「その付き合うってのはつまり、男女のあれそれってことだよな?」
「そ」
それを聞いてごくりと唾を飲み込む。
どうしたって俺は男ということに変わりはなかった。こんな美少女に付き合ってと言われれば、多少なりとも興奮はする。例えそれが元男だとしても、だ。
ただ、どうしてその選択肢として俺なのかが分からなかった。偶々なのか、それとも俺でなきゃいけない理由があるのだろうか。
そしてなんで付き合う必要があるのか、そもそも男と付き合うことに対して元男として抵抗感はないのか。
そんなことを聞こうとした、したつもりだった。
しかし俺の意識とは違い、勝手に口は動いていた。
「(おおよそ異性に言うべきではないと思われる言葉)」
「うわ、きも」
俺が何を言ったのか、一瞬自分自身ですらよく分からなかった。鈴木が心底気持ち悪そうに腕をさすってるのを見て我に帰り、慌てて何を言ったのか思い出そうとしたが、やっぱりよく分からない。
多分和泉と同じようにキスしてくれませんか? とか聞いたに違いなかった。それは不味いだろう、すぐさまぎこちない笑顔で取り繕う。
「ちょっとした冗談だ」
「すごい冷や汗ダラダラだぞ、お前……」
「……」
逆鱗に触れた訳ではなかったらしい。
雰囲気が悪くなりかけるも、先に話を進めるべきだと見たのか、鈴木はまた話し始めた。
「乗る、乗らない、どっちだ?」
「それって男と付き合うと見られて、お前は変な目で見られたりしないのか?」
「別にそれは問題ない、というか見かけ上の付き合いってことで、キスとかの本当の関係は無しだ」
それを先に言えと心の中で叫んだ。偽装カップルね、なるほど、そんなうまい話そこらへんにあるはずがない。
「それって俺にメリットなくないか?」
「でもデメリットもない、だろ?」
「ちょっと考えさせろ」
鈍く痛み始めた頭を揉みながら考え込む。
その話はあの2人と直接繋がる話なのだろうか? 対象を男ととるならば2人とも候補になりうる。だが話を振る相手は俺だった、つまり2人じゃダメな理由があるはずだ。
例えば2人から告白されたとかどうだろう。
2つ選択肢がある、両方とも断るか、どちらかを選ぶか。片方を選んだ時点でそのグループがぶっ壊れることは必至だ。
2人とも断ったらどうなるか? わからない、うまくいくかもしれないし、結局ギスギスするかもしれない。必要なのは恨まれ役なのだ、結局誰かがそれを引き受けるしかない。
ならば第三者たる俺を選んでみるとどうなるか、2人を等分に傷付けながらも、3人仲良くやっていける可能性はある。あいつが悪い、あいつさえいなければというよくわからない連帯感によって。
それが一番うまくいくのかもしれない、俺が2人から恨まれることを除けばだが。
そこまで考えて考えを止める。本当にそうだろうか、 証拠はあるのか?
情報が足りなすぎる、決定付ける証拠は見当たらないのが現実だった。自分が一番可能性が高いと思えるこれでさえ、確実ではない。
結局何があって、そのお願いにつながったのはわからない。
「もう1つ条件がある。俺がもう良いというまで、もしくはお前がTSするまではそれを続けてほしい」
「それはまた……今すぐ決めなきゃいけないのか? 考えを保留することは?」
「無理だ、今決めろ」
出来ればあいつに相談したかったがしょうがない、俺は深くため息をついた。
「……だめか?」
「出来れば断りたかったが」
多分、面倒ごとになりそうだという予感がした。それでもなんとなく放って置けなかった、相手が美少女だというのも悪いのだろう。
それとも、俺は日常がこれを機に変わってくれることを、心の底で願っていたのかもしれない。
「朝の缶コーヒーのお礼もある、あんまり了解したくなかったが……これからよろしく」
俺が目の前に差し出した手を惚けて見つめていたが、慌てて手を掴んで笑顔を咲かせた。
「サンキューな!」
すこしぐらりときた。
落ち着け、こいつは元男だぞ。
ブーッブーッとポケットにいれたスマホが振動するのに合わせて飛び上がる。そうだ、和泉に連絡するのを忘れていた。
慌てて未だに握りっぱなしだった手を離す。
「すまん、和泉待たせっぱなしだったから戻るわ、ゆっくりここで保健医をまってろ」
「時間取らせてすまんかった、じゃああとはよろしく」
その言葉に返事をすることなく、慌てて保健室から飛び出した。
飛び出して直ぐに、俺は立ち止まることになった。自分を待っているだろう人が、直ぐそこにいたから。
何故か食堂ではなく、保健室の前であいつは待ち構えていた。
「それじゃあいこうか?」
「……いや、なんでここにいるんだよ」
その言葉に、なにを当たり前のことを言ってるんだいと和泉は首を傾げた。
「そりゃあ君、女の子をおんぶしながらいちゃいちゃしてたら、当然悪目立ちもするだろうさ」
「あれを見られたか……」
「だから直ぐ後を追って保健室まで来たというわけさ」
確かに目立っている自覚はあったが、いちゃいちゃしていたとみられるのは少し心外であった。
「すこし事情があってやむをえず、な」
「そう、そこなんだよ」
ぴっと指をさし、真面目な顔をして和泉は言った。
「つまるところ、僕がいない間になにがあったのかを全て聞きたいんだ」
「またそれか」
「そりゃ気になるに決まってるさ、あれは過程がぶっ飛びすぎだろう」
情報中毒者め、そう呟く。
それが完璧に見えるこいつの数少ない欠点だった、無闇矢鱈に知りたがるのだ。いつまでたっても好奇心は尽きず、その度に振り回されて来た。
「少し長くなるから後にしないか?」
「でも僕に相談したいことがある、それはあってるだろう?」
「まあな」
「なら早く喋った方がいいんじゃないか?」
だって時は金なりだから、そう言ってあいつは笑った。
こうして和泉に教室に帰るまでの道すがら、一通りあったことを話したのだった。
食堂での3人の喧嘩、保健室でのお願い、それを了承したこと。
それを全て聞き終えて、開口一番にこういった。
「やっぱり君は底抜けに馬鹿なんじゃないかな?」
「なんでだよ」
「偽装カップルのことは秘密にするべきなんじゃないのかな?」
「あ」
俺の反応を見て、あいつはふふっと笑った。
「まあいい、僕を信頼してる証と捉えようじゃないか、それは秘密にしといてあげよう」
「悪い、そうしてくれると助かる」
「だけどもう1つある。食堂での3人に割り込んだまではいい、僕も最善に近い行動だと思う。ただ保健室のそれは頂けないな」
そう言って指を1つ立てた。
「決めるのが早すぎるし、相談するなら僕に電話を掛けるなら出来ただろうに」
「たしかに、それはそうだ」
「そして一番のネックはその別れる条件というやつさ」
とんとんとん、と一段飛ばしで階段を駆け上がる。ズボンだからパンツが見えることもない、今は女物では無く男物をつけてるかもしれないが。
そう考えるとブラジャーとかどうしているのだろうか?
