砂糖は人類の宝? よし、お前は今日からオレの親友だ! 作:みーごれん
「弁明は在るか、躑躅守? あるよな? というかあってくれなくては示しがつかん」
「ありません‼」
「こんな時だけハキハキ答えるな馬鹿者‼」
シャッターチャーンス
あ、もうこの写真は取引したんだから要らねーか。
思い直した
「ゴフッ……」
「躱すな馬鹿者!」
「常識的に考えて躱しますよそんなん。ってか先に謝ってやったらどうっスか?」
乾いた音と共に白打の応酬を始めた躑躅守とポン太。その後ろにはポン太の鋭い蹴りを諸に食らって悶絶している
因みに砂糖菓子以外躑躅守は興味は無いので油せんべいは彼の専門外である。強いていうなら大前田の買っているものは高いだけで、味が良い物は他に山ほど在ると思うのだが、探す気もデブに教える気も無い。
「あの程度の蹴りが躱せぬなら良い目覚ましになったろう。いつまでも寝ているな大前田!」
「うっわ、酷~! 自分が蹴り損なって流れ弾ってか流れ蹴り喰らわせた部下に対する言葉がそれっスか? 八つ当たりっスか? 子供じゃないんスから」
「ち、違う! 隠密機動たるもの常日頃から注意を怠」
「“示しがつかん”、でしたっけ? こういう時どう言うかご存知無い? そんなわけありませんよねえ? ねえ?」
「ッ~~‼」
顔を真っ赤にするそいぽん。拳速が上がって躱すのが段々面倒くさくなってきた。
いつまで続くのこれ? 一発当てるまで終わらないゲーム的な? 小学生かよ。
もーいい。早く戻って水まんじゅうだ。
目を瞑って棒立ちになる。ある程度の痛みを覚悟して待っていると、案の定鋭い痛みが奔った。
ドゴッ
「あっ」
「……」
……抵抗を辞めて一発目がまさか顔面だなんて誰も思わないじゃん。
今、顔は見えないが、絶対マンガみたいになっている。オレの顔にそいぽんの小っこい拳がめり込んで、目やら口やらがどこかにバイバイキンしてるやつ。
ばたたたっ
恐る恐るそいぽんが拳を躑躅守の顔から離すと、怒涛の勢いで鼻から血が溢れ出た。まあ鼻の骨自体は無事だし、それはいい。どっかが酷い目に合うのは分かってた。分かってたけど……
「かおだけはやめてほしかった……」
蚊の啼くような声で躑躅守が呟いた。そいぽんの肩が小さく跳ねる。
別に、どこぞの五席みたいに自分の顔が好きで大事にしてるわけじゃない。オレそんなイケメンとか思ってないし。どっちかって言うと悪人面だし。……言ってて辛くなってきた。
じゃあ何で顔は死守したかったかというと、この後控えている菓子たちを万全の状態で食せなくなるからだ。
片目でも腫れれば、その趣向を凝らされた造形美を焼きつけながら食べられない。
鼻が切れていると、その薫りが鼻に抜けた時に鉄臭い。
口も同様。
そんな状態で
答えは否。
断 固 否 だ。
「…………団長」
「な……何だ」
「これは何ですか?」
両手にべっとりと付いた赤いモノをそいぽんの方に向ける。彼女は口の端を引き攣らせ、視線を逸らしながら口を開く。
「……血に決まっ」
「そうですよね! トマトジュースですよね‼」
「は?」
「アハハハハ! オレってばうっかり鼻からトマトジュース零しちまって、スンマセン! びっくりした! 血かと思いましたよねえ⁉」
トマトジュースが止まらない。何故だ?
