※前編→中編と来て、後編ではなく番外編を入れました。全て原作死亡キャラ目線の三人称、降谷零関係の裏話です。
なお、前~中編の時系列上の問題でどうしても使えなかった、原案メモの、降谷零の留置場のシーンを使用させていただきました。この番外編で、メモの全シーンのネタを拾ったことになります。この場を借りて心より感謝申し上げます。
(pixiv掲載『魔法使いと灰色の犬』 作者:事務員様 URL:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9848029)
5月1日深夜、警視庁内、とある廊下。
あえて人が居ない所を求めて見つけ出した場所に、当然、人影はない。
寒々しく薄暗いこの空間で、諸伏景光は、迫ってくる女に対峙していた。
「お兄さん、亡霊のお兄さん。貴方の考えを教えて。
これは分水嶺よ。貴方が決めてほしい。降谷さんの将来は、貴方の答えで決まる」
答えを求める女は、半袖の黒いワンピース姿で、すらりとした手足と、整った顔と、結い上げた髪と、……つまり何も知らなければ淑やかな美人にしか見えない、その実、『魔女』を自称する人外の女。
景光は、たったひとりで向き合わざるを得ない。究極の選択肢を突き付け、決断を迫るこの女に。
ふと、過去を思った。
この魔女は、初めて出会った時もこんなに顔を寄せてきたのではなかったか。
亡霊となったばかりの、あの日の景光に。
◇ ◇
女の顔の、どアップがあった。思わず腰を抜かしたくらいの。
前髪左側に箒の形の髪留めを付けて、こちらを凝視している美女。茶髪で、ポニーテールの。
「……っ!」
「お兄さん。案の定、亡霊さんになってしまったのねぇ」
目の前にはライが居る。亡骸の胸ポケットをまさぐり、壊れたスマホを取り出している。そのライの真横でうずくまっている、――『君』は誰だ!?
「誰だっ、……、 一般人か!? 何でこんな所に」
「落ち着きなさいな。お兄さん。あなた、死んだ自覚がおありでしょう? 自分が亡霊になってしまったのも分かるわね? ほら」
彼女は苦笑いの笑顔で立ち上がりながら、景光の手首を掴んで引っ張り上げる。促されるまま持ち上げた手は、そのまま透けてライの膝を貫通した。
鮮烈に思い出す。
自称FBI捜査官だというライの隙をつき、自らに向けてリボルバーの引き金を引いた。胸に感じた強い衝撃。直後の猛烈な嫌悪感、己の身体が己の魂を拒絶して、弾き出され、弾き出した側の己の身体は、――この『亡骸』だ!
引き金を引いたのはとっさの判断だった。この現場に駆け上がってくる大きな足音の、その正体が『敵』だと思っていたから……。
果たして、足音の正体は目の前に飛び込んでくる。実際に駆け上がってきたのは、決して敵などではなく。
「あ、ああ。あああああああ……、ゼロ……!!」
我を忘れて取り乱す景光の絶叫は、ライにも、ゼロにも聞こえない。
「しっかりしろ!」と呼びかけるゼロに、亡骸が答えることももちろん無い。
亡霊の声が届くこと、死んだ身体が口をきくこと、どちらも絶対にありえないことなのだ。
◇ ◇
「お兄さん、落ち着いた?」
「あ、あぁ。見苦しい格好を見せたね……。ところでお嬢さん、君は何者なんだ? 君の腕も、ライの身体を透けて貫通していたね。ずいぶんと若いようだけど、俺と同じで、若くして亡くなった子なのかな?」
「んー? ヒトじゃない生き物っていう意味では同類ではあるけれど、お兄さんみたいな亡霊では無いわねぇ。別の種類よ」
「へぇ……」
「えー、私の正体って、話せば長くなるのだけども」
「教えてくれないかな? とても気になるから」
