俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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6話 サイコロを振るのは誰?

「その付き合うってのはつまり、男女のあれそれってことだよな?」

「そ」

 

 それを聞いてごくりと唾を飲み込む。

 どうしたって俺は男ということに変わりはなかった。こんな美少女に付き合ってと言われれば、多少なりとも興奮はする。例えそれが元男だとしても、だ。

 ただ、どうしてその選択肢として俺なのかが分からなかった。偶々なのか、それとも俺でなきゃいけない理由があるのだろうか。

 そしてなんで付き合う必要があるのか、そもそも男と付き合うことに対して元男として抵抗感はないのか。

 そんなことを聞こうとした、したつもりだった。

 しかし俺の意識とは違い、勝手に口は動いていた。

 

「(おおよそ異性に言うべきではないと思われる言葉)」

「うわ、きも」

 

 俺が何を言ったのか、一瞬自分自身ですらよく分からなかった。鈴木が心底気持ち悪そうに腕をさすってるのを見て我に帰り、慌てて何を言ったのか思い出そうとしたが、やっぱりよく分からない。

 

 多分和泉と同じようにキスしてくれませんか? とか聞いたに違いなかった。それは不味いだろう、すぐさまぎこちない笑顔で取り繕う。

 

「ちょっとした冗談だ」

「すごい冷や汗ダラダラだぞ、お前……」

「……」

 

 逆鱗に触れた訳ではなかったらしい。

 雰囲気が悪くなりかけるも、先に話を進めるべきだと見たのか、鈴木はまた話し始めた。

 

「乗る、乗らない、どっちだ?」

「それって男と付き合うと見られて、お前は変な目で見られたりしないのか?」

「別にそれは問題ない、というか見かけ上の付き合いってことで、キスとかの本当の関係は無しだ」

 

 それを先に言えと心の中で叫んだ。偽装カップルね、なるほど、そんなうまい話そこらへんにあるはずがない。

 

「それって俺にメリットなくないか?」

「でもデメリットもない、だろ?」

「ちょっと考えさせろ」

 

 鈍く痛み始めた頭を揉みながら考え込む。

 その話はあの2人と直接繋がる話なのだろうか? 対象を男ととるならば2人とも候補になりうる。だが話を振る相手は俺だった、つまり2人じゃダメな理由があるはずだ。

 

 例えば2人から告白されたとかどうだろう。

 2つ選択肢がある、両方とも断るか、どちらかを選ぶか。片方を選んだ時点でそのグループがぶっ壊れることは必至だ。

 2人とも断ったらどうなるか? わからない、うまくいくかもしれないし、結局ギスギスするかもしれない。必要なのは恨まれ役なのだ、結局誰かがそれを引き受けるしかない。

 ならば第三者たる俺を選んでみるとどうなるか、2人を等分に傷付けながらも、3人仲良くやっていける可能性はある。あいつが悪い、あいつさえいなければというよくわからない連帯感によって。

 それが一番うまくいくのかもしれない、俺が2人から恨まれることを除けばだが。

 

 そこまで考えて考えを止める。本当にそうだろうか、 証拠はあるのか?

 情報が足りなすぎる、決定付ける証拠は見当たらないのが現実だった。自分が一番可能性が高いと思えるこれでさえ、確実ではない。

 

 結局何があって、そのお願いにつながったのはわからない。

 

 

「もう1つ条件がある。俺がもう良いというまで、もしくはお前がTSするまではそれを続けてほしい」

「それはまた……今すぐ決めなきゃいけないのか? 考えを保留することは?」

「無理だ、今決めろ」

 

 出来ればあいつに相談したかったがしょうがない、俺は深くため息をついた。

 

「……だめか?」

 

「出来れば断りたかったが」

 

 

 多分、面倒ごとになりそうだという予感がした。それでもなんとなく放って置けなかった、相手が美少女だというのも悪いのだろう。

 