答え→糖分を摂れないストレス。
必死の思いで鼻を摘まんでいると、やっと起き上がったデブが躑躅守の床の辺りを見て目を剥いた。
「うおおお⁉ 躑躅守、お前何でそんなに出血して」
「出血じゃねえ、これはトマトジュースだッ‼ 何処に目ェ付けてんだデブ!」
「んだとォ⁉ 何処をど―見ても血だろうが! ってか俺はデブじゃねえ、ふくよかだ!」
「ふくよかってのは健康的な肉付きを言うんだよ! 油せんべいばっかり食い散らかしといて健康的なわけねえだろ!」
「砂糖ばっか食ってるお前にだけは言われたくねえよ!」
「糖分は脳が唯一エネルギー源として摂取できる偉大な宝だぞ⁉ 砂糖馬鹿にしたら許さ」
そこまで言って躑躅守は意識を失った。
何のことはない。唯の失血性貧血である。
大前田との無駄な議論で余計に興奮した躑躅守の鼻は決壊に決壊を重ね、それこそ常人ではとっくに意識を手放してもおかしくないレベルのトマトジュース溜りを形成していた。
何とも言えない空気が二番隊執務室を漂う。
「……大前田」
「うっス」
「躑躅守を救護詰所に連れていけ」
「ほっといていいんじゃないっスか」
「執務室でこんな不快なものを私に見せ続ける気か。それに仮にも刑軍副団長に鼻血如きで失血死などされた日には隠密機動始まって以来の恥になる。良いからさっさと行け」
その日、二番隊及び隠密機動の何名かは以下のような場面を目撃した。
曰く、二番隊執務室に巨大な血だまりが出来ていた。
曰く、大前田副隊長が血塗れの躑躅守副団長を背負って救護詰所に駆け込んだ。
証言から語られた憶測はこうである。
“間々不真面目なところのある躑躅守副団長にとうとう砕蜂隊長がキレて、彼をボコボコに
それにより砕蜂への畏怖と躑躅守への軽蔑が膨らんだとか膨らまないとか。
噂なんてこんなモノである。
「…………ろう……」
声が聞こえる。
えーっと、自室じゃねえな。
任務中でもない。
「……い! すみ……ん……」
え、マジで何処だっけ?
ポン太の顔パン食らってデブと口論したとこまでは覚えてる。
あれれ~?
何だか体が小さく……は、なってねえけど、身体が重い。頭も痛い。
「やま…………
「下の名前で呼ぶなあああ‼」
「ヒイィッ⁉」
……悲鳴?
あっ、しまった。いきなり起き上がって大声出したらなんかクラクラする。病気がちのヒロインになった気分だ。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「あ?」
「ヒイッ⁉ すみませんすみませんすみません……」
訊き返しただけじゃん。そんな謝るなよ……
確かにちょっと顔怖いかもしれないが、そこまでされるとちょっと傷つく。
頭を押さえていた手を放して回りをくるりと見回す。
やっべえ、何処だココ。
寝台が幾つかあるが、自分の乗っているもの以外は使われていないのかシーツすら掛かっていない。これだけベットがあって、ちょっと血の匂いの漂う場所といえば――
「……綜合救護詰所?」
「あ……そうです。あまり急に動かない方が……あうっ! すみませんすみません!」
なんかオレがコイツ苛めたみたいな反応すんのやめてくれる?
見ただけだから! 視線合わせただけだから‼
それにしても不覚だった。
躑躅守という男は、何だかんだでサボるのが美味い男だ。仕事も適度に力を抜いて流すように行うため怪我などは小さいモノばかり。それこそ自分で何とか出来てしまうほどに。
つまり何が言いたいかというと、躑躅守は初めて救護詰所というものに来た。
今まで瀞霊廷中を庭のように思っていた彼にとって、驚愕の真実だった。未知なる場所、それは更なる探求心への扉。うん、何を言っているのか分からない。頭が回らない。
頭をフラフラと揺らす彼の方へ声が向けられた。
「どうかしましたか」
「卯の花隊長! お疲れ様です!」
するりと戸から現れたのは、隊長羽織を纏い、何故か長い髪を前側で三つ編みにしている女傑――卯の花烈だった。さっき慌てまくっていた死神が緊張気味に頭を下げている。
その時、オレのセンサーはピンときたのだ。
――この人は、行ける口だ!
