Eismeer   作:かくさん

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1939年 バルト海 氷の海03

「……アンタねえ、私が目を離した隙に何してくれてんのよ」

 

突然、ライネルト軍曹の襟首にドアの向こうから手が伸び、工作機のような恐ろしい力で締めあげ始めた。

彼女は母親に悪事が見つかった時を思わせる苦い顔をする。

テオはと言えば、廊下の向こうにチューイングガムの玩具をブン投げ、私の後ろで震えていた。

 

「あらどうも副隊長殿。お忙しいようなので、私が代わりに挨拶をしておきました!」

「そう、アンタの挨拶は初対面の相手に悪質ないたずらを仕掛ける事なのね、まずは幼年学校で常識を教わってきた方がいいんじゃないかしら」

「失礼な! これはジョークってやつですよ! イッツァ、リベリアンジョーク! ハハハ!」

 

襟首を掴む手にさらに力がこもる。

徐々に上へ上へと締めあげ、ライネルト軍曹は少しずつバレリーナのようなつま先立ちになり始めた。

 

「リベリアンジョークが本当にそうなら、国交断絶するべきよね、カールスラントの人間とは絶対にわかり合えっこないわ」

「えへへへー……それも冗談なんですけどもー、ネタになったチューイングガムの本場がリベリオンだからリベリアンジョークってな感じのつまらない理由でしてー、はいー……」

「くだらない」

「自覚はあります、はいぐええ」

 

会話は途中でとぎれる。

ライネルト軍曹の首に、細い腕が蛇のように巻きつき、ギリギリと圧迫し始めたのだ。

血相を変えた軍曹がもがいて、腕をタップする。

朗らかな笑みは影も形もない、おそらく本気で『入っている』のだろう、先程の余裕などどこにもない。

 

「新人に向って何てことしてくれてんのアンタはァ! これが原因で部隊の不和が生まれたらどうすんのよこのお馬鹿!」

「い、やぁ、ふ、副たいちょ、チョーク、スリ、パは、ですね、け、けっこう、危険な、技、でし、て……」

「空でトラブルになる方が百万倍危険でしょうがスカポンタン!」

「はい、お、っしゃ、る、とお、り、ぃー……ロープ、ローォプ……」

 

うめきながらこちらに手を伸ばしてきたので掴んでやる。

それと同時に首をホールドしていた腕が緩み、抜け出したライネルト軍曹は私にもたれかかってきた。

彼女は私の手を両の手で包み、目を潤ませながら見上げてくる。

何か熱がこもった視線に、少しだけうすら寒いものを感じた。

 

「ああ、エールラー少尉……貴女は命の恩人です、どうかお姉さまと呼ばせてくだ」

「断る、離れろ」

「おっと残念、喜んでくれると思ったのですが……ああすみません、睨まないでください」

 

睨んでないどいない、お前も私の目つきが悪いというのか。

考える間もなくライネルト軍曹の言葉を斬り捨てると、彼女はパッと手を離した。

『姉さん』だけでも鳥肌ものなのに、『お姉さま』などごめんこうむる。冗談ではない。

そうこうしているうちにライネルト軍曹はまた襟首を掴まれ、ドアの向こう側へ消えた。

沈黙が廊下を支配する。

私とテオは顔を見合わせ、溜め息をついた。

 

「大丈夫かな……私達」

 

そんな事は私にもわからない。

ややあって、ドアの隙間から『どうぞ』という声が聞こえ、一瞬、逡巡しつつドアノブに手をかける。

 

「今度は私が先に行くぞ」

「……うん、お願い」

 

暗い表情で頷くテオに憐れみを感じながら、ドアを開けた。

中にいたのは、ライネルト軍曹を含めて四人だ。

入口のすぐそばで笑みを浮かべているのが一人、二段ベッドの上段から顔を覗かせているのが一人、部屋の中央で仁王立ちしているのが一人。

ライネルト軍曹はロープで縛られ、ベッドの中に放り込まれているのが見てとれた。

部屋自体は狭い訳ではないが、六人分の二段ベッドが視界を遮っているせいか、わずかに息苦しさも感じる。とはいえ、ボロ布のハンモックが寝どこと言う訳でもなし、個々人のスペースが確保されているのだから、文句を言う要素もない。

冷たい床にはカーペットが敷かれ、奥には薪ストーブとそれを囲む人数分の椅子も見える。

不自由を感じることはなさそうだ、と少し安心した。

 

「さっきはごめんなさい、驚いたでしょ?」

 

入口近くに立つ人物が苦笑する。

肩のラインで切りそろえたアッシュブロンドの髪がまぶしい少女。軍服を皺なくきっちりと着こなし、軽く細められた目は私の瞳を見据え、どこか意思の強さを感じさせた。

 

「ジークリンデ・フライターク中尉、第四飛行中隊の副隊長です、よろしくね」

 

にこやかに挨拶する声を聞くと、声色こそ違えど先程ライネルト軍曹をドアの内側へ引きずり込んだ人物と同じだと気付く。

自然と私の表情も固くなるのがわかった。テオなどもっとわかりやすいだろう、見なくても小動物のように震えているのがわかってしまう。

フライターク中尉はそれを感じとったのか、一瞬眉をひそめると、次にはハッとした表情になり、最後は困り顔で話し始める。

ころころと変化する表情を見て、私が抱いた第一印象に感情表現豊かな人物だという評価が加わった。

 

「ああ、あのね、ライネルトはいつもああだから、アレくらいきつく叱らないと全っ然懲りないのよ、あなた達を締めあげるつもりはないから安心してちょうだい」

「わあ酷いや副隊長、隊長も副隊長も何もしないから私が頑張ったのに」

「アンタが悪ふざけをしなけりゃ私だって何もしないわよ!」

 

ライネルト軍曹が冗談めいた文句を言って会話に割り込んできたが、フライターク中尉は顔を赤くして怒鳴り声で応酬。

律儀に反応してやる手前、ライネルト軍曹のようなタイプの人間を相手にするのは気苦労が絶えないだろう。

どうにも昔を思い出し、フライターク中尉に同情してしまう自分がいた。もっとも、テオの心をへし折った会話を聞くに、彼女も彼女でくせのある人物であるのは間違いなさそうだが。

二人のやり取りを横目に、もう一度部屋の中に視線を向けた。

薪ストーブから暖かい光が漏れているのを感じる。

よく見てみれば、部屋中いたるところに造花の飾り付けがされていたり、カラフルな垂れ幕がぶら下がっていたりと、何か賑やかな様子である。

自分の生活の拠点となるであろう場所を眺めていると、その中心で直立不動のまま腕組をしている人物と目が合った。

12歳の私よりもさらに小柄な体格で、釣り目がちな容姿と赤毛の短髪が目立つ風貌。眉間にしわを寄せ、虫の居所が良くなさそうな表情をこちらに向けてくる。

彼女は絡めていた視線をゆっくりと外し、私とテオを交互に見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

組んでいた腕を解き、私の目の前へと足をふみならして歩いてくる。やはり不機嫌さを滲ませながら、見上げる姿勢で私の顔を覗きこんだ。

立ち止まり見つめられること数瞬、そこでようやく彼女は口を開いた。

 

「お前、名前は?」

 