「では。
江戸時代終わりの昔々、この世界ではないどこかの世界で、色々やらかして強制隠居を喰らった馬鹿な女が居りました。魂に弱体化ペナルティを付けられた上で、次元レベルの追放刑を受けました。追放されて降り立った世界が、今の日本の、茨城県のとある竹林の中でした。以来その女は、追放先のこの世界で今に至るまでそこそこノンキに遊び歩いているのです、……というお話よ。
一応見た目はずっと20歳にしているけれど、そういう存在だから、あなたよりはずっと長生きよ? 私」
「……信じられないなー。……お嬢さん、お名前は?」
「無いわ。追放喰らった時に魂レベルで名前を剥奪されててね、これといった『自分の名前』を持てないの。日本語で呼ぶのなら、『魔女』と呼ばれるのが一番合ってるとは思うけど。弱体化してるとはいえ、この世界のヒトよりは色々出来る存在には違いないし」
「そうなのか、じゃあ、魔女さんで」
「ちなみに、弱体化していけば、いずれ名前を名乗れるようになったりするんですって。やがてはヒトと完全に同じ身体になって、そこから老化が始まって寿命が来るらしいわ。ざっと400年は先らしいけど」
「……へぇ」
「お兄さんは、諸伏景光さん、よね? 公安勤務の」
「……ああ、そうだけど。魔女さんは何でそれを」
「魔女だから。ヒトの情報を見抜く力くらい今だってあるのよ」
「ちなみに、俺を死ぬ現場を何時から見てたのかな?」
「えっと、お兄さんが自分に向けて銃を撃つ、……30秒くらい前ね。元々、ヒトから見えない状態で空を飛んでたのよ、私。そしたら、いかにも亡霊化しそうな珍しい体質の男の人が、ビルの屋上で拳銃握ってああだこうだやってるのをたまたま目撃して。日本にしては珍しそうな光景だったんで、降り立って。そしたら予想通り亡霊化したので声を掛けた、っていう流れだったわ」
「…………。そうか。30秒くらい前なら止めようがないか」
「自殺、止めて欲しかった?」
「まさか。警察でもない相手に、『拳銃がある現場に割って入れ。潜入捜査員の自殺を止めろ』なんて絶対に言えない。警察官相手でもなかなか言える命令ではないからね」
「そう」
「ただ、正直に言って、あの時に引き金を引いた事は、……凄く後悔してる。ゼロの足音を聞き分けるスキルさえ俺にあれば良かったんだよ、ゼロとライが協力しあって俺を逃がす話がまとまったはずだから」
「まー、仮に30秒よりもっと前に見つけていたとしても、私が実際にお兄さんを助けた確率は限りなく低いでしょうけども」
「え?」
「ヒトはみんな私よりもずっと弱いの。私が何か手を貸せば、ヒトの社会そのものが私に頼るようになってやがて全体的に弱くなっていく、そうなるのが分かっているからこそ、よ。ヒトの表社会に私が出ることはないし、個人個人の生き死にに私が介入したこともないの」
「……そうなのかい」
「そもそも、ヒトはみんな弱すぎて、私から見たら微笑ましいお人形さんみたいだもの。遠くから愛でるのは良いし、長く見てきた分の愛着はあるけれど、みみっちい感情だの力だのドロドロしてる中に飛び込んで、ああだこうだしたいなんて思った事は無いわ」
「……。凄い事をぶっちゃけるね、魔女さん」
「でも、本心よ」
「そんな生き方なら、魔女さんはヒトの社会に干渉することは無いんだね? 警察にとっては敵にも味方にもならない存在なのかな?」
「私、たまに映画を見たり食べ物買って食べたり、姿を隠して空飛んでたりしてきたわ。全く社会に干渉しないわけじゃないのよ? 私は、『己がやりたいと思った方向にしか生きていけない』特質を持った存在だから、将来、本心から干渉したいと思った時が来たら、もっと干渉するかもしれないわね。……逆に訊くけど、これから貴方はどうするの? 私は、貴方がどう振舞おうか関係なくこれまで通りノホホンと過ごしていくでしょうけども」