 それとも、俺は日常がこれを機に変わってくれることを、心の底で願っていたのかもしれない。

 

「朝の缶コーヒーのお礼もある、あんまり了解したくなかったが……これからよろしく」

 

 俺が目の前に差し出した手を惚けて見つめていたが、慌てて手を掴んで笑顔を咲かせた。

 

「サンキューな!」

 

 

 すこしぐらりときた。

 落ち着け、こいつは元男だぞ。

 

 ブーッブーッとポケットにいれたスマホが振動するのに合わせて飛び上がる。そうだ、和泉に連絡するのを忘れていた。

 慌てて未だに握りっぱなしだった手を離す。

 

「すまん、和泉待たせっぱなしだったから戻るわ、ゆっくりここで保健医をまってろ」

「時間取らせてすまんかった、じゃああとはよろしく」

 

 その言葉に返事をすることなく、慌てて保健室から飛び出した。

 

 

 

 飛び出して直ぐに、俺は立ち止まることになった。自分を待っているだろう人が、直ぐそこにいたから。

 何故か食堂ではなく、保健室の前であいつは待ち構えていた。

 

「それじゃあいこうか?」

「……いや、なんでここにいるんだよ」

 

 その言葉に、なにを当たり前のことを言ってるんだいと和泉は首を傾げた。

 

「そりゃあ君、女の子をおんぶしながらいちゃいちゃしてたら、当然悪目立ちもするだろうさ」

「あれを見られたか……」

「だから直ぐ後を追って保健室まで来たというわけさ」

 

 確かに目立っている自覚はあったが、いちゃいちゃしていたとみられるのは少し心外であった。

 

「すこし事情があってやむをえず、な」

「そう、そこなんだよ」

 

 ぴっと指をさし、真面目な顔をして和泉は言った。

 

「つまるところ、僕がいない間になにがあったのかを全て聞きたいんだ」

「またそれか」

「そりゃ気になるに決まってるさ、あれは過程がぶっ飛びすぎだろう」

 

 情報中毒者め、そう呟く。

 それが完璧に見えるこいつの数少ない欠点だった、無闇矢鱈に知りたがるのだ。いつまでたっても好奇心は尽きず、その度に振り回されて来た。

 

「少し長くなるから後にしないか?」

「でも僕に相談したいことがある、それはあってるだろう?」

「まあな」

「なら早く喋った方がいいんじゃないか?」

 

 だって時は金なりだから、そう言ってあいつは笑った。

 こうして和泉に教室に帰るまでの道すがら、一通りあったことを話したのだった。

 食堂での3人の喧嘩、保健室でのお願い、それを了承したこと。

 

 

 それを全て聞き終えて、開口一番にこういった。

 

「やっぱり君は底抜けに馬鹿なんじゃないかな?」

「なんでだよ」

「偽装カップルのことは秘密にするべきなんじゃないのかな?」

「あ」

 

 俺の反応を見て、あいつはふふっと笑った。

 

「まあいい、僕を信頼してる証と捉えようじゃないか、それは秘密にしといてあげよう」

「悪い、そうしてくれると助かる」

「だけどもう1つある。食堂での3人に割り込んだまではいい、僕も最善に近い行動だと思う。ただ保健室のそれは頂けないな」

 

 そう言って指を1つ立てた。

 

「決めるのが早すぎるし、相談するなら僕に電話を掛けるなら出来ただろうに」

「たしかに、それはそうだ」

「そして一番のネックはその別れる条件というやつさ」

 

 とんとんとん、と一段飛ばしで階段を駆け上がる。ズボンだからパンツが見えることもない、今は女物では無く男物をつけてるかもしれないが。

 そう考えるとブラジャーとかどうしているのだろうか?

