俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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10話 燃やすなら盛大に華々しく

「おはよう委員長」

「おはよう、今日は和泉君と一緒じゃないのね」

「まあそういう時もある、なんか用事があるんだってさ」

「そう」

 

 朝の下駄箱前でのこと。必然クラスメイトと会いやすい場所であり、今日はたまたま委員長にエンカウントした。

 クラスメイトに会えば当然挨拶をする、例えそれが和泉のことを好きすぎる危うい人物だったとしても。和泉が居ないならば、こちらに対して興味がなさそうだったとしてもだ。案の定こちらのことなどどうでもいいみたいで、そっけなく返事を返されたわけだ。

 だけど予想外だったのは、委員長がそのまま話を続けようとしたことだ。

 

「そろそろ田中くんも彼女とかできないの?」

「うるせーよ、俺だって作ろうと思えばいくらでも作れるわ」

「でも今まで彼女がいたことないじゃない」

「本気を出すのにチャージ時間が掛かるから仕方ないんだよ、もう少し時間が欲しい」

「いつまで溜めてるのよ、早くしないとTSするか寿命が来ちゃうわよ」

「TSさえ無ければ時間は十分あったっていうのに……生まれた時代が悪過ぎたってことか」

「パイは増えてるのにね」

 

 うまく言い返せずに口ごもっていると、うまくやり込めてやったと委員長はクスリと笑った。

 その笑顔を見て俺は少しカチンときた。特大の地雷であるとわかってるにもかかわらず、思わず禁句をいってしまうぐらいには。

 

「委員長も彼氏が出来る可能性減ってきてるけどね、男もうすぐ絶滅しちゃうよ?」

 

 瞬間、女子高生が発すると思えない気が彼女を中心に発せられた。やられる、そんな予感が脳裏に瞬いた。防御は間に合わないと判断して思わず目を閉じる。けれども予想していた衝撃はいつまでたっても訪れない。

 恐る恐る目を開けると、委員長は何かを考え込んでいる様子だった。

 

「ん、なに怯えてんの?」

「いや委員長にぶん殴られるかと思って」

「……?」

 

 こちらがなんでそう思っているのか、よくわからないようだった。

 

「それより私が和泉くんのこと好きだって分かってるんじゃないの? 彼はTSしちゃったわけだけど」

「あーそういえばそうだったか、完全に忘れてた」

 

 ファンクラブに入ってるぐらいだし、それに――そこまで考えて思考を打ち切った。それは特に思い出す必要のないことだ。

 

 和泉のことを好きであいつが女の子になろうとも好きであるならば、和泉以上に好きになる相手が見つかるか、その恋を諦めるまで、委員長に男の恋人ができるはずもないのだから。

 さっきの言葉は効果がない、そういうことか。

 

 忘れてたというこちらの言葉を信用してないのか、こちらの顔をじっと見つめるも、本当に本当なのだからどうしようもない。数秒の視線の交錯の後、事実だと信じたのかすっと視線を逸らした。

 

「そう、ならいいけど」

「なにがいいのか俺にはさっぱりわからないよ委員長」

 

 俺の問いかけを無視して、勝手に満足してそのまま教室に向かい歩き出し、何かを思い出したかのように唐突に立ち止まった。

 

「ねえ田中くん」

「なんだ?」

「委員長委員長って私のこと言うけれど、委員長って呼ぶのこれから禁止ね。私にも名前があるんだから」

 

 それだけ言うとそのまま去っていた。名前、名前ね。彼女にとって委員長と言う役職で呼ばれるのは不服なのだろう。ならば呼び方を改めねばなるまい。

 そうなると1つ問題が浮上する。

 

 委員長の正しい名前はなんだっけ?

 

 

 ● ● ●

 

 

 教室の扉を開けるとそこは雪国だったなんてことは起きるはずもなく。特に何も考えず俺は教室の扉を開けた。

 和泉に妹の件で小言を言おうと思ったのに、教室にはまだ来てないらしい。

 席から目をそらすと、ツインテールの彼女と視線がかち合った。

 

 挨拶がわりに軽く手を挙げると、申し訳なさそうな目を逸らす。代わりに鈴木と話してたであろう内田が立ち上がり、こちらに向かってやってきた。

 

 Q.彼の目的は? A.恐らく自分

 

 ろくなことが起きる気がしなかった。目がなんか危ういし、何かに怒っているように見える。その理由が俺だと断定出来る証拠はない。けれども朝の星座占いは確認してないが、朝の出来事からして多分順位は最下位で運勢も最悪だろうから、理屈を吹っ飛ばしてそう判断した。

 

 なにはともあれ、一先ず俺は逃げることにした。

 

 アディオスアミーゴ、別に友達になったつもりもないけれど。そうと決めたならくるっと振り向き――すぐさまたたらを踏むことになった。丁度委員長が教室に入ってこようとして入り口が塞がれていた。先に教室に向かっていたはずなのに、なんで後から来ているのかさっぱりわからない。入り口を数秒塞ぐだけで飽き足らず、俺の教室に入りすぐ出てくるという奇行に対して彼女は訝しげに言った。

 

「どこへいこうとしてるの?」

「ちょっとトイレに行こうかなって、道を開けてほしいんだけど」

「待てや田中」

 

 その足止めされた数秒は、内田が追いついてくるのに十分な時間だった。声をかけられて無視する訳にもいかずしょうがなく口を開いた。

 

「おはよう内藤、話があるようだけど今はお腹痛いからトイレ行かせてほしいんだ」

「内田だよ俺は……すぐ終わる話だから行こうとするな待て、はいかいいえでこたえるだけでいい」

「NO」

 

 俺の拒否を無視して、一呼吸を置いて本題に切り出した。

 

「鈴木と付き合うことになったって聞いたけど本当か?」

 

 気がつけばクラスは静まり返っていた。この空気で答えるのは恥ずかしすぎるだろう、これじゃあただの晒し者だ。それでも内田が俺を見逃す気配は全くない。

 

 yesと素直に肯定するでもなくnoと拒否するでもなく、『はいいえ』と冗談で曖昧に濁したかったが、この状況はそれを許してくれそうには無い。

 クラスの出入り口での出来事にもかかわらず、クラスメイトたちの注目はここに集められていた。頼りになる幼馴染の姿はここになく、思わずため息をついた。

 

 いっそのこと、嘘だよと言ってみるか?

