俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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20話 善意で舗装された道

 車道を走る車が水溜りを勢いよく突き抜けていく。

 運が良かったと後ろからそれを眺めながら、俺は和泉との会話を続けていた。

 

「いつ気がついたんだ?」

「ん、何に?」

「俺が手紙をもらって内田に呼び出されたことだよ」

 

 どこからどこまでが和泉の術中なのか検討もつかなかった。

 手紙を出したことを知っていたのか、それとも俺を呼び出すだろうと予測していたのか、または――内田をけしかけたのは和泉ならば。

 和泉がそういう風に動けることを俺は知っている、そして合理性ゆえにそういう手段を取りうるだろうということもまた。

 

「君のことだから内田くんをけしかけたのは僕だと思ってるだろう?」

「まあ、な」

「残念ながらそうじゃないんだ、いや一端には関与してるけどね」

 

 折り畳み傘の外へ手を伸ばして、雨止んじゃったかと彼女は呟いた。

 ほんの少し残念そうな顔、俺は黙って傘を折り畳む。言葉通り確かに雨は止んでいた。

 

「君が知らないところで僕はあの二人と話してたんだ、笠井くんと内田くんとね……それで笠井くんの方は説き伏せたんだけど」

「内田は諦めなかったと」

「そう、まさか諦めないとは思わなかったけどね。そうして意図せずして君の方に向かったって訳さ、まあそれは予測していたからカウンターをぶつけることが出来た」

 

 あれは最善の形じゃない、と和泉は言った。

 出来れば君にも鈴木くんにも関与させずに終わる予定だった。

 

 それを俺は黙って聞いていた。言いたいことはあるはずなのに、それは形になる前に霧散していく。

 それらを何とか纏めようと俺は口を開いた。

 

「和泉はどうして鈴木が俺に頼んだんだと捉えてたんだ?」

「……」

 

 考えを纏めようとしてるのか、顎に手を当てたまま和泉は黙り込んだ。

 俺はどうしてそんな問いを出したのだろうか?

 もしかして和泉が何か思い違いをしてるんじゃないかと思ってるのだろうか?

 

「……二つ、有るんだけどね」

「教えてくれ」

「多分これは君が思ってるほうだけど。鈴木君自身、自分がTSしても何ら変わりのないと周りに喧伝する為に」

 

 ピシッと立った人差し指に視線を吸い寄せられながら、先ほどの会話を思い返す。

 内田があの場で至った答えがそれで、俺もそうだと思っていた。自分は現状に満足してるから陸上部を辞めることに何の問題はない。

 わかりやすい理由を作ってあげた、その理由が俺だった。

 

 もう一つ何かあったのか。彼女のVサインを見ても俺は何も閃かない。

 

「もう一つはごく普通の会話をして、ごく普通の関わり方をしてくれる相手が欲しかった。そういう点で見れば君はあまり彼に深い関わりもなく、陸上部にも関わりがないうってつけの人材だった訳さ」

「そうなのか?」

「そうだよ。実際君は十分に役目を果たせたんだ、そして結果としてキスされたんだろう?」

 

 忘れかけていた記憶が蘇って顔が熱くなる、けれどもすぐに俺の体からさっと血の気が引いた。

 あれを、見られていたのか。

 そーっと和泉の方を見やると、恐ろしく冷たい視線が俺に突き刺さった。

 

「ほら、役得役得と喜ぶと良いさ」

「すいませんでした……」

 

 ぺこりと頭を下げるも無視され、慌てて走って追いかける。そもそも俺は謝る必要があったのだろうか?

 

「はぁ……それで聞きたいことは他にあるのかい?」

「じゃああの場面をどうやって確認したんだ?」

「ちょっと時間かかり過ぎだと思ってね、手鏡で覗き込んだら丁度盛ってた最中とはたまげたよ」

 

 そう言って手鏡を取り出して、またしまい直した。

 そういえば前に手鏡を持ち歩くか否かとかいう話をした気がする。

 

「それでこれで解決か?」

「そうだけど何か不満かい?」

 

 不満、確かにこの結末に俺は満足していないのだろう。

 もっと良い進み方が有った筈だと思っているのだ、けれども自分の中にその理想的な解決方法などないのだけれども。

 

「……わからない」

「履き違えちゃいけないのはね、鈴木君の根底にあるものさ。陸上部をやめて欲しくないってのは他の内田君、笠井君の願いだけでしかないんだ、鈴木君は陸上部を辞めようと思っている、これは揺るぎようのない事実だよ」

 

 こんな話、世の中幾らでもあると和泉は言った。

 別に鈴木君が特別可哀想なわけじゃない、ただ世界がそうなってしまったから仕方がないのだ。

 

「仕方がない、か」

「だから君も気に病む必要はないよ」

「俺が?」

「そう、君なら自分が上手く行動できていれば、もっと上手く解決できたのにと思いそうだからね」

 

 思わず苦笑する。やはり和泉は俺のことをよく分かっている、それは付き合いの長さゆえだろう。

 

「そういえば偽装じゃないってキスして証明したけど、これで本当に解決するのか?」

「なし崩し的に自然消滅することになると思うよ? もともと婉曲的に伝えるためだったのに直接辞めると宣言したんだろう?」

「そうか……」

「明日は久しぶりに一緒に昼ご飯を食べようか」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら嬉しそうにそう言った。

