あっそうだ(唐突)犬飼さん秋ドラマ出演決定おめでとうございます!
よろしくお願いします
氷室幻徳は 自室の布団の中でゆっくりと目を覚ました。
学年別トーナメントでの騒動からもう1ヶ月、再生の力を持つ「フェニックスボトル」をずっと握って生活していたおかげか折れていた腕も元のように動かせるようになるまで回復している。
隣のベッドの一海はまだ寝ているようだ。起こさないように静かに体を起こし、コーヒーを入れに部屋についている簡易キッチンへと向かおうとして、寝息がいつもより多いことに気がつく。
寝ているはずの一海へと視線を向けた幻徳は思わず叫びそうになった。
自分のベッドで大の字になって寝ている一海、その腹の上で全裸のラウラが体を丸めてすやすやと静かな寝息を立てていたのだ。
幻徳は慌てて目をそらしてため息をつく。あの一件以来、一海をカシラと呼び慕うようになったラウラは偶にこうして幻徳たちの部屋に忍び込んでくるようになっていた。くつろいでいる時等に来るのは別に構わないが────さすがにこれは見つかったら不味いだろう。千冬の顔を思い浮かべた幻徳は思わず身震いをする。
(おい、起きろポテト!おい!)
ラウラを起こさないように気を使いながら、一海の頬をペちペちと叩く。しかし一海は起きないどころか気持ちの悪い笑顔を浮かべながら気持ちの悪い寝言を呟き始める。
「でゅふふふ……待ってよみーたん〜……」
「…………」
急に面倒くさくなった幻徳は一海がベッドから落としたらしいタオルケットを上に乗るラウラに被せ、コーヒーは諦めてそのまま部屋を出てしまった。もうどうにでもなれ。
部屋のドアを開ける幻徳。外開きのドアに硬い感触と「痛っ」という声を聞き慌てた様子で部屋の外の様子を確認する。そこには額を抑えてプルプルと震えている豊かな金髪の少女、セシリア・オルコットの姿が。
「オルコット?こんな時間に何の用だ。まだ授業には早い時間だぞ」
「か、一海さんに幻徳さんはいつもこの時間に起きてると聞いたんですわ……」
「む、赤くなってるな。ちょっと待ってろ、氷を取ってくる」
そう言って幻徳は部屋の中に戻って行ってしまう。セシリアは額の痛みで少し涙目になりながら大きく深呼吸をした。
(今日こそ誘わなくては……!幻徳さんを、その、で、デートに……)
ラウラの暴走事件以来、状況は大きく変化していた。一夏には篠ノ之束の妹である箒、中国の代表候補生である鈴とフランスの代表候補生であるシャルロットがアタックしており、一海は妹分のラウラ・ボーデヴィッヒが目を光らせておりほかの女を寄せ付けない。
現状学園の男の中でフリーなのはミステリアスな髭男こと、氷室幻徳ただ1人。今や学園中の女子が彼を狙っているのだ。セシリアはそれを静観している訳にもいかず、他の女子より先んずるためにこんな早朝から幻徳の元を訪れていたのだが──────
(それなのに……早速失態を……気を使わせてしまいましたわ……)
「……大丈夫か?」
ブツブツと小声で呟くセシリアの額に幻徳が氷袋を当てる。突然の冷たさにセシリアはきゃっ!と小さな悲鳴をあげて飛び跳ねた。
「げ、幻徳さん……申し訳ありません……わたくしの不注意ですのに」
「いや、いきなり開けた俺も悪い。すまないな」
申し訳なさそうな顔で頭を下げる幻徳にセシリアは慌てて首を振った。
「いえ!そんな……ところで、幻徳さんは明日の土曜日なにか予定はありまして?」
「予定?いや、特にないが」
「あの……もし宜しければ一緒に買い物などいかがですか?」
上目遣いで尋ねるセシリア、その表情に幻徳は思わず一瞬ドキリとしたが直ぐに平静を取り戻す。
「ああ、構わない。その額のお詫びだ、荷物持ちでもなんでも任せてくれ」
「本当ですの!?ありがとうございます幻徳さん!楽しみにしていますわ!」
幻徳の言葉を聞いた瞬間、セシリアは満面の笑みを浮かべて小さくガッツポーズをした。
「それでは明日朝9時に駅前に集合しましょう」
「分かった」