問われながら、私の目は彼女の階級章に向いていた。

忘れる訳もない、私が戦闘機を駆っていた頃の最終階級、中尉の階級章である。

副隊長であるフライターク中尉と同階級であるなら、彼女が第四飛行中隊の隊長なのか。

厳しい表情で見つめてくる隊長殿に、私は少し考え、敬礼という最も無難と思える行動を選び取った。

 

「失礼しました、本日配属になりましたハインリーケ・エールラー少尉です」

 

パイロットだった頃の私には男性の、無論自分よりも背の高い上官しかいなかったのだ。どうにも、目線よりも低い位置に敬礼をするというのは違和感を感じて仕方ない。

不動のまま隊長殿の反応を待つ。

上官に合わせるのが軍人としての礼儀だが、隊長殿からは片方の眉を吊り上げるという、どう考えても友好的には見えない変化しか読み取れなかった。

ウィッチとして部隊に配属されてから出会う初めての直属の上官。かなり気難しい人物だったのか、精神は年下だったとしても、これからの生活や任務に支障が出ないか不安に思えてきた。テオがチューイングガムもどきに噛みつかれてから心配ではあったが、その感覚はさらに深くなっていく。

胃が不快な痛みを帯びつつある中、隊長殿はなおも私から目を離さず、表情は硬化したままである。

困る。

荒くれの野郎共よりも対応が難しい。同性だというのにどうなっているのだ。

心なしか頭も痛くなってきたような気もする。

敬礼でピンと伸ばした指先に、痺れのような何とも言えない感覚が生じ始めた。

 

「へえ、お前がエールラーか……そっちは?」

 

隊長殿から感じていた視線が私の後ろ、テオの方を向いた。

どうしてこうも、頭の痛くなる問題ばかりが湧水のように次々現れるのだろうか。

結果などわかりきっている、今のテオにまともな受け答えなど出来るものか。

隊長殿が私の背後にいるテオの目の前まで移動し、私の心配は早くも現実のものとなった。

 

「は、ええと、わ、わたっ」

「あ? 何だって?」

「その……あのっ」

「私の話聞いてたか? お前の名前を言えって言ったんだけど?」

「あああ、はいっ、すみませんん」

 

聞いていられない、背後から耳に飛び込んでくる会話とも言えない応酬に、私は敬礼の姿勢のまま冷や汗を流し続けていた。

そもそもテオドーラ・ヴァイセンベルガーという人間そのものが軍人に向いていないのだ。少し考えればわかる、上がり症の慌てん坊が軍人に向いているものか。

しかし、何をどこで間違えたのか、入隊時の適性検査を問題なく突破し、教官殿に怒鳴られながらも訓練課程を乗りきってしまったから扱いに困る。彼女はその器用さを、他の分野に活かすべきだったのではないか。

最早取り戻せない過去の選択に言い知れぬ悔しさを感じていると、そばでライネルト軍曹を怒鳴りつけていたフライターク中尉が深々と溜め息をついているのが聞こえた。

肺の空気と鬱屈した感情を混ぜ合わせ、一気に全部吐き出したかのように長い溜め息だ。

 

「エールラー、もういいわ。敬礼やめ。手、降ろして大丈夫よ」

「は、しかし」

「いいの、私が許すから降ろしなさい」

 

フライターク中尉は手を額に当て目をつむった。私はその仕草を見て、釈然としないながらもゆっくりと手を降ろす。

軍規という単語が喉元に引っ掛かったように感じられたが、眉間にしわを寄せて心底面倒くさいといった表情をされると、それも瞬く間に引っこんでしまう。

 

「まったく、どいつもこいつも下らない厄介事ばかり……」

「は、申し開きもございません」

 

げんなり、といった顔で呟くフライターク中尉。

なんとも言い難い、決して愉快ではない感情が胸に溢れた。

良かれと思ったことが、ことごとく裏目に出てくるというのは流石にこたえてしまう。

初日からこうもつまづいて、この体たらくでよく戦闘機パイロットとして中尉にまでなれたものだと、軽い自己嫌悪に陥りそうになる。

が、一分と経たずに、厄日だと嘆きたくなるような不幸の連続は私だけの問題ではなさそうだと、思い直すこととなったのだが。

 

「やってらんない、ホントやってらんないわ、何だってこんな……」

「副隊長殿?」

「あぁあぁ、めんどくさい、こんなの最前線にいた方が百倍マシよ、あぁめんどくさい……」

「……副隊長殿?」

「大体いつもいつも、いつも…………アンタ本当にいい加減にしなさいよこの不良士官っ!」

 

糸の切れた人形のようだったロージヒカイト中尉が、突然激昂し腕を振り上げたのだ。

反射的に身構えたが、振り下ろされた拳は目にもとまらぬ速技で、いまだにテオに迫る隊長殿の脳天を打ちすえた。

軽いとは言えない鈍い打撃音が響く。

一瞬の沈黙。

痛みが全身を駆け巡ったかのように体を震わせ、隊長殿はロージヒカイト中尉へ向き直った。

 

「イッテェな!? テメエ何しやがんだコラァ! いきなりゲンコツってのは一体どういう了見だ!?」

「あぁ!? どういう了見ってのはこっちの台詞だっつーの! 新人いびって何が楽しいのよアンタ隊長の自覚ある訳!?」

「ハアァ? 何言ってんだバッカじゃねーの!? いびってねえよ名前聞いてるだけだろうが何か文句でも!?」

「文句があるから止めたんでしょうがスカポンタン!」

「だったら口で言えばいいだろバーカバーカ!」

 

言われたならば言い返す。苛烈な言葉の応酬は、まるで今のご時世では起こり得ない戦艦同士の砲撃戦のごとく。

どちらも一撃では沈まないし、周りからは手がつけられない。

私は一体どうすればいいのだ。

ここで止めに飛び込んだところで、手を誤れば今後の部隊活動に支障をきたす可能性のあり得るし、慎重をきさねば私の身も危険にさらすことになる。

こんなものどうしようもないだろう、と諦め半分、助けを求めるように部屋の奥の方へ視線を向けた。

 

「……何?」

 

先程から、目の前の二段ベッドの上段から喧騒をうかがっている少女と、目があった。

眠たそうで生気に欠ける瞳が覗く。直立なら肩甲骨の下ぐらいまでありそうな金糸のような髪が、顔のわきからダラリと垂れ下がる。

気だるそうな表情はミリメートル単位程も変化を見せず、その顔のパーツの中で、端正な口だけが動いて無愛想な言葉を投げかけてきたのである。

私は言葉に詰まった。

生まれて初めて接する相手、しかも精神的に少しでも参っている状態で『何?』と突き放されるとは、取りつく島もないではないか。

苦し紛れに口を開こうとした、その時、彼女に動きが見えた。

 

「フレデリカ・ロージヒカイト、少尉」

 

彼女は心の動きを感じさせない色の白い顔を、自分で指をさして言った。

回転の遅い私の頭のせいか、微動だにしない彼女の顔のせいか、一瞬、何の事を言っているのか理解できず怪訝な表情を返してしまう。

何秒間かそのまま考えこんで、ようやっとこれが自己紹介なのだと思い至る。

 

「あなたの名前は資料で見てる。ハインリーケ・エールラー、階級は少尉」

「あ、ああ、そうだ」

「それで、もう一人がテオドーラ・ヴァイセンベルガー」

「ああ、うん」

「よろしく」

 