「魔女さん、俺みたいな亡霊は、もう何をしても死なないのか? 俺は、同じような亡霊に出会うことはあるのかな?」
「まずね、ヒトの中で亡霊化する体質持ちは極めて稀だとは言えるわね。私は関東近辺うろうろして過ごしているけれど、記憶の限り、同時に複数の亡霊さんが世の中に存在しているところを見たことはないわ。大抵は身体が死んだ瞬間に魂も死んでて、亡霊化はしないの。貴方の身内とか親しい人も、故人であるなら魂ごと死んでるはずよ」
「……そうなのか」
「でね、これまで出会った亡霊さん達は、揃いも揃って何か世の中に未練を抱えてる。未練は一つであったり複数であったりするけれど、その未練が魂だけをこの世界に繋ぎとめる根拠になっていて、その未練が全部どうでも良くなった瞬間、亡霊はこの世の中から消失するの。消えた後にどうなるのかは私にも分からない」
「未練……」
「お兄さん、貴方は何でこの世界に居るんでしょうね? 己の魂に問えば答えは分かるはずよ」
「……俺は、潜入した組織がどうなっていくのか見たいんだ。それから、組織に残した形になってしまった、アイツの行く末も」
「では、そのためのベストな方法は?」
「アイツの、……降谷零の背後霊になって、ずっと見守っていればいい。アイツが潜入を続ける限りどちらも分かる!」
「亡霊のお兄さん。ご名答だとは思うけれど、でも、必ずしも己の望むままに世の中が動くとは限らないという事だけは頭に入れておいた方が良いわ。
明治の頃に私が見た話だけど、亡霊になった母親が、生きている息子のそばに居続けて、息子さんがどう見ても冤罪で独房に入った姿を延々と見続ける羽目になった事があったの。気の毒過ぎて見てられなかったわ。
ましてや民間人よりもずっとリスクが高い仕事をされてるんだもの。独房に入れられるよりずっと悲惨な目に遭ってしまったとしても、その時どんなに泣いても叫んでも、お兄さんの声は絶対に届かない。……それは理解しておいて」
「……ご忠告、有り難く受け取っておくよ。魔女さん」
ライもゼロも組織の呼び出しを受けて去った、己の亡骸が組織の構成員達と共に取り残された屋上。彼等はこのビルに放火する準備を始めてやがる。
高リスクに晒された結果の『現物』を眺めつつの言葉は、縁起の悪さはともかく気の利いた内容ではあるだろう。
◇ ◇
それから景光は、有言実行で同僚のそばに居た。魔女は、たまに自分達の傍にやって来て、景光に適当に絡んで去ってくのだった。
亡霊になった己にとって、会話のキャッチボールが交わせる相手は実質この女しか居ないような状態。魔女とのやり取りは、精神衛生上そこそこ貴重な機会ではあった。
◇ ◇
魔女が己について語ったことは半分眉唾だと思っていたが、ノホホンと過ごしていて、亡霊ではない人外だ、ということは間違いなかったらしい。
ゼロに憑いて2ヶ月ほど経った頃、箒に跨って空を飛ぶあの女が、姿を隠して公園に着地した後、箒を小型化させて髪留めにし、更に実体化して園内の自販機でジュースを買う姿を目撃したからだ。
その時のゼロは同じ園内でランニングしていたが、目の前に突然現れてきた女を気に留めることは一切なかった。実体化したこの女が、何かしら視線除けの特殊な術を使っているらしいことを、背後霊状態の景光だけが見抜いていた。
「魔女さん、お久しぶり。……空を飛ぶのはともかく、ジュースを買うそのお金、どこから稼いでるんだい?」