上機嫌で幻徳に手を振りながら自分の部屋へ戻っていくセシリア。幻徳はそれを見送りながら軽く欠伸をした。
「……自販機で缶コーヒーでも買うか」
寮の廊下をセシリアとは別の方向へ歩いていく幻徳。この時、彼はセシリアとの会話を聞いている者がいるとは夢にも思っていなかった。
「ほほう…………」
未だに眠り続ける一海の体の上で、ずっと聞き耳を立てていたラウラが楽しそうな笑みを浮かべ兄貴分の頬を叩く。
「起きろカシラ。なにやら面白いことになっているぞ」
「ん……?あぁ、ラウラ……か…………」
目を擦りながら眠りから覚めた一海は、自分の胸の上にあるラウラの顔を見た瞬間その顔を青ざめさせる。その視線がゆっくりと下がっていき─────────
早朝の寮に、一海の悲鳴が響き渡った。
「セシリアと氷室がデート!?」
「しっ!声が大きいぞ」
教室にて、ラウラから今朝の出来事を聞いた一夏は思わず大きな声を出してしまう。隣に座る箒が慌てた様子で一夏の口を抑えた。
「間違いないのか、ラウラ」
「ああ。セシリアと氷室幻徳が話をしているのを聞いた。明日、駅前で待ち合わせをしているらしい」
へぇー、と一夏はセシリアの席の方へと視線を向ける。席に座る彼女は傍から見ても明らかに上機嫌だった。どうやら先程の一夏の声も聞こえてないらしい。幻徳は無表情で自分の机に座り読書していた。
「……それで、その情報を僕達に教えてどうするの?」
「決まっているだろう。尾行だ」
ラウラの横に立っている金髪の少女、シャルロットが疑問を口にする。それに対し当然と言わんばかりの態度で即答したラウラは自信ありげに胸を張った。
「任せておけ、尾行は得意だ」
「尾行が得意だって……そんな2人に悪いよ」
「気にならないのか?あの氷室幻徳がそういう場でどういう行動をとるのか」
ラウラの言葉に一夏たちは動揺する。確かに、気になる。
思えば幻徳と一海に出会ってからもう3ヶ月にもなる。その間一夏は幻徳の休日の姿を見たことがないのだ。
一海によると部屋で寝ているかどこかへ出掛けているらしいが……
「あれ?そういえば一海は?」
そこで一夏は一海が先程から会話に参加していないことに気がつく。キョロキョロと周囲を見回すとラウラの背後で両手で顔を覆いめそめそと泣く男の姿が。
「どっ、どうした猿渡?」
「何があったの?」
心配そうに声をかける箒とシャルロット。泣きながら一海は弱々しい声で答えた。
「俺の……俺の人生初の添い寝の相手は……みーたんって決めてたのに…………」
「ああ。カシラなら私が昨夜夜這いをかけて以来こんな調子だ」
「よばっ!?」
「えぇっ!?」
サラリと言うラウラに狼狽する女子二人。一夏もギョッとした顔で一海を見る。
「誤解を招く言い方はやめろ……お前は俺の布団に入り込んできただけだろうが…………」
「?日本では好きな相手の布団に潜り込むことを夜這いというのではないのか?」
「いや、それは……」
「その……ねぇ?」
首を傾げるラウラに顔を真っ赤にしながら誤魔化すように笑う箒とシャルロット。
ごほん、と咳払いをしてラウラは仕切り直す。
「とにかく、私はカシラが自分より強いと言う氷室幻徳の秘密を暴きたいだけだ。ついでにセシリアへの謝罪も兼ねて2人の恋路を後押ししたい」
ラウラの言葉を聞き、一夏は思わずおぉ……と声を漏らした。まさかあの転校初日に人の顔をぶん殴ろうとしたラウラがここまで他人の為を想って行動するようになるとは。ついで扱いだけど。
「そういうことなら、俺も協力するよ」
「ま、まあ一夏も行くというなら私も同行しよう」
「ていうかラウラだけじゃ絶対ろくな事しないもんね……」
ん一夏に続くように箒とシャルロットも同行を申し出る。ラウラは満足そうに頷いた。
「あとは鈴にも声をかけよう、では明日の朝8時半に駅前で集合だ。カシラもいいな?」
「俺に拒否権はねぇのかよ……まあ、いいけどよ」
一海は諦めたようにため息をつく。ここに、氷室幻徳とセシリアの恋の応援隊は結成された。
「すまん、待たせたな」
