僕は少し不機嫌だった。
ただその不機嫌の理由は今日TSした事にはあんまり関係なかった、いや関係あるかと言われれば少しはあるかも知れないけれど大元の理由ではない。
元々TSすることに拒否感はなかった。
それは僕が特に異性に恋い焦がれているわけでもないし、部活とか趣味とか特に打ち込んでるものがなかったからだろう。いずれは僕もTSするのだろうな、それがいつかはしらないけれどとぼんやり考えていた。
TSしたくないと主張してた人も薄々気づいてたはずだ。みんな遅かれ早かれTSする、そう言われてたし、現実そうなりつつあるのだから。嫌々言いながらもみんな心の奥底では諦めていたのかも知れない。
TSに拒否感はないけれど、ただそれを彼、つまりは田中 修也のように常日頃からTSしたいと言い続けるほどTSに憧れ、女の子になりたいというわけでもなかった。
つまり積極的に、すぐにでもTSしたかったの?と言われればその答えはNOになる。
僕としては彼との繋がりを優先したいわけで、安全だという保証がなければしたくないという気持ちだった。一応約束はしたものの、人は変わるものだからね。
2人とも同時にTSするのが一番都合がいいと思っていた。
異性との友情は難しい、TSが一般化した世界でもその考えは変わらない。むしろ第三勢力として余計ややこしくなって更に拗れていく。
異性との問題ごとといえばやはり小学校の時の出来事を思い出す。
その出来事が彼との出会いだった。
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僕は自分で言うのもなんなのだけれど、かなり可愛い顔をしている。
子供の頃からお人形さんみたいだと近所の人たちによく言われて続けて、親戚のところに行ったりしたのならば年上の従姉妹から着せ替え人形のようによく女装させられていた。
今にしてみればよくグレなかったものだと思う、ただそのころの僕はそんなに可愛いのかなぁと不思議に思っているだけだった。
ただ可愛いだけでモテるかと聞かれれば、小学校の価値観は違うものだ。もてるのは運動神経がいい奴、つまり短距離とかリレーとかで活躍できる男の子が世の常だ。
多分それが一番他人と比較しやすく、活躍したという結果が見えやすいからなのだろう。
たとえば運動会のリレーのアンカーとかそれが一番わかりやすい、そして小学校三年生の時にそれに選ばれたのは僕だった。
僕は運動神経も良かった、ただクラスで一番というほどでもない。しかしアンカーに一番足の速いものを置くというセオリーに反して僕が選ばれた。
何故か彼にやって欲しいという声が上がって、僕にお鉢が回ってきたのだ。特に断る理由もなく僕はそれを了承した。
リレーに出ることは決まっていた、クラスの足の速い男子6人を上から選んでそこに入ってしまってのだからしょうがない。どこで走るのも同じだろうと思っていた。
結果からいえば学年でやったリレーは圧勝した。既に僕にバトンが渡った時には大差がついていて、その差を簡単に守り切って終わりだった。
さてこのリレーで印象に残るのは道中で大幅にリードを稼いだみんなではなく、大差でゴールした僕だった。
道中で激しいトップ争いがあった訳でもなければ、誰かがこけてそのハンデを誰々くんが補ったとか別にそんなことはなく、必然的にそうなった。
みんなの活躍を蔑ろにするのは不服だったが、特にそれを認めてもらういい考えも思いつかない。
心の中で申し訳ないなと思いつつ、特に何もすることはなかった。
さて話が変わるけれども、その運動会が終わるまでなぜか僕は告白されることは一度もなかった。
可愛い可愛い言われながらも、男の子として見られてないのかもしれないと僕は思っていたのだが、現実は違かった。
運動会が終わって数日たったある朝のこと。いつも通りに上履きに履き替えようとすると、自分の下駄箱の中に白い封筒が見えた。
『放課後、体育館裏で待ってます』
特に封をされてないそれを開ければ、水色な便箋にそう可愛らしい女の子の文字でそう書いてある。便箋の裏も表も、封筒を確認しても、どこにも名前は書いていなかった。それが僕が初めて異性から貰った手紙になる。
僕も告白されるぐらい人気が出たのだなぁ。
少々驚きつつも期待に胸を躍らせつつ、僕は放課後に体育館裏へ向かった。
そこには僕が知らない女の子がいた。同じクラスの女の子は全員覚えていたので、多分他のクラスの女の子だとすぐに察しがついた。
『リレーであなたのかっこいい姿をみて、あなたのことを好きになりました、私と付き合ってくれませんか?』
確かそんな感じのセリフだったと思う。あまり正確には覚えてないけど、あまり外れてもいないはずだ。
ただ僕は見知らぬ人と付き合うというのには抵抗があったから当然断った。
僕はあなたのことをしりません。だから付き合うことはできませんが、友達になりませんか?
