俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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4話 何も変わらない物はない

 時刻は四時間目を終えたばかり。熱心に先生に質問をしにいく生徒にお腹が減ったと食堂に向かう生徒、クラスメイトに話しかける生徒、それぞれが自由に動き出して、クラスに騒めきが一気に戻ってくる。

 

 そんな中、俺はいつものように昼ご飯を食べようとガサゴソと鞄を漁っていた。けれども弁当箱は見つからない。

 なんでだろうと考えると、すぐさま答えに思い至った。そういえば今日は弁当の準備ができてないと妹が言っていた気がする。

 

 チッと舌打ちをする、完全に失念していた。話を聞いたときは途中でコンビニでも寄って、適当に菓子パンを買い込み、いつものように弁当を少し拝借すればいいかと思っていた。そんなことはTS騒動で、すっかり頭から飛んでしまった。

 

 

「どうかしたのかい?」

 

 前の席の住人の不在につけ込んで前の席に座りつつ、和泉が問いかけてきた。

 可愛い。こてんと首を傾げて、目にかかる髪を片手で搔き上げる。ただそれだけのことなのに、こいつにかかればそんな単純な仕草ですら絵になる、本当にずるいじゃないか。

 

 俺には可愛いとしか言えないが、そこまで語彙力がおちるのも無理はないはずだ。街中で10人に問えば、間違いなく10人が美少女と答えるだろう。

 

 だが何故だろうか? TSしたにもかかわらず、俺には胸と声、さらに少し背が縮んだ以外、前となにも変わっていないように見えていた。

 

 女の子と間違えられることもあったほど、それこそファンクラブが作られるほどに可愛かったせいだろうか。

 金髪ツインテールに激変した鈴木と比べると、それこそ雲泥の差だった。

 鈴木と和泉、なにが違うというのだろう。素材が良ければ調節する必要もないということか?

 まったく、違和感なく接せれるのはありがたいことだけれども、こんな時ですら生まれ持った顔面偏差値の差を思い知らされるとは、夢にも思わなかった。

 

 そんなことを考えながら、俺はまじまじとあいつの顔を見つめていた。

 当然視線は真っ向からぶつかるわけで、気恥ずかしさに負けたのか、和泉はさっと視線を逸らした。

 こちらから見えるのは横顔だけだが、少し頰と耳が赤らんで見える。そしてぼそりと呟いた。

 

「そんなにじっと見つめられると、僕も恥ずかしいのだけれども」

「あーいやすまん、悪気はなかった」

「なんか気になることが?」

「逆だ、全く何も見つからないんだよ、それ何か変わったのか?」

 

 顔の質問である。和泉自身の顔を指差すのをみて、うんうんと俺は頷いた。それを確認して気を取り直したのだろうか。ごほんと咳き込んでから、あいつはニヤリと笑った。

 

「僕自身1つだけ気づいたことがある」

「何だ?」

「少しは予想してみたまえよ」

「そう言われてもわからないもわからない、さっさと教えてくれ」

「まったく……聞いて驚くなよ? 一重が二重になっていた、どうだい凄いだろう?」

「そんなのわかるわけないだろ!」

 

 満面の笑みで威張ってくる割には、本当にどうでもいいことのように思えた。

 それこそ本人しかわからないことだろうに。それでも和泉にとっては素晴らしいことのようで、笑顔が崩れることはない。さらに鞄を指差して言った。

 

「まあ冗談はそこまでにして、鞄をひとしきり漁っていたところを見るに、弁当を持ってくるのを忘れたものと予想するけど」

「正解、まあ弁当を忘れたわけじゃなくて、コンビニで買っていく予定を忘れたんだけどな」

「どっちも同じことだよ……今日は僕も弁当を作る時間がなくてね、ならば学食でも行こうじゃないか」

「そうするか」

 

 よっこらせと立ち上がりながら、ふと思いつく。鈴木も誘って見るか。あいつもだいたい学食だった気がするし。

 キョロキョロと辺りを見渡すがなかなか見つからない、もう先に行ってしまったのだろうか。

 

「なあ、もう一人誘っていいか?」

「ん、委員長と言うわけでもないし、鈴木くんの方か」

「あんなやばいやつを誘うわけがないだろ……あいつも学食だったし、丁度いいと思って」

「彼ならとっくに向かってたよ? 授業終わってすぐに」

 

 なら仕方ない、まあもし運良く近くの席が空いていたのならば、ご相席させてもらうことにしよう。そう思いながら二人揃って食堂に向かって歩き始めた。

 

 歩き始めて、すぐにあいつは口を開いた。

 

「おい、君」

「どうした?」

「もうちょっとゆっくり歩いてくれないか?」

 

 慌てて立ち止まる。俺の背中をポンと叩いて、その隣を通り過ぎ、前へと進んで行った。そうか歩幅も変わったということか。いままでは合わせることをしなくとも、そこまで気になることはなかった。今日の通学の途中も駆け足だから気づかなかった。

 しかし、その時から俺にとっては何気無くとも、和泉にとっては割と負担になっていたのかもしれない。

 

 170センチと169センチ、今はどのぐらいの差になったのだろうか?