そんなことを考えてる俺を、あいつは見下ろしながら言った。
「鈴木くんはいつまでそれを続けるのか明言しなかったね」
「あぁ、でもまあそんな長くならないだろ?」
偽装の付き合いは抱えている問題ごとに関係してるのだろう。それがいつ解決するかはわからないが、多分そんなに長くならないはずだ。
「それ、いつ別れることになると思う?」
「え? そりゃあ問題が解決するまでじゃないのか?」
「鈴木くんはそう言ったかい? もういいと言うまでとしかいってないだろ?」
その言葉が胸にすとんと落ちる、確かに問題が解決するまでとは言ってなかった。
「いや、でもまさかそんな」
「さらに言えば君がTSするまでと決めてるから、それがその裏付けになるね
彼、いや彼女か、鈴木くんはね。
その問題が解決することは難しいと見てるんだよ。もしかしたらサラサラ解決する気はないとかもしれない。
とりあえずの時間稼ぎができればいいやぐらいでね
だからこのままだと君は別れることはできないし、他の彼女を作りたかったら、早くTSする事を祈るしかできないんだ」
「……は?」
本当にありがたくない宣告だった。
したいしたいと言い続けて今まで出来ていなかったのだ、俺はいつTSするのかは全く予想が付かない。
「でも彼女が出来ないぐらいなら別に」
「その間カップルの振りを続けることはさぞ大変だろうね、ボロが出たらどうなることやら」
どうやら良からぬことが起きると見てるらしい。次第に喉が乾き始めていた。
「今すぐ別れると言いにいったらどうなる?」
「うまくいかないと思うよ? 素直にうなづくとは思えないな、今すぐ決めろなんて言うぐらいなんだから、それぐらい事を急いでたのかもしれない」
第一案却下。遠回しに付き合ってることを有名無実するのはどうか。
「クラスで本当は付き合ってないって広めたらどうなる?」
「人の心を弄んだのかって、みんなからハブられそうだね」
「でもそれを持ちかけたのはあいつだぜ?」
「君と鈴木くん、どっちの言葉の方が信憑性あると思う? 」
第二案却下。
別れるのは無理、なら俺はどうすればいいのか?
明日明後日にTSする事を祈るのは現実的ではない、では物事の根本を解決するしかない。
「つまりその問題ごとを解決すればいいってことか」
「大正解さ」
問題ごと、それも単純に解決しないと予想されてることだ。自分1人じゃ簡単に解決できないだろう。
ちらりと和泉の顔を伺えば、あいつは俺の顔を見ながら悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
俺がしなきゃいけないことがわかっていて、それを選択すると予想もついてるのだろう。
だから素直に和泉に頭を下げた。多分1人じゃ解決できない話だ、自分の力を過信するほど自惚れてない。
「すいません、ちょっと手伝ってくれませんか?」
「でも問題ごとがなんなのかわかってないし、どれぐらい手間がかかるかわからないから遠慮したいな」
「そこをなんとかお願いします、和泉様」
どうしようっかなーとおれの暗い気持ちと対照的に、なぜか嬉しそうな様子だった。
「うん、それが解決したら一つお願い事を聞いてもらおうかな」
「簡単な事ですよね? 付き合うとかハードな内容ではないですよね?」
同じ轍を踏む訳には行かなかった、さっきの経験が痛すぎたから。しかしその言葉を聞いて、ピシリとあいつの動きが止まった。
「……」
「和泉さん、まさかなんかひどいこと考えてたりしませんよね?」
「ま、まさかそんなことあるはずないだろ、君」
目を合わせようとすると、露骨に目を逸らされる。なんかろくでもないこと考えてたな、こいつ。
「まあ程よいお願いは僕が後で考えとくよ、ハハハ……」
「本当にお願いしますよ」
「善処するさ」
多分一番楽で丸く収まる解決策は今すぐTSすることなんだろう。
どこにいるかもわからない神様に、俺もTSさせてくれと心の底から祈った。