「いえ、わたくしも今来たところですわ」
「で、どこの店に行くんだ?」
「ここの近くのショッピングモールです、水着を買いたいのですが……幻徳さんに選んで貰えませんか?」
「俺が?ふっ、任せておけ。俺のセンスを見せてやる」
待ち合わせ場所で合流し、会話をしながら歩き出す幻徳とセシリア。朝から今日のラッキーカラーがピンクだからという理由で全身ピンク1色というふざけた格好で出かけようとした幻徳を取り押さえて、普通の服装に無理やり変えさせた一海は物陰からその様子を見ながら疲れたような顔をしていた。その横には一夏とラウラもいる。
「不安だ…………」
「なんでだ?いい雰囲気じゃないか」
「お前はあいつの服のセンスを知らねえからそんな事を言えんだよ。とんでもねぇぞ」
そんなになのか、と一夏は思わず息を呑む。と、そこで3人の携帯端末が軽快な通知音を鳴らした。同時に画面を確認する。
「あいつらは駅前のショッピングモールで買い物するって話だったよな?店にいる間に一旦合流しようってよ」
「OK、取り敢えず店に入るまでは尾行を続行する」
物陰から物陰へ移動しながら、デートの動向を監視する追跡者達。その姿が周囲の目線をかなり集めていることに全く気づかない程3人は幻徳とセシリアの行動に意識を集中させていた。
「幻徳さん、こちらの水着とこちらの水着、どちらが似合いますか?」
「どっちも少し露出度が高すぎるんじゃないか?いや、オルコットの好みなら構わないが」
「では試着してきますわ。それから選んで貰えますか?」
「ああ、分かった。俺はここで待っている」
パタパタと水着を数着抱えて試着室へ入っていくセシリアを見送る幻徳。その様子を店内の物陰から見ていた鈴は呆れたようにため息をついた。
「はぁー、セシリアみたいな子が水着姿を見せるって言ってるのに少しくらい動揺しないのかしらね」
「だがそれで鼻の下を伸ばしてデレデレするような男よりは好感が持てるな」
「一夏みたいに全く反応しないのも考えものだけどね……あっでも幻徳も全然気にならない訳じゃないみたいだね」
シャルロットが幻徳を指差す。つられて鈴と箒もそちらへ顔を向けた。幻徳は腕を組んでいつもの他人を威圧してしまうような顔で立っているが、よく見るとすごくソワソワしている。周囲をチラチラと確認したり、何度も腕時計を確認したり。女性用水着売り場で男が1人でこんなことをしているのだ。傍から見たら完全に不審者である。
「あっいた。氷室は?」
「水着の店か。そういえば私も用意しなくてはな。カシラ、後で一緒に来よう」
「他の奴と一緒に行け。俺は女の水着なんて選べねえよ」
そこへ一夏、ラウラ、一海も合流した。計6人で店内の物陰からソワソワしている男を観察する。最早全員不審者である。店員さんもその異様な光景に声をかけられないでいる。
と、その時1人の女性客が幻徳の肩を叩く。まさか、あれが噂に聞く逆ナンか!?と一海と一夏は思わず身を乗り出した。
「ちょっと、そこの貴方」
「……?もしかして、俺か?」
「そうよ。これ持ってくれる?」
女性は購入した服らしきものが入った袋を幻徳へ差し出す。わけも分からないまま受け取った幻徳は首をかしげた。
「なんだこれは」
「物わかりが悪いわね、荷物持ちをしろって言ってるのよ」
「何故俺が?」
女性の言葉に不思議な顔をしながら渡された荷物を突き返す幻徳。しかし女性は余裕そうな態度を変えない。
「あら、いいの?警備員を呼ぶわよ、今の社会での男の立場が分かってる?」
「……?いや、分からんが。男女平等じゃないのか」
その幻徳の反応が気に入らないのか、女性は少し苛立ったような様子を見せた。そして警備員を呼ぼうと周囲を見回す女性のその肩に白く細い指が掛けられる。
「え?」
「わたくしの御友人に何かご用ですか?」
水着姿のセシリアが怒りで全身を震わせ、だがその顔には笑顔を浮かべなから女性の肩を掴んでいた。その迫力に振り返った女性は怯えたような表情で幻徳に渡した荷物も忘れ慌てて逃げていってしまう。
