俺もTSさせてくれ!   作:かりほのいおり

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8話 遭遇×逃走×遭遇×見送り

 家に帰り夕方、何かをしようと思うがその何かが思いつかない。

 何となくどっと疲れた1日だった。和泉のTSから始まり、鈴木からは付き合ってくれと言われ、そしてあいつに買い物に付き合ってくれと言われる。

 

 問題は山積みだったが、思考は全然進まない。

 特に何をするでもなくぼーっとベットに寝そべっていると、何やらドタドタとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 

「和泉兄ちゃんがTSしたって本当!?」

「ノックしてからドアを開けてくれ」

 

 俺の言葉を無視してつかつかとこちらに歩き寄り、我が妹は流れるように俺からマウントポジションを取った。

 我に返って振り落とそうとするも、既にガッチリ固められ後の祭り。ポカポカと威力のない打撃を胸に打ち下ろしてくる、痛くはないのだが少し煩わしい。

 

「何でそれを一番早く私に教えてくれないの!」

「別にそんな約束してなかっただろ!」

 

 というか何で妹がそれを知っているのかがわからなかった。疑問に思う視線に気づいたのか、奴は言った。

 

「今、和泉兄ちゃんから電話あって女の子が必要な物って何かって聞かれたの」

「なるほど、とりあえず俺の上から退いてもらおうか」

 

 俺の言葉を無視して妹は言葉を続けた。

 

「なんか声は甲高いし、聞くことは女の子の必要なものだし、和泉兄ちゃんにそんなお兄ちゃんみたいな趣味はないでしょ?」

「流れるように俺のことを罵倒するのやめない?」

「でも実際そうでしょ」

「ぐうの音も出ません」

「だからTSしたのって聞いたらビンゴだったって訳、そういうのは男の子は知らないでしょ? だから私に言ってくれればって言ってるの、っと」

 

 俺の腹の上からひょいと飛び降りた。

 なるほど、言われてみれば確かにそうだった、あいつは相談する相手が少なそうだし、こっちが気を回してやるべきだったか。

 

「そんな訳で私、和泉兄ちゃん改め和泉姉ちゃんのお助けに参ります! 電話越しに教えてくれればいいって言ってたけど行ったほうがいいよね!?」

「わかったよ、俺じゃできない事だし俺からも頼むわ」

 

 言質を得たりと妹はニヤリと笑った。

 

「それじゃあお兄ちゃん、晩御飯は一人でどうにかしてね、私は和泉姉ちゃんと一緒に食べてくるから」

「は?」

「アデュー!」

 

 言いたいことだけ言って扉がバタンと締まり、すぐにまた開いた。なぜか哀れむような顔をしている、俺は何もそんなことをしていないのに。

 

「お兄ちゃん、TS出来なくても泣かないでね?」

「うるせえ!」

 

 妹の顔面に向かって投げた枕は再び閉じた扉に当たり、そのまま下に落ちた。言いたいことだけ全部言いやがって、地べたに落ちた枕をひょいと拾い上げる。

 

 つまり母さんの帰りも遅くなるってことだろう、適当になんか買いに行くべきか。

 

「あ、ピーナッツバター」

 

 朝買いに行こうと考えてたものを不意に思い出した。

 

 

 ● ● ●

 

 

 何かを買いに行く、そう考えた時に一番の選択肢は家から10分ぐらい離れたところにあるスーパーだ。

 コンビニもあるのだが、そこはもう少し遠くにある。営業時間外ならそこまで行かなきゃいけないが、今はそんな心配はないのでスーパーに俺は向かった。

 

 仕事帰りの人たちで少し混んでいたが、特に買うものがなくなるとかはないはずだ。ただこの時間だと半額の弁当を買うのは無理だろう、それはもうちょっと後の時間になる。

 

 自分が料理が上手いとは言えないというのはとっくに分かっていた。出来たとしても麻婆豆腐の素を買って作るぐらい、だからまず惣菜コーナーに向かった。

 

「うわぁ……」

 

 そこで見たのは人の群れだった。

 どうやら今日は何か特売品でもやっていたらしい、自分にはそこに突っ込む勇気はなかった。戦略的撤退だ、そう決めて後ずさりする。

 もう少し時間をおけば、その目当ての品もなくなり探しやすくなるだろう。

 そう決めて、後ろを振り返り――おもむろに体当たりされた。

 

 俺は特に悪くないと言えるだろう。自分は道の端にいたし、ちゃんと前を向いていれば自分が立ち止まってることに気づいたはずだ。

 不幸にしてその体当たりした本人は、サラダコーナーに気を取られていたのだと思う。振り返る時にちらりと右側を向いているのが見えた。

 

 激突、しかし俺はよろけることなく、そのぶつかった彼女だけが尻餅をつく事になった。

 

「いったぁ……」

「すいません、大丈夫ですか?」

 

 そう手を差し伸べながら言う。特に壊れるものは持ってなかったし、別に事を大きくする必要は無いだろう。俺が悪く無いと思ってたとしても、そうしとけば丸く収まるなら自分はそうする。

 

 ぶつかってきた彼女はジャージ姿だった。まるで寝間着のまま外に出てきました、そんな感じに。鈴木といいジャージが流行ってるのだろうか?

