俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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5話 飛んで火に入る夏の虫

(おーおー、ようやってんなぁ)

 

 おにぎりの包装を弄びながら、そちらに視線を送る。

 食堂の出入りの阻害をしつつ、その三人組は今なお激しく口論繰り広げていた。

 食堂にくるには明らかに遅すぎる時間だった、もしかしたら他の場所でも同じようなことをしていたのかもしれない。

 ぱっと見るに鈴木と内藤……だったか、その二人が何やら揉めているらしく、その周りを笠井という生徒が止めようとしているように見える。

 喧嘩の原因は何だったのだろうか? ここからは少し距離が遠すぎて、上手く聞き取れそうにない。

 

 それから目をそらして、知らんぷりするのが一番利口だったのかもしれない。けれども気にかけてくれと先生に言われたこともあって、俺は一瞬どう動くかをためらった。

 仲裁するにしてもその騒動の理由が何なのかわからなかったし、それがわからないまま自分がそこに割り込んだのならば、無駄な軋轢をうむかもしれない。

 自分が動かなくても、その3人で話し合うことで解決する問題なのかもしれない。もしそうならば俺が無駄に動く必要はないだろう。

 

 動かない理由はいくらでも思いついたけれども、俺はその騒ぎから目を逸らせなかった。傍観するにしても動くにしても中途半端だった、和泉がここにいたのならば速攻で割り込んだだろうに。

 

 そうこう考えているうちに埒があかないと見たのか。鈴木は話を切り上げて、食券機の方へと向かう様子を見せた。

 それに逆上したのは内藤だった。すぐさまその背中を追いかけて、背中をドンと押した。

 

 不意を突かれて背中を押されたならば、当然よろける。

 転ばせる気なんてなかったのかもしれないが、TSして女の子になった後だ。体格差もあり結果として鈴木はこけた。

 ただ顔から落ちるほど運動神経が悪いわけでもなく、器用に半回転して尻餅をついた。

 

 

(流石にそれはまずいだろ)

 

 それを見て踏ん切りがついた、おにぎりを片手に立ち上がる。もうどうしようもなく拗れてしまったんだろう、もう3人だけで解決できるとも楽観はできなかった。

 

 ただそれ以上手を出すこともなく、内藤はぼーっと突っ立っていた。まさか転ぶとは思っていなかったのかもしれない。食堂に騒めきが広がってはいたが、それ以上ヒートアップすることもなかった。

 

 

「何も手を出すことはないだろ!」

「……ちょっと驚かせる気で、まさか転ぶとは思ってなかったんだ」

 

 そんな声が入り込んできて、その考えを裏打ちしてくれた。ただそちらに近づくより、いまだにへたり込んだまんまの鈴木へと話しかける。

 

「おい大丈夫か?」

「あぁ……田中か、食堂にいるのは珍しいな」

「まあ色々事情があって」

 

 立ち上がりやすいように手を差しのべると、それを掴んでひょいとすぐさま立ち上がる。昨日一言だけ喋っているのを見たが、やっぱりその声はTS前の鈴木のイメージとは違って、少し笑いそうになる。

 けれども笑った時点で話がさらにややこしくなるのはとっくにわかっていて、俺はそれを必死に堪えた。

 

 丁度位置関係的には鈴木、俺、二人組の並び。硬直した二人に対して問いかける。

 

「突然押し倒すなんてやりすぎじゃないのか、どうしてそんなことをした?」

「それは……」

「……」

 

 口籠る二人、内藤はともかく笠井の方まで言えないとは思っていなかった。必然的に説明できるのは一人だけということになる。振り返って彼女の様子を伺う。

 鈴木は俺の学ランを掴んで、ガッチリと俺を防壁としていた。

 

「なあ鈴木……ん」

 

 途中で遮られて、自分だけ聞こえるように囁かれた。

 

(とりあえずこの場から逃げるために協力してくれ、保健室まで連れて行くと行けば流石についてこないだろ)

 

 ブンブンと縦に頷く、話す途中で口封じをされた。

 ただ人差し指で口を塞ぐとかいう甘い方法ではなく、がっちりと頰を鷲掴みするという方法であったが。

 そういうところで外見は金髪ツインテ美少女であろうとも、性根は男であり、あの鈴木であるということが思い知った。

 

(そうか、いけ)

「ひょうかいしまひた」

 

 パッと手を離されて、二人の方へと向き直る。

 

「ちょっと足を挫いたそうだから俺が保健室まで連れて行く、それでいいか?」

「でも!」

「今食堂まで来たってことは、まだ昼食べてないんだろ? 腹が減ったまま冷静に話し合えるとは思わないけど」

 

 仕切り直しの提案、予想に反してその意見に賛成したのは内藤だった。

 

「……わかった」

「……」

 

 あいつのその言葉を皮切りに、渋々と笠井も俺の隣を通り過ぎて、食券機の方へと向かっていく。

 

 通り過ぎる時にこちらをじっと睨まれた。おいおい、俺は悪いことをしてないだろ? むしろそっちじゃないかと笑いそうになるも我慢した。美徳である。

 二人がいったのを確認して、その移動に合わせて俺を壁にしていた鈴木へと振り返る。

 

「じゃあ保健室行くか」

「……おんぶしてくれないか?」

「……は?」

「本当に足を捻った、上履きのサイズあってないんだからしょうがないだろ」

 

 はぁと溜息をつきつつ、おにぎりをそいつへと渡す。

 

「ん、くれるのか?」

「いや別にあげてもいいけど、それもってたらおんぶできないだろ? ほら、のれよ」

「本当にしてくれるのか……よっと」

 

 しゃがみこんだ背中に負担がのしかかった。予想よりはるかに軽くて、何か期待外れだった。何を期待してたのかは思い出せなかった、なんだったのだろうか?

