銀幕の向こう側では空飛ぶサメと大統領が一進一退の攻防を繰り広げていた。
説明もなく理由はわからないけれども、サメが空を飛んでいるのは紛れもなく事実。足に食らいつこうとするサメの鼻っ面を蹴り上げ、開いた口に大統領が手榴弾を投げ入れた。
(なんだろうこれ)
爆発四散するサメを見ながら思う。もともと少なかった観客がまた一人、席を立ち前を横切っていった。
初めは良かったのだ。大統領としてではなく一人の父親として家族団らんし、一点仕事となればバッサリと私情を捨て国のトップとして振る舞う姿は、その真偽がわからない自分からしてもリアリティがあった。
でもそこから先の展開は全然ダメだった。大統領の暗殺を狙って爆弾が記者会見室に仕掛けられ、それをどうやって回避するんだろうと思っているとそのまま爆弾は爆発した。
ええっと自分が驚いたのもほんの一瞬だけ。
妻からプレゼントされた懐中時計が身を守ってくれたと、額から流血しながらも大統領は立ち上がる。
おお、さすが大統領褒めそやすマスコミ。いや流石にそれは無理だろうというこちらの内心の突っ込みをよそに、暗殺を成し遂げようとするどこかの国の工作員をバッサバッサと薙ぎ倒していく。
『私は大統領だからな!』
なぜお前はそこまで強いんだという問いにそう返しながら、次々と襲いかかる敵を倒す爽快感は確かにあった。でも暗殺されるようになる理由がいつまで立っても明かされないのだ。流れるように戦闘ヘリを撃ち落とし、戦車を破壊しようとも、その場面場面に全く繋がりがない。
敵を倒すと場面が暗転して切り替わり、また新しい敵が出てくるという法則だけは理解できた。それがどういう意味なのかはさっぱりわからないけれども。
ゆえに大統領に共感できないし、納得できない。
俺は戦闘ヘリ、戦車の後にサメが出てきたということはそれらよりサメの方が強いという扱いなのかと考えていた。
というか空飛ぶサメってなんなのだろうか、生物兵器かなんかなのだろうか。
サメを飛ばす必要性は全く思いつかなかった、それこそサメの頭の数を増やすぐらいには思いつかなかった。
さてお次はなんだろう、場面が暗転するのを見て思う。どんどん強くなるという方式ならば次は戦艦だろうか。流石に戦艦は無理だろう、そう思う俺の予想は良くも悪くも裏切られる。
画面の向こうではUFOがゆっくりと地上へと降りてきていた。
興味なさげにズルズルと飲み物を吸う音が隣から聞こえてくる。多分、これはクソ映画と呼ばれる類のものなのだろう、三幕構成ぐらいちゃんとしてほしい。
スクリーンから目を離し、隣の席を見やる。
寝てはいない、けれどもひどくつまらなそうに鈴木は目を細めていた。
どうやらつまらないと思っているのは鈴木も同じらしい、もう一つの映画にすれば良かったな。後悔先に立たず、猫の瞳をなんとなく見つめていると、それが横に動いた気がした。
?
目線を上にずらすと、彼女もこちらを見ていた。
視線を戻したのはどちらが先か、よく覚えていない。ということは多分自分の方が先に前を向いたんだろうけど、やっぱり記憶がないからはっきりと頷くことはできないのだ。
けれども視線を戻した先で大統領が宇宙人を殴り倒したところだけは、今でもはっきりと覚えている。
問題は俺は映画の情報を調べてきたのに、今のところその情報が全く生かされてないということだ。
TSを扱った作品だというのに北の王子様の姿は一切見えず、TSのTの字すら見えない。
これではただ大統領の無双する話であり、どうやってそれに絡めていくのか全くわからなかった。もしやさっぱり描かれないのではないか。そんな思いを置いといて、画面が暗転する。
俺は勝手に思い込んでただけなのだ、物事の解決方法が倒すだけだと。でもそれまでのやり方を見ればそうだと勘違いしても仕方ないだろう。
さて最後に出てきたのはTS済みの北のあのひとだった。ただし現実の彼女とは似ても似つかない西洋系の顔立ちをした人だった。それこそ後ろにあの国旗がなく、字幕で紹介がなければ勘違いするところだった。
さきほどの宇宙人より絶対弱いだろうに、まさか彼女にも拳を振るうのだろうか。
そんな心配を他所に必死に逃げる北のお姫様を追いかける大統領。
完全に主人公と思えない風格であり、善悪反転してるようにしか見えない。ドアをぶち破り、邪魔をしてくる護衛を千切っては投げ千切ってはなげ、次第に距離を詰めていった。
がんばれ! がんばって!