 そんなことを考えてる俺を、あいつは見下ろしながら言った。

 

「鈴木くんはいつまでそれを続けるのか明言しなかったね」

「あぁ、でもまあそんな長くならないだろ?」

 

 偽装の付き合いは抱えている問題ごとに関係してるのだろう。それがいつ解決するかはわからないが、多分そんなに長くならないはずだ。

 

「それ、いつ別れることになると思う?」

「え? そりゃあ問題が解決するまでじゃないのか?」

「鈴木くんはそう言ったかい? もういいと言うまでとしかいってないだろ?」

 

 その言葉が胸にすとんと落ちる、確かに問題が解決するまでとは言ってなかった。

 

「いや、でもまさかそんな」

「さらに言えば君がTSするまでと決めてるから、それがその裏付けになるね

 彼、いや彼女か、鈴木くんはね。

 その問題が解決することは難しいと見てるんだよ。もしかしたらサラサラ解決する気はないとかもしれない。

 とりあえずの時間稼ぎができればいいやぐらいでね

 だからこのままだと君は別れることはできないし、他の彼女を作りたかったら、早くTSする事を祈るしかできないんだ」

「……は?」

 

 本当にありがたくない宣告だった。

 したいしたいと言い続けて今まで出来ていなかったのだ、俺はいつTSするのかは全く予想が付かない。

 

「でも彼女が出来ないぐらいなら別に」

「その間カップルの振りを続けることはさぞ大変だろうね、ボロが出たらどうなることやら」

 

 どうやら良からぬことが起きると見てるらしい。次第に喉が乾き始めていた。

 

「今すぐ別れると言いにいったらどうなる?」

「うまくいかないと思うよ? 素直にうなづくとは思えないな、今すぐ決めろなんて言うぐらいなんだから、それぐらい事を急いでたのかもしれない」

 

 第一案却下。遠回しに付き合ってることを有名無実するのはどうか。

 

「クラスで本当は付き合ってないって広めたらどうなる?」

「人の心を弄んだのかって、みんなからハブられそうだね」

「でもそれを持ちかけたのはあいつだぜ?」

「君と鈴木くん、どっちの言葉の方が信憑性あると思う? 」

 

 第二案却下。

 別れるのは無理、なら俺はどうすればいいのか?

 明日明後日にTSする事を祈るのは現実的ではない、では物事の根本を解決するしかない。

 

「つまりその問題ごとを解決すればいいってことか」

「大正解さ」

 

 問題ごと、それも単純に解決しないと予想されてることだ。自分1人じゃ簡単に解決できないだろう。

 ちらりと和泉の顔を伺えば、あいつは俺の顔を見ながら悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 俺がしなきゃいけないことがわかっていて、それを選択すると予想もついてるのだろう。

 だから素直に和泉に頭を下げた。多分1人じゃ解決できない話だ、自分の力を過信するほど自惚れてない。

 

「すいません、ちょっと手伝ってくれませんか?」

「でも問題ごとがなんなのかわかってないし、どれぐらい手間がかかるかわからないから遠慮したいな」

「そこをなんとかお願いします、和泉様」

 

 どうしようっかなーとおれの暗い気持ちと対照的に、なぜか嬉しそうな様子だった。

 

「うん、それが解決したら一つお願い事を聞いてもらおうかな」

「簡単な事ですよね? 付き合うとかハードな内容ではないですよね?」

 

 同じ轍を踏む訳には行かなかった、さっきの経験が痛すぎたから。しかしその言葉を聞いて、ピシリとあいつの動きが止まった。

 

「……」

「和泉さん、まさかなんかひどいこと考えてたりしませんよね?」

「ま、まさかそんなことあるはずないだろ、君」

 

 目を合わせようとすると、露骨に目を逸らされる。なんかろくでもないこと考えてたな、こいつ。

 

「まあ程よいお願いは僕が後で考えとくよ、ハハハ……」

「本当にお願いしますよ」

「善処するさ」

 

 多分一番楽で丸く収まる解決策は今すぐTSすることなんだろう。

 どこにいるかもわからない神様に、俺もTSさせてくれと心の底から祈った。


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