確認しただけといった、酷く事務的な挨拶だ。

話のテンポが読み取れん。引きつった顔でよろしく、と返して、そこで会話が途切れてしまう。

ロージヒカイト少尉は私の顔を見つめるばかりで、動作らしい動作が見てとれない。

顔に出ていないだけかもしれないが、機嫌が悪いという訳ではなさそうなのが救いか。

 

「な、なあロージヒカイト少尉」

「フレデリカでいい……この部隊は編成されたばかり、先任したところで意味はないから」

「そうか、それはどうも」

 

失礼だが、見かけによらずフレンドリーなところもあるようで、私は少し安堵した。

 

「そっちも隊に来たばかりということなのに悪いんだが、あのお二人を何とかできないのか?」

 

無論、お二人というのは隊長殿と副隊長殿である。

背後をうかがってみると、言い争いは未だやむ気配を見せず、ほったらかしにされたテオが助けを求める子羊のような目を向けているのがわかった。

すまない、テオドーラ。私には何もできん。

 

「別に」

「……別に、とは?」

「放っておいても大丈夫。いつも通り」

「本当にいいのか? いや、これがいつも通りというのも、それはそれで問題だと思うが」

「いい。そのうち収まる」

 

いや、本当に収まればいいが、そのまま取っ組み合いになってしまったら目も当てられないぞ。

そんな私の心の内を読み取ったのか、フレデリカが面倒だ、といった様子で首を振る。

 

「気持ちはわかる、初めて見たときは驚いた。でも慣れる」

 

私としては、初対面だというのに、フレデリカが驚いている様子を想像できないのだが。

 

「慣れる、か……しかし、私とテオは……なんだ、その」

 

脳裏に、隊長殿の刺すような視線が蘇った。

任官早々しくじったことへの自戒と、今後の部隊での活動への不安が服にインクを零したときのようにジワリと胸の内に広がって、こめかみを押さえてベッドに飛び込みたくなる。そのままサボタージュを決め込んでしまいたい気分だ。

 

「んん? 何ですかエールラー少尉、もしかして隊長の機嫌を損ねたのでは、なんて思ってませんか?」

 

いやに楽しげなライネルトの声がした。

もぞもぞと芋虫のような動きでベッドの下段から顔を出した彼女は、私を見上げるなり、半眼で口元を釣り上げるいかにもロクでもないことを考えているような、嫌な笑みを浮かべる。

どうもかつての『少尉』を思い出して、眉が若干つり上がる。

妙にイラつくもの感じつつも、ライネルトの言葉は的の中心を得ていて、肯定するにも否定するにも何か言葉を返すのに少しの時間を要した。その間にニヤニヤとした悪ガキを思わせる笑みは深みを増し、私の眉もさらに釣り上がっていく。

 

「杞憂ですよ杞憂。あの人、他人の顔と名前を覚えるのが苦手なんですよ」

「……は」

「大方、事前資料の内容をど忘れして、自己紹介前に何とか名前と人相を思い出そうとしたんでしょう。心配いりませんって」

「馬鹿な、まさかそんなことは」

 

流石にないだろう、そう続けようとしたが、ふと踏み止まる。

『へえ、お前がエールラーか』

なるほど、この言葉を思い出すと、何だかそのような気がしてきた。

軽く溜め息。

 

「別に誰が何をした、という訳でもないんだな……」

「そりゃあそうですよ。隊長は頑固で怒りっぽくて気分屋で、キャンディバーが無くなると途端に不機嫌になって、副隊長ともよく仲たがいしてますけど、流石に初対面相手に噛みついたりしませんし、少しくらいなら安心しても大丈夫ですよ、たぶん」

「エルネスティーネ、新人を脅かさないで」

「ぃやあぁん私の可愛いフリッカちゃん、そんなよそよそしい呼び方しないでくださいよぅ、ティニでいいんですよ、ほら言ってみてくださいさあさあどうぞ」

「この子もかなり面倒、エールラーも気をつける」

「そうさせてもらう、ありがとう」

 

ライネルトの挙動がうねうねと気持ち悪くなってきたところで、会話を切る。

とりあえずわかったのは、第四飛行中隊の面子が曲者ぞろいだということくらいであった。

どうもウィッチには個性的な人間の割合が多い気がするが、この部隊もそうなのかもしれない。私が中隊長だった頃、戦闘機のパイロットにだって個性的な者はいたのだし、フレデリカの言うとおり、慣れるしかないのだろう。

ともすれば、いがみ合う二人の上官は各々の気が済むまで触れない方がよい、ということか。流石に取っ組み合いの大喧嘩になってしまったら、体を張って止めに入らねばならないが。

この騒ぎはまさに天災だ。これ以上は何事もなく終わってくれやしないか、そんなことを考えながら振り返る。

振り返り、そう、振り返ったのだが、

 

「やあ、ずいぶん賑やかだな、楽しそうで何よりだ」

 

淡い金色の長髪にスラリとした体格。

二人が火花を散らし、テオが迷子犬のように震えている空間のその向こう、この部屋の入口に、第七戦闘航空団司令が何の前触れもなく、まるで幻のように姿を表すとは私ごときの脳みそではまったくもって予想することができなかったのである。

条件反射で跳ね上がった腕は自然と敬礼の形をとり、後ろではフレデリカがベッドからゆっくりと這い出て、ライネルトの気色の悪い挙動が収まる。

テオは泡を食って、部隊の上官二人は少し沈黙した後、並んで敬礼の姿勢をとった。

 

「ああそれで? 賑やかなのは嫌いじゃないが、ご近所から苦情でも入りそうな騒ぎじゃあないか、あまり周りに迷惑をかけるんじゃないぞ? 何がどうしてこうなった? 管理者責任を問われる前に知っておきたいな」

 

微量の棘が含まれた言葉がハンドリック少佐の口から飛び出す。

怒鳴りつける訳でもなく、声色だけは至極柔らかに、だが直接自分に向けられたものではないのに、どこか緊張を強いる声だ。

言い終えて、隊長殿とフライターク中尉の二人を見比べ、笑うように小さく鼻を鳴らした。

 

「まあいいとも、説明されなくても大体の察しはつくさ、どうせお前達の『いつも通り』だろう? 話が噛み合わずに気がついたら収拾がつかなくなった、と」

「は……申し訳ありません」

「……指揮官にあるまじき醜態でした」

「うん、ハインリーケ・ベーア中尉、ジークリンデ・フライターク中尉、言われずともお前達二人の仲が悪いのは東部にいた頃から十分わかっているんだ。今まで通りなら高いプライドを持つライバル同士、休日なら餓鬼共の喧嘩であると微笑ましい目で見れていたかも知れん、私にとっても部下は可愛いものだしな」

 

だが、と言葉を区切り、軽い溜め息を吐く。

 

「これからはそうもいくまいよ。お前達は第四飛行中隊の隊長と副隊長で、新編成した部隊を率いて、極寒のバルト海の上で、ネウロイ共と撃ち合うことになるんだ。当事者二人は喧嘩が終わって仲直りで済むかも知れんが、新米にお前達が撒き散らした不満が伝染してみろ、そんな状態の部隊を送り出すのは御免こうむる。第四飛行中隊は再編成、再始動直後にお蔵入りだ」

 

