俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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26話 今度は目を逸らさずに

 今の俺に何ができる?

 一人ぼんやりと天井を眺める、その問いはくっきりと鮮明に残っていた。今すぐ何かをやらなければいけないという使命感。

 寝ていても何も始まらないのは確かで、俺はゆっくりと体を起こした。

 

 一人周りを見渡して酷くつまらない部屋だと思った。いつも過ごしている部屋なのに、今はそう強く印象付けられる。学ランから普段着に着替え部屋を出る。目指すべき目的地はすぐ近く、隣の部屋。つまるところ妹の部屋だった。

 

 閉ざされたドアの前で立ち止まり、数瞬の逡巡。向き合う覚悟はあるか、そんな馬鹿馬鹿しい問いが浮かび、すぐさま蹴飛ばした。

 

 ゆっくりと優しく、それでも確実に伝わるように、扉をノックする。ほんの少しの待機。

 けれども返事はなく、一人寂しくため息をついた。

 

「まだ帰ってない、か」

 

 いつもならば帰ってきてもおかしくない時間だけれども、まあ俺みたいに何か急に予定が差し込まれることもあるだろう。

 最後にもう一回扉を叩くも、やっぱり返事はない。

 なら帰ってくるまで待つしかない、自分の部屋に帰ろうとしてふと気づく。

 

 廊下の向こうからチラチラこちらを伺う人影があることに。ひとつ冷静に深呼吸し、問いかける。

 

「……そこで何してんの」

 

 それを聞いた誰かさんはドタドタと足音を残して逃げていった。部屋に戻ることをやめ、すぐさま後を追う。

 逃げようにも響く足音が、彼女の行く先をちゃんと教えてくれていた。

 

 足音に導かれてたどり着いた先は明かりの消えたリビングで、足音はここでプツリと途切れていた。けれども妹の姿はどこにも見えない。

 

 隠れんぼ、ね。

 天啓に近い閃きがあった。それに従っておもむろにいつも食事をとってる机の下を覗き込む。

 

「ほら、みーつけた」

「……む」

 

 膨れっ面しつつも差し出した手を引っ張り、妹を机の下から引きずり出す。

 

「……なんですぐばれたの」

「リビングで隠れる場所っていったら、ここぐらいしかないだろうよ」

「理由はわかるけど、本当はそうじゃないでしょ?」

「まあ、ね」

 

 妹は時々机の下に籠る癖があったことを、俺はちゃんと覚えていた。オセロに負けて不機嫌な時に、悲しいことがあった時に、母さんに叱られた時に、なにやら考え方にふける時に。少なくとも俺にはそんな癖はないから、妹にとって一番落ち着ける場所がそこだということなのだろう。

 俺の返事を聞いて満足そうに頷き、それでも何故か妹は手を離さない。

 

「もしかしてさ、和泉お姉ちゃんと喧嘩した?」

「……和泉が家に入れたのってそういうことか」

「うん、休んだこと心配して、どうしても合わせて欲しいって言うから渋々」

 

 心配そうにこちらの顔を伺っているのを見ながら、俺は何を言うか迷っていた。正しく起きたことを伝えようと言葉を振り絞る。嘘はダメだ、俺がやったことから目をそらしちゃいけない。

 

「喧嘩では、ないな。ただ俺が和泉に対して酷いことしただけだ」

「……ごめんなさい、お兄ちゃん。私のすること裏目裏目ばっかりで」

 

 妹の視線の先には俺の右手があった。

 

「それ、手当てとか何もされてないよね」

「別にしなくてもそのうち治るって」

「ダメだよお兄ちゃん、道具とってくるから席に座ってて」

 

 妹に促されるままにいつもの席に座らされる。大した怪我じゃないのに、それでも見下ろした指先には血が滲んでいた。昨日の怪我なのにまだ塞がってないのは、多分無意識に引っ掻いたりしてしまったからだろう。

 そうこう考えているうちに妹が救急箱を抱えて戻ってきた。

 

「お待たせお兄ちゃん、それじゃちょっと手出して」

「頼むから冷静にやってくれよ」

「わかってるわかってるって、昔も同じようなことたくさんしたでしょ」

 

 不安を他所にテキパキと処置をするのを、俺はただ無言で眺める。何か懐かしい記憶が心を掠めていった気がした。

 

「壊れた写真立て、まだ新しく買い直してないよな?」

「……うん、まだ買いに行く時間作れてないし」

「それなら俺が新しいの買いに行ってくるからさ、買わないで待っててくれないか?」

 

 妹の手の動きが止まる。返事もまた、帰ってこない。

 こちらの様子を恐る恐る伺いながら、妹は口を開いた。

 

「……いいの?」

「まあ、俺にはこういうことぐらいしか出来ないからさ」

「ならできるだけ、うんと可愛いのが良いな」

「写真立てなんてシンプルなものが一番良いと思うんだが、あくまで写真が主役だろ? 主役より目立ってどうするんだよ」

 

