俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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一週間彼女
1話 俺もTSさせてくれ!


 いつの頃からか定かではないが、男性が女性に変わるという噂が流れ始めた。

 荒唐無稽な話だ、そうなった人を誰も見たことはなかったのだ。それでもひっそりと確実に噂は伝播していき、都市伝説となった。

 

 そういう病気があるらしいと、それにかかったら国に施設に送られると。

 変わった体で今までと同じような生活が送れるだろうか、答えは否だろう。だから施設で暮らすことになる。

 だからだれも性別を変わった人を見たことないし、確認する方法はないから……と。

 

 友達の友達の弟がそれになったらしい。

 本当か?

 わからない、でも連絡がつかなくなったのは確かだ。

 

 そんな話が流れる中、ネットの掲示板でも女になったというスレが建てられるようになった。

 どうせ釣りだろうという言葉に、証明するために女の体の写真が載せられる。

 真偽はともかく、その写真を拾いにくるため人は集まった。

 大抵は途中で主がいなくなり、やっぱり釣りかと言われる始末であった。

 

 

 国に回収されてるのでは?という言葉は怖くて誰も言えなかった。

 

 

 

 そんな中、ある一つの転機が訪れる。

 アメリカ大統領と北の王子様との直接談話。

 ある平和の節目となるかもしれないその日に、それは起きた。

 

 両者が友好をアピールする、手を繋いだまさにその時。

 突如として王子様から煙が湧き始めたのだ。

 すわ、自棄になって自爆テロをやるつもりか、警備は何をやっていた。

 そう思いが交錯する中、アメリカ大統領は驚きながらも無傷であった。

 

 しばらくして煙は掻き消えた。

 そこには王子様の姿はなかった、いるのは一人の美少女だけ。

 王子はどこに行ったと必死に探すものと、この少女を取り押さえて尋問するべきだという二つの動きができた。

 

 大統領のSPに組み伏せられ、その少女は慌てて口を開いた。

「わ、わたしが王子であるぞ!」

 ……と。

 

 

 それがTS病が世間一般に知れ渡られる一歩であった。

 日本が必死に隠していたTS病。

 感染経路など一切不明の奇病が、世界に知られる一歩。

 

 果たしてどうして北の王子様がそれに罹ってしまったのか、友好を妨害したい他国が何かしたのか、それとも宇宙人の仕業か、はたまた神の気まぐれか。

 

 結果だけが残る。

 北のお姫様となった彼女は、自分が王子様であると証明するために自分しか知り得ない情報を、大統領にペラペラと喋ってしまった。

 それを使い、北の独裁国家は解体された。

 

 ここで話は終われば万々歳だった、そうは問屋がおろさないが。

 

 

 

 世界は人がTSしうるという認識を得てしまったのだ。

 

 世界は変わる、世界各地に性別が変わったという報告が一気に噴出し始めた。

 

 次第に増えていく女性、解析が全く進まない病気。

 このまま女性が増えて行ったらどうなるか。

 男性がいなくなったらどうなるか。

 あれ、世界滅ぶんじゃね?とみんなが思った。

 

 混迷を極めていく中、男性専用車両ができ、性別が変わったものを新人類と呼ぶ宗教ができたり、反対に元々の女性が優れていると言う過激派団体ができたり、少ない男を守る団体ができたりした。

 

 

 ●

 

 

 そして一年が経ち、男性の数が半分になった。

 それでもまだ田中修也()は男のままだった。

 

「女の子になって女の子同士でいちゃいちゃしてー」

 

 どうすればTS出来るだろうか。神様に願い続けても、未だにTSすることはなかった。

 

「女の子になりたい、俺はどうすればいいんですか」

「またその話か、君は」

 

 対面で俺の親友である和泉 陽(いずみ ひなた)は苦笑していた。

 時刻は昼。高校生である俺たちは、机を挟んで昼食を取っていた。

 

「なりたいと思ってなれるものでもないだろうに」

「それはそうだけど、思うだけならタダだし、それに神様が叶えてくれるかもしれないだろ」

「どうだか……神様がいて願いを叶えてくれるのなら、とっくに君は女になってるだろ」

「違いないね、まったく」

 