「あらまぁお久しぶり。警察官の亡霊ってそんなところを気にするのね。自動で死亡退職扱いでしょうに」
「はぐらかさずに教えてくれませんかね? 魔女さん」
「取り調べみたいな言い回しだこと。……でも良いわ、時効だから教えてあげる。
実はちょうど30年前、現金1億円少々を山の中で掘り出したの。今回みたいに空飛んでた時たまたま埋めてる現場を見つけてね。何でか血まみれになった服を着た男ふたりが、協力して頑張って穴掘って、現金を埋めてる現場だったの。
埋めてた人達がそこから居なくなってから、面白いと思った私が降り立って、埋めたお金を掘り出したのね。一応、手書きのメモに『埋めた現場を目撃しました。お金は有り難く頂きます。通りすがりの女より!』って書いて、埋めてる模様を盗撮したスナップ写真と一緒に、その場の木の幹に貼り付けておいたわ。
半日経って男の人達は別の人達を連れてきたんだけど、現場の写真を見て、お金が消えてることにすぐに気づいて、……結果的に怒鳴り合いと殴り合いになってたわ。殺し合いにはなってなかったみたい」
「どう聞いても、犯罪絡みの怪しいカネの横領じゃないか」
「そうね。でも時効よ。今でも、私の食事代と映画代に有難く化けてる」
「……」
「お兄さんは魂だけの亡霊さんだから、何を見ても、何を話しても、生きているヒトには一切届かないわよ。犯罪の情報を掴もうが、潜入先の秘密を知ろうが、実際の捜査に反映させる術は無いわ。お兄さんはそういう存在になってしまってるんだから」
「ああもう、……クソ!!」
◇ ◇
魔女と景光が交わす会話は、おおよそ魔女が映画や食べ物の話、景光が同僚の守護霊として過ごす日々の愚痴、だった。
どちらかと言えば景光が話し手になることが多いという自覚はあった。会話に飢えていたのだ。
◇ ◇
「信じられねぇんだよ! ライの野郎、ハニトラに使った女を置いて組織からトンズラしやがった!」
「あらまぁ」
「組織に潜り込むのは良いがな、ちゃんと巻き込んだ人間の保護位していけよあの野郎。お陰で使われた女が組織の中で散々な目に遭ってんだぞ」
「お兄さん、あの人嫌いなのねー」
「日本の当局に無断で潜入捜査してるFBIなんだぞ。好きになる訳がない」
◇ ◇
「魔女さん、ちょっと相談良いか? 生きている相手への言付けって頼まれてくれるかい?」
「? どんな事を言付けしたいのよ?」
「ゼロや俺と仲が良かった同期が、トラックに撥ねられて亡くなったんだ。俺はゼロが寝ている時に本庁の総務にデータを覗きに行って気付いたけれど、肝心のゼロはまだ気が付いてない。職場の訃報が一切回ってこない仕事だから仕方はないんだが、……どんな形でも良いから、ゼロに気が付いてもらいたいんだよ。実は俺の遺品も巻き込まれてるから」
「遺品?」
「俺が自殺した時に壊したスマホが有っただろ? ゼロは、そのスマホを長野県警勤めの俺の実の兄に、形見として送ろうとしていたんだ。
『長野県警の諸伏高明警部に送ってくれ』ってメモを付けて同期に送って、同期はスマホを受け取ったんだ。で、俺の兄貴に送ろうとする前に事故に遭ったらしい。確認してみたら、スマホは同期の職場のロッカーに眠りっぱなしになってる。ゼロが送った封筒とメモはそのままの状態で」
「……、それで、あの同僚さんに、同期の死を把握してほしくて、なおかつ、スマホが送られたかチェックしてほしい、と」
「そう!」
「……お兄さん、自分が割ととんでもない事を頼もうとした自覚は持った方が良いわ。例えるなら、『刑事が独断で、留置場の中のヒトを外に逃がす』レベルのことよ? 実力的に出来るかどうかは別として、やった瞬間に色んなものが変質してしまう、その覚悟が要る。