 俺がそう持論を語る間に手当てが終わり、妹はすっかり聞き入る態勢に入っていた。

 

「もーお兄ちゃんは分かってないなぁ、全然分かってないよ。例えばね、写真の威力が100だとしてさ」

「写真に威力とかあるのか?」

「そこはなんとなくで流してよ。それでさ、写真立てもありきたりなものなら1だとするじゃん? そうすると100×1の威力しか出ないわけ、でも可愛い写真立てなら50なの、100×50で5000。写真と写真立ての相乗効果で素晴らしさが50倍になったってことだよお兄ちゃん、これで分かってくれた?」

「……わからん」

 

 なんとなくカレーにハンバーグとエビフライをぶち込む、好きなものに好きなものを重ねたら最強理論を思い出していた。

 この理論には穴があり、互いの欠点に考慮してないと言う問題があると常々思っていた。

 ついでに言えば美味しく食べれる量には限界があるということも。

 

 俺の返事を聞いて、妹はやれやれと首を振った。

 

「お兄ちゃんはダメダメだね、それ買いに行く時は私も連れてってよ。多分いつものショッピングモールでしょ?」

「ああ、別に良いよ」

 

 その返事を聞いて妹がパッと笑顔を咲かせていた。

 大体そこに行けばなんでも揃うし、映画も観れる便利な場所。和泉が先週必要なものを買いに行ったのもそこだったはずだし、俺が鈴木と映画を観に行ったのもここだった。

 

 そう思う中、何か一つ大きな違和感があった。何か大事なことから目を逸らした感じがした。

 

「じゃあさ、じゃあさ! もう今日行っちゃおうよ、映画も観てさ!」

「……うん」

 

 気の抜けた返事、頭の中では重大な見落としを探すことに全力を注いでいた。天啓は降りてこない。だからただひたすらに、愚直に、聞いた言葉を、見た景色を振り返る。

 

「今から準備してくるから、ここで待っててね」

「……いや、ちょっと待て」

 

 時間を確認する、まだ日が落ちてない時間。

 合ってるかは行けばすぐにわかる。

 別に今日確かめる必要はないじゃないかという声と、今日行くべきだという声があった。迷ったら行動しろ、もしかして昨日までならば違う答えを出したかもしれないけど、今日出した答えは確かにそれだった。

 

「ごめん、今日は無理だ。ちょっと用事があることを思い出した」

「……そう」

 

 答えに辿り着く為の一つの鍵をようやく手に入れた。いや、そもそもとっくに俺が持っていたはずなのに、使わなかっただけだった。それから目を逸らして知らないふりをしていた。

 そしてこの役に適任なのは和泉ではなく、俺だという確信があった。だから俺が動くしかない、鍵の持ち主は他の誰でもなく俺なのだから。

 

 俺に着地することが出来るだろうか?

 

 そんな思考から現実に目を向けると、妹が露骨に凹んでいた。いじいじ机に指で何やら文字を書いてるが、それが何なのか俺にはわからない。

 

「ごめん、別に嫌なわけじゃないんだ。代わりに週末は開けとくからそうしてくれるか?」

「……約束だよ?」

「ああ、約束する」

 

 出された小指に俺の小指を引っ掛ける。指切りげんまん嘘ついたら針千本と軽く揺さぶって、すぐに切れた。

 

「これからちょっと出かけてくる、晩御飯までには帰るから」

「ちゃんと帰ってきてよね、お兄ちゃん」

「分かってるよ」

 

 その言葉を最後にリビングから出て行く。

 一つ確認の連絡を入れようとして、辞めた。

 その質問にはいと言われるの、いいえと言われるのも、どっちも怖かったから。

 どうにでもなれ、そういう気分だった。

 

 靴をつっかけ、玄関の扉を開ける。

 和泉の言葉通り久しぶりに晴れた空、綺麗な茜色に染まっていた。何となく前途を占ってくれている、そんな気がした。

 

 歩みは次第に早くなり、気づけば走っていた。

 未だ残る迷いを振り切れるように、全力で。

 

 ●

 

 そうしてたどり着いた先で、俺に対して他人のように素っ気なく挨拶をする彼女があった。

 思わず笑う、それは気まずさか、それともまたそれ以外の何かか。

 

 人は弱い、どうしようもなく。だからもしかしたら、どうしようもない間違いをしたのかもしれないけれど、カチンコはもう鳴らされている、止める事は俺には出来ない。

 

「よう、鈴木。元気そうだな」

 

 多分二人ともひどい顔をしてるのだろう、それでもそれを無視して俺は缶コーヒーを差し出した。

 前に差し出されたものとまるっきり同じ物を。

 

「あったのも何だし、ちょっと話をしないか」

 

 少なくとも女の子に頼まれたことを果たせなければ、男じゃないだろう。そんな意地だけが俺をこの場に残していた。

 




週末に予定、ありましたよね

あと4から5話、ちょっとまがあくかもしれないです

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