そんなこんなで気づいたら12月も半分になってました、なんで?
「何でその話に田中を巻き込む必要があるんだよ!」
俺は傍観していた、傍観するしか出来なかった。
自分の意思ではなく他人の思い通りに動く物でしかなかったから。
内田は胸倉を掴まれたまま、ただ静かに呟いた。
「……俺にはこれしか方法がなかったから」
「だから、だからってお前は! それがどういう意味がわかってるんだろ!」
「当然分かってる、だからここで話してたんだよ」
言い訳もせず、淡々と諦め混じりの言葉を吐く。
それを聞いて鈴木は手を離した。
決して怒りが解けた訳ではなく、瞳には未だに激情の炎が宿っている。
「……分かっていて、それでもか」
「ああ、それでもだ」
「分かってないよお前は……勝手だ、自分勝手すぎる。お前に俺の何がわかるっていうんだ、TSしてないお前が俺の何を分かるっていうんだよ」
「それでも俺は知ってるから、いつもそばで見てたから」
内田の隣を通り越して、鈴木は俺の隣に立っていた。
近い距離、けれども俺がいうべき言葉も見つからず、ひどく遠い場所のように感じる。
『TSしてない』という鈴木の言葉は、俺にも突き刺さっていた。
この五日間、知る機会はいくらでもあったのに、それを活かすこともなく、ただまんじりとしていた結果がこれだ。この様だ。
「そうだな、俺が悪かった」
非を認める言葉、けれどもそれを聞いて内田はしまったという顔をした。
「全部俺が悪かった、中途半端なのがダメなんだ、はじめからはっきりさせとくべきだった」
「ダメだ、それ以上言うんじゃない」
内田の悲痛な声とは対照的に、感情が限界点を超えたのか、ただ平坦な声で宣告する。
ブレーキはもうとっくに壊れていた。
「やめろ、言わないでくれ。俺が悪かったから」
今更何をと彼女は笑みを浮かべた。
とても綺麗だ――俺は場違いながらもそう思ってしまった。
「何を言ってるんだ、結論が欲しかったんだろ?
● ● ●
酷い話だ、酷い悪夢であると信じたいぐらいに。けれどもこれが現実なのだ、どうしようもなく。
俺が話に関わることもなく、勝手に解決する話。これでいいのだろうか、いや良いはずがないに決まってる。
けれども俺はどうすればよかったのだろうか?
答えを教えてくれるものは誰もおらず、静かに雨は降りしきる。
鈴木が言い放った後、場はひっそりと沈黙に包まれていた。ただ内田は口をパクパクさせるだけで、俺はと言えばアホみたいにそれを鑑賞していた。
「それじゃあ、この話はこれで終わりだな。俺はもう帰る」
当然、鈴木にとってこの場所はもう用のない場所に成り果てた訳でスタスタと歩き始めた。
「……あ」
「ちょっと待て!」
俺の声にならない口から漏れた音と内田の声が重なって、鈴木は立ち止まった。
「……なんだよ、俺はもう話すことはないんだけど」
「一つだけ最後に聞きたいことがある」
起死回生の一手を、彼はまだ諦めていないのだ。
ほぼ終わった話なのにもかかわらず。
「手短に、さっさと伝えてくれ」
「ああ、すぐに終わる質問だ」
緊張からか、唇を一度舐めて彼は言った。
「本当にハルと田中は付き合ってるのか?」
どうして彼がその問いに至ったのか。
どうして最後に選んだ質問がこれなのか。
それに答えたところで何がどう変わると言うのか、どちらにせよ言った言葉は変わらない。
「当然だろ」
「お前には聞いてない、俺はハルに聞いているんだ」
鈴木がこの場に現れてから俺が初めて言った言葉は、すぐに遮られた。逃がさない、そんな強い意志が目に現れている。
「それを聞いた所でお前はどうするんだ」
やる気のないセリフ。
それは質問に対する答えではなく、俺と同じ疑問を鈴木も抱いたことを表していて、場の空気がほんの少しだけ変わった様な気がした。
「ハルが来る前、田中と話しててふと思ったんだよ。もしかしたら本当は付き合ってないんじゃないかって」
失敗した、と舌打ちをする。
大元の原因は多分俺だろう。あの時鈴木の下の名前に引っかかったこと、あの時やはり引っかかるものがあったのだろう。
「もし付き合ってないのならば、どうして偽装することになったのか」
鈴木はそれを興味なさげに黙って聞いていた。
「TSした現状に満足していると暗に伝える為だと俺は予想した、そうすることで陸上部に戻らなくても大丈夫だと示すために」
