俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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少し時間を戻して別視点


27話 シーン71

 それは昔、子供の頃に通い慣れた道だった。影法師を追いかけて、前へ前へとゆっくり歩いていく。

 けれども決してそれを追い越すことはできなくて、それでも俺は歩くことをやめられない。

 

 ほんの一瞬だけ、影が以前のように男の姿に見えたけど、それは多分目の錯覚だったのだろう。

 もう戻ることはない、ただ変わったという現実だけを突きつけてくる。

 

 歩く歩く、終わりのない道を一人行く。

 喫煙者がタバコを手放さないように、酒好きがなかなか禁酒できないように、自分もまたこの習慣を変えることができない。

 そして変わった日常と余った時間を費やすために、それを自ら変えようとすることもない。

 

 スタート地点はここだった、ただがむしゃらに走っていたこの場所がそうだった。

 自らの傷を抉ることになろうとも、ここに来れば何か変わる気がした。自分の有り様を思い出させてくれる気がした。

 でもそんなことはやっぱり気のせいで、ただ無為に歩き続けるだけで、そんな自分をどんどん後ろから来る人が追い抜かしていく。

 

 それを追いかけようとすることはない、何くそと思うこともない。全力で走ろうとしても、見たくない現実が足を竦ませるから、だからただ歩くだけ。

 

 自分に何が残ってるというのか、誇れるものなんてもう何もない。ただ外見だけが綺麗ながらんどうの入れ物だけしか残っていなかった。

 

 気分を変えるためにコースを離れる。

 公園を中心に、それをぐるりと取り囲むように走るレーンが設置されている。向かう先はその中心、適当に遊具の近くに設置されたベンチを見つけ、腰掛けた。

 

 手すりに何か、ちょこちょこと小さく動くものが居た。

 背中に赤い二つの星が有るてんとう虫、なんとなくそれを右手に誘導する。

 うまく手の背に乗った星は人差し指を辿って行き、すぐに飛び立つ。それが目で追えなくなっても、じっと飛んで行ったであろう方向を見ていた。

 

 見上げた先は酷く綺麗な赤い空、久しぶりに晴れたいい天気。

 最近の曇天続きで溜まった鬱憤を晴らすかのように、子供は元気にはしゃぎまわる声がする、それを保護者がなだめようと必死になる声も聞こえていた。

 

「お姉ちゃん、遊ばないの?」

 

 ふと幼い声が耳に入ってきた。多分俺に向けた言葉、視線を下ろせば見覚えのない子供がボールを持って目の前に佇んでいた。

 ほんの少しの既視感は多分、お姉ちゃんと呼ばれたことと子供が女の子だったからだろう。

 お兄ちゃん、お兄ちゃんと後ろから必死についてくる声があったことを忘れることはない。

 遊んでいる子供を見れば女の子の方が多く、別に仲間はずれにされることもないのだろう。別に彼女が一人寂しいから俺を誘ったわけではなく、心配してるからこそ声をかけた。それを証明するかのようにハラハラと女の子を見つめる視線がいくつもあった。

 

「いや、俺のことは心配しなくていいよ」

「でもお姉ちゃん、なにか元気無さそう」

「それでもだよ。子供はな、大人の心配をする必要はないんだぞ」

 

 そう言いながら笑顔で子供の頭を撫でてあげる。

 男の頃なら事案確定だっただろうけども、今ならば許されるだろう。そして女の子も笑顔でその手を受け入れてくれていた。

 

「ほら、お前も友達と遊んでこい」

「わかった! お姉ちゃんも元気でね!」

 

 心配そうにこちらを見守る子供達へ女の子を戻し、また思考の海へ一人溺れる。

 もう笑みを取り繕う必要もない、それはただ酷く自分を疲弊させるだけだから。

 自分を偽ることの苦痛さはこの一週間で酷く思い知らされていた。

 

 そういう意味ではあいつといる時間だけは楽だったのは確かで、そして今日休みだったのがほんの少しだけ寂しく思えた。

 

 自分が触れて欲しくないことには触れようとせず、それにわざとらしさも感じさせることはなく。それが自然体なのか、意図してのものなのかわからない。

 一線を踏み越えてこない相手が欲しかった、そういう意味ではあいつは望まれた仕事をきっちりこなしていた。

 

 でもほんの少しだけ、ほんのちょっぴり。

 何かをあいつに期待していた気がしていた。

 

 それが何か探ろうとしたところで夕焼けチャイムが鳴った。まだ空は明るくとも、子供たちは慌てて帰り始めていた。それに合わせてベンチから立ち上がる。別に家に帰るわけではなく、また習慣に戻ろうしてるだけだ。

 

 影法師はすっかり木陰に隠れていた。ゆっくりゆっくり進んでいく俺の隣を、子供が駆け抜けていく。

 歩みは進めど、考え事は進まない。

 同じコースをぐるぐると回るように、俺の思考も同じところを行ったり来たりしてるだけで、ちっとも先へ進まない。

 

 これから俺はどうすればいいのだろうか?

 そんな簡単な質問の単純な答えが、どうしても見つからない。体が女になったからといっても、それでやれることは別に増えてはいないのだから。

 

 そして一周の区切り、0と地面に描かれたところに差し掛かり、足を止めた。

 コースから少し離れた所に自動販売機が有った。

 その目の前でポツンと立っている男が一人、多分買うものを選んでいるのだろう。

 後ろ姿だけなのに、一目であいつだとわかってしまった。

 

 何故ここにお前がいるのか、そしてなぜ家で休んでいないのか、そんな疑問が浮かぶ。

 

 あいつはまだ、こちらに気づいていない。このまま先に進めば多分今日、会うこともないだろう。

 なのに呆然と立ち止まっていたのは、あいつの目的が俺ではないと思いたかったからだろうか?