にこやかに、だが辛辣に言ってのけるハンドリック少佐。

私の顔から血の気が引いていくのがわかる、おそらくベーア隊長もフライターク中尉も同じだろう。

お蔵入り、と。

そんな、冗談ではない。

何のためにウィッチになって、何をしにリバウまでやってきたというのか。ここまで来て後方配置など、私には耐えられない。

だが、この方はやると言った。我々に問題が起これば、躊躇いなく代えを呼び寄せ同じ任務に就かせるだろう。上官とはそういうものなのだ。

 

「私が言うことはこれくらいだ、納得はしていないが理解はしているのだろう? ならば注意することだ、お前達はただの小娘ではなく機械化航空歩兵であることを忘れるな」

「……肝に銘じておきます」

「なあベーア、ロージヒカイト、慣れない部隊運用がお前達のプレッシャーになっていることは知っている。部下の懸案事項は上官の懸案事項でもあることは重々承知の上だ、だが、お前達自身が私の懸案事項になってくれるな、苦労することは必要でも面倒は嫌いだ、いいな?」

「ヤー、ヤーボール、少佐殿」

 

ベーア隊長とフライターク中尉が噛みしめるように返答する。

ハンドリック少佐の笑みが少しだけ深まった気がした。

少佐殿はゆっくりと頷くと、テオの頭に手を乗せ、視線を我々にも向ける。

 

「ああ……まったく、すまんな。本当はこんな話をしにきたのではないのだよ、このお前達の上官二人が新入りの歓迎会を開きたいというから様子を見に来ただけなんだ、まあ、もう歓迎会という雰囲気ではなさそうだが。別に緊張しなくていい」

 

心の片隅で部屋の賑やかな飾り付けの理由に納得し、ハンドリック少佐の言葉に安堵した。

重ねてきた年齢だけなら私の方が上だというのに、この上官の仕草に一喜一憂させられる。ウィッチという人種は精神の成長が早いのか、生前の私と同じくらいの年齢のはずなのに、エライ差であるなと、心の中で嘆息した。

 

「それで、どうだエールラー? こんな状態だが部隊の雰囲気は感じとれたか?」

「は、まだ時間が経っておりませんが、自分ごときには過ぎた環境です。この部隊での任務を全うすべく鋭意努力する所存であります」

「何よりだ、期待しておこう。おい、ちゃんと覚えておくんだぞお前達、これが模範回答だ。ヴァイセンベルガーにはまだ厳しそうか、どうかな?」

「あ、えー、はい、私もそう思います……」

「問題だが慣れればマシになるだろう、素直なのは高得点だ、お前はいい子だなぁ……それに比べてうちの問題児どもときたら、まったく」

「うへえ……ちょい注意して終わりじゃないのかよ……」

「あ、ちょっとアンタ何言ってんのよ……!?」

「懲りないなお前達も、また聞きたいことが増えてしまったぞ」

 

フライターク中尉の周辺が唐突に暗くなったように感じた。

背中が、どうして私まで、という言葉を音もなく発している。

 

「隊長って、苛められて喜ぶタイプの人なんですかねぇ?」

「そこまで知らん、着任直後の私に聞くな」

 

ライネルトが肩をすくめて私に尋ねるが、目も合わせる気にもならなかった。

そんな恐ろしい質問に答えられるか、ロクに話したこともない上官に締めあげられるなんて冗談じゃないぞ。

 

「ああまったく、お前達にかまっていると話がそれるな、聞きたい事も聞けないだろう」

 

やれやれと、ハンドリック少佐が演劇じみた身振りで首を振る。

何となく気が抜けてしまっていた思考で、周囲の会話を咀嚼していた私の耳に届いたのは、こんな問いだった。

 

「一つだけ、参考までに聞いておきたい、君達は東部戦線で戦う気はあるかね?」

 

ふやけた脳に冷水が浴びせられた。

東部戦線、と。

その言葉だけで目が覚める。

私の死に場所、忘れるわけがない。東部帰りの二人、隊長と副隊長もどんな場所か知っているだろう。

連日連夜飛来する戦爆連合と、いくら砲弾を撃ちこんでも歩みを止めない多脚戦車。日に日に物資は不足し、戦線も目に見えて後退していく。

私が死んだ後、どうなったのか、想像に難くない、きっとカールスラントは負けるだろう。結果を見なくてもそう言える、東部戦線はそんな場所だ。

 

「北方への輸送線の確保は栄誉ある任務であるとエールラーとヴァイセンベルガーには伝えたが、いかんせん東の人員不足も甚だしい。戦況によってはヴァイクセル川防衛に派遣した第77戦闘航空団の本隊と合わせて、東部への配置転換も十分にあり得ることだ」

 

ハンドリック少佐は部隊の全員を見回した。

 

「その時になれば否応なしに東部へ配属ということになるだろう、先に言った通り参考までにという話だ、今プレッシャーをかけて色のいい返答を引き出そうという訳じゃあない、だが、それが現実になった時の答えは今のうちに決めておいてくれ。中途半端にしておくと後々困ることになる」

 

誰もが、強張った表情で押し黙る。

難しい問いだ、皆、個人としては東部戦線投入に異論はないだろうが、部隊としてはどうなのだろう。

仲間という存在が、決意の足かせになることも十分にあり得るのだ。

我々の表情を知らずか、少佐は言う。

 

「それとだ、君達が自ら東部戦線行きを志願した場合について、指導部は保険としてこの部隊を置いている、それを自分達で動かすのは中々の苦労を要する作業でな」

 

暗い空気を振り払うように、ほんの少し楽しげに言った。

 

「東で戦いたい、そう願うのなら、上の連中を納得させられるような成果を、輸送路の確保に並ぶ、目に見える戦果を挙げてこい」

 

発破をかけるような、邪推すれば扇動するような物言い。

決して穏やかな話ではない、ともすれば地獄へいざなうような。

だが、それでも、戦えるか不安に思えた仲間の目に、小さな火が見えた気がした。

 

 

「楽しみにしているぞ、諸君」

 

 

 

 

     ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

私は結局、北か東か、どちらで戦いたいのだろうか。

 

ふいに上官の問いが記憶の奥底から持ち上がり、知恵熱か緊張感からか、ぼんやりとした頭がそれを反芻し始めた。

今がそんなことを考えている時ではないのはわかる。今後の身の振り方など、この瞬間においては至極どうでもいい事のはずなのだ。

耳に取り付けられたインカムからは絶えずベーア中尉とフライターク中尉の声が飛び交い、敵機撃墜の知らせが聞こえてきて。

鈍速な護衛対象、Ju52輸送機は白い雲をまとわりつかせ、我々に比べると遥かにゆっくりとした動きでスオムスまでの道中を急ぐ。

最早、迎撃に出た二人の上官と鈍色の敵機の姿は小麦の粒ほどに小さく見える、が時速500Kmを超える速度で戦う航空戦において、その程度の距離は存在しないと考えてもかまわない、そのくらい短い。

インカムから聞こえてくる音声は二人のウィッチが優勢であることを教えてくれていた。

先を飛ぶ我々は、決着がつくまで雲間から現れるかもしれない、いるかどうかもわからない敵機に目をこらすのだ。

靄のように視界を遮る薄い雲がとても鬱陶しく感じる。私の固有魔法は相手を直接視認しなければほとんど機能しない。他人の固有魔法である魔眼然り、広域把握然り、見えぬ相手を把握できる力の使い手が、今は酷く羨ましく感じた。