「あの、大丈夫ですか?幻徳さん……その、ごめんなさい」
女性の姿が消えた後、セシリアが申し訳なさそうな顔で謝った。幻徳は首を横に振る。
「気にするな、オルコットが悪い訳じゃないだろ」
「いえ、ですが…………」
「助けて貰って謝るのはこっちだ……それと、その水着似合ってるぞ」
「……はっ!あ、いえ、これは試着してる時に幻徳さんが絡まれているのをみて慌てて飛び出してきただけでして……き、着替えてきますわ!」
幻徳の言葉で自分が水着姿だということに気がついたセシリアは顔を赤くして試着室へと駆け込む。幻徳は再び絡まれることがないように試着室の傍で待機することにした。
「……最近って多いらしいのよね。女ってだけで偉そうな奴が」
「ISが女しか扱えねえから……か」
先程の幻徳に絡んだ女性を見て鈴が放った言葉に一海は苦い顔をする。例えスカイウォールやパンドラボックスが無くてもこの世界にはこの世界の問題があるのだ。平和には程遠いな、と心の中で呟く。
「あ、でも今年になって一夏に一海に、幻徳って3人も新しく男のIS操縦者が見つかったんだし、これからまた変わってくんじゃない?」
「だと、いいんだけどな…」
「そもそも男だとか女だとかではなく、強い者が偉いという社会になればいいんだ。そう思わないかカシラ」
「いや、さすがにそんな世紀末な世界はお断りだぞ私は」
「……ってあれ?氷室とセシリアは?」
一夏の言葉に皆慌てて幻徳たちがいた方を確認する。試着室は既にもぬけの殻、追跡対象の2人はとっくに会計を済ませて出ていってしまっていた。
「随分と人が多くなってきたな」
「休日のお昼ですものね。幻徳さんは大丈夫ですか?」
「あぁ」
人混みの中を、比較的背の高い幻徳はスイスイと進んでいく。それに対し隣のセシリアは少し動きにくそうにしていた。幻徳はそれを見ながら少し考え、それから自分の左手をセシリアへ差し出す。
「へ?」
「手を繋ぐか?はぐれたら面倒だ」
「え?あ、は、はい!」
顔を真っ赤にしながら差し出された手を握り返すセシリア。長身のモデルのような男とこれまた綺麗な金髪の美少女が街中の人前でこんなことをしているのである。2人は周囲の目線が自分たちに集中していることに気がついた。
「……どこかの店に入るか?」
「そ、そうですわね。この先に人気のカフェがありますわ」
「じゃあそこにしよう…………少し急ぐか」
少し照れくさそうにしながら足を早める幻徳。セシリアは手を引かれながら少しでもこの時間が長く続く事を祈った。
それが数分前のこと。
そして今。
「両手を挙げろ」
「…………」
「…………」
2人は銃を突きつけられて両手を挙げていた。背後のドアの向こう側ではパトカーのサイレンと投降を呼びかける拡声器の声が響いている。
セシリアが案内した人気のカフェ、2人が来店した時その店は強盗集団が絶賛立てこもり中だったのだ。しかもその時は丁度強盗が来てから警察が駆けつけるまでの僅かな時間だったらしく、2人が店に入って銃を突きつけられるのと警察のパトカーがサイレンを鳴らして店の前にやってくるのはほぼ同じタイミングだった。運が悪いとかそんなレベルじゃない。幻徳は今朝、一海にラッキーカラーの服を無理やり着替えさせられたことを思い出し心の中で恨み言を吐いた。
「幻徳さん…………」
「心配するな」
不安そうなセシリアを落ちつせるように小さな声で言う幻徳。だがそのやり取りを気付かれたのか強盗の1人が幻徳を殴った。
「てめぇ……何をコソコソ話してやがんだ」
「別に、なんでもない」
「助けを呼ぼうとしても無駄だぜ。人質はお前らだけじゃねえんだ」
見れば店内の奥の厨房に人が集められていた。おそらく元々店にいた客や従業員達だろう。皆、不安そうな顔で幻徳たちを見つめている。
「オラ、頭振っ飛ばされたくなかったら大人しくしてろ」
強盗のショットガンの銃口が幻徳の額を小突く。強盗集団の中でも1番大柄な男が幻徳とセシリアの背中を押した。