 足元を見やれば、ズボンを踏まないように裾をクルクルと巻いていた。腕を見やればうまく着こなしてはいるが、萌え袖になっていた。

 改めて確認すればボロはいくらでも出てくる。なのになぜそれに今まで気づかなかったのか。

 胸に気を取られていたからか? いや俺はそんなおっぱい星人ではない。

 認めたくなかったのかもしれない、あいつがTSしたという事実を。

 

 立ち止まったままの俺を、前を行く和泉がくるりと振り返って怪訝な目で見つめていた。

 

「ん、どうかしたのか?」

「あぁ……いや何でもない」

「ならぼーっとするな、昼飯食べる時間も限られてるんだ、早く行こうぜ」

「すまん、すぐ行く」

 

 慌てて後を追う。やはり俺は普段どおりなどとは程遠く、冷静さを著しく欠いているようだった。

 

 

 ● ● ●

 

 

 高校の学食のラーメンというものは、えてして美味しくないものだ。我が校も同じように美味しいとは言えないものだったが、その代わりに量で補っている。そこまで味に頓着してなかった俺は、量という視点だけでそれを選んだ。

 和泉は無難にきつねうどんに、それだけで足りると思わなかったのかシャケおにぎりも選んでいた。

 

 食堂は特に混雑しているというわけではなかった、ただ鈴木との相席はできそうになかった。どこにも姿が見当たらなかったのだ。もしかしたら食堂以外の所へと向かったのかもしれない。

 

「もう聞いたかい? いつになるかは知らないけど、学食で新メニューを考えるって話」

「聞いた、男が大幅に減ってニーズが変わったからってな」

「まあ今まさにそのラーメンを頼んでるの、君ぐらいだしね」

 

 その言葉に苦笑する。

「TSして胃袋も小さくね……それ食べきれそうか?」

「うどんだけでお腹いっぱいになりそうだよ、おにぎりもらってくれないか」

「ほいさ」

 

 新メニューはどうなるのだろうか。噂ではヘルシー路線にいくとか、ご飯抜きのヤサイマシマシメニューだとか、欲望に張り切ってデザートに力を入れると言われていた。

 ラーメンはそれらにとって変わり、メニューから消えるのかもしれない、ふとそう思った。

 特に思い入れはなかったけれど、そうなるとこのラーメンを食べる最後の機会になるのだろうか?

 

「まあ美味しくないし消えてよし」

「胡椒いる?」

「お、サンキュー」

 

 こういう時の長い付き合いはありがたい。一言から求めてる事を一瞬で読み取り、それに適した行動をできる。

 胡椒を受け取り、味を変化させようとラーメンに振りかけてかき混ぜた。

 

「ティッシュ」

「おう」

 

 何も言わずとも読み取られる。胡椒が鼻を刺激していた、はっきり言ってかけすぎだ。その代償に比べて、ラーメンの味はちっとも美味しくなっていなかった。

 

「ちゃんと食べ切りなよ」

「当然」

 

 あとは黙々と食べ進むだけ。音を立てずに器用にうどんを食べるものだな、様子を見ながらそう思った。それに気づいたのか突然立ち上がり、びくっとする。

 

「ちょっとトイレに行ってくる」

「お、おう」

「TS用のトイレは学食になかった気がするし、遠くに行くからちょっと遅くなるかもしれない」

 

 お、うんこか? とは流石に冗談でも言えなかった。周りからセクハラ野郎とみられる事は必至だ、もう手遅れかもしれないが。

 

 

 TS用のトイレ、男子トイレを性転換したものが使うのは少し厳しい。元男といっても完全に性別が変わっている。つまり、小さい方の用をたすものは使えないという事だ。当然限られた大便器はすぐに埋まり、混雑を引き起こす。

 さらにはTSした者を狙い撃ちにする犯罪者が出たことが、世間的に使用禁止になる後押しになった。

 

 さて、それでは女子トイレの方を使えばいいじゃないか、そういう話になる。しかしそうは問屋がおろさない、今度は女性優遇団体が声をあげた。元男が使うのは精神的に気持ちが悪いと。無論それが女性の意見の大部分というわけではない、むしろごく少数派だった。

 それでもその意見が通る、通ってしまったのである。結果として、女子トイレの一部をTS用に分けたのが今の流れだ。

 

 ただTSであることを隠して、女子トイレを使うものも当然いた。ちゃんと意見にしたがうのもアホくさいという訳で、そうだと疑われてもT()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それでも和泉は律儀にそのルールに従うことにしたらしい。遅くなるようならメッセージを送るといって、去っていた。

 

 そうして無駄に量の多いラーメンとおにぎりと俺だけが残された。なんでこれにしちゃったんだろうと後悔しながら箸を進める、胡椒味しかしないのがまたきつい。

 もう二度と食べることはないだろう、ひいひい言いながらも、それを完食して誓った。

 

 あとはおにぎりだけだった。どうするか、今すぐ食べるべきか。美味しく食べれる自信はなかった。あいつが帰ってくるまで少し置いとくことにしよう。

 

 そう考えていると、何やら騒いでいる声が耳に入ってきた。

 そちらに視線を送ると鈴木と他の二人が、つまりいつもの仲良し3人組が、食堂の入り口で何やら言い争っているのが見えた。

 


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