俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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2話 神様それは人違いです

 朝起きてまず初めにすることは、胸があるかどうかの確認だ。

 目覚ましを叩いて、うーんと一発伸びをして、すぐに胸に手を当てる。ない、極めて平坦な胸。もしかしたら恐ろしく貧乳なのかもしれないが、この時点で期待の半分は削がれている。

 しかし、だがしかし、まだそうと決まったわけではない。念のためそーっとパンツの中にある愚息の確認をするも、ちゃんとあるべき場所に収まっていた。

 

 もう何度かわからないほど、TSに失敗したありふれた朝のことだった。

 

「理不尽だ……」

「お兄ちゃん何泣いてんの、気持ち悪い」

 

 声の方を向くと、妹が怪訝な目でこちらを見ていた。

 正真正銘元から女である妹、今年中学三年生である。

 

「朝ごはんできてるから、ママが早く降りてきて食べなさいだって」

「わかったすぐいく」

「あ、あとお昼の弁当作る時間はなかったから途中で適当に買ってってだってさ」

「了解、着替えるから扉閉めといてくれ」

 

 返事はなく、扉がバタンと強く閉められる音だけが響いた。手早く制服に着替える、未だに自分の学校は学ラン指定だった。ちょうど夏服に切り替わる境目、一番めんどくさい時期にさしかかっていた。

 昨日の鈴木も、だからこそジャージで来ていたのだろう。

 

 そんなことを考えながら、一階にある食卓に向かう。既に母さんは仕事に出ているようで、一人妹が食パンにかぶりついていた。

 

 父さんは、いない。物心ついた時にはすでに亡くなっていた。生前の写真を見たことがあるが、それを見てもなんとも思わなかった、それぐらいに記憶が残っていない。

 母さん、俺、妹。その三人で父さんが残していった家に暮らしている。

 

「ハムエッグとサラダとトーストね……妹よサラダをもっとお食べ、胸が大きくなるぞ」

「いらないし、大きくならないし、私に押し付けないで自分で食べてよね」

 

 チッ、と舌打ちして席に着く。

 

「いただきます、ピーナッツバターは?」

「ない、私が使った分で丁度切れちゃった」

「ぐぬぬ……」

 

 俺が睨みつけるも、妹はどこ吹く風だった。まあ仕方ないだろう、俺が早く起きてくればよかっただけだし。

 脳内のメモ帳にピーナッツバターの補充と書き出しながら、そのままトーストにかぶりつく。

 それをすでに朝食を食べ終わった妹がじっと見ていた。

 

「お兄ちゃん、まだTSしないのね」

「まるでTSして当然みたいに言うな」

「クラスでTSしてないの何人いるの?」

「12……いや11だな、昨日一人またTSしてた」

 

 クラスは全員で40名、男20名、女20人。昨日の鈴木を入れてTSしたのは9人に登る。

 それが世間一般的に見て、多いのか少ないのかは微妙なところだ。最近男性の半分がTSしたというニュースが流れていたから、少ない方なのかもしれない。

 

 ちなみに担任の教師は男だが、未だにむさ苦しい男のままだ。早く変わってくれ。

 

「私のクラス、あと男5人しか残ってないよ」

「5人!?ハーレムじゃないか!!」

「レズカップルが増えただけで、ハーレムにはならなかったけど」

「デスヨネー」

 

 一夫多妻を認めた方がいいのではないかという世論に反し、ハーレムというものは全く増えなかった。

 得てして女性は独占欲が強かったからか?そうかもしれない、しかし一番の問題は、TSした元男が男とくっつかないからではないかと言われている。

 そりゃそうだと俺は思った。体が変わったところで価値観が変わるか。答えは変わらなかった、これが正解である。恋愛対象は女性のままで、しかもTSすると大体が美少女になると来てる。

 

 そりゃレズ祭りになるだろう、俺だってそうする。

 そうして同性愛はありふれたものになった、男性向けのアダルトコンテンツは次第に衰退し、女性を狙ったものが増えているのが現実だった。

 

「あーあ、私も優しい美人なお姉ちゃん欲しかったなー」

「俺も可愛いお姉ちゃんになりたーい」

「え、きも」

「うるさいぞ」

 

 きつい言葉に反し、妹は笑顔だった。

 

「まーお兄ちゃんは今となってはレアだし」

「レジェンドレアぐらい貴重?」

「アンコモンぐらいかなー」

「せめてレアぐらいは欲しかったな」

「いつまでお兄ちゃんであるかわからないけど、出来ればそのままでいてほしいなって」

 

 俺の言葉を無視して言われたそれは、なんとなく励まそうとしてるのがわかった。その理由はよくわからなかったけど、多分心配してくれてるのだろう。

 

 

「……もしかして股間確認するの見てた?」

「毎朝ルーティンにしてるのを知ってるぐらいには見てたね」

 