「お嬢ちゃんも兄ちゃんも、痛い目みたくはねぇだろ?」
「……あぁ、そうだな」
「くっ…………」
表情一つ変えない幻徳と、悔しそうなセシリア。2人は押されて厨房まで連れていかれる。
「ブルー・ティアーズが出せれば……」
「代表候補生が街中でISを無断使用なんてしたら不味いだろ。……最悪代表取り消しみたいになるんじゃないか?」
「ですが……」
「おい、何ゴチャゴチャ言ってやがる」
「ぐっ……!!」
幻徳の後頭部に衝撃が走り、思わず前のめりになってしまう。どうやら銃か何かで後ろから殴られたようだ。
幻徳さん!と悲鳴に近い声を上げるセシリア。今度はセシリアへ向かって拳を振り上げる大柄な男を視界に捉え、幻徳の体は自然と動いていた。
背後へ回り込み、ハイキックを首筋へ叩き込む。意識を失った男は糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。カフェの床に転がった拳銃を踏み潰し、幻徳は周囲を確認する。
「……オルコット、お前は客や従業員と待っていろ。俺は連中をどうにかする」
「そんな!1人では危ないですわ!それに怪我も……」
「怪我は大したことない。俺の方は大丈夫だ、頼んだぞ」
食い下がるセシリアに告げ、幻徳は懐から何かを取り出し右手に握り込むと姿勢を低くして強盗達がうろついているホールの方へと飛び出して行った。
「……いたか?」
「いや、いない!」
ショッピングモール前の歩道で、息を切らしながら走ってきた一夏は一海の問いに首を横に振る。水着屋で幻徳とセシリアを見失って以来、追跡班は2人を再び見つけることが出来ないでいた。
一海はため息をつく。
「なぁ、もういいんじゃねえか?あの二人の恋愛に俺らが首突っ込む意味ねぇだろ」
「ダメだ!ここで中断しては意味が無い」
一海の提案にラウラは首を横に振る。説得に応じる様子ではない。一夏は不思議そうな顔をした。
「なんでそんなにアイツらのデートに執着するんだ?」
「それは…………」
目をそらすラウラ。一夏の目は真っ直ぐにラウラの顔を見つめる。一海もそれに同調するようにラウラへと視線を向けた。
「なんでだ?」
「うう…………」
咎めるような2人の視線にたじたじになるラウラ、そこへシャルロットが助け舟を出す。
「ま、まぁまぁ2人とも、それは今はいいじゃない。ここら辺じゃないなら向こうの飲食店エリアの方を探してみようよ」
「……そうは言っても…ん?」
一夏の横をサイレンを鳴らしたパトカーが通り過ぎ、ショッピングモール内の駐車場へ入っていく。これで5回目くらいか。パトカーが走り去って行った方を見て一夏は首をかしげた。
「さっきからパトカー多いな、何かあったのか?」
「そうみたいね。中のカフェで立てこもり事件だって」
そこへ一海達とは別方向を捜索していた鈴と箒が合流した。鈴は先程も話に出た飲食店エリアの方を指さす。
「なんか嫌な予感するな、様子見に行くか」
「そうだな、案外氷室達も巻き込まれてたりしてな!」
まっさかー!と全員で笑い合う。だが幻徳達の行先に心当たりもない一海たちは取り敢えずその立てこもり事件の場所へとむかうのであった。
「うおおおおおお!?」
「ふん!」
幻徳へ向けて銃口が火を噴く。しかし放たれた銃弾は駆ける髭男に命中することなくテーブルの上に置かれていた料理の皿を割るだけに留まった。
呆気に取られる強盗犯の顎に幻徳の掌底が直撃する。そのまま崩れ落ちる強盗犯の体を見下ろしながら幻徳は額の汗を腕で拭った。
(これで4人目……)
ネビュラガスで身体能力が強化されているとはいえ、きついものはきつい。とはいえ、元いた世界では銃で武装したサイボーグ兵士を生身で相手したことも何度かあるので、それに比べたらまだ楽だが。
「なぁ……てめぇ!?」
別の強盗犯が向けたショットガンが火を噴くよりも早く、幻徳が投げつけた皿がその顔面へ叩きつけられる。陶器が割れる音と共にうずくまった強盗犯の首筋へ幻徳の手刀が振り下ろされた。
(残り…………2人!)
