俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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すごい字面、アイツがtsして一週間経つって



18話 誰がために②

「鈴木が陸上部をやめるかもって話は知ってるか?」

 

 放課後の体育館裏、小さく搔き消えそうでも確かにその声は耳朶を打つ。体育館から声はもう聞こえない。

 俺の返事を待たずに彼は言葉を続けた。

 

「アイツがTSして明日で一週間経つ、その間ずっと陸上部に顔を出してないんだ」

「食堂で揉めてた時もその部活を辞めるって話だったのか?」

「そうだ、説明もなくただ淡々と辞めるとだけ伝えられた。それで何でだと聞いたらお前には関係ないだろって言われて」

「だから背中を押したと」

 

 首肯。それからは気持ち悪い絵を貰ったぐらいで、朝以外ほとんど避けられて、俺と付き合う事になったのも寝耳に水の出来事だったらしい。

 陸上部を辞めるのだろうと言う予想は既に有ったので、それらの言葉は答え合わせにすぎなかった。

 普通に考えれば、俺が鈴木と一緒に帰るという状況がおかしい。雨の日だろうと陸上部に練習はある、帰宅部とは根本的に生活サイクルが合わないのが運動部だ。

 俺と和泉が階段で遭遇した時も、部活に行くと言っていた場面を振り返る。

 あの後も行っていなかったのだろう。

 

「このままじゃまずい。遅かれ早かれあいつもクビになる、だからその前に何とかしなきゃいけない」

「お前の話だと鈴木は陸上部を辞めるつもりなんだろ? だから行ってない、なら別に構わないんじゃないか」

 

 あくまで否定的に返す、その言葉に内田はかぶりを振った。

 

「辞めるなら、辞めると直接言いにいくだろう? でもまだ言いにいってないことを俺は知っている。鈴木はまだ辞めるかどうか迷ってる筈だ」

 

 内田の行動は余計なお世話かも知れない。

 けれども辞めるか続けるか、まだ続ける目があると思ってるからこそ内田は行動してるのだろう。

 

「誰情報で?」

「そりゃお前と違って運動部に知り合い多いからな」

「鈴木大好き過ぎか、お前は」

 

 そう冗談を飛ばしてもクスリとも笑わないのを見ながら、こちらも必死に思考を積み立てていく。

 ここまで材料を渡してくれれば内田の頼みごとも、反対に鈴木の頼みごとの意味も分かる。

 

「ようするに鈴木を陸上部に復帰させるために、俺に手伝ってくれということか?」

「そうだ」

 

 その答えは鈴木が容易に陸上部に戻る気がないという裏打ちであり、頭上のどうしようもない曇り空のように俺の心を暗くさせるだけだった。

 つまるところ鈴木は内田の動きを遠回しに止めようとしていたのだから。問題を積極的に解決するためならば、付き合ってくれなどというまどろっこしい頼みごとにはならない。けれども、そうでもしなきゃ諦めてくれないという判断からで。

 今のところ内田は俺と鈴木が本当に付き合っていると思ってるのだろう。

 故にどうして付き合う事になったのかまでの理由には至っていないのだ。それを考えてないだけか、考えていようとしないかは分からないけれども。

 

「そもそも鈴木が陸上部を辞めようとした理由は分かってるのか?」

「大元の理由はTSなのはわかる、だけどそれ以上はわからない。だからお前に頼んでるんだ、付き合ってるお前なら教えてくれるかもしれない」

 

 理屈はわかる。しかしその理由が何とか出来るものではなかったら、内田はどうする気なのだろうか。

 

「もし俺たちにとって変えようがないなら、お前はどうするんだ?」

「即座に辞めるという決断をしてないなら、未練がある。ならばまだ何とかなるはずだ」

「でもその理由が辞めると直接言いにいってないだけというのは理由として細すぎるだろ」

「俺は、ハルがどれだけ走ることが好きか知ってるから」

「春?」

 

 その疑問に訝しげな目を向けられて、自分が失言した事にすぐに気付いた。嘘を取り繕うにももう遅く、目を逸らさずにただじっと平静を装う。

 

「……あぁ、鈴木の下の名前だよ。鈴木 春、知らなかったのか?」

「いや、知ってたけど唐突に言われると違和感がある。俺も殆ど下の名前を呼ばれないだろ?」

「……そうか、まあ付き合ってる奴の名前を知らない奴は居ないもんな」

「ちなみにお前の下の名前は本当に知らない」

「そうか、俺もお前の下の名前を知らないからあいこだな」

 

 ふっと目線を逸らされて、ホッとため息をつく。

 まあ上の名前も覚えてなかったのだけど、それを今言う必要はないだろう。

 視線を下にずらすとちょうど足元に石ころがみえた。どうしようもなく全力で蹴っ飛ばしたくなるのを必死に抑える。

 

「俺からしてみればハルは陸上バカだった。いつも走ることばかり考えていて、それに全力で取り組んでいた。だから俺はアイツのことが好きだし、憧れている」

 

 自然にこっぱずかしいことを言っていても、茶化す気分にはなれなかった。

 

「ハルの主柱は陸上にあると俺は思ってる。もしその柱がなくなったとしたらどうなる? ああ、俺は不安なのかもしれない、代わりとなる物を見つけられなかったらアイツがどこかへいってしまう気がして」

 

 はたと何かに気づいたようにこちらを指差して言った。

 

