俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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9話 ありふれた1日の朝

『天秤座の君へ今日のワンポイントアドバイス

 学生服を着て朝ごはんを食べよう、鞄は玄関に

 PS 今日は先に学校に行く、幸運を祈る』

 

 朝起きてTSしてないことに落胆しつつスマホを確認してみれば、よくわからないメッセージが和泉から届いていた。

 なんだろうこれは、寝起きで回らない頭で少し考え込むも、なぜこんなアドバイスが必要なのかよくわからない。

 逃げる準備だろうか? でもそんなやましいことをした記憶はない。

 しかしそのアドバイスを無視する理由もなく、思考をやめてもそもそと制服に着替え始める。

 制服のズボンに履き替えているとドアノブがガチャガチャと動いた。

 

「お兄ちゃんおきてこの扉を開けてー!」

「起きてるよ! すぐ行くから下で待ってろ!」

「早くしてね、時間足りないから!」

 

 自分の声に反応してピタリとドアノブは止まった、扉に鍵をかけることを覚えた俺は無敵だった。というより妹はノックしなきゃいけないという常識をどこにやってしまったのだろうか。

 ため息をつきながら目覚まし時計を見る、時間はまだまだあるように見えた。

 

 

 

 階段を降りて食卓に向かえば妹と母さんが先に朝ごはんを食べていた。1日ぶりに姿を見たが仕事が切羽詰まっているのかひどく疲れている様子だ。何をしているのかは俺ははっきりとは知らない。研究職だと思うと妹は予測していたけど本当のことを訪ねる機会もなかったし、別にそれでいいとも思っていた。

 

「おはよう」

「おはよう、すごい隈ができてるけど大丈夫?」

「まあショックな出来事があってな」

「さいですか」

 

 その出来事については触れず、自分がいつも座る席に着く。2人が食べているところを見るに今日も食パンだった。朝はパンか米かは決まっていない、弁当を作るならばご飯を炊くし、今日も弁当なしということだろう。

 

「お兄ちゃん何か言うべきことがあると思わない?」

「……? いや別に何もないけど」

「……そうですか」

 

 何か言いたそうにしてる妹を無視して食パンをトースターに放り込む。2分30秒にセット、手持ち無沙汰になり周りを見渡せば、保温中になってる炊飯器が見えた。

 

「母さん今日弁当ある?」

「あぁ、一応作ってるよ」

「食パン食べてるからご飯炊いてないと思ったんだけど」

「それ中に入ってるの白米じゃないからな」

 

 ふーんと炊飯器を眺める。炊き込みご飯かなんかだろうか? パエリアとかという変わり種の線もあるかも知れない。ぱかっと蓋を開けてみればどちらも答えから外れていた。遅れて母さんから声が届く。

 

「中身は赤飯だよ」

「え? なんか祝い事あったっけ?」

 

 その質問に返答はなく、チーンとトースターが終わりを告げる音を立てた。皿にパンを移し席に戻ると、妹が自慢げに弁当を突き出しながら言った。

 

「今日の赤飯は私が炊いたよ、水加減も完璧なはず! 妹の愛情がこもった赤飯味わってね!」

「そうかそれは良かった、ありがとう」

 

 ふーんと仰け反る妹の満面の笑みを眺めながら、俺としては赤飯の水加減を間違えていないか、それだけが不安だった。たしか多めにするんだったか……? 自分の記憶も朧げで定かではない。

 

 受け取った弁当をカバンにしまい込み、さて朝ごはんを食べようとしてピーナッツバターを探せば妹の目の前にあった。

 

「ちょっとピーナッツバター取ってくれ」

「はいはーい」

 

 差し出されたピーナッツバターを受け取ろうとして、空を切る。届く寸前にすっと手を引かれていた。無言で抗議の視線を送るも素知らぬ顔で無視されたので、また取ろうとする。案の定また間合いをずらされた。

 

「……渡して欲しいんだけど」

「その前に1つだけ質問があるんだけど、正直に答えたら返してあげるから答えてよ」

 

 なんで俺が買ってきたものに渡す条件をつけられなきゃいけないんだと思ったが、それを口にすることはない。こういう理不尽さを飲み込むのも兄の務めなのかもしれない。

 いやそれは違うだろうと、即座に心の中で否定したが。

 

「お兄ちゃんに彼女ができたって聞いたんだけど」

 

 その言葉を聞くや否や、俺は脱兎のごとく逃げ出していた。冗談ではない、俺はこんなところで死んでられないのだ。まさか逃げるとは思ってなかったのか、ぽかんと惚ける妹を尻目にギリギリで鞄をひっつかむことに成功し、そのまま玄関にたどり着く。

 

 別に彼女ができたことは問題はないのだが、その相手を説明するのは難しい、ましてや本当に好きで付き合い始めたわけでもない。

 相手は先日TSしたばっかの男です、言えるだろうか? いや厳しいだろう。え、お兄ちゃんホモなのとドン引きされたら少し死にたくなる。外見が美少女なら誰でもいいのかとか、それとも元々その子のことが好きだったのか根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えていた。