と。気が付いたら口が動いていた。
「最中は何処で買いますか⁉」
あっ……
しまった頭痛ェ。大声出すんじゃなかった。
「あらあら、挨拶も抜きにそのようなことを訊いてくるような元気な方が此処にいらっしゃったとは存じ上げませんでした」
そういえば挨拶してなかった。確かに失礼だったな。オレとしたことが……
「も、申し訳ありません、卯の花隊長……痛ッ……隠密機動刑軍副軍団長、躑躅守っス」
「構いませんよ。初めまして、躑躅守副団長。頭はまだ痛みますか」
「いいえ! それより先程の答えは……」
躑躅守の女性のタイプは、重要な順に菓子の好み、体形、胸囲である。
人生において何より砂糖の摂取に重きを置いている躑躅守にとって、将来添うかもしれぬ女性との好みがあまりにズレているのは好ましくない。そういう意味で言うと現在躑躅守にとって一番魅力的な女性は八番隊副隊長の伊勢七緒であるのだが、彼女はあまりに細かった。それが二番目の身体つきである。大前田とのやり取りとは違うが、多少ふくよかというか健康的な体つきでないと、無理に躑躅守に付き合って菓子を食べたりその談義をしているのではないかという気持ちになってしまう。最後のは……男のロマンだ。だがさほど重要ではない。有ったら嬉しいなくらいのモノである。
兎も角、以上を踏まえるとポン太は駄目なのである。というか対極といってもいい。
そして躑躅守への回答次第で、卯の花隊長は伊勢副隊長を凌ぐポテンシャルを持った女性という事になる。
「久里屋です」
にこやかに卯の花隊長がそう告げた。
――嗚呼、オレの天使は此処に居たんだ……
ガンガンする頭を押さえつつぼんやりしていると、彼女が白い布を躑躅守の鼻の辺りに翳した。途端、頭がフワフワするのはそのままだが痛みが和らぐ。少々眠くはなったがなんてことはない。欠伸を噛み殺しつつ、彼は頭を下げた。
「ありがとうございます、卯の花隊長! 痛みが和らぎました! お礼に明日にでも久里屋の最中を持ってきます!」
「! ……やはり痛みがありましたか。そうならそうと言って下さいね。治療に当たって痛みは大切な情報なのですから。――ところで」
一瞬驚愕を顔に浮かべた彼女はすぐに微笑すると、布を引いた。
「麻酔に対して何か耐性がおありなのですか?」
「麻酔っスか? 何でっスか?」
「この布には“牙点”と呼ばれる強力な麻酔を染み込ませてあるのです。それこそ一般の副隊長クラスなら一呼吸で卒倒してしまうほどの量なのです。痛みが和らいで少々微睡むようなものではないのですよ」
躑躅守は別に、特殊な体質が元来あるとかいうことはない。だからこれは、彼が後天的に得たもの――正確には、植え付けられたもの、とでも言うべきだろうか。
隠密機動の刑軍というものは、殆ど暗殺業のようなものだ。どこまでも相手を追い、確実に息の根を止める。それが出来ない者は須らく死が待ち、失敗は許されない。戦闘に関しては、鍛錬すればいい。問題は、同族に対して用いることの多い薬物だ。使う際の知識は学べばいいが、使われた際の対処や対策は実践あるのみ。
様々な薬物を少量ずつ、死なない程度に、何度も何度も投与する。そんな地獄絵図な訓練(といっていいのかは議論の余地があるかもしれないが)を繰り返す。自白剤や麻痺毒の類は特に重点的に投与され、耐性を無理矢理作るのだ。お陰で何度も死に掛けたが、その成果が現在である。彼を卒倒させたければ、文字通り殺す気で薬を盛らなければならないのだ。
「……刑軍特典っスかね」
遠い眼をした躑躅守。彼の意図を察したのか卯の花隊長は一つ息を吐くと苦笑した。
「そういえばそうでしたね。わたくしとしたことが失念していました。――あら、花太郎、そろそろ時間ではありませんか?」
極めて優しい口調でそう言われたにもかかわらず、言われた死神は異常なまでに硬直した。
「ああっ、はい! すみませんすみません‼」
――“ハナタロウ”って名前なのかコイツ。名前で苦労してそうだな……
勝手にシンパシーを抱いた躑躅守が、花太郎の方を向いた。
長めのショートカットに紺色に近い黒髪。気の弱そうな垂れ目で猫背の青年。
「時間って、何のっスか?」
「え? あっ、あの、六番隊舎牢で、朽木ルキアさんにお食事を届ける……という用事で……すみません!」
だから何で謝る?
というか朽木ルキアが負傷したって報告は無かった筈だ。
じゃあ何? 明らかなる雑用を押し付けられたって事か?