「もしかしたら代わりはお前なのかもしれないな、そうだとしたら少しだけハルと付き合う事になっただけのお前が羨ましいよ」

「そんな深い事鈴木は考えてないと思うけど、俺がそこまで頼れる奴に見えるか?」

 

 寂しげに笑う内田にそう返すと、さらに笑みを深くした。鈴木が陸上バカなら内田は友情バカなのだろう。

 彼は仮定だらけのガバガバな推察に、自分の理想像を押し付けてるだけなのかも知れない。

 けれども俺には内田の行動を、それはお前のエゴだと言えなかった。

 もし和泉がTSしたことで何か諦めることがあったのならば、俺も出来ることがあるならば何でもやっただろうと思えたから。

 

「ならやっぱり陸上部に戻す必要があると思うんだ。俺だけじゃハルを陸上部に戻すことは出来なかった、笠井もはじめは乗る気だったのに今は本人の意思を尊重するって引き下がった」

 

 もう八方塞がりなんだよ、内田は弱々しく呟いた。

 それでも諦めることは出来ず、だから俺を突破口にしようとした、そういう訳か。

 まったく皮肉な話。鈴木が盾としようとしたものさえ足掛かりにしようとしてるとは。

 

「陸上部が陸上競技場を使って練習するのが木曜、日曜だ。部活に復帰するなら次の木曜までに戻らせなきゃ」

「首になると?」

「かもしれない、というか無断で休んでる時点でいつ首が飛んでもおかしくないからな。勝手にTSして一週間まで準備期間で休んでいいとか、競技場練習を3回サボったらクビになるとか陸上部のやつから聞いてるけど、そんなの顧問のさじ加減だ。TSしたことを理由にしたとしても、いつまで持つかはわからん」

 

 だから頼む、力を貸してくれ。そう言って内田は深々と頭を下げた。

 

 彼の選択はここまで正しかった、それが上手くいくかは別として。

 何事もなければ俺は素直に頷いて、不器用なりに協力しながら鈴木に過剰なお節介を焼くこともあったかもしれない。

 

 YES or NO

 後は俺の答え次第のはずなのに、俺の答えが言われることは無かった。

 何故か?

 

 そもそもなんで話す場所をここにする理由があったのかと言う話だ。

 単刀直入に言えばこの話を聞かれてはまずい相手がいたから、故に内田は体育館裏を話す場所として選んだ。

 そして思惑通り心配は取り除かれていたはずだった。

 

 体育館裏、ここに用がある相手はほとんど居ない。

 先ほど告白場所として使われてるのを見たけれども、それもいつものことでは無いだろうし、心配の相手が来る確率はほぼ0に近かったはずだ。

 彼の考え通りここまで人が来ることはなく、この話の最終局面まで誰も来ることはなかったのに。

 

 けれども来てしまったのだ。

 内田の背後からその聞かれてはいけない人物がこの場にゆっくりと、次第に足早に近づいてくるのが俺には見えていた。

 

 今日俺と話すことを知ってきたとしか思えなかった。たまたまやってくるなんて偶然はあり得ない。しかしそれを内田が誰かに漏らすはずもなく、頭の中にぐるぐると疑問が渦巻いていた。

 

 彼女がいつ頃から話を聞いてたのかは分からない、話がひと段落したと見て来たのかもしれない。

 そもそも少し離れたあの場所からは聞こえていなかったのかも知れないし、たまたま体育館裏に通りかかっただけかも知れない。

 けれどもこちらに近づいてくる彼女に迷いはなく、表情に怒りが見えた。

 

 これはもう駄目だと諦観を抱きながら、その接近を内田に伝えることなく、ただ俺は彼女を漫然と見ていた。

 一瞬目があった気がするけど、多分それは気のせいだったのだろう。

 

 頭を下げ続けている内田、無言の俺、もうかなり近づいている彼女。

 内田も何か異変に気づいたのか、ようやく顔を上げた。

 

「……何を見てるんだ?」

 

 無言で内田の背後を指差す。それに従って後ろを振り返り――その顔に鈴木のビンタが炸裂する。

 

 カエルが踏み潰されたような声と痛烈なビンタの音が体育館裏に響き、すぐに掻き消えた。

 不意打ちプラス助走による威力の増加。

 先週和泉から食らったものを思い出し、思わず自分のほおを抑える。

 

「俺抜きで何の話をしてるんだ?」

 

 震える声の端に怒気が見え隠れしていた。

 あまりの強烈なビンタにフラつきながらも、倒れることは許されない。

 鈴木はビンタから流れるように、自分より背が高い内田の胸倉を掴んでいた。

 ふらつく足元を支えるためではなく、ただ話を確認するためだけだろう。

 それを止めることは出来なかった。邪魔をするんじゃないと鈴木が一瞥しただけで、俺の動きを止められていた。

 

「言えないのか? 何で俺に言えない話を隠れてしてるんだ?」

「……言えるさ、ハルの陸上部の話をしてた」

「陸上部を辞めるってことか?」

「あぁ、陸上部に戻る手伝いをしてくれって」

 

 今はこちらから鈴木の姿は見えない、内田の背中に隠れてその声しか届かない。けれども、確かに歯をぎりりと食いしばる音が聞こえた気がした。

 

「何でその話に田中を巻き込む必要があるんだよ!」

 

 ただ一つ、深く楔が打ち込まれる。

 ポツリポツリと草葉を打つ雨の音が聞こえ始めていた。

 




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ありがとうございます

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