亡霊が生きているヒトの社会に干渉したら、生きているヒトの社会の中のいろんな因縁が捻じ曲げられてしまう。私の能力としてあの同僚さんに気付かせることは出来るけれど、捻じ曲げられた因縁がその人にどういう方向で作用するか分からない以上は、手を出すのは気が進まないわね」
「…………」
「そもそも、警視庁のロッカーって、使っている人が亡くなった後、いつまでも放置されているものなのかしら。メモも封筒もそのままなら、ロッカーを片付けようとする人が気づいてお兄さんに送るのではないの? 明らかに物騒な銃弾痕が残っている物を捨てるのは、警察の人だったらちょっと躊躇でしょう。誰かが自然に気付くのを待ってた方が良いでしょうね」
◇ ◇
「お兄さん。貴方が潜入していた組織、結構すごい事やってるのね。きのう、トロピカルランドで高校生探偵を襲って、変な毒薬飲ませて、無理やり小学生に若返らせたわよ」
「……へ!?」
「その小学生になっちゃった坊やね、生命は助かったけど、組織に対して本当にロクでもないレベルの因縁を魂に抱え込んでしまってるの。
お兄さん、同僚さんが寝ている時とか、暇なときに見に来たら? 小学生の身体で、ちゃっかり同級生の家に転がり込んでいるから。
……お兄さんでも分かるレベルで凄い魂を持ってるわよ、あの子。多分あの坊やが組織を壊滅させないと、解けなかった因縁が暴発して世界がおかしくなっちゃうんでしょうね」
「はぁ!?」
◇ ◇
「確かに凄いな、あの子。魂に変なものが一杯絡みついているのは俺でも分かる」
「予言したっていいわ、あの子の因縁は色んな刑事事件を引き寄せてくるでしょうね。そして引き寄せられてきた事件は、あの子が探偵として解き続けるしかない。因縁の解消に一番良い方法が、それよ」
「探偵が、事件を解く? それをするのは警察のはずだろう?」
「でも警察だけでは、犯人は捕まえられないまま事件だけが起こり続けるの。そうして事件が事件を呼び続けて、いつか国家レベルのテロとかが起きた時も、犯人を止められなくなって、やがてこの国自体が滅ぶ」
「……いびつな世界だな。嫌になる」
◇ ◇
「この間、ゼロと一緒に野次馬をしていたんだけど、刑事が事件現場に探偵を入れているのを初めて見たんだ。ゼロは違和感を持っていないようだった。……分かっているけどツッコミを入れたくなるな」
「因縁がどうこうとかは分からないにせよ、……魂レベルの刷り込みで、無意識に、探偵のあの坊や達に従うべきと判断しているんでしょうね。あの子達は組織の壊滅のためにベストルートを突き進んでいて、周りの人はその歩みを止められない。世界にとってそれが一番良い形だと皆が刷り込まれているんだわ」
「……そして、ヒトではない俺と魔女さんだけが、その構図をはっきり自覚出来ている、と」
「あーら、貴方だけ気付いていないこともあるわよ?」
「え?」
「あの坊やが小学生になった季節は何時だった? あれからどれくらい季節が巡った? 当時の年と今の年、どれくらい違うの?」
「あ、……あああああああああ、言われるまで気付かなかった! 同じ年を繰り返してやがるんだ、この世界! あの子が、工藤新一がコナンになってから!」
「――因縁を解くために、因縁の暴発だけは何とか防ぐために、この世界は自ら時を捻じ曲げたのね。あの坊やが因縁を解消するまで、それまではこの季節のループは続くわ」
「世界がそんな風に歪んでいるなんて、……自覚したくはなかったなぁ」
◇ ◇
「ゼロが、あの坊やの住処の1階でバイトを始めたよ。毛利小五郎探偵にも弟子入りした。……坊やの因縁に引き寄せられたんだな、やっぱり。組織に潜入している以上いつか接点は出来るとは思ってたけど」