火力が跳ね上がる訳でもない、より早く敵機を見つけられる訳でもない、そんな私の固有魔法は、いざという時、本当に役に立つのだろうか。私はウィッチとして未熟だ、実戦で使ったことのない能力に、一抹の不安を抱く。

しかしながら、状況は私の心象を考えてくれはしない。無線から聞こえる声が、変化する戦況を知らせてくる。

 

『赤一番、敵機撃墜、こっちは問題ない。護衛班はどうか』

 

隊長殿の声。

流れ自体は悪くない、むしろ我々に有利な方へ傾き続けている。

視界の端でライネルトが景気よく手を叩くのが見えた。

 

「ヒュウっ、さっすが隊長!」

 

戦闘機でも十二分に戦える相手に、新人ならいざ知らず、実戦経験を積んだウィッチが後れをとるはずもない。

優れたウィッチ一人を十分に支援する体制が整えば、それだけで一つの戦線を維持することも決して不可能ではないという。

おそらく、ものの数分のうちに改良もされていないラロス共は、圧倒され、駆逐され、バルト海の底に沈むことになるだろう。

今起こっている空戦に関しては、何も心配はいらない。

だからこそ、気をつけなければならないのは、新手の存在だ。

 

「気を抜くんじゃない、お二人が強いのはいいが、警戒は厳にしておけ」

 

自分で言った言葉だが、私は何度も頭の内で繰り返して、『自分はどこで戦うべきか』そんな今は邪魔にしかならない疑問を、無理やりに覆い隠した。

 

「フゥっ……こちら赤三番、異常無し」

 

私とライネルトを順番に見て、フレデリカが溜め息混じりに報告を返す。

 

「あーあ、ほら、あんまり固すぎると今みたいに呆れられちゃいますよ?」

「本気で言ってるなら医者にかかった方がいいと思うぞ?」

「うえー、そんなぁ酷いやエールラー少尉、張り詰め過ぎると体に毒じゃないですか。ね! ヴァイセンベルガー少尉!」

「え!? あ、うん、そうだね!」

「脊髄反射で同意するな馬鹿者。一理あるが限度をわきまえてだな」

 

ライネルトといいテオといい、そういう性分なのだろうが、どちらもかなり曲者だ。

実際、空軍全体で見ればこの程度の問題児はそこら中にいるんだろうが、それらをまとめて一端の軍人まで鍛え上げる教官といった職がどれほど大変なことか。想像して少し身震いした。

私の器では到底無理なことだ。

 

「エールラー、いい?」

 

緊張が少し綻んだところで通信。何となくライネルトの思惑通りになったように思えたのが、少々気に入らない。

そんなことは知らず、聞きながら、私のすぐ側へとフレデリカが近づいてきた。

ふらつくこともなく滑るような動作で、まつ毛が数えられそうなごく近い距離で私と並ぶ。

ほんの少し、衝突、という不穏な単語が浮かんだが、危な気なくユニットを操ってみせた彼女の技量に舌を巻くこととなった。

 

「どうした?」

「二時方向、何か見えない?」

 

感心するのもつかの間、冷や水を浴びせるように緊張感がその言葉から湧きだした。フレデリカは私と目線を合わせ、そう言って片腕を伸ばしながら雲間を指差す。

指先の延長線上には、目に見えぬ心臓まで凍りついてしまいそうな冷たい空気の流れと、視界を緩やかに遮る白雲、そして遥か彼方に見える水平線。

彼女の目線の先を息を止めて凝視した。

視界が良くない。雲が目視による探査を阻んでいる。

私の集中を邪魔すまいと思ったか、誰も口を開かない。風切り音と重いエンジンの回転音が耳を通り抜けていく。

 

「……すまない、私には見えないな」

 

言って、肺の中に空気を取り込む。

酸素を取り込むために心拍数が少しだけ上昇し、反対に張りつめた雰囲気が霧散していった。

フレデリカが小さく、そう、とだけ頷いて音もなく隊列へと復帰していく。

誰のものかわからぬ安堵のため息すら聞こえた気もする。

私はもう一度、フレデリカが指差した方向を見た。

心象が変われば見え方も違ってくる、問題ないだろう、そんな気の持ちようで眺めたほんの確認だ。

目線だけで先程の景色を追いかけ、ゆっくりと虚空を眺め、先程の私はやはり冷静ではなかったのだと気付かされた。

悪い流れというものは、得てしてそのような安心をひっくり返すようにやってくるものなのだ。

 

「いや、待て……あれは」

 

嫌な緊張感が舞い戻ってくるのを感じた。

今現在、後方で戦闘を繰り広げているラロスの八機編隊、それらを捉えた時のような異物感。

私の目は遠い空の向こうに、あってはならない黒点を見つけてしまった。

顔から一気に血流が動く。

首から下げたパイロット用のゴーグルを目元まで持っていくまで一秒あるかないか。

装着と同時に固有魔法が働きだす。

 

「いやがった……敵機! ラロス、数4、二時方向距離9800、こちらへ向け260ノット直進! 補足された!」

 

言うなり冷や汗がどっと噴き出した。

本当に久しぶりの感覚が私を急速に包み込み、心臓が出来の悪いモーターサイクルのようにやかましく跳ねまわり始める。

肺からは嘔吐を堪えるような深い息が一気に吐き出された。

 

「うわ、嘘でしょう信じられない」

 

ライネルトがポツリと呟くが、その短い言葉にも余裕は感じられない。

その呟きから数秒の間も開けることなく、通信機から声が吐き出される。

 

『おい中隊! 聞こえるな?』

 

ベーア隊長の声だ。

フレデリカが応える。

 

「護衛班、感度良好……どうぞ」

『時間がないからよく聞け、赤二番は戦闘を離脱して護衛班に合流、可能であれば敵を撃破、護衛班は輸送機を誘導して戦域を離脱だ』

「……ヤー」

『赤一番、アンタはどうするのよ?』

『こっちの敵機を受け持つ、お前はいいから護衛班を追っかけろ! 魔力切れおこしたら担いでスオムスまで連れてってやる! 余計なこと言ってねえで行け!』

『あ……ああもう、そんなこと心配してる訳じゃ……わかったわよ! 赤二番! 全速で護衛班を追います!』

 

先の敵編隊を迎撃に出たベーア隊長の側でも、目まぐるしく状況が変化しているのがわかる。

無理もない、敵が索敵網にかかった輸送機を狙ってきたにせよ、これが両者とも何か意図した訳でもない偶発的な戦闘であったにせよ、我々はラロスの編隊に不意をつかれたのだ。

最早、息をつく暇すらないのではないか。

昔から奇襲を喰らってばかりだ。思い出の遥か向こう側となってしまったパイロットだった頃の記憶を呼び起こし、照らし合わせ、冷静であれ、と自分に言い聞かせる。

 

「ねぇ……姉さん!」

「何だ、こんな時まで」

 

私を姉などと呼ぶのはテオだけだ。

少し上ずった、情けない声色で通信機から語りかけてくる。

 

「間に合うのかな? 副隊長……あのラロスと、どっちが早くつくかな……?」

 

自分の思考に淀みが生まれたのを感じた。

反射的に、問題ないだろう、と返そうとした口が、途中で止まる。

それは安心させるための方便にしかならない。

最初からわかっているのだ。ギリギリの距離でギリギリの時間、もし間に合わなければ。

そう考えたところで、テオに言葉を返さず、ベーア隊長の通信へ割り込んだ。

 

