俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

13 / 31
11話 三回見たら死ぬ唐揚げ

「〜♪」

 

 数学の教師は相変わらず休んでるらしく、補習として数枚プリントが配られただけ。それに甘えて教室が騒がしくなる中、俺は鼻歌交じりに配られたプリントの裏に線を走らせていく。想像するのはなんとやら、初めの描き出しこそ苦労したものの、今ではスラスラとペンが勝手に動いていた。

 

「君は何を書いてるんだい?」

「TSしたらこうなりたいっていう理想の自分……見るか?」

「いや本当にやめてくれ、これは冗談じゃない、本当に食事前には君の絵をご遠慮願いたいんだ」

 

 自分が絵を描いてると気づいた瞬間、和泉は興味を失ったようだった。割と自信はあったので見ることを拒否されて少し凹みながらも、声を掛けられて止めた腕を再び動かし始めた。

 プリントを解き終え暇だったのか、和泉はまた言葉を紡いだ。それを聞きながらやっぱり早いなと思う、こいつにとってはこの程度造作もないことなんだろう。

 

「朝は大変だったね、鈴木君にビンタされて帰ってくるとは思わなかったよ」

「まさか2日連続でビンタされるとは俺も思わなかったさ」

「それはそれ、これはこれ」

「まあどっちも俺の自業自得だったから仕方ないか」

 

 その言葉に興味を持ったのか。ズルズルと何か引きずる音がすると思い振り返って見れば、自分の椅子を運んでいる和泉が居た。そのまま俺の席の隣に椅子を置き、そこに陣取った。

 

「今回は何をやったんだい?」

「写真を撮った、それだけ」

「あぁ……勝手に写真撮るのはマナー違反だからやめときなよ」

「付き合うことになったからいいかなって立場的から見て思ったんだけど」

「この悪魔め」

 

 確かにこれはど畜生の思考なのかもしれない、偽の付き合いを笠に着ることはできる限りやめよう。ジトーッとした目線をいまだに送ってる和泉を見てそう思った。

 写真、そこからふと昨日の和泉の写真を思い出す。いまはスマホの画像フォルダに保存されているけれど、割と和泉の写真はあった気がする、妹の写真も割とあるけれど。そんなに写真を撮られることを嫌がらないし、何故かカメラを向ければ自然にポーズも決める。何より適当な風景でも泉を入れとけばなんでも絵になったから入れるようになった。

 

「そういえば和泉って写真撮られるの好きだよな」

「……いや君が何を言っているのかさっぱりわからないな、そもそも――」

 

 聞いてもないのに延々と否定の言葉をつなげる和泉を無視して、スマホを向けるとやっぱり素直にピースした。

 スマホは構えただけなので当然シャッター音などするはずもなく、それでもスマホを向けてる間、和泉はポーズを決め続けていた。そろそろやめようかなと思う頃には次第に顔は赤く、プルプルと震え始めていたけれど。

 

「ほら」

「ま、まあ一回までなら事故だから」

「そうか」

「ちゃんと真面目に話を聞いてくれ! 写真を撮られるのは君の妹の方が好きだから!」

「今は妹の話をしてないし、俺は絵を描くのに忙しいんだよ! 俺の絵がそんなに見たいのか!?」

「……いやそれは無理」

 

 その脅しが効いたのか、スゴスゴと和泉は椅子を引きずり自分の机へと戻っていった。そんなに俺の絵が見たくないのかと、さらに凹む。

 

「ところで君の理想のTSした姿ってポニーテールだったりするのかい?」

「よくわかったな、エスパーかお前は」

 

 話の終わりに投げかけてきた唐突な質問。

 誰にも話したことのない性癖を何故知ってるのか、俺は怖くて聞けなかった。

 

 

 ● ● ●

 

 

 授業の終わりの鐘が鳴る。それに合わせて絵を完成させてうんとひと伸び、背中からパキパキと心地いい音が聞こえて来た。とりあえず誰かに見せようと思うものの、和泉は拒否されたからなかなか目ぼしい人物がいない。

 少し考え込み委員長はどうだろうかと考えたところで、不意に声を掛けられた。

 

「おい田中、昼飯一緒に食べようぜ」

「あー鈴木か、学食だったよな? 弁当持ってきてるんだが、隣で食べてて構わないか?」

「別にそれで全然構わないが、なんだそのそれは」

 

 指が指し示す方向を見れば、俺が先ほど完成させたばかりの絵があった。

 

「利き手と逆で描いたのか? 絵を覚えたてのチンパンジーが適当に殴り書きしてみましたみたいになってるが」

「失敬な、絵が描ける象ぐらいは上手いだろ」

「百歩譲ってそうだとしても目指す位置が低すぎるだろ、でそれは結局なんなんだよ」

「もしTSしたらこんな感じになってくれればいいなって奴」

 

 その言葉に鈴木はポカンと口を開けて、絵を見つめたまま静止した。

 

「人、これが? いや確かにそう言われれば目とかあるな……うわ人だと思うと一気に気持ち悪くなってきた」

 

 そういうと心底気持ち悪そうに腕をさすり始めた。後ろの和泉にも見せようとするが、危険を察知したのか既にいない。

 

