後輩のみ回。
そしてようやく名前公開。
お気に入り等ありがとうございます。
7月1日修正+多少追加しました。
「あぁ…」
彼女は帰宅するやいなや、ベッドの上に飛び込んだ流れから体を一回転させ、絞るように声を発した。
そしてスカートのポケットからスマホを取り出し、アプリを起動させたまま手の動きは停止した。厳密には手が多少震えていたのだが。
「なぜ私はあんな大胆なことを…」
スマホを一旦手から離し、顔をベッドにポフッと埋めながら嘆きの声をあげた。
「相席して、連絡先聞いて、ゴチになって、デ…遊びの約束を取りつけるなんて…」
思い出すのは日頃の自分に降り注ぐ数々の事象のことである。
突然クラスメイトが私の隣の席に腰掛けてきたこと。突然クラスメイトが連絡先を聞いてきたこと。突然クラスメイトからの週末どこか出かけないかという旨のお誘いのこと。
このような不都合なケースが発生したときに「えー…ひくわー…」とか「面倒だなぁ…」とか思いながら嫌々対応していたことを思い出した。せめて他愛もない日常会話をするような関係であるならば特段問題ないことだといえる。しかしそうでないならば好意的には思えないだろう。むしろマイナスなイメージを抱く可能性が高い。実際、私は抱いた。
引かれてないかなぁ…。
親戚のおじさんくらい面倒な絡みしてたよね…?親戚のおじさんが嫌いというわけではないけど。
自分がされる立場の経験しかなかったが今回逆の立場になって初めて気づいたよ。
突然話しかけたり、連絡先交換しようとしたりするのも普通の人ならばその後、今の私みたいに布団の上で一人反省会みたいなものを開いていたりするのだろうか。
今度から連絡先交換くらいまでは許容しよう……許容することも考慮に入れよう。
そして相手が不快に思うようなことをしないという教育を受けてきたはずなのに今回私自身がしてしまいました。お母さんごめんなさい。娘には親の躾が行き届いていなかったみたいです。
それはともかくメッセージ送らなくてはと、やや気を持ち直しつつ顔をベッドから離す。
「うん?」
これまで何だかんだで先輩との絡みはあったが、そういえば先輩の名前を知らないことに気づいてしまった。いや、気づいていたのだが恥ずかしくて聞けないまま放置していたのである…。もちろん聞こうと思った瞬間がないわけではない。
聞こうと思ったものの聞けずじまいで今回連絡先交換まで至ってしまったのであり…もちろん私の名前も先輩は知らないはずである。
しかし連絡先を交換した今、手元の画面にて先輩のIDを入力しさえすれば、名前が表示されるはずである。つまりついに先輩の名前を知るときを迎えたのである。
「よしっ」
IDを1文字ずつ入力し終え、間違いないか確認し、「完了」の文字をタップする。
微かに高鳴る心臓の鼓動を抑えこもうとスーッと息を吸い込みゆっくりと吐き出す。
スマホ画面を見るだけなのになぜ深呼吸をしているのか…我ながらおかしいなと客観視しながら鼓動の高鳴りを抑え込んでいく。
そして画面をみる。
「ヒロ」という二文字が目に飛び込んできた。
ヒロ…これは下の名前だよね?流石に名字ではないと思いたい。ならば名前だとして、ヒロで終わりなのかどうかだ。ヒロキとかヒロシとかヒロユキとか…ヒロのつく名前の人のあだ名みたいなものかもしれないし。
…仮に先輩が皆にヒロと呼ばれてたとしても、いきなり私が「ヒロ先輩」とか「ヒロさん」とか呼んでいいのだろうか。そんな親密な関係じゃないのにこの後輩なんなんだとか思われるかもしれないし、無理じゃないかなぁ。
私って意外と奥手なのか?いわゆる大和撫子的な日本のよき女性の精神を受け継いた可能性が…。
とりあえずメッセージを送ろうと友だちに追加し、トーク画面へ移る。
何を送ればいいんだ…。
キャピキャピした文章は嫌いそうだしなぁ。かといって真面目すぎる文章だと向こうも真面目な文章で送り返してくるかもしれない。そうなってしまったら入学して、初日に初めて話した流れで連絡先交換を行ったクラスメイトのような「よろしく、こちらこそ」トークで終わってしまうんじゃないか…?
なんだかこれエセ恋愛頭脳戦みたいだよね。まぁ私だけが無駄に頭使ってるんだろうけど。
「お風呂入ろ…」
リフレッシュも兼ねて先にお風呂に入ることにした。難問とかで躓いたときは湯船につかっていると閃くかもしれないという話を聞いたことがある。今回は難問というわけではないが、いい文章を思いつくかもしれないし、ゆっくりお風呂の時間をとろう。
「そういえば…」
先輩の名前のことを考えていたが私のプロフィールは下の名前で登録してあり、つまり「茉菜」なのだが…。このままにしておくと茉菜と呼んでもらえるかもしれない…。
おっと…顔の筋肉が弛んでて今の顔ちょっと見せられないかも。
だがしかし、名前を呼ばれる度に毎回こんな顔を見せるわけにもいかないじゃないか。エマージェンシーなのだ。
ならば名字、川嶋にした場合、川嶋呼びされるわけなのだが、それはちょっと勿体ない気がするのである。折角姓名を知られていない状態なのだからこそ、下の名前で呼んでもらえるチャンスじゃないか。
しかし私の体裁を保つならば名前呼びは厳しい。耐えられる気がしない。名前呼びでお願いされたらいくらでも貢ぐ女性になりうる。先輩はそんなことしないだろうけど。
「どうすればいいのかなー」
───────── ─────────
そのまま1時間湯船に浸かり続けていた結果のぼせた。駄目だ頭が回らない。
とりあえず名前を変えて…メッセージを送らなくては…。名前は猫の顔文字にでもしておいて今度考えよう。
メッセージは…っと。
─────── ────────
新聞配達のバイクのエンジン音により眠りが妨げられ、徐々に意識が覚醒してくる。
「朝っ!?」
昨日の考え事をしていたらお風呂でのぼせ、そのままおねんねという情けない出来事を思い出した。
「先輩にどう送ったんだっけ」
意識が朦朧としたなかでの出来事は思い出せなかったのでスマホを手に取り確認する。
先輩のトーク画面が開かれたまま、文字は何も入力されていなかった。
「やばっ」
まさかメッセージを送っていなかったとは。考える時間はすでになく、「昨日はありがとうございました」という何の変哲もないメッセージを送り今朝の支度に取り掛かるのだった。