 全てをほっぽり出して、人間の屑だと罵られようともそれが一番楽な答えなのかもしれない。嫌わられることには嫌だが、不幸にしてか幸いにしてかはわからないけれどそんなこと慣れているはずだった。

 

 もしかしたら付き合うということ自体、三人組で仕掛けたたちの悪い悪戯だったのかもしれない、肯定したのならばもしかして本気にしちゃったのバーカと、そんな風に茶化す感じに。でもそれはそう思いたいだけの妄想だと分かっていた、俺がNOというための理由づけだと。

 

 そんな考えが脳裏に浮かんだ瞬間、鈴木の顔がチラリと見えた。見捨てられるんじゃないかと怯えているようだった。そんな顔をするんじゃない、もっとお前は強いだろうに。そう思いながらも俺の答えは決まっていた。

 

 長い時間考え込んだ気もするけれど、多分10秒もたってないのだろう。1つ深呼吸して俺は言った。

 

「本当だよ、これで話は終わりだな?」

「……ッ」

 

 何かやってしまった、失敗したという内田の表情を見て俺はどう言えばよかったのだろうか。特に模範解答が転がってくるはずもなく、何も言わずに俺は前言通りにトイレに向かうことにした。

 

「委員長、道を開けてくれ」

「……はい」

 

 どこかぼんやりした様子だが素直に道は開けてくれた。教室に入るには入れず溜まった数人の中に和泉の姿が見えたが、話しかけることなく通り過ぎる。君は本当に不器用だなあ、そう視線が語っている気がした。

 うるさいよ、俺だってそんなことわかってるんだ。

 

 トイレに向かってトボトボと歩いていると、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえた。もしかして内田だろうか?

 いちゃもんをつけに追ってきたかと身構えていると、来た人は予想と違かった。

 

「わりーわりー助かったぜ」

「鈴木か、TS用のトイレは逆の方向だぞ」

「話に来ただけだからいいんだよ、そもそもお前もトイレは言い訳に過ぎないだろ?」

 

 ほっと肩をなでおろしつつ、歩くスピードを落として歩調を合わせる。特に話すこともなく一緒に歩くだけ、それに焦れたのか口火を切ったのは鈴木だった。

 

「約束放棄して裏切るかと一瞬思ったけど、どうして頷いたんだ?」

 

 そこまで信用ないんですかと茶化そうかと思ったのに、割と真剣に聞いている様子だった。それでも俺は真面目に答える気は無い、真面目に答えるには少し気恥ずかし過ぎた。

 

「可愛い女の子とあんまり縁のない男なら誰でも女の子の味方するよ」

「うわぁ……」

「半分冗談だ」

「どこからどこまでが冗談なんだよ」

 

 当然可愛い女の子までが本当な訳だけど、それを説明するはずもない。可愛いと言った瞬間すすっと間合いをとられたから、それを言ったら更にドン引きされだけだろう。

 

「まあ逆に付き合ったという事実を広められたから、その分手間は省けたのはラッキーだった」

「それが目的だったのか?」

「いや偶然」

 

 淀みなく答えたことから、多分本当なのだろう。

 

「この付き合いの意味をそろそろ教えて欲しいんだけど」

「……まだ言えない」

 

 ならば何故此方に関しては口を濁すのだろうか。俺の信用がたりないのか、はたまたそれを言ったら解消されると思っているのだろうか。それを窺い知ることはできなかった。

 再び沈黙、それに耐えきれなかったのかやっぱり鈴木が躊躇いがちに口を開いた。

 

「付き合う、付き合うね……呼び方を変えてみるか」

「絶対ロクでもないことになると思うわ、下の名前で呼ぶのか?」

「いや例えばダーリンとか、これは冗談だからな」

 

 自分が言ったことなのにそれを恥ずかしいと思ったのか、顔を赤らめてワタワタと慌て始めていた。それを見て俺に天啓が訪れたのだ。こんな美少女にダーリン呼ばれるなんて、一生に一度あるかないかのチャンスなのではないか?

 中身は男だとしても多分一生の思い出になるに違いない。和泉なら土下座すればやってくれそうな気がするけども、代償が怖かった。けれども鈴木ならばそれを頼むだけの交渉材料がある。

 

「すまん、俺の事を一度だけダーリンと呼んでくれ」

 

 その時の鈴木の顔を俺は一生忘れることはないだろう、道端に落ちている犬の糞を見るかのような目! 多分言いたくはないのだろうけど、それを断るにしても俺に対して借りがある。

 葛藤の果てに恥ずかしそうに顔を赤らめ、こちらから目を逸らしながら彼女は言った。

 

「だ、ダーリン……?」

 

 パシャリとその姿をスマホで撮影し、俺は凍りついた鈴木を無視して無言で歩き始めた。ふと思い出し、写真を撮られた姿のままフリーズしている鈴木に問い掛けた。

 

「ところで委員長の名前ってなんだっけ?」

「……委員長は委員長だろ」

 

 どうやら俺も鈴木も似た者同士らしい。

 その考えは再起動した鈴木に思い切りビンタされた時に吹き飛んだけれども、その時は確かにそう思った。


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