 今度から寝る前に部屋に鍵をかけよう、そう誓った。

 

 

 ● ● ●

 

 

 家の前で和泉を待つ、待ち合わせて向かうのが昔からの常だった。

 それは小学校、中学校から続いて高校まで続いてること。いつもならばあいつが先に来ているのだが、今日は違うようだ。

 スマホの時計を確認する、7時50分。もう出なければいよいよやばいという時間。

 妹はとっくに自転車に乗って中学校に向かっていた。

 

 通話アプリでメッセージを送るも、既読はつかない。なら電話をかけても無意味だろう。

 もしかしたら何か用事があって、先に学校に向かったのかもしれない。そんなこと今まであっただろうか?パッと振り返るも記憶にはなかった。

 まあそんな日もあるだろうな、あいつも完璧超人であるわけでもないし。

 仕方ない、一度インターホンを押して出なかったら俺もすぐに行こう。

 

 ポチッとボタンを押す。和泉の家からピンポーンと音が響いて来たが、反応はない。

 あいつの両親は仕事で家を空けてることが多いから、誰も出ないことは当然ありうる。

 

 仕方がない、とりあえず学校にいくか。

 テクテクと学校に向かい始める、意識はすっかり学校に向いていた。

 だから後ろで玄関が開く音に気づかなかったのも、こちらに向かって走ってくる音に気づかなかったのも、無理はないだろう。

 

 トントンと肩を叩かれ、何事かと後ろを振り返る。

 細く、冷たい人差し指がほっぺに突き刺さった。よくある児戯、それは和泉が好んでいたイタズラだった。

 

「おい和泉、置いてかれたかと思ったぞ、いたずらもいい加減にし……」

 

 そこまで行って絶句する。

 振り返ったところに、俺が知っている和泉はそこにはいなかった。

 学ランを着ている、ショートカットである、いつも女に見間違えられるような中性的な顔をしている。

 いや実際今の彼、いや彼女は女なのだろう。

 

 決定的な相違点が一つ、和泉の胸に2つ双丘が出来ていた。

 

「いや君には本当にすまないのだが、僕の方が先にTSしてしまったようだ」

 

 いつもより高い声、それを聞いて俺は完全に冷静さを失っていた。

 

「おい君、顔色が悪いぞ大丈夫か?」

「い、和泉さんですよね?」

「おいおい、さん付けはやめろよ気持ち悪い」

「……本当にあの和泉 陽さんですよね?」

「正真正銘君の隣に住んでいる和泉さんだとも」

 

 そこまできいて、俺はゆっくりと深呼吸をした。

 冷静になれ、俺。でも深呼吸の仕方がよくわからないぞ。

 

「おい和泉、深呼吸の仕方ってヒッヒッフーだっけ?」

「それはラマーズ法だよ、TSもしてないのに出産とは気が早すぎないか?」

 

 ようやく落ち着いてきて、状況を飲み込み始めた。

 TSをした、俺より先に、和泉が。

 オーケーオーケー、状況はよく飲み込めた。

 

「本当に大丈夫かい?」

「よしっ!」

「いやなにもよくないぞ、落ち着きたまえ」

 

 心配そうに俺の顔を彼女が覗き込んでいた。

 冷静にならなければならない、この状況でするべきことはなんだ。

 学校にいくことか、いや違う。

 

「和泉先生、お願いがあるんですけど」

「いきなり改まってどうしたんだい?」

「キス、してくれませんか?」

「」

「いや不純な理由じゃないんです、美少女にキスされたいとかそういう訳ではなく、もしかしたらTSが粘膜感染するかもしれないという話を昔目にして、それを試したい所存なのです」

「」

「……ダメでしょうか?」

 

 俺の言葉を聞いて、和泉は頭を痛そうに抑えていたが、すぐにこちらの両肩を抑えて言った。

 

「しょうがない、またとない君のお願いを聞いてあげないこともない」

「本当ですか!!!!」

「約束が1つある、目を閉じてあげないこと、いいね?」

「はい!!!!」

 

 すぐさま言葉に従い、ぎゅっと目を閉じる。

 そして口が接触、つまりキスするのを待っていた。

 

 しかしなんの感触も来ない、どうしたのだろうとほんの少し薄目を開ける。

 

 

 

 彼女の右手が猛スピードで近づいてくるのが、ほんの一瞬見えて。

 

 

 

 

 スパァーンと左頬が張り飛ばされ、星が飛ぶ。

 混乱する思考の中、思いっきりビンタされたという結果だけがわかった。

 

 

 

 

 惚けて立ち止まっていたが、先をいく和泉を慌てて追う。

 

「……まったく心配して損した」

 

 何か言ったようだが、耳がキーンとして上手く聞き取れなかった。


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