 頼まれたのが先週の水曜日、今日が月曜日だから冷静に考えれば一週間にも満たない間だった。

 

「さてもう家に着くけど、今日はオセロやるかい?」

「いや、しばらくオセロはいいかな」

 

 先週ボコボコにされたことを俺はまだ忘れていなかった。

 多分負ける、すでにそう思っている。そんな状態で戦ったら負けるのは確実だった。

 負けず嫌いだからこそ負ける勝負はやりたくない。

 オセロをやりたくない理由にほんの少しだけ違う感情がある気がしたけれど、それから目を逸らした。

 

 

 ● ● ●

 

 

「ただいまー」

 

 鬱屈とした気分を吹き飛ばそうと声を出す。

 いつもより遅い帰宅、多分妹はとっくに帰っているだろう。

 視線を下ろした先にはその考えを裏付けるかのように妹の靴があり、それと並んで見慣れない靴が置いてあった。

 小さい靴。多分妹の同級生のものだろうか?

 

(誰か友達でも呼んだのだろうか、珍しいな)

 

 妹は俺より社交性があって友達も多いものの、家に呼ぶことはほとんど無かった。特に家に呼べない理由があるかと言われれば、特になにもないのだけれども。

 妹に何か思うところがあるのかもしれないが、それを俺が聞いたことはない。

 

 その妹が誰かを呼んだ。

 まあそれならそれで俺は部屋に籠もればいいだけのこと、妹が友達と仲良くするのを騒がしいとか思うほど器が小さいわけでもない。むしろ何かずれ始めてる気がする妹の相手を代わってくれて感謝したいぐらいだ。

 

 それでも別にその友達とやらに直接あって感謝したいわけでもなく、むしろ会わないに越したことはないので足早に階段を登る。

 運がいいのか誰ともエンカウントすることもなく部屋にたどり着いた。

 

 ちらりと妹の部屋の方を見やる、多分そちらにいるのだろうけれども、こちらに話し声は聞こえてこない。

 何をしてるのだろうと思いつつ、扉を開けて――それが閉まることはなかった。

 何かに突っかかったのか、扉はピクリとも動かないのだ。

 扉に視線を送るとドアノブを掴む俺の手があり、それ以外にもう一本白く綺麗な手が扉を閉まることを押し止めていた。

 

「……おかえりなさい、お兄ちゃん」

「……ただいま」

 

 その声が耳に滑り込み、胸が早鐘を打つ。

 数秒の硬直はしたものの、ちゃんと挨拶を返せたことを褒めて欲しいぐらいだ。

 下手なホラーより怖いのは勘弁して欲しいと思いつつ、後ろに向き直る。

 

「今日はいつもより帰りが遅かったんだね」

「まあ用事があったんだよ」

 

 首を傾げながら佇む妹にそう返す。

 納得したのかしてないのか、ふーんと呟いた妹に問いかけた。

 

「いつの間に後ろに回り込んだんだ?」

「トイレから出ると丁度お兄ちゃんの声が聞こえたから、バレないように後ろを追いかけただけだよ」

 

 にしても気配の消し方が素晴らしかったと俺は思う、妹は暗殺者でも目指しているのだろうか?

 

「そうか、とりあえず友達を待たせてるなら早く部屋に戻ったほうがいいんじゃないか?」

「確かに待たせてるけど友達が来ていることをなんで知ってるの?」

「下に知らない靴が有ったからな」

「いいねお兄ちゃん、探偵になれると思うよ」

 

 どうだかと一笑に付す。

 俺は機転が悪すぎる、どちらかといえば和泉の方が適役だろう。

 

「まあ待ってたのはお兄ちゃんだったんだけどね、いつも通りに帰ってくると思ったのに遅いから困ってた」

「俺? なんでさ」

「まーまー、話聞けば分かるって」

 

 そういいながら俺の背中をぐいぐいと押してくる。

 止むを得ず鞄を部屋に置き、妹の誘導に流されるまま進んでいく。

 隣の部屋なので、たどり着くのは一瞬だった。

 

「って、俺も部屋入っていいのか?」

「今日だけは特別だよ、合わせたい子がそこで待ってるんだから仕方ないじゃん」

 

 妹の部屋はいつもなら立ち入り禁止の筈だった。

 妹は普通に俺の部屋を出入りしてるのだけれども、まあそれは男女差というものだろう。

 特に異議もなく淡々と受け入れていた。

 

「さあさあお待たせしまし……あ?」

 

 扉を開け放ってそんなことを宣ったかと思えば、女の子らしからぬ不穏な言葉を残して真っ先に突っ込んでいった。

 何事かと部屋を覗き込むと、丁度妹がツインテールの女の子から写真立てを奪い取った所だった。

 

 久しぶりに見た妹の部屋は、俺に似て必要最低限のものしかない殺風景で、それでいてピンク主体の女の子らしい部屋で。

 写真立てを回収し勝手に漁らないように怒るのを見ながら、俺はどこかで見た既視感を探っていた。

 見覚えのある髪型、彼女が俺に用があるという人物なのだろうか?

 

 その彼女はこちらに必死に助けを求める視線を送っていた。


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