ぴこーん
躑躅守 ハ 六番隊 ヲ 軽蔑 シタ
「お疲れ様っス!」
「いいえ、全然! ルキアさんはとても良い方で……最初はどう話したらいいんだろうって思ってましたけど、今ではもうそんな事も無くて……」
花太郎は僅かに頬を赤らめて顔を綻ばせた。
そんな彼の様子を見て、牙点やら血が足りないやらで頭の回っていない躑躅守は首を傾げる。
「でも、彼女は死ぬんでしょ?」
「ッ‼」
「どうせ死ぬ相手との仲を深めたって、貴方が辛くなるだけっスよ。極囚と友人関係っぽくなるのはお勧めしません」
頭が回っていない――それはつまり、変な含みも気遣いも無い、素直な彼の言葉だという事だ。
人のよさそうな花太郎の精神衛生上、朽木ルキアの処刑はあまり宜しくないだろう。名前的に仲間意識を勝手に持っている躑躅守からすれば、花太郎がそのせいで苦しむのは見たくなかった。
「そ……それは、そうなんですけど……」
青褪めて瞠目し、花太郎が俯いた。瞳を揺らす彼の前に、卯の花隊長が進み出る。
「花太郎、今日の配膳は荻堂八席に代わってもらいなさい」
「! あの……」
「その顔色では、とても他隊へは行かせられません。救護詰所に所属するものが不養生では、他の方が安心して治療を受けにいらっしゃれませんよ」
「…………はい。申し訳ありません……」
口元をキュッと結んだ花太郎が部屋を出た。彼を見送った卯の花隊長が躑躅守に向き直る。
「躑躅守副団長。此処は綜合救護詰所、つまり命を救う場です。あまり不用意な発言をなさらぬようお願いいたしますね」
ぞく
本能的に躑躅守は身構えた。卯の花隊長に笑みを向けられただけなのに、一瞬抜刀しかけた。……帯刀してないのに。
――殺気……?
冷や汗が頬を伝うが、背筋が冷えたのはほんの一瞬。だが体は強張ったままだ。
そんな彼の沈黙を是と取ったのか、肯定の言葉を聞くことなく懐に手を入れた。
――お、揺れた。
先程の緊張感はどこへやら。
右手を懐に入れたことで卯の花隊長の豊満な胸が、その柔らかくも弾力のある様を感じさせるように揺れた。上司とのギャップから思わずガン見していると、その視線を遮る様に目の前に紙の束が突き付けられた。
「砕蜂隊長から、貴方が目を覚ました際に渡すよう頼まれました。確かに渡しましたよ」
「あ、どもっス」
書類に目を通す前にもうひと拝みしようと卯の花隊長のほうを躑躅守が見ると、彼女は踵を返してサッサと行ってしまった。
むう……隙が無い。
仕方がないので書類に目を落とすと、墨汁で
“書き直さなければ殺す!”
と元気イッパイの字で書いてあった。そうやって部下に殺気飛ばすのにばっかりエネルギーを使うから胸が育たないんだよと思いつつ、付き返された報告書を見て溜息を吐く。
しゃーない。
自分で出せばいっか。
躑躅守の治療室を出てから、山田花太郎は必死に歯を食いしばっていた。
躑躅守の言は正論だった。だが花太郎はどこかで、彼女が処刑されるという事実を遠い世界の事のように錯覚していた。昨日も、一昨日も、何なら今日も――憂いを帯びた目で微笑みながら現世の事を語る彼女がいずれ死ぬという事実を、無意識のうちに忘れようとしていたのだ。
突然だが、花太郎は気が弱い男だ。すぐに頭を下げるし、自分より下位の席官にも敬語を使う。そんな彼に対する周りの反応は、高圧的に指示を出したり文句を言うか、気を遣って一歩引いたうえで話しかけるか。卯の花隊長や荻堂八席のように、諭したり自然体だったりというのは片手で数えるほどしかいない。
だから、朽木ルキアという死神に驚かされた。大貴族に籍を置きながら、高圧的に命令したりしないし、囚われの身でありながらいつも凛と椅子に腰掛けていた。そして何より花太郎に対して、世話係としての敬意、元同僚としての背徳感を混ぜこぜにしながらも気丈に振舞おうとする彼女に……憧れた。自分ではそうなれないと分かっていても、そう在りたいと惹かれてならなかった。
――ルキアさんに、死んでほしくないッ……
だが自分に何ができるというのか。
考えれば考えるほど分からなくなっていく。
――僕は、どうしたらいいんだ……
思いつめた表情のまま廊下を進む。
進んで進んで――曲がり角に気付かず衝突。
弾みでふらついて、後ろから来ていた四番隊員に衝突。
後頭部を強打し、お得意の謝り連発を放つ前に意識が沈没。
当然、その日限りの引継ぎを受けていなかった荻堂がルキアに配膳をしに行くわけも無く、ルキアの腹の虫が大合唱。
翌日盛大に怒られた。
ルキアとどう対面したらいいか迷わなくて済んだことだけは、花太郎の救いだろう。
まさか鼻血ネタで同じタイミングの投稿があるとは思ってなかった……
胃が痛い……
気楽に書こうとか言ってた矢先にこれですよ……
書くたびに被ってる気がします。
気にするなら他作品読まなきゃいいじゃんとか言われそうですが、面白いんですよ!
他の皆さんの作品はどれもこれも面白いから困る!
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!