そんな感じに。
それで話が終わるなら、ある少年時代の綺麗な一幕として終わるのかもしれないけど、そうは問屋が卸さない。
だれも僕に告白しないのは理由があったという訳さ。
僕の知らないとこでみんなが平和に過ごすための不可侵条約が結ばれていたんだ、女の子達の中で。
だれも抜け駆けもしないように、1人で和泉くんを独占しないようにって。
小学三年生の考えることとは思えないよ全く、それを不幸にも僕と彼女は知らなかった。
そしてその告白の場面が見られてることも気付かなかった。
もしかしたら僕がOKをしたら彼女の勝ち逃げとして話が終わったのかもしれないが、そうはならなかった。
つまり彼女へのいじめが始まるというわけさ。
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さて僕がそのいじめについて知ったのは、もうその話が解決しただいぶ後のことだった。
そのいじめは1週間も立たず終わり、今度は逆に彼女が可哀想と言われることが起こったんだよ。
僕はたまたまその話が解決するところだけをみて、そのいじめについては彼から後々聞いた。
だれが解決したかといえば、ここで田中君が出てくる。
田中君は彼女と同じクラスだった。
そして彼はそのいじめられることになった彼女のことを、元々好きだったらしい。
ゆえに彼女のことをよく見ていて、彼女が隠れていじめられているのにもすぐ気づいた。
気付くなり、すぐさま彼はその解決について速やかに動き出した、ただその解決方法は賢いと言えるものではなかったけど、後で聞いた時本当に冴えないやり方だと溜息が出るぐらいには。
いじめの原因をクラスの女子に聞いた彼は、だれと話すわけでもなくひとりポツンと席に着く彼女に近づくなり、こういった。
『お前和泉に振られたんだってな、あいつみたいないけすかない野郎の代わりに、俺とかどう?』
もちろん彼女は怒った。衝動的に彼のことを一度殴り、そのままわんわん泣き始めた。
僕がたまたま教室を移動する際にみたのは、頰が腫れた彼が1人ぶっ倒れているのと、その隣で彼女が周りの女子に慰められている様子だった。
何かあったのかと思いつつ、泣いている女の子が僕に告白した子だと気付かず、僕はその場を通り過ぎた。
つまり彼は憎まれ役を買って出たというわけさ。
彼の考えはまんまとハマり、彼女は可哀想な子扱いにされ、いじめはなくなった。代わりに彼が女の子たちから蛇蝎の如く嫌われるようになったが。
さらに言えば助けられた彼女も彼に近づこうとせず、あえなく彼は失恋することとなった。
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時間は経ち、四年生になった。
一度告白されたことを皮切りに、続々と僕にラブレターが届き、告白されることも何度もあった。
今思うとあれを機に不可侵条約は破棄されたのだろう、ならばいじめなんてしなければよかったのに。そうすれば彼も悲しい失恋をしなくて済んだのに。
今の僕はそう思うが、まだその時の僕はしらなかった。
しかし知る時間はとうとうやってきた。
初めて田中君と同じクラスになったのだ。
話してみれば僕の隣の家だという。両親がどちらとも忙しいこともあって家族同士の交流はなかったから、僕は初めて気づいた。
話が弾み、特に何事もなく彼は僕の友達になった。
別に普通にしていれば特に悪いこともしない男の子だった、特に友達になりたくない理由もない。友達になるのもしごく当然の流れだった。
そんないたって普通に見える彼なのに、何故か女子から嫌われてるのを見て僕は疑問に思い、何故かと尋ねた。
そこでようやくそのいじめについて知って、僕は慌てて田中君に謝った。申し訳ない、僕のせいで君が被害を食らうことになったと。
その謝罪を聞いてすぐに彼は言った。
『別にお前が謝ることないじゃん、虐めたのは他人だし、和泉がいじめろって指図したわけでもないし』
むしろ逆にいけすかないやつとか言ってすまないと笑いながら謝られた。言わなければわからなかったのにと笑う、それでも彼は僕を恨むわけでもなく、本当にそう思っているようだった。
好きだった彼女が別の人に告白して、それが原因でいじめられて、それを助けたのに感謝もされないことに、彼はそういうものだと淡々と受け止めて居た。
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ゆえに僕は、彼の事を何者にも変えがたい友になると思ったのだ。それは中学校に上がっても、高校に上がっても変わらない。
TS病について聞いても、彼との繋がりを保てればいいと思っただけ。
だから僕は彼が鈴木君から付き合ってくれと言われたのを
もしかしたら僕の立ち位置がとられるんじゃないかと思って居た。
彼が了承するのを聞いて、一瞬でも早く保健室から出てきてほしかった。僕は速やかに彼にメッセージを送り、その思惑通り彼は飛び出してきた。
本当に醜く、反吐がでる。僕自身そう思った。
もしかしたらTSしたことにより、より嫉妬深くなっているのかもしれない。体と心がチグハグな動きをしていた。
お願い事もそうだ。別に付き合うことは考えてなかったのに、そう言われて否定しきれなかった。
田中君と鈴木君が連絡先を交換しようとするのを見て、やめろと叫びそうになるのを必死に堪えていた。
買い物に付き合うのを断られ、目の前が一瞬真っ暗になった。すぐに顔色悪いけど大丈夫か?と顔を覗き込まれハッとしたが。
冷静に考えればTSしたから女物の買い物をするのだと、彼でも気付いたのだろう。TSした後も同じように接するという約束があった、だから意識しないように断ったと僕は推測した。
ならばしょうがないだろう、僕はひとり買い物に赴く。
僕ができる唯一のことは一番の脅威である鈴木君の排除、つまりは彼女の問題ごとの解決だ。
最速、最善に、彼に取り付く間も無く解決する。
やるべき道筋はもう見えていた。