 ほんとうどうにもならない世の中だと溜息をつく。

 TS、つまりtranssexualの略。

 それが爆発的に広まり始めたのは去年のことだった。テレビでいきなり女性になる北の王子様が放送され、世界に衝撃が走った。

 

 勝手に性転換しうると言う事実、一番影響を受けたのはスポーツ界だろう。

 女性に変わりたくないという思いは、TS病と名付けられたそれには無意味だった。

 スポーツをしてる最中にTSすることはなかったが、睡眠中にTSしてしまうという例が続出した。

 女性の身体に変わる、つまり男性の体を捨てるということだ。当然身体能力も落ちるし、新しい身体に慣れるのにも時間がかかる。

 手の長さ、足の長さ、体の大きさがすべて変わるのだ、それは当然のことだろう。

 その原因不明の病気に流行を見るや否や、リーグシステムを取るスポーツは殆ど休止した。

 いつか収束するだろうと、その期待はあっさりと裏切られたが。

 

 TS病、それを病気と呼ぶのが正しいのかは知らないが、未だに患者は増え続けている。

 結局、サッカー野球バスケなどは男女混合で再開することとなった。

 

 TSしたくないという気持ちから胡散臭い宗教に金を入れるも、結局なり裁判沙汰になるという事件もあった。本当にめちゃくちゃなニュースばかりが流れていた。

 

「和泉は性転換したくないのか?」

「うーん、どうなんだろよくわかんないな」

「わかんないってなんだよ、俺はめちゃくちゃしたいぞ」

「……一応理由を聞いてあげようか」

「まず女の子はなんか甘い匂いがするだろ、男臭さとは正反対だ。そして何より体が柔らかい、男のガチガチの筋肉とは無縁だ。あと自分で胸揉みたい、セルフサービス出来るようにだろ」

 

 俺の言葉を聞いて、彼は苦笑しながら言った。

 

「相変わらずだね、委員長に胸揉ませてと頼めば揉ませてくれるんじゃないかな?」

「おいやめろ馬鹿」

 

 慌てて周りを見渡すが、幸いにして委員長は居なかった。

 聞かれてたら鉄拳制裁確実だろう、それは勘弁していただきたい。

 

「あいつ冗談通じないから勘弁してくれよ、まったく」

「ごめんごめんって、ほら君の好物の唐揚げあげるから勘弁してくれよ」

 

 あーんと目の前にぶら下げられた唐揚げに食らいつく。

 一瞬で食べられた箸先を見て、あいつはニヤリと笑った。

 

「美味い、いつもサンキューな」

「だろう?今日はうまくできたと思ったんだよ」

 

 和泉は料理が得意である、弁当も自分で作って来られるぐらいには。それは自分にはない才能であったし、それを知って以来、一品何かをもらう毎日が続いて居た。

 

「卒業したら料理屋開けるんじゃないか?」

「そんな、僕はまだまだだよ。いつも毒味してくれる君には感謝してるよ」

 

 大袈裟に首を振る彼を見て、もっと自信を持てばいいのにと俺は思った。

 

「毒味ってなぁ、一応味見とかしてるんだろ?」

「まあね、それでも他人の平等な目が必要だから……うん美味しい」

 

 そう言って和泉はニッコリと笑った。

 

 

 ● ● ●

 

 

 その日の帰り道のこと。

 

「あいつもTSしちゃったなぁ……」

「珍しく休みだったからもしかしてと思ってたけどね」

 

 

 

 

 昼休みを終えて5時間目が始まってすぐのことだった。

 担任教師に連れられて、金髪ツインテールの美少女が連れられてきたのは。

 自分たちがきているような学生服ではなく、緑色のジャージ姿だった。

 女子ようなものが間に合わなかったのだろう、そのジャージが俺には見覚えがあった。

 

