってのほかだ。くッ……味の余韻を殺さないようにするにはどうすればッ……
躑躅守は口を、円乗寺は鼻を押さえて悶絶していたところで、屋根の更に上の方から声が聞こえた。
「おんやァ、楽しそうだねえ」
「「京楽隊長!」」
円乗寺と躑躅守は揃って声を上げた。屋根の上方から笠を被り女物の桃色の羽織を羽織った髭面のナイスガイ、八番隊隊長京楽春水が降りてくる。
「こんちは」「お疲れ様です!」
「うん、こんにちはぁ~! いやぁ、丁度良かった。君に話したいことがあったんだよ、華クン――」
ビシィッ
京楽の右目にあと0.5ミリで届く位置に躑躅守の人差し指が差し出された。殺気の籠ったその瞳に京楽がゴクリと喉を鳴らし、冷や汗を垂らす。
「京楽隊長、下の名前で呼ぶなって言いましたよね? それが他人に物を尋ねる態度ですか?」
躑躅守の本名は、躑躅守華という。男に何でそんな可愛らしい名前を付けたのかは定かではないが、兎も角その名前のせいで彼も色々と苦労した。お蔭で下の名前は彼にとっての逆鱗、地雷原、触れてはならぬ場所なのである。
という説明は京楽へ既にされているため、懲りぬ彼に躑躅守から制裁が加えられそうになっているのが現在の状況である。下の名前を呼んだだけで片目を失いそうになっている京楽は組織のトップとして情けないし、そこでブチ切れている躑躅守も了見の狭い話である。
「ご、ごめんよ、は、じゃなくて躑躅守クン! いやあ、ボク下の名前で呼ぶことが多いからさあ~! うっかり!」
「……まあその言い訳も四回目ですけど。で、何です? オレに話って」
人差し指を引っ込め、キッチリ包みを直しながら躑躅守がチョコレートを懐にしまった。ほっと一息ついた京楽が屋根瓦の上に胡坐をかいた。
「取り敢えず座って座って! ここは下から見えちゃうからねえ。ああ、辰房クン、君は仕事に戻ってて~!」
「ぎょ、御意!」
円乗寺がワタワタと降りていくのを見ながら躑躅守も座った。一応任務に行く途中なので彼は黒装束に身を包んでいる。正装中は如何なる者に対しても跪くのが決まりなのだが(というのは、完全に尻を地面に着けるともしもの時に一動作分遅れて命を落とすという隠密機動独特の物騒な教えに依る)、どうせ京楽は楽にしてと言ってくるので跪くのではなく同じく胡坐をかいて京楽と対した。
京楽の言葉を待っていると、ふと真面目な表情になった彼が口を開いた。
「君はさあ、刑軍の副団長なわけだよね」
「そっスね。一応」
「じゃあ、それなりに任務について詳しいわけだ」
「……それはどっちの意味です? 刑軍の主な仕事についてか、詳しい仕事についてか」
「後者だね」
不敵に微笑んだ彼が躑躅守の表情を窺うように覗いた。
「ま、程々には。マジでヤバい案件は団長しか知りませんけど」
「構わないよ。そんじゃあ、君らの耳に“朽木ルキア”の名はいつごろから入ってた?」
――あちゃ~、やっぱそーゆー話題ね。
躑躅守は大仰に溜息を吐いて首を横に振った。
「オレらにも守秘義務ってもんがありますから、そーゆーのは訊かれても答えられませんって」
ぶっちゃけた事を言えば、隊長である京楽ならばある程度の情報開示請求を隠密機動に行うことが出来る。ただし申請に時間が掛かる上、必要事項の記入が多く、加えて閲覧記録が残る。それが全部分かった上で躑躅守に直接訊いているという事は、急ぎの内容なのか、情報請求に対する理由が言えないのか、閲覧記録を残したくないのか……
いずれにしろ、面倒ごとはまっぴら御免だ。
「そこをなんとか頼むよぉ~! ほら、久里屋の徳利最中、食べたくなァい?」
「ッ‼ ~~ッ、卑怯なッ‼」
久里屋というのは、言うまでもなく和菓子屋である。そこで扱っている徳利最中という最中は、餡に酒粕を練りこむという変わった趣向の菓子だ。程よく潰された粒あんの中から覗く酒粕は、上質な麹とアルコールの香りを纏って餡の味を一層高めている。また皮も格別で、どういう仕組みなのかいつ食べてもパリッと乾いた堪らない音を響かせる。少々値が張るので躑躅守はあまり買わないのだが、だからこそ目の前で転がされるその包みを見ただけで熱い緑茶が欲しくなった。
「……おふっ、れこっスよ……彼女の任期終了時から、動きはありました」
「それは、人員を裂いてかい?」
「いいえ。失踪なんて珍しくもありませんから。映像蟲飛ばして終わりっス」
「珍しくも無い、か。それってどういう意味?」