『他に何かある奴は?』

「こちら赤五番、赤二番機と敵機の距離をかんがみると対象の護衛に不安が残ります」

 

自分の考えを言って一息置いたところで、さらにフレデリカが混ざってくる。

 

「こちら赤三番、私も赤五番と同じく……赤二番が追いついても、護衛対象が敵の射程に入る可能性がある」

 

やはり、と内心思った。

こんな急を要する場面にめっぽう弱いテオが気がつくことに、実戦を経験したウィッチがわからぬということは考えにくい。

 

『……なら、どうする?』

 

ましてや、苛烈な撤退戦を行ったオストマルク帰りのベーア隊長が、それを想定していなかったなど。

聞き返す声。

何か確認するような響きを帯びていた。

 

『戦力が足りない、ここで叩くにはタイミングが悪い』

 

そう、違うのだ。

ベーア隊長の中では、副隊長が我々に追いつく前に敵機が襲来するかもしれぬという想定はとうに済んでいるのである。それをふまえ、最大限の考慮をした上で、ベーア隊長は戦域離脱の命令を下したということだ。

しかし、私やフレデリカとは決定的に考え方の相違がある。

 

「戦力はあります、我々に交戦許可を」

 

ベーア隊長は、ほぼ新人で構成された護衛班を、戦力としてみなしていないのだ。

 

『……』

 

沈黙が返ってくる。

戦闘機でもそう、空戦の未帰還が最も多いのは初陣のひよっこだ。

ベーア隊長は彼女なりに我々の安全を考えて決断したのだろう。部下として、これ以上ありがたいことはない。

 

『お前らが戦うってのか? お前も含めて実戦経験のない奴が三人もいるのに?』

「戦えます、我々はそのための訓練をこなしてきた」

『それはお前が判断することじゃねえ、戦える根拠は他にないのか?』

 

だが、そうであっても、私はどうしても首を縦に振ることができない。

ディオミディアと交戦したあの日、ほんの少しでも同じ空を飛んだ彼女達の姿が頭をよぎる。

 

「我々は、ウィッチです」

 

戦闘機よりも速く、強い、人類の切り札。

可愛らしい耳と尾を生やし、その手に似合わぬ重火器を携えて、ストライカーを駆る姿。それを美しいと感じた私にとって、信じて任された輸送機を危険にさらすことなど許容できることではないのだ。

自信はある、誰一人の被害も出さずにラロスを落とすことはできるはずだ。

かつての私に、戦闘機にできて、ウィッチに出来ぬ道理はない。

 

『そんなのが根拠か、新人だってのに随分なこと言うのな』

「それもまた、いずれ新人と呼ばれなくなりますよ、今の隊長達のように」

『あぁ? 何だよお前、思ってたより全然生意気な奴じゃねえか』

 

私も内心焦ったか、喉奥から、柄にもなくふっかけるような言葉が飛び出してきた。

上官に対して挑戦的な言動、今まで経験にない。どうせ帰還後に後悔することになるだろうなと思う。

そんな私の言葉に、ベーア隊長は多少の驚きが混じった声を返し、そしてすぐに鼻を鳴らした。

 

『いいぞ、やってみろ。交戦を許可する』

『は!? ちょっとちょっと何言ってんのアンタ!?』

 

フライターク中尉が怒鳴る。

 

『何考えてんの? 新人が単独で実戦なんてそんな無茶苦茶な!』

『いや、大丈夫じゃねえか? なんてったってウィッチだしな』

『何を、アンタまでそんなこと……!』

『アイツらの言うとおり、間に合わない算段が高い。だったら最初から戦わせるべき、これが隊長としての判断だ。全部私の危機管理不足が原因なのはわかってんだよ。不安に思うならもっと急いでくれ、頼むぞ?』

『ああもう! アンタはいつも勝手に決めて! 帰ったら覚悟しなさいよ、通信切るわ』

 

まくし立てるベーア中尉。

フライターク中尉は、納得がいかない様子で通信を切った。

機械越しに聞こえる小さな溜め息、やがて、それを掻き消すような歯切れのいい指示が飛ぶ。

 

『護衛班、敵編隊と交戦し撃破しろ! 特に赤三番は新人のサポート忘れんな、以上!』

「ヤー、感謝します隊長」

『アホか、そんなこと言ってられんのも今のうちだ。フライタークの真似する訳じゃねえが、エールラー、お前も覚悟しとけよ? あれだけ大口叩いたんだ、ストライカーに傷一つでもつけたら承知しねえからな! 通信終わる!』

 

乱暴な言葉と共に、通信機越しの会話が終了した。

隊長は単身迎撃、副隊長は護衛班と輸送機の安全を確保するべく、フルスロットルで魔導エンジンを回しているのだろう。

誰一人として手を抜ける状況ではない、自分以外の誰かの命がかかっている。

 

「……手立ては?」

 

冷静極まりない小さな声で、フレデリカが聞いてきた。

 

「言いだしておいて何だが、私でいいのか? 経験はそちらの方が豊富だろう?」

「別に。おかしな提案をしなければ、かまわない」

 

とても消極的な同意だ。

短い返事からは、進んでやろうという意思が感じられない代わりに、任されたのなら文句は言わない、そんな意識が読み取れた、ような気がする。

個性的な上官がいるが故の彼女のスタンスだろうか、少し勿体ないとも思えたが、今はそれがありがたくも感じる。

ここで揉めずにすんだ。

 

「他は?」

「……うん、私は……あ、赤六番は問題ないです」

「赤四番問題ないでーす、いやぁ、私に拒否権なんてありませんて」

 

それぞれの返答を聞いて、私は頭の中を整理した。

現状を鑑みて、間違いないと思える選択肢を慎重に選び出す作業。

実際の行動よりも気を使う場面だ、計らずとも隊を率いることになって、改めてその感覚を思いだした。

思いだし、それをフィルターにして無数の選択肢をふるいにかける。

 

「現在は奴ら以外の新手はいない、仮に現れてもその時には隊長達が後方を掃除して帰ってくる頃だ。奴らの射程内に輸送機が収まる前に叩き落とす、ここまでが我々の勝負になる」

 

そこまでは皆わかっているはず、次からは選択肢を提示していく。

 

「私とテオが正面から敵機を誘引し、フレデリカとライネルトは雲中を進んで先行」

 

噛み砕いて説明していく。本当なら何分、何時間でも時間を費やして考えたい作業だ。

名と役割を告げられた彼女らの表情は一体どうなっているのだろうか、編隊飛行中では確認する術がない。

 

「先行組は後方から<ruby>一撃離脱<rt>ダイブ・アンド・ズーム</ruby>、無理せず狙い撃って、残りは誘引組が引き受ける」

 

簡単な作戦、いや、作戦と呼べるようなものでもない。さらに簡単な戦い方を提案しただけ、動きを並べ立てたにすぎず、タイミングも当事者任せである。

我々の持てる選択肢は、個々人のウィッチとしての戦力をあてにすることだけだ。

ベーア隊長にあれだけの啖呵を切ったのも、『ウィッチ』の能力なら可能だと判断したから。

 

「以上、何か異論は?」

 

頭を振って雑念を払った。

何を弱気になっているのか、自分が言い出したことだ、ウィッチであるなら不可能なことではない。

ほんの少しの間があって、三人からの了承の返事があった。

私は自分自身を納得させて大きく頷いた。

 