不器用だと俺は思った。凄まじく不器用、それでも俺は推測が正しい気がしていた。
自分を偽って、他者が満足出来る理由を作った。それでも彼は動いたのだけれども。
たしかに彼女が言った通り、中途半端だったのだろう。鈴木にはまだ未練があると見られる土壌があった。
けれどもそれは鈴木が悪い訳ではなく、内田がそこで止まる事を拒否したゆえにだろう。
「考えれば考えるほどそうなのではと思い始めて、今ではどう言われようとも答えは自分の中で固まるぐらいになった。それでも、それでも問いに対するお前の答えをくれ」
内田はまだ、折れていない。
彼に対してなんと答えるのだろうか、そう思って彼女の方を見ると視線がぶつかった。
フッと笑みを返して、彼女は口を開いた。
「まぁ言葉じゃ薄っぺらいもんな」
何か悪いことを考えている、本能がすぐにここから立ち去るべきだと警鐘を鳴らしていた。
それでも俺は動かない、最後までこれを見届けなければならない。
「ほんのちょっとだけ屈め、そんぐらい、それで目を閉じろ」
言われた通りに素直に行動する。
いつも通りの何気ない調子で、そのせいで特に抵抗感もなく。
「じゃあ一回だけだからな」
閉じた視界の中で、少し大きく鈴木の声が響いた。
そして柔らかく、温かいものが唇に触れた気がした。
目を開ければ頰を赤く染めた彼女が眼前にいた。
(もう一人への意趣返しも……な)
内田に聞こえないぐらいボソボソと呟いたその言葉の意味を、俺は理解できなかった。
頭の中にはキスされたという事実に埋め尽くされていたから無理もないだろう。
「内田は満足したか? 俺と田中は付き合ってる」
まあお前がどう思おうが事実は変わらないんだが、そう言って今度こそ鈴木は立ち去った。
その後ろ姿を見送り、内田をもう一度見やる。
「……」
「……」
何も言わずにこちらを見ていた。
返す言葉もなく、俺も黙って見返す。視線をそらしたら負ける、そんな気がした。
男二人、体育館裏でにらめっこ。言葉にすれば面白いのに空気は最悪だった。
「……帰るわ」
「……ああ、また明日」
無言のやりとりを繰り返すことしばし、彼はそう言って足早に去って行った。
ほっと息を吐く。視線そらしたら方が負けなのならば、俺が勝者なのだろう。
けれども勝者の特典もなく、それに相応しいことをした訳でもない。
● ● ●
俺は徹頭徹尾、傍観者であった。
それは揺るがすことのない事実。
とりあえず俺は最後に一つ、確認をする為に歩き出して、そして鈴木がやってきた曲がり角の一歩手前で立ち止まった。
俺とは違い、話を動かし続けてた張本人であろう人。
一つ息を吸い込み声を掛ける。
「和泉、そこにいるんだろう?」
「…………やっぱり君にはお見通しか」
声を出して数秒、うんともすんとも返す言葉は無く。
足を返そうとしたところで、そんな言葉とともに和泉が現れた。
やっぱり、それを見て腑に落ちた。
そうでもなければ鈴木がこの場に現れるはずが無い。
「とりあえず君、ハンカチ」
「……え? なんでハンカチ?」
「……?」
両者かみ合わず、首を傾げる。
「口を拭うよう、かな?」
「え? なんで?」
勘違いしてたことを理解したのか、首を傾げながらも和泉はハンカチをしまった。
「まあ、それはともかく帰ろうか。雨が降り始めてるけど君、傘は持ってきてるのかい?」
「……持ってないな」
「しょうがないなぁ」
経験が生きてないというかもしれないけれども、天気予報は曇りの予定だったのだ。誰にいう訳でもなくそう言い訳をする。
そう言って鞄から折り畳み傘を取り出して、ついと俺に差し出した。
「一個しか持ってきてないから相合い傘だ、忘れたのは君なんだから我慢してくれよ」
「わかってるよ、ありがとうな」
そう言いながら二人並んで歩いていく。
体育館に沿って歩いているうちはまだ傘をさす必要はない。先ほどまでのことを口に出さずに、俺は折り畳み傘を眺めながら現実逃避をしていた。
「これいつも和泉が使ってる傘と違うな」
「前のは壊れちゃったから、新しくそれを買い直したんだ」
二つ持ってたのかと思いきや、そんなことはないらしい。
淀みなくスラスラと答えるのを聞きながら、ようやく俺はどこから話を始めようか考えを巡らせる。
どうしてこうなったのか、和泉は何をしたのか、聞くことはいくらでもあるのだから。
グレーの折り畳み傘がパッと開いた。
まだまだ終わらないよ