 うまく嘘で繕えればいいのだけれども、自分はそんな器用ではないと自覚していた。すぐに見抜かれる、だからこその逃走だった。

 せめて母さんがいないところでお願いしたいと切に思う。

 慌てたせいでローファーを履くのに手間取っていると、後ろからドタドタと追いかけてくる音が聞こえてきた。

 

「説明義務を果たしてお兄ちゃん!」

「そんな義務はないんだよ!」

 

 なんとか靴を履きドアを開ける。逃げ切れる、そう思った背中に再び声が飛んできた。

 

「逃げるってことは彼女ができたことの肯定になるんだよ!?」

「彼女ができたのは事実だよ!」

 

 閉じ行く玄関を振り返れば、呆然と俺のことを見送る妹が見えた。やったか……? 大きくお腹がぐーっと鳴った。

 

 朝ご飯を食べ損ねたのは痛いけれど、最悪の事態はさけられた。気を取り直して学校に向かい歩き出す。最悪朝ご飯は途中でコンビニでもよればいいこと、和泉様様だな。

 

 ふと考える、なんで妹は俺に彼女ができたことを知っていたのだろうか?

 誰かに教えてもらったのだろうか、例えばそう、和泉なんかに。そう考えるならあいつが謎のアドバイスを送れた理由も納得できた。

 妹から届いたメッセージを無視して、念のため和泉にメッセージを送る。

 

『もしかして妹に彼女の話バラした?』

 

 返信はすぐさま来た。

 

『僕にはなんのことだかさっぱりだよ』

『絶許』

 

 そう送ってスマホの通知を無視して、ポケットにしまい込んだ。やる事もなくなんとなく空を見上げて思わず呻く。

 傘を忘れた、昨日天気予報を見ていたはずなのに。

 

 

 ● ● ●

 

 

 当然のことだけど妹は俺が通ってる高校も知ってるわけで、その逆もまた然り。当然通る道も大体は予測がつく、というか途中まで道は同じだ、中学校の方が遠くにあるから一緒に行くということはないけれど。

 

 だから妹が自転車で後から追っかけてくるのを考えて、いつもと違う横道に入り、遠回りな道を選ぶことにした。幸い朝ご飯を食べてないから時間には余裕がある。

 

 いつもの違う道を行けば、新しい出会いがある。たとえばこの前を歩いている不審者みたいなものとか。

 

 ジャージ姿で何かを探しているのか、足元ばかりを見ている。そのせいで通行人に当たりそうになっては、ペコペコと頭を下げてその繰り返し。

 

 最初は無視して追い抜こうかと思ったけれど、その姿に既視感を感じて考え始めて数分。ぱっと閃いた、昨日スーパーで体当たりをしてきたあの彼女か。

 彼女だとすれば何を探してるのかはすぐに思いついた、あのカエルのキーホルダー。

 

「あの」

「ひゅっ!?」

 

 唐突に話しかけられてビビったのか、わっとっとと前に転びかける。大丈夫なのだろうかこの人は。

 

「な、なんでしょう?」

 

 そう言いながらもこちらの顔を決して見ようとしない、まあ伝えることだけ伝えてさっさと学校に向かうとしよう。

 

「もしかしてカエルのキーホルダー探してるんですか?」

「そうですそうです! カエルのキーホルダー、を」

 

 そう言ってガバッと顔を上げると、また昨日みたいに動きが止まってしまった。

 

「そう、昨日ぶつかった俺ですよ」

「ご、ごめんなさい」

「まあその事は別にいいんですけど、そのカエル昨日スーパーの落し物に届けといたんで、そこにあると思いますよ」

 

 その言葉を聞くとぱっと顔を明るくさせて、俺の手を掴むなりブンブンと振りはじめた。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます田中さ、あ」

「え?」

「で、ではこれにて失礼します、ありがとうございました」

 

 突如名前を言い当てられて戸惑う俺を他所に彼女は逃走し、五歩と進まない内に転けて、すぐさま立ち上がり曲がり角で姿を消した。

 

 ぼーっと立ち尽くしていたものの、我に帰りすぐに歩き始める。考えることは先ほどの彼女のこと、男性恐怖症かと思ったけれど、別に手を握ってきたしそんな事はなかったなと思う。

 

「知り合いだったか……?」

 

 俺の名前を言い当てて来たからほぼ確実だろう、でもやっぱり記憶にあんな人物はいない。

 よくわからない人、結局そうとしか言いようがなかった。

 

「お兄ちゃん、もしかして彼女がそうなの……?」

 

 

 突然後ろから声をかけられて、振り返ることなく俺は逃走を始めた。

 

 多分それは幻聴だったのだろう、だって変えた道を妹がわかるはずがないのだから。そのあと学校に着くまで二度と聞こえることはなかった。


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