「では戦闘を開始する、皆、無理を言ってすまないな」

「気にしてない」

「そう思ってくれてるなら、陸で何か奢ってくれてもいいですよっとぉ!」

 

フレデリカとライネルトが体を捻ってロールを打つ。急上昇した二人の姿はものの数秒程度で雲間に消えていった。

遥か先にあった黒点は先程よりも明らかに大きくなっている。

時間がないのは明白だ。

輸送機が進路を変える。私はその反対方向へ、黒点へと体を向けた。

 

「なあ、テオドーラ」

 

私に追従する、妹のような幼馴染の名を呼ぶ。

手に抱えたMG34の重さを確かめつつ、返事を待つが、声は戻ってこない。

代わりに苦しげな呼吸音が聞こえた、やはり、と思った。驚くことはない、テオはきっと耐えられないだろう、その予測はできていた。

 

「落ち着いて聞くんだ、別に怒ってない」

「……う、ん、ごめん」

「やっぱり怖いか?」

 

呼吸音が止まる。

黒点は前に見た頃よりも更に大きくなる。

 

「……怖いよ、怖いに、決まってるよ」

「ああ、そうだよな」

「訓練校でっ、頑張って、やっと配属されて……嬉しくて、それなのにっ……! いきなり死んじゃうかもしれない、なんて、嫌だよっそんなの」

 

震える歯ぶつかるカチカチという小さな音。

絞りだした声と一緒に私の耳に届いた。

何故だ。私は誰にでもなく問うた。

こんなにもか弱い娘がどうして、このような戦場を飛んでいるのだ。本当なら守られて然るべきはずの、この子が、どうして。

苦しい、胸が、どうしようもなく。

戦闘機に乗ると決めたその日か、ウィッチになると決意したその時か、私はこの子を、けっして連れて来てはいけない場所へ引きずり出してしまった。

 

「輸送機につくか?」

 

接敵まで時間がない。戦えないであろうテオを、こんな所に置いておきたくなかった。

恐怖に飲まれて動けなくなったこの子に無数の銃弾が襲いかかる、そんな光景を思い浮かべるだけで頭が真っ白になりそうだ。

今後のことは陸で考えればいい。

聞こえていた呼吸音が止まる、返事は思っていたよりも早かった。

 

「……嫌」

 

短く、それでもハッキリした声でテオは言った。

 

「何?」

「姉さんと一緒にいる」

 

今度は私の息が詰まる。

 

「お前、本当にいいのか、本気なのか」

「本気だよ、怖いけど、それでも」

 

いまだ歯と歯がぶつかる音と、激しい呼吸音は聞こえている、それでもテオは私に言う。

 

「姉さんが死んじゃうかもしれない、なんて嫌」

 

私は二の句を継げなかった。

ああ、なんてことだ。誰かが死ぬかもしれないから戦うなどと。

私が二十を過ぎて、軍人を志して初めて得た答えのようなものを、この子はもう持っているのか。それがウィッチという存在なのか、私が彼女らと本当に同じ齢なら、自分を銃弾にさらしてまで誰かを守るなど考える事もできなかっただろうに。

この子は私よりもよっぽど『ウィッチ』だ。

 

「そうか」

「……うん、大丈夫」

「なら、ちゃんと戦うんだぞ、訓練通りやればいい、ウィッチは強いんだ」

「ヤー、ヤーボール」

 

心なしか、声の震えも収まったか。きっとこの子は強い。

眼前の敵はもうすでに点とは言えない。高速で接近するそれらは航空機であると、形から判断できる距離にまで近づいていた。

敵は四機、ラロスは編隊を組んで真っ直ぐに飛行してくる。

左から順番に見て、どれが一番脅威か、初撃を加えるタイミングはどうか、出来る限り早く頭の中で整理していく。

ラロスの翼が陽光を照り返した。

短く息を吐いて、MG34を肩にあてがってかまえる。

緊張の糸が張りつめて、通信機がノイズを発した。

 

「赤三番、いきます」

 

静かな声が鼓膜を突き抜けた。

ラロスの背後、我々の正面上方になる位置、その雲の中から二つの影が飛び出してくる。一直線に、高高度からの逆落としによる加速を活かし、帝政カールスラント空軍正式採用ストライカーBf-109の世界最高とも言える速度性能を限界まで引き出して、フレデリカとライネルトがラロスに迫った。

機銃が火を噴き、二条の線を張る。

が、それも一瞬の出来事だ。

時速数百キロの速度で舞い降りた二人は数秒と経たずラロスとすれ違い、遥か眼下の空へと飛び去っていく。

初撃は成ったか、その答えもすぐにわかった。

すれ違いざまに機銃弾の火線に絡め取られたラロス二機が、炎を吹き上げて戦列から離脱していく。姿勢制御をこころみたか、頼りなくバンクを振ったそれらはやがて真っ逆さまに海面へと無理矢理に舵を切らされた。

 

「……ぃぃいよっしゃあ! 見ました!? 見ましたよね今の! 初撃墜ですよ! アハハハ、やった、これで死なずにすみそうヤッター! タリホー!」

「タリホーはブリタニア語、紛らわしいからやめて」

 

緊張が切れたか、ライネルトがけたたましい笑い声をあげる中、今度は私が引き金に指をかける。

魔導エンジンを全開に、一気に高度を引きあげ声を張る。

 

「二機撃破、赤六番は上空待機! 次に備えろ! 赤五番いくぞ!」

 

残り二機になったラロスの片方が泡を食って私に進路を合わせる。

初期型のラロスは鈍感だ、上手く背後に忍び込めば楽に撃ち落とせる程度の相手であった。初めの二機に対してはそれがよく利用できている。

真正面からすれ違ったのは一機、もう一機は輸送機の方へ向かうのか。

時間をかけてなどいられなくなった。

舌打ちをして、私は右に旋回する。首を捻ってラロスの位置を見ると、相手は反対の左に旋回したことがわかる。

円周が交差して、私とラロスがもう一度すれ違った。

空戦機動でいう、シザーズの形だ。舌打ちがもう一度飛び出る。

シザーズは何度も交差を繰り返して、相手が目の前へと飛び出てくる瞬間を狙う機動だ。競り負ける気は微塵もないがこれでは無駄な時間を浪費することになる。

 

「クソ、邪魔をするなと」

 