「そうねぇ。これからいろんな事件に巻き込まれるのでしょうね、貴方の同僚さん」
◇ ◇
「この世界を見ていたらね、いつまでも歪んだままの現状が気の毒になるの。因縁のど真ん中で葛藤している坊や達もね。今はまだ無理だけど、……いつか、私が介入しても問題ないと判断できたその時は、坊や達が因縁を解消しやすくなるように私が介入するかもしれない。坊や達の背中を押す方向でね」
「……そうか。その時は当然ゼロも巻き込まれるのかな?」
「間違いなくそうなるでしょう。私が介入するときは、事前にお兄さんには声は掛けるわよ? 私が忘れなければね」
「忘れないでくれよ、魔女さん」
◇ ◇
果たして、ゼロが遭遇した何度目の事件だったろうか。
いくら繰り返したのか分からない5月1日の夜、警視庁の前。被疑者となった公安検事をゼロが追い詰めていて、景光はその後ろに居た。その時、箒に乗った魔女が地上に降り立ち、真横から声を掛けてきたのだ。
「やぁ、こんにちは。お久しぶりね。面白い捕り物やってるじゃないの」
「魔女さん、事件見物か? 久しぶりだね」
「テロの犯人は、あのおじさま?」
「ああ。公安警察に恨みを抱えてやらかしたらしい」
目の前、とにかくゼロ達は揉めていた。やがで被疑者はゼロを突き飛ばして警視庁を駆け上がり、その身を確保するべくゼロ達も駆けていく。
魔女と景光も屋上へと上がり、……そこで人に秘すべき事柄を含めた一切を見た。
諸々の愛憎劇の末に、被疑者は確保されて、それから。
「私、こっち見てた方が面白そうだから、しばらく警視庁に居るわ。お兄さんは同僚さんに憑いて行くのでしょう?」
「うん」
「今夜この同僚さんがこの建物に戻ってくることがあれば、お兄さんと私とでの間でお話しさせてほしいの。私ね、この世界に介入することにしたから。巻き込まれる同僚さんの事でお話ししたいから」
「分かったよ、魔女さん」
――以前約束した、『その時』が来たのか。
◇ ◇
「人が居ない場所を探しましょう」というのが、この夜再会した時の魔女の第一声だった。ヒトの会話に邪魔されない場所、そんな場所を探して見つけた先が、薄暗い廊下で。
誰にも見えないはずの魔女は、壁に背中を預けて、薄く笑った。
「さっき話したことだけども、私ね、今ならタイミングが良さそうだから、この世界に介入しようと思っているの。あの組織関係の坊やの因縁も、解ける方向にブースト掛ける方向でね。
……実は私、さっき、とある、生きているヒトの男性に惚れてしまってね。世界が壊れるとその人も壊れてしまうのだろうなと思ったから、それが一番大きなきっかけなんだけども。まだ男性の方には何もアプローチをしていないの。誰に惚れたのかは秘密ね」
世界の在り方よりも恋が大きな理由付けになるのか、――いや、世界をしっちゃかめっちゃかにされないなら良い事か。
「そうやってヒトを気遣えるのなら、……うん、この世界を気遣ってくれるなら俺は有り難いかな」
「それはどうも。……それでね、降谷零さんの事について考えてほしくて。因縁がどう繋がるか見てみると、このまま私が介入してブーストを掛ければ、あの人、組織の壊滅に直に関われはするけれど、誰かに殺されるのがほぼ確定してしまう感じだから」
「え!?」
「で、殺害のパターンだけは回避しようとすれば、採れる手段としては、降谷さんから『警察官』という身分そのものを剥奪するしかないの。あの人が、この事件で毛利小五郎探偵相手にやった事、全部を世間に暴露してしまえば、自動で免職になるしかないでしょう?