 多分着るものに頓着しないタチなのだろう。長い髪、眼鏡を付けてる事からもそう伺えた。もしかしたらTSした元男、なのかもしれない。コンタクトとかにすればそれ相応の美人になるように見えた。

 

「すいません、前を見てなくて……」

 

 手を掴んで立ち上がり、そのまま彼女は硬直した。まるで俺の顔になんかがついてるかのように。

 

「どうかしました?」

「た」

「た?」

 

 自分の名前は田中だけども、そこまで言うわけでもなく、一文字だけ言ってフリーズする。初対面の相手の名前がわかるはずもないし、言いたかったことはそれじゃないんだろう。

 

「す いません、私はこれで」

 

 真っ青な顔でそういうと、惚ける俺をおいてすぐさまぎこちない足取りで去っていった。

 

「……なんだったんだあの人」

 

 まるであっちゃいけない人、気持ち悪いおばけにでもあったかのような扱いをされて少し傷ついた。

 手が湿っていたかと拭いてみるが、特にそんなこともない。

 

 ふと彼女が尻餅をついたあたりに何か物が落ちている事に気づく。

 

「キーホルダー……か」

 

 最近人気のカエルのマスコットが描かれたキーホルダーだった。彼女の落し物だろうか?

 それを店に届けると決め、惣菜コーナーに向かう。

 

 もう人混みは解消されていた。

 

 

 ● ● ●

 

 

 ピーナッツバターと適当に弁当を買い、家に帰る。

 運良く、半額とまではいかないけれど、3割引の物を買えたのはラッキーだったと思う。浮いたお金でプリンも買い込み、少し上機嫌だった。

 

 ブーッとスマホが振動する。確認すれば妹からのメッセージだった。

 

『和泉姉ちゃんと晩御飯食べてまーす』

 

 ハンバーグを食べる和泉の画像が添付されていた。多分バレないように撮ったのだろう、カメラを一切意識してない一枚だった。

 機械的にその画像を保存し、妹に返信する。

 

『いい仕事だ』

 

 それを送り、スマホをポケットにしまいこむ。

 すぐにまたスマホが振動した、また妹かと確認すると今度は和泉からのメッセージだった。

 

『妹ちゃんお借りしてます』

 

 カメラを意識してピースしてる妹がそこにいた。迷いながらも機械的に保存し、返信する。

 

『いい仕事だ』

 

 妹と俺の食費の差については考えない事にした。その事と三連プリンを独り占めしてやろうとか考えたことは、なんの関係もない。

 

 そんな俺の隣の車道を車が通り過ぎて行く。市役所の車だ。取り付けられた拡声器から防犯に気をつけましょうと、お馴染みの声が聞こえた。

 別に最近この近くで事件があったとか聞いたこともないので、多分警察の防犯期間に入ったのだろう。特に何もないが何も起こらないのが取り柄の街だった。TSするという世界規模の異変は起きてるのだけども。

 TSに気をつけようという警報でも慣らした方がいいのではないだろうか?

 どう気をつけるんだ、という話になりそうだけど。

 

 そんなことを考えながらを見送った反対車線に、見覚えのある金髪が見えた。多分鈴木だ、声をかけようか数瞬悩み、声をかけない事にする。

 どこに向かうのか、何をするのかは予想がつく。

 多分この先にある公園に走りにいくのだろう。走る場所としてこの近くで考えられるのなら、河川敷かそこの公園ぐらいだ。

 

 アスファルトやコンクリートと走る事用に整備したタータン、実はどちらで走っても怪我のリスクは変わらないらしい。

 

 昔そんなうんちくを鈴木自身から自慢げに聞いた。

 でもそれでも、自分は何となく後者の方で走る。

 なんでか分かるか? そう聞かれた記憶がある。

 

 なんて自分が答えたのか、その答えが何なのか、今はもうはっきりと覚えていない。

 

 足を捻ったのに大丈夫なのだろうか?

 やっぱり陸上部を続けるのだろうか?

 

 その質問をぶつけるには、いささかあいつの様子が暗すぎたし、今から反対車線に行こうにも少し遠すぎたので諦めた。

 明日、嫌が応にも話す機会はできる、そんな気がする。何しろ仮にも偽装でも付き合う事になったのだし、それの関連で色々引っ張り出されるのだろうと予想はついたから。

 

 何となく再びスマホを取り出し、天気予報のアプリを開く。晴れればいいな、そんな思いとは裏腹に雨の予報だった。


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