おちょくっているようにも感じるラロスの軌道にイラつきながら、一気にエンジン出力を絞る。

頭を円周の内側へと向け、急旋回。もともと小回りの効くウィッチなら、多少の無茶はなんとかなるだろう。

相手が私の目の前を通り過ぎていった。

もう一押し。

今度は上体を思い切りそらして、推進力の源であるストライカーを脚ごと振り回すように無理矢理に軌道を修正した。

速度を保存しきれず、急な失速に体が若干ふらつく。

戦闘機なら考えられない動きだ、が、ウィッチの強みは安定感にもある。空中で静止できる兵装など、今のところはストライカーユニットくらいのものだ。

背後に回り込まれたことを感知したラロスがシザーズを止めて旋回を始める。

エンジン出力を上げて追従。Bf-109の速度性能はラロスごときに遅れをとるものではない。

このまま円運動になるか、とも考えたが、そんな時間はやはり、なかった。

付き合っていられるか。

一気に勝負をかける。

再度エンジンを全開にして、速度を引きあげた。

ラロスの背中が迫る。旋回中の背後をぴったりと捉え、さらに増速。

円周の内側にとどまり続けることがドックファイトの基本だ。オーバーシュートすること、つまり円周の外側に飛び出ていくことは、有利な位置取りを放棄することになる。

だが、それでも加速をやめない。やりようはいくらでもある。

オーバーシュートが避けられないと、感覚で感じ取った瞬間、私は体全体を捻って上昇旋回した。

余剰分の速力が高度に変換され、速度が落ちる。一瞬の上昇軌道の頂点に達し、体全体が重力の束縛から脱したような妙な感触に包まれた。

何でもできそうな、そんな全能感。遅く感じられる時間の進行の中で、MG34を力いっぱい握りしめる。

そして、上空から、背面飛行でラロスの位置を確認して、もう一度ロールをして加速する。

山なりの軌道から一気に落下するように下降旋回。

眼下のラロスに狙いを定め、もう一度円周の内側に自分をねじ込んだ。

ここでようやく固有魔法が効果を発揮する。

残弾や高度の他、銃口の先に照準器のような模様が現れ、視界の中にそのまま焼きついた。自分の感覚が視覚化されているのだろう、何もないよりかは遥かにマシだ。

逃げに徹する相手を追うのは面倒くさい。見越し角を得られる一瞬を狙う。

時間はかからなかった。

銃床を肩にあて、固く構えた銃口の向こう、照準器がラロスを捉えた瞬間、引き金を目いっぱい引き絞るだけ。

魔力の作用でさほど大きく感じられない振動が伝わってくる。

撃ちだされた銃弾は真っ直ぐにラロスの機体に穴を開け、食い込んでいった。

煙が噴き出し、目に見えて高度が落ちる。制御不能になるまで十秒もつか。やがて、慣性による速度維持もできず、ラロスは雲の中へと消える。

一機はそれでお終いだ。

私は横目で撃墜を確認すると、最後の一機を追った。

時間はそれほどかけていない、進路を修正するとすぐに標的が視界に飛び込んでくる。

目に映った情報を整理して、冷や汗がどっと噴き出してきた。

一直線に輸送機へ向かう影、その間にいるのは、テオドーラ・ヴァイセンベルガーただ一人。

エンジンを全開に、魔力を注ぎ込んで増速する。

間に合うか。

いや、無理だと、早急に結論づけた。

やかましい風音に混じって聞こえるのは、緊張に押しつぶされそうな苦しげな呼吸音だ。

テオは私と同じMG34を構えて、ラロスに向けている。きっと震えて照準が定まっていない。

やはり駄目か、そうおもった瞬間、ラロスの機銃から弾丸が飛び出した。

ギリ、と奥歯がこすれる音が頭に響く。

 

「……ひっ」

 

悲鳴を呑み込むような声が聞こえた。

機銃の狙いはかなり甘い、当たりっこないような位置でがむしゃらに撃っているだけだ。

今しかない。

私は通信機に向って大きく声を張り上げた。

 

「ビビるな! 撃て!」

 

返ってきたのは呼吸を呑み込む鈍い、くぐもった音。

テオの動きに意思が戻る。遠く、確認できないはずのテオの顔が、歯を食いしばる必死な表情に見えた。

ラロスの機銃弾と交差するように、テオが持つMG34の連射が始まる。

もうすでに互いの射程内に入っていた両者は、ほぼ同時に直撃弾を受けた。ラロスの機銃弾はとっさにテオが張ったシールドに阻まれ、テオの弾丸はほんの少しそれて相手の翼の装甲を強引に引き剥がした。

ラロスからすれば、何もしてこなかったはずの敵からの手痛い一撃、自分の安全を信じていたのであれば裏切りとも言える反撃だっただろう。

臆したか、ラロスはこの場面で、その場限りの対処で身の安全を確保しようとした。

ラロスが急上昇し、テオが放った射線からの離脱を試みる。

が、それは明らかに間違った選択だった。もっとも、この状態でとれる選択など限られたものであることには変わりないのだが。

 

「逃がさない」

「ハッハァっ! どこにも行かせませんよってね!」

 

ラロスから見て後方からの猛烈な射撃。

舞い戻ってきたフレデリカとライネルトだった。二人はラロスの進路に蓋をするように射線を張る。

取ることのできる選択肢のほとんどを封じられ、ラロスの動きが鈍った。速度もない、高度の有利もない、我々に牙をむいた化け物は、狩られるだけの存在になり下がった。

遅れて追い付いた私がラロスの上に張り付くように、接近する。

 

「このスコアはテオの分だろうな」

 

狙う必要もない。

一言だけ呟き、眼前にあるラロスの胴体へ機銃を叩き込んだ。

破孔から火の手が上がり、確認するまでもなく粉々になった機体はバルト海へ撒き散らされていく。

エンジン出力を絞り、大きく息を吐いた。

 

「こちら赤五番、新手は?」

「こちら赤三番、確認できず、これで終わりみたい」

 

もう一度、安堵のため息を吐く。

初仕事にしては上手くやれただろうか。悪くない結果、だとは思う。

 

『こちら赤一番、先発の敵機は片付いた、状況はどうか』

『赤二番、輸送機と合流できました、こっちからも見えてるけど、全員無事だわ』

『ほーう、やるじゃんか』

 

安心が滲んでくる副隊長の声と、楽しそうな隊長の声。

聞きながら、編隊を組み直し輸送機へと戻る。

 

「赤三番と赤四番、問題はないか?」

「私は問題ない」

「問題ありませんよ。しっかし、なかなかエキサイティングでしたねぇ、取り乱したりしませんでした私? いやぁ、お恥ずかしい、ははは」

 

フレデリカの冷静な返事に、隊長よりも楽しげに聞こえるライネルトの声が続く。

が、笑い声で締められた会話も、最後には尻すぼみになっていった。

消え入るような声でライネルトが言う。

 

「でも少し怖かったですよ、何もなくてよかった」

 

笑い声が安堵のため息に変わって、通信が終わる。

どうにも調子が狂う、でもこれを引きずると後悔することになりそうだ。

陸に戻ったら、まだ会ってから日が浅いものの、いつも通りと言える悪戯好きの小娘に戻っているだろう。どうせそんなものだ、かつての『少尉』もそうだった。

 

「赤六番は……」

 

これには、言いきる前に言葉が返ってきた。

 

「私はちゃんと戦えたかな、姉さん」

 

不安げな言葉だ。

テオらしいと言えばテオらしい。

この子が不安に思っていようと、私は自信を持って言える。

 

「ああ、立派に戦えていたよ」

「ホントに?」

「嘘を言う必要があるのか?」

 

何も、私の言動で一喜一憂しなくてもいいだろう。

上がり症なきらいがあるのだから、もっと自分に自信を持てばいいのだ。

きっと強くなれる、テオもウィッチだ。

 

『面白い奴らだなぁお前ら、陸についたら休憩と報告がてらミーティングする、いい話を期待してるぞ』

 

先程に輪をかけて楽しそうな隊長の言葉。

面白い奴らか、何となくではあるが、この部隊でならやっていける気がした。

この部隊で北方を支え、然るべき戦果を挙げることで東へ。

あの地獄のような東部戦線でも、この部隊でなら生き残れるのではないか、今はそう思わせてくれる。

現実となるかはわからない、が、たとえ将来、思い違いという結果に終ろうとも、今だけは夢見ることをやめようとは思えなかった。

 

 

 

 

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