そうすれば取り合えず他人に殺される確率はほぼ皆無になる。降谷さん以外の誰かが、組織を壊滅させることになる。たぶん降谷さんは少なくとも一時的には腑抜けになるんでしょうね。精神的に立ち直れるかどうか、私には分からない。他人に殺されないというだけで、自らを害する確率もゼロとは言えない」
魔女はまっすぐに景光に迫る。初めて出会った日、あのビルで見つめてきた時のように。
「だから、お兄さん、亡霊のお兄さん。貴方の考えを教えてほしいの。これは分水嶺よ。貴方が決めてほしい。降谷さんの将来は、貴方の答えで決まる」
随分と酷い二択だ。数年越しの潜入捜査を叶える代わりに誰かに殺されるのか、あるいは、それ以前に職場から追われてしまうのか、……いや、自分でやってしまった事を咎められた結果なら、生命を奪われるよりもずっとマシな結果なのかもしれない。
「……俺みたいな亡霊の想いが、現実の世界に反映される時が来るなんて思ってもみなかったよ。良いのかな、そんな大事な事を俺が決めて」
「この会話は誰も見ていないでしょう? 私が何も言わなければ、諸伏景光は、あの場所で殉職しただけのただの潜入捜査員というだけよ。亡霊化したことは、誰も何も知らない。生きているヒトは何も知るべきではない」
「この会話どうこう以前に、俺の存在自体が秘密ということかい?」
「ええ。……要は、私が沈黙していればいいのよ。何もかも私が考えて、あの坊やの因縁を気の毒がって、ブーストを掛けたことになる。貴方の意見を反映させて行動を決めたという事実は、誰も知らない。存在しなかったことになるわ」
◇ ◇
「では、……魔女さんの話を聞いて、心から思った事を言うよ。
公安刑事として失格な言い様だと思うけれど、俺は、ゼロには生きてほしい。同期がみんな死んでしまって、更に『お前も死ね』と背中を押すことは、俺には無理だ。たとえ腑抜けになってしまったとしても、いつか調子を取り戻して生きる道を掴む男だと、俺は信じてる」
◇ ◇
「……では、降谷さんは失職するけど殺されないパターンでいきましょう。絶対無いなんて事は言えないけれど、あなたの友達は、殺されることはまず無いとは言える。あの人が自分から死にたいと思わない限りはね。
介入の仕込みは今夜から始めるわ。派手に動き始めるのは、予定通りなら明日の正午になるでしょう。貴方に訊くべき事はもう訊いたし、降谷さんがどうなるかももう話した。非常識な出来事が起ころうとも、降谷さん以外のあらゆる物事がどんな風に転ぼうとも、私が惚れた相手にも、私にも、文句は言わないで」
何をどうしたいのかは、今はこの魔女に訊いても答えることは無いだろう。そう悟る。
諸伏景光は、だから頭だけを下げた。
「分かりました。……お願いします」
◇ ◇
約1時間後。
降谷零の背後霊に戻っていた景光は、留置場で、同僚が荒れ狂う姿を見た。
「……日下部誠が留置場から消えた。忽然と」
先ほど捕らえたはずの男は、手品のように行方をくらませた。手掛かりはいまだ掴めていない。
見張りを行っていた担当者も物音どころかおかしな点は無かったと報告し、監視カメラにさえ何も捉えてはいなかった。鍵もそのままで、窓も床も壁もおかしな点は無し。
あり得ない。あり得ない事が起こった事だけは理解できるはずだ。
――魔女という存在を知らなければ、きっと謎のまま解決はしない事件だ。これも、あの女が言った仕込みの一種なのか。
「クソッ!」
留置場の壁に当たり散らすゼロは、もう自分の失職がほぼ確定しているということを知りようがない。
◇ ◇
――そして、5月2日、正午。
確かに非常識極まりない紙爆弾と共に、魔女の介入は始まった。
魔女が一体『誰』に惚れていたのか、諸伏景光は、この時、初めて把握したのである。
※前編と中編の情報を組み合わせれば、魔女周りに関しては、どんなことが起きたのかが推測できるようになっています。
次回予告:
「……あの、このマークは何かの印ですか? 『竹』ということは、ご主人様の……?」
私が創り上げたノートの表紙、大きく書かれたマークを指しながら、まことさんは質問をしてきた。私は笑顔を見せながら答える。
「ええ。予想通りよ、私の紋章。さっき決めたの。
背景は孟宗竹。これはこれまで話した通り、私が降り立った時の場所から。手前の白い花2輪は、
で、周りの文字は私の故郷の言葉。貴方どころかこの世界の誰にも読めないはずよ」
「綴りの意味、教えて頂けますか?」
「意味はね、『己の魂が望むところこそ、己自身の進路である』。私の在り方として一番良い言葉でしょうから」
他にふさわしい言葉が有るだろうか。心の望むままにしか生きていけない、私という女に。
次回タイトル:後編① 悲劇が潜む行路/あなたの在り方