 

 

 

 食堂と保健室はどちらとも一階だからそこまで遠くはない。ただ昼休みだからか人は多く、それなりに好奇の目に晒される。

 

「これ、めちゃくちゃ恥ずかしいな……」

「お前がやれっていったんだろうが……」

 

 すぐ首の横から気恥ずかしそうな声が囁かれる。俺が首を下げて下を見てる分、余計に目立つのだろう。下にいる普通の男と、おんぶされていてなかなかに見栄えのする女の子。どちらを見るかと言われたら当然上に決まっている。

 モジモジしていたかと思えば、突然ジタバタと暴れ始めた。

 

「もう下ろせ!」

「足ひねったんだろ!じっとしてろ!」

「もうすぐ近くだから歩いていけるだろ!」

「もう少しぐらい我慢しろ!!」

 

 

 

 そうこう騒いでいるうちに保健室にたどり着いた。

 扉を片手で開け、中に入り込む。担当医の姿は見えない、昼飯を取りにでもいってるのだろう。

 

 とりあえず適当なイスの近くで鈴木を下ろす。どっと疲れがでた、もっとおとなしく運ばれてくれれば楽だったのに。

 

「そういえばなんで食堂にいたんだ? 昼はいつも和泉と弁当だったきがしたけど」

「色々あって両方とも弁当を忘れたからな、あいつもTSしてな」

 

 ふーんとそれにはどこか興味なさげだった。

 

「ということは和泉も食堂にいたのか、あいつはどこにいった?」

「丁度トイレに行ってて、俺がラーメン食べてるだけだったよ」

 

 あぁ、ラーメンの皿片付けるのを忘れていた。心の中で食堂のおばちゃんにごめんなさいと謝った。和泉にもメッセージを飛ばさなきゃいけないだろう。

 

「このおにぎりもらっていいか?」

「自分はお腹いっぱいだからいいよ、保健室って物食べていいんだっけか?」

 

 ぐるりと辺りを見渡せば、すぐに飲食禁止のポスターが見つかった。それを見て彼女はチッと舌打ちをした。

 

 そんな鈴木の様子をぼーっと眺めていた。どこから話をつけるべきだろうかとか、なかなか思考がまとまらない。

 

 

 ゆえに思考は超躍する、突拍子もなく先ほどの期待はずれの意味を閃いたのだ。

 

 胸がないのだ、まさに絶壁。彼女はこちらが悲しくなるほどまな板だった。

 

「悲しいなぁ……」

「なにみてんだよ」

「いえなんでもございません」

 

 殺気を感じさせるほど冷たい目で睨まれていた、慌てて目をそらす。

 いけないいけない。露骨な視線はよくバレると女の子の視点から見て気付くようになったと、TSした男の子インタビューにも書いてあった気がする。和泉にも嫌われたくなければ気をつけなければならない。

 今は和泉の方は関係ないだろうと首を振る。どうして喧嘩になったのかということだ。

 

「どうして内藤と言い争ってたんだ?」

「内藤ってだれだ?」

「いや、お前を押し倒したやつのことだよ」

 

 少し考え込んで、すぐに鈴木は破顔した。

 

「ハハッ……内藤、内藤かフハッ」

「何がおかしいんだよ」

「あいつの名前は内田だよ、内っていう漢字以外全然違うだろフフッ」

「うろ覚えだったからしょうがないだろ……笑いすぎるなよ」

「もう一人の方の名前は覚えてんのか?」

「笠井だろ」

「なんで内田だけ内藤なんだよ」

 

 しばらく笑った後、涙を拭って彼女はいった。

 

「理由、理由か……それはいえないな、申し訳ないけど」

「それで解決できるのか、お前達だけで?」

「お前がいたところで解決できるとも限らないだろ? お前は和泉じゃないんだし」

 

 詭弁だな思った、ただ言いたくないだけなのだろう。だから俺じゃなくて和泉がここにいたとしても、多分いう気はないのだ。

 

「まあいい、なんか手助けできることがあったらなんでもいってくれ」

「……なんでも? 今なんでもっていったな?」

 

 和泉を比較にだされて、俺は少し動揺してたのだろう。

 だから思わずそんな事を口にしてしまったのだ。すぐさまその言葉を取り消そうとしたけれど、それを許さない雰囲気が鈴木にはあった。

 

「なに、そんなに難しい事じゃないんだ」

「……話を聞くだけのことはしてやる」

 

 用心深いなと、また笑い声をあげた。

 

「簡単さ、とっても簡単なことだ、お前今彼女いないよな?」

「いるわけないだろ」

 

 生まれてこのかた、彼女が出来たことはない。

 特にイケメンでもなく、いたって普通の顔。隣に和泉がいれば、そちらに惹かれてくのは当然の流れだ。

 TSが広がり、女性が増えようとも、俺に回ってくるパイができることもなかった。

 

 その質問で嫌な予感は増してきていた。特大の爆弾が落とされる、そんな予感。今すぐ保健室から逃げ出すべきなのだろう。でもこんな日常を変える機会を逃すべきだろうかと、心の中で囁く声が聞こえた。

 ゆえに俺は動けなかった、いや動かなかった。

 

 

 

「ちょっと俺と付き合ってくれないか?」

 

 かくして爆弾は落とされた。

 

 


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