「もっとちゃんとよく見てくれ、褒めるところがあるはずだろ」

「やめろ! その絵を俺に近づけるなよ、三回見たら死にそうじゃねえか」

 

 俺はその言葉を聞いてひどく傷ついた。なかなか自信作だったが、可愛いを目指してたのに180度違う方向に進んだ絵、どうやら俺に絵の才能は無いらしい。

 

「この絵いる?」

「絶対いらん、それより早く食堂行こうぜ」

「いいけど、笠井とか内田とかはいいのか?」

「とりあえず一言二人だけで食べるとは言っとく」

 

 あっ、そう言う人払いの仕方があるのかと一人納得した。拒絶、されど理由のあり理不尽でもなく。

 ふと思いつき、持て余していたプリントを絵が描いた裏面が内側になるよう丁寧に折りたたみ鈴木に渡す。

 

「内田か笠井にプレゼントしてあげてくれ」

「ほんとお前ろくなこと思いつかないな」

 

 そう言いながらもノリノリで内田にその絵を渡していたのを、俺は生暖かい目で見ていた。

 

 

 ● ● ●

 

 

 赤飯ということで弁当袋の中にはごま塩が付いていた。それを適当に赤飯に振りかける。なんか赤飯が柔いように見えるけど、多分気のせいだろうと思うことにした。

 

「なんでなんでもない日に赤飯なんだよ」

「なんでもない日が一番素晴らしいんだよ」

 

 そんな冗談も鈴木は気に入らなかったらしい、少し睨まれてしょうがなく再び口を開いた。

 

「元はと言えばお前のせいだよ」

「俺?」

「そうお前」

 

 妹、和泉、鈴木が原因だろう、和泉は問い詰めたところをのらりくらりと逃げられたけれど。

 何かが変わりそうな予感はしたのに、今の所いい方向に転んだことは1つもなかった。妹はなんか怖いし、ビンタされるし、クラスの噂の人物になるし。

 プリントに落書きしてる最中、少しではあるけれど自分のことが話されてるのは聞こえていた。

 もとから鈴木君のこと好きだったのか、それとも外見が可愛ければ中身が男でもいいのかとか。結局その会話は決まりに厳しい委員長に止められてたけど、クラスメイトの大体の見方はそんなものらしい。

 できれば付き合っていると確定させたくなく、もしかしたら付き合ってるのでは程度に濁したかったが、それを朝の出来事が許してくれなかった。

 

 まあなんとかなるさ、そう思うことにした。幸い和泉も協力してくれるみたいだし。

 

 自分がいろいろ考えている間、鈴木もなんで赤飯なのか考えこみ、ようやく答えにたどり着いたようだった。

 

「お前に彼女ができたからか?」

「正解」

「そうするとお前もしかして……今まで彼女ができたことなかったのか?」

「うるせえよ、うるせえうるせえ、うるせえよ」

 

 彼女がいなかったことがそんなに面白かったのか、鈴木は腹を抱えて爆笑した。

 

「そんな笑ってるけどお前は彼女いたことあったのかよ」

「当然あるに決まってるだろ、まあ今はいないけどーー彼氏はいるけどな」

 

 完全にやり込められ俺はまた無言になり、それを見てさらに鈴木は爆笑する。どうしたって俺に勝ち目はなさそうだった。

 

「そんな笑ってないで早く食べようぜ、その唐揚げ定食も冷めるぞ」

「ひっひっ、こんな爆笑したの久しぶりだわーお礼に唐揚げをあげよう」

「……ありがとう」

 

 流れで唐揚げを鈴木からあーんされる。和泉とのやり取りで既に慣れきってる流れで特に恥じらいもあるはずもなく。普通に食べ終えて自然と一昨日食べた和泉の唐揚げと比較している自分がいた。

 うん、和泉の方がうまく出来てたな。そう結論づけてお礼にささみフライをあーんしようとすると、鈴木は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

「早く口開けろよ、あーんだぞほらあーん」

「い、いや皿に置いてくれ」

「なんで? さっき俺に対してやったばっかりじゃん」

「ぐっぐぬぬ……」

 

 それでも歯を食いしばり、意地でも口を開けようとしないのを見て、俺はしょうがなくフライを弁当箱に戻した。諦めたわけではなく挑発するために。押してダメなら押し続けるのではなく、引くのが吉と昔の人も言っている。北風と太陽作戦だ。

 

「恋人がいたのにあーんすら出来ないとか、彼女いた意味ないじゃないですか」

「……やってやろうじゃないか」

 

 北風と太陽作戦、PART1で終了。挑発一発で吊られるのはちょろすぎではなかろうか?

 心底嫌そうながらも鈴木は渋々口を開いた。腹芸とか苦手そうだなぁ、こいつと思いながら口にささみフライを入れ、箸を引き抜こうとしてーー思い切り噛み付かれた。

 

「落ち着け! 早く離せ、箸をまだ引き抜いていないぞ!」

「ムー!!」

 

 しかしながら彼女は混乱してるらしく、なかなか箸を離そうとしない。引き抜けたのも10秒ぐらいしてからだった。

 鈴木にはもう2度とあーんをしない、そう心に決めた。

 

 呆然としてる鈴木を無視して赤飯を食べる、やっぱり水の分量を間違えていて柔らかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。