 それとも逆にわざわざ俺に会いに来たんだと思いたかったからだろうか?

 話しかけて確認すればすぐにわかることだ、それでも俺は確かめようとしなかった。

 

 そうこうしてるうちにそいつはボタンを押し、落ちてきた缶を手にとって自動販売機に背を向けた。

 

 そして視線が交錯する。ピタリと互いに動きが止まったあいつがどう動くのか、それだけを注視していた。

 一日ぶりに見た顔は何故か酷く疲れているように見える。

 一度酷く打ちのめされて、それでも無理やり痛む体を動かしているような、そんな感じ。

 

 ほんと少しためらいが見える足取りは、すぐにしっかりと堂々としたものに変わり、そして俺の前まで来て立ち止まった。

 

「……どーも」

 

 自分がやったものながら、酷く他人行儀の挨拶だと思った。それをあいつは軽く笑い飛ばした。

 

「よう、鈴木。元気そうだな」

 

 そういうお前は酷く弱って見えるけどな、そう思っても口は動かなかった。酷く喉が乾いていく感じだけが残る。

 それを知ったか知らずか、自分のために買ったであろう缶コーヒーをこちらに差し出してきた。

 

「あったのも何だし、ちょっと話をしないか」

 

 自分の好みのコーヒー、それを何故こいつが知ってるのかは分からない。それを聞こうとして口を開けば、出たのは違う言葉。

 

「和泉のまねごとでもしてんのか?」

 

 苦しそうで、痛そうな、そんな複雑な表情。

 それでも缶コーヒーを引っ込めることなく、まだ受け取るのを待っていた。

 

「……俺には和泉のように振る舞うのは無理だ」

 

 その言葉を聞いて、無言で缶を受け取る。

 それを返事と受け取ったのか、スタスタと近くにあるベンチへ向けて歩き出した。話をする代金が120円、高いのか低いのか、それは全くわからない。

 

 ただ俺が今やるべきことは、背中を追いかけるだけだということはちゃんと分かっていた。

 

 三人がけのベンチ、その一番端に座るのをみて、もう片方の端へと腰掛けた。何か言いたげに一つ空いた空間を見やるけどそれを無視してプルタブを引く。

 

「……で今日学校休んだんじゃないのかよ」

「まあ、何というか、本当は調子悪くないんだ」

 

 一息半分ほど飲み干して、投げかけた質問。

 少しだけ考える様子を見せるも、嘘をつくのはやめたようだった。

 ふーんと思いながら、もう一口飲む。

 

「ああ、席あけてるの風邪とか疑ってたのか」

「いや別にそれは関係ないんだが」

「……そうですか」

「お前がサボりねえ、珍しい。まあ本当に調子が悪そうに見えたけど」

「それは鈴木もだろ?」

 

 思わず口が歪む。

 お前からもそう見えるのか、子供に心配されたことと繋げれば、どうやら相当にひどい顔をしてるということだろう。皮肉げに笑う自分から目をそらすのを見て、俺も視線を前に移した。

 

「でさ、お前はなんでここにきた?」

「偶然だよ、本当に偶然さ」

「そんな訳あるかよ、俺が信用すると思ってるのか?」

 

 偶然であるはずがない。

 わざわざベンチまで誘導する時点で、何か目的のある長話をしようとしてるのは見えていた。

 缶の表面に付いた水滴が、地面に落ちていく。

 ジワリと地面に滲む黒い点を足で踏みにじった。

 

「本当に全部偶然だった、俺が先週ここに向かうお前の姿を見たのも、そしてそれを繰り返していることを知ったのも」

「……で俺に会いに来たと」

「そういうことだ」

 

 最後に一気に飲み干し缶をゴミ箱に向かってふわりと投げた。綺麗な放物線を描いて、缶は吸い込まれて行き。

 カランと綺麗な音が響いた。

 

「逆に聞いていいか?」

「答える答えないかはおれが決めるけどな」

「なんで鈴木がここにいる?」

 

 なんで俺はここにいるのだろう。

 酷く単純な質問、それぐらいの質問なら簡単に答えられるだろう。

 

「……暇潰しだよ」

「そっか」

 

 なのにそれを答えるまでに酷く時間がかかって、そんな答えに納得する訳ないと思っていたのに、それでもその言葉を静かに受け入れていた。

 それを見て自分勝手な苛立ちだけが積もる。

 俺の何を分かってるつもりだというのか。

 

「話したいことは色々あるんだ、頼み事とかもあるしな」

「頼み事? まさか内田のこととかじゃないだろうな」

「……違う」

 

 肩透かしの返事、嘘をついてるか見破ろうと顔を見ても全く動じない。

 

「鈴木はさ、俺になんか頼みたいこととかあるか?」

「べつに、お前に頼むなら自分で解決できるだろ」

「まあそうなるよな、俺にものを頼むなんて畑違いだろうさ。それでも頼まれたからにはしょうがないんだよ。そしてお前は俺に付き合ってくれといったから、俺は今ここにいる」

 

 そういうなり立ち上がり、前へ数歩進んだ。

 顔を見ようにも逆光でよく見えず、顔を下に向ける。

 

「そして、これからの話をしよう」

 

 明るいそんな声がした。

 

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