「現世に死神を派遣してる隊長ならお分かりでしょう? 大怪我して義骸で療養とか通信機が壊れて連絡取れなくなったとかなんて間々あることじゃないですか。ですから基本、音信不通になったら生死の確認と簡単な調査だけするってことになってるんです。結果を四十六室に送って、後は指示待ちっス」
さあ最中を寄越せと言う風に躑躅守が右手を差し出すと、最中をもう一つ掌に載せて京楽は腕を上げた。
「それじゃ、ルキアちゃんに関する四十六室の指示は先日まで無かったってこと?」
「…………それ以上は、いくら貴方相手でも答えかねます。……例えッ、最中をッ、食いっぱぐれてもッ……!」
歯を食いしばり、血涙さえ流しかねない躑躅守の様子を見て京楽が苦笑した。最中をもう一つ加えて、俯いた躑躅守の前に差し出す。
「試す様な真似して悪かったね。勿論君から聞いたことも、その内容も誰にも言ったりしないさ。ありがとさん」
「……いいえ」
受け取った最中を彼はそそくさと懐に仕舞った。最中が三つも入っているにも拘らず胸囲があまり変わっていないのを見て京楽がどういう仕組みなんだろうと首を傾げた時、怒気を孕んだ声が二人の上から降ってきた。
「京楽隊長、ここにいらっしゃったんですね」
「ななおちゃん……」
サアッと青褪めた京楽が駆けだした。咄嗟に自分では追いつけないと悟った彼の副官・伊勢七緒が叫ぶ。
「躑躅守さん、プリン!」
ガッシィッ
一瞬で七緒の目の前から消えた躑躅守は京楽の首根っこを掴んでずるずると彼女の前に歩いてきた。
「伊勢副隊長、詳しく」
「ちょっ、華クン⁉ あっ」
うっかり躑躅守の下の名前を呼んでしまった京楽は口を塞いだが、時すでに遅し。最早彼が京楽に掛ける慈悲は無い。
「コホン。先日女性死神協会で、現世の洋菓子、プリンなるものを頂きました。私の分はまだ手を付けていませんので、隊長と交換でどうです?」
「乗った!」
「いやいやいや、“乗った!”じゃないよ⁉ 人をお菓子一つと交換なんて――」
「お菓子を馬鹿にすると天誅を下しますよ、京楽隊長」
黒い笑みを浮かべた躑躅守の片手に借りてきた猫の様にぶら下がった京楽が、七緒の前に突き出された。七緒の顔にも躑躅守と同様の笑みが浮かんでいる。
「京楽隊長、先程お渡しした書類には目を通していただけましたか?」
「えっ、あ、あれね。うん、ちょぉっと待っててくれればすぐに見」
「躑躅守副団長、ご協力ありがとうございました。終業後に八番隊舎にいらしてください。食べごろに冷やしておきます」
「ありがとうございます。“ぷりん”かぁ……話には聞いたことがあるんですが、実物は初めてです」
まだ見ぬ砂糖菓子に思いを馳せた躑躅守が、顔を綻ばせて視線を空へ漂わせた。ふと彼が七緒を見ると、七緒は黙って苦笑していた。
……はて。
「もしかして伊勢副隊長もお初だったんですか」
「え? ええ、まあ。でもいいんです。また機会はありますから」
いーやっ!
ダメだダメだ!
他人から半ば奪い取る様にして食う菓子の何が美味いというんだ!
伊勢七緒は、躑躅守が密かに同志と呼んでいる人物だ。
彼女は生真面目で、その性格からか隊舎に常備してある客用の菓子受けも厳選したものになっている。
これは躑躅守の持論であり核心をついていると彼が信じてやまないことだが、各店にはそれぞれの個性がある。何が得意な店なのか――例えば久里屋は最中、天風堂はあんみつ、のように、躑躅守的に何が一番美食なのかのランク付けがある。そのランク付けの趣向が、七緒とぴったりなのだ。だからこそ七緒にはより多くの菓子に触れてほしいし、なんなら彼女から新しいドストライクな菓子を教えてほしいくらいなのである。
ぷりんを逃すのは惜しいが、更なる甘味探求の為に躑躅守は涙を呑んだ。七緒が食べるよう言うと、彼女は困ったように口元に手を当てた。
「しかし、お礼はしないといけませんし……」
「では今度、休日にでも伊勢副隊長お勧めの甘味屋に連れて行ってください。新たな境地を共に開拓しましょう!」
熱心に彼がそう言うと、彼女は驚きつつも快諾してくれた。“ボクの七緒ちゃんとデートっぽいことしないでよォ!”とかなんとか言っていた京楽は勿論無視。
――はてさて、それでは一仕事頑張るか……
そうして躑躅守は十番隊へと歩を進めるのだった。
作者は、チョコレートは牛乳といただく派です。
お勧めの食べ方があれば教えてほしいです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!