「陸上部のジャージってこのクラスは」

「あぁ、鈴木しかいないだろうね」

 後ろからの和泉のささやきに小声で返す。

 果たして担任が言った言葉は、鈴木くんがTSしてしまったとのことだった。

 

「……よろしくお願いします」

 

 みんなの前に立たされた彼女の姿は、ひどく小さくみえた。

 

 

 

「陸上やめるのかねぇ」

「さあ……走るのが好きって言ってたし、続けるんじゃないかな」

 

 確かあいつはもともといい成績を叩いていたはずだ。それでも、その努力はTSが奪い取ってしまった。

 辛いだろう、苦しいだろう、ただそれは自分にはよくわからない感情であった。

 

「俺も金髪ツインテールになりてえなぁ……」

「彼、じゃないか、彼女の心配はしないのかい?」

「してるさ、俺が代わってやりたいって思ってる」

「それ彼女の前で言わないほうがいいよ」

 

 彼女と一緒に帰る提案しなくてよかったと溜息をついてるのを、俺はぼーっと眺めていた。

 彼、いや彼女が元いた友達グループがいるから誘わなくても別にいいかと俺は思っていた。

 

「彼女、元の友達たちと仲良くやっていけると思う?」

「わからん、一日様子みてそれ次第じゃないか」

「僕は一目見て難しいと思ったけどね」

「お前がそういうならそうなんだろうな、でもやって見なきゃわからないだろう?」

 

 ゆっくりと歩みを進める。家は隣同士、幼馴染の彼だから、この暗い話を続けなければならないのだろうと、憂鬱な気持ちになる。

 

「異性との友情は難しい……ね」

「以前の彼と今の彼は同じなのにね」

 

 そういう論争も繰り広げられていた。元の彼とTSした彼は別人か否か、たしか離婚をめぐる裁判で出た話だった気がする。

 和泉が立ち止まっていることに気づいて、俺も足を止める。

 

「君は僕が性転換してしまったら縁を切るかい?」

「まさか、そんなことするはずないだろ」

「約束だよ?」

 

 夕陽の逆光で顔は見えなかったが、ひどく怯えているようだった。フンと鼻息をならして言った。

 

「本当にそうなったならば、結婚して欲しいぐらいだ」

「え?」

「料理が上手くて、気遣いができて、頭がいい、俺よりなんでもできる優良物件じゃないか」

 

 動きが固まった彼を見て、俺がこっぱずかしいことを言ってることに気づいた。

 

「あーいや、ホモじゃないんだ安心してくれ、お前をいきなり襲ったりはしないからな」

「……ふふっ」

「おい笑うなよ、あーはずかしくなってきた」

 

 パタパタと手で顔を仰ぐ、鏡を見なくても顔が赤くなってるのがわかった。

 

「君の熱いプロポーズは心の中にしまってあげるよ」

「しまわなくていいから、忘れてくれ、あー恥ずかしい」

 

 ちょうど途中に合った自動販売機を見つけて、コインを入れる。缶コーヒーのボタンを押して、出てきたそれを首筋に当てる。

 すっかり緩く、ただ甘ったるいだけだった。

 

 

 ● ● ●

 

 

 TS、本人の意思に限らず勝手に性転換する病。

 神様のいたずらか、宇宙人の仕業か、某国の生物兵器の仕業か。

 原因はわからないけど、それは確かに存在した。

 

 精子バンクにあらかじめ己の精子をためて置き、性転換した後自分の卵子と結びつかせるとどうなるか。そんな実験もあった。

 結果は失敗、なぜか受精することはなかった。

 かと言って、子供を作れないわけではなかった。

 しかし着実に男性の数は減っている。

 世界は昔より平和になりつつあった。それが繁栄に繋がるかは別の話だ。

 

 これはゆっくりと死に向かっているかもしれない世界の話。

 

 

 果たして性転換するのは男だけなのか?

 女から男になることはあり得ないのか?

 

 報告例は未だにあがっていない。

 このままでは全員が女性になることは確実だった。

 

 TSしたいと願い続ける俺を無視して、みんながTSしていく。

 これはそんなお話だ。

 


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