そんな声援虚しく男女の体力差、それに大統領の機転により、結局彼女は捕まってしまった。
迎えを待つ大統領と手錠を掛けられ地面にへたり込む北のお姫様。夕焼けの向こうからヘリが飛んでくるのを見て彼女は言った。
『……殺すの? 私も』
『いやお前は殺さない、殺すわけないだろう』
『なんで? あなたをあんなに殺そうとしたのに!』
掛けられた手錠を外そうともがくも、女の力では外せるわけがない。それを見て大統領は笑った。
『惚れたからだ』
『何?』
『俺が、お前に惚れたから。だから殺さない、簡単だろう?』
それを聞いて惚ける彼女に近づき――おもむろにキスをした。
『全部終わったら結婚しよう』
――こうした世界は平和になった。
fin
● ● ●
「なるはずがないだろうが!!」
ドンと叩かれた机が振動し、揺れるドリンクの波紋をぼんやりと見つめながら俺はポツリと呟いた。
「すごい、映画だったな……」
「何がすごいんだよ、あんなクソ映画! そもそもあいつ元々妻居たじゃねえか! なんで自然と一夫多妻にしようとしてんだよ、しかも元々敵国のトップと!!」
そういえば始めらへんに家族団らんシーンがあった気がする。それもはるか遠くの時のように思える。
今いるのはショッピングモールの一角にある喫茶店。映画を観た後に暴れようとする鈴木を必死に宥めながら、とりあえずここまで連れてきた。
時間もちょうどいいところだった。そこで適当に昼飯を食べて腹を膨らませて満足したのか、今度は先ほどの映画に対する不満が膨らみ始めたようだった。
「しかも最後無理矢理キ、キスを……」
「なに?」
「や、なんでもない……」
いきなり先ほどまでの怒気は何処へやら、顔を赤らめて声も尻すぼみになってしまった。
一通り語り熱くなったのか、クリームソーダのアイスとソーダの境界面をストローで吸い上げようとしてるのをぼんやり観ながら、自分も先ほどの映画を真面目に考えていた。
悪い夢、そうまるで悪い夢のような映画だった。
「家族団らんのシーンはあったけど妻は出ていなかったな」
「ってことは妻がもう死んでるってことか?」
「わからん、偶々写してなかっただけかもしれないし、そうやってみるといきなり北のお姫様と結婚した理由もわかる」
クリームソーダを飲むのをやめ真面目に聞こうとする鈴木に、自分のがばがばな推論をぶちまけた。
「TSした後の姿が亡き妻に似ていたから」
「……いやそれは流石にぶっ飛びすぎだろう」
「でもそうでもなきゃ西洋人にする必要なかったと思うんだ」
「ないよ、ナイナイ。そこまで考えてるはずないって」
割と自信あったんだがなぁ、そう思いながら一人でカップル専用ドリンクを吸う。
そうカップル専用ドリンク。今まで彼女がいなかったので頼む機会があるはずもなく、これ幸いと頼んでみたのだ。
せっかく飲む機会ができたので一度は飲んでみたかったのに、一緒に飲むことだけは全力でNOと拒否された。
ゆえに一人で飲む。二つのストローで一度に二倍の量の飲み込めるそれは甘酸っぱく、なぜか少ししょっぱい味な気がした。
「美味しいよ、ちょっと飲むか?」
「飲まんよ、どっちのストローも使ってるじゃねえか……」
鈴木がクリームソーダをぐるぐるとかき混ぜるのをじっと見つめている。
自分としてはなるべく早く上に乗ったアイスクリームを全部溶かして、均一化したクリームソーダだった物を飲みたい派だった。それじゃあクリームソーダが台無しだよと言われた記憶が微かにある。
「一つ思いついたぞ、さっきのお前みたいな突飛な発想だけど」
「聞いてみようじゃないか」
ポツリと一言、彼女が呟いた。
それに返す自分の言葉がなんとなく和泉っぽい口調、そう思った。
「大統領はあの記者会見の時に瀕死、もしくは死んだんだよ。つまりあの先は全部走馬灯か、死にかけの時に見る夢だったって訳だ」
流石にこれはないか、たははと笑ってるのをみながら、その考えを手繰っていく。
「あり得るんじゃないか?」
「え? ないない、流石にないだろう」
「いやお前が初めに言ったんだろうに……夢だから、そう理由つければ全部に理由が付いてくだろ? 初めのリアリティは確かにあった、けれども後半サメが飛んでたりしたろ?」
そういえばサメが出てたかこの映画も好きになったかという問いは、サメが弱すぎる、サメの登場時間が少なすぎるから無しと否定された。
「監督のTSに対するある種の答えなんだろうな、これは夢であるって、夢だからサメは空を飛ぶし、夢だから性別が変わりうる事もある」
「夢だったらどれだけよかったか、それともこれは覚めない悪夢なのかね」
どうしたって現実にTSは起きてるし、それが夢でないことは事実だった。カランとグラスに入った氷が音を立てた。
「もしかしたら初めはTS要素入れる気なんてなくてさ、あの最後の追跡劇のとこに別のシーンを入れて全部の伏線を回収するかだったのかもな」
「かもしれない、けれどもあれだけじゃただのクソ映画だよ」
その言葉を聞いて笑う。真偽は確かじゃないけれど、もしそうだとしたらそれが男として最後の主演を演じた彼の気持ちはどうなのだろうか。
別に初めからこのプロットで進んでいたかもしれない。そうだとしたら妄想でしかないけれど、彼もTSでとてつもない被害を受けた一人なのかもしれない。
自分に願うことはこの映画が初めからクソ映画であったと願うことだけだった。
「本当にいいのか?」
「いいんだよ、人の好意はおとなしく受け取っておくものだよ」
サンキューと言いながら先に外へ出る彼女に背を向け、店員さんの方へ向き直る。店員さんが少し笑っているのが気になった。
映画が思ったよりひどかった内容だったからという理由でこちらが無理に奢ると言ったのだ。
「またせてすいません」
「いえいえ、そんな。カップルさんですか?」
初対面の相手に事情を説明するはずもなく、伝票にはカップル専用ドリンクとはっきり書かれてるから言い逃れすることもできない。
素直に首を縦に振った。
「それはいいですね、うふふ……」
「はぁ」
なんとなく苦手な相手、そんな気がした。
会計を済ませて直ぐに店から出ようとすると、背中に声が飛んできた。
「今日マジックショーやってるんですよ、もうすぐ始まるんで行ってみたらどうですか?」
「……参考にさせていただきます」
感謝しようと後ろを振り向くと、もう他の仕事に行ったのかそこには誰もいなかった。