店の入口付近で警察と大声で怒鳴りあっている交渉役らしき男と、その横でショットガンを持って立っている男。ショットガンの方は先程から店内で鳴っている銃声を気にしているのか周囲を警戒している。
身を屈めて店内を区切っているパーテーションの陰からその様子を確認しながら頭の中で考えを巡らせる。
────その時、幻徳の後頭部に固いものが押し付けられた。
「やってくれたなてめぇ……」
先程手刀で気絶させた筈の男がショットガンを幻徳へ突きつけていた。甘かったか。幻徳は顔を顰めて舌打ちする
「ちょっとま────」
幻徳が言い終わるのを待たずに、後頭部の銃口は火を噴いた。
「幻徳、さん───────」
心配し、こっそり幻徳の後を追ってきたセシリアはその光景を見て膝から崩れ落ちた。その大きな瞳から涙が溢れ出す。
うつ伏せに倒れる幻徳、彼を撃った男は笑いながら目の前で倒れる体へ蹴りを入れた。
「へっへっへ、大人しくしてねぇからこんなことにな……って硬っ!?なんだコイツなんか仕込んでやがるのか!?」
蹴った方の男がうずくまって自分の爪先を抑える。その直後、幻徳がむくりと立ち上がった。
「……痛てぇな」
「は?なっ……えっ?」
「えっ?……えっ?」
セシリアと強盗犯は、思わず同じような反応をしてしまう。立ち上がった幻徳は何かを握りこんだ右拳で困惑したままの強盗犯を殴り飛ばした。吹っ飛んだ体は近くのテーブルに突っ込んで大きな音を立てる。
「……持ってて良かった……」
そう言いながら右手を振る。その拳の中に握られたモノは振動に合わせてカシャカシャと音を立てた。
宝石の成分が込められ、持つ者の肉体を硬化させる「ダイヤモンドフルボトル」。その力によって今、幻徳の体は銃弾をものともしない程に強化されていた。
撃たれた幻徳を見てへたりこんでいたセシリアは目の前で起こった事が理解出来ず目を白黒させている。
「おい!?どうした!暴れてる奴の始末は済んだのか!?」
先程の音を聞いたのか、入口にいた男が向かってくる。パーテーションの陰からその男の目の前に躍り出た幻徳は思い切り拳を振り抜いた。鼻血を吹き出しながら男の体は空中で一回転して床に転がる。
「後はお前だけだ……!!」
顔を返り血で濡らす髭面の男がこちらへ向かって来るのを見た交渉役の男は恐怖のあまり震え上がる。そのまま持っていた銃を投げ捨て外の警察の元へと自ら走っていった。
「た、助けてくれ!ば、化け物だ、化け物がいる!」
「犯人確保!!大人しくしろ!」
助けを求め、そのまま警察に拘束される最後の強盗犯。その様子を店内から伺いながら幻徳は安心した様子でホッと息をつく。
「げ、幻徳さん……大丈夫なのですか?」
「ん?撃たれた箇所か?問題ない。そうだな……ISでいう部分展開みたいなもので防いだから─────なっ!?」
銃を向けられても平然としていた幻徳が、突然抱きついてきたセシリアに狼狽した様子を見せる。その胸板に額を押し当てるセシリアの体が小刻みに震えているのを見て、無理やり引き剥がすことも出来ず、幻徳はどうしようもなく天井を見上げた。
「わっ、わたくし……幻徳さんが、撃たれて、死んでしまったのかと…………」
「……大丈夫だオルコット。俺はそう簡単に死なん」
泣いているのか、しがみついたまま震えているセシリアの背中を落ち着かせるように軽く叩く。
「お父様とお母様も……わたくしを置いて出かけた時に死んでしまいましたわ、もう……わたくしだけ置いていかれるのは嫌です…………」
「………………すまん」
あの、人質の人たちと待ってろと言った時か。幻徳は少し顔を顰める。セシリアを傷つけないように下した判断が逆効果だったか。
──それからどれほどの間そうしていただろうか、店の入口の方が騒がしくなった。どうやら警官隊が突入してくるようだ。幻徳は舌打ちする。
「オルコット、ここで俺達が見つかるのはまずい。素性がバレる前に逃げるぞ」
「えっ────きゃっ!?」
ネビュラスチームガンを取り出し、抱きついていたセシリアの体を抱えながらその引き金を引く。お姫様抱っこの状態になったセシリアは顔を真っ赤にした。
「警察だ!動くな!」
突入してきた警官隊の前で、幻徳と彼に抱えられたセシリアの体が黒煙に包まれる。店内に突然発生した黒煙に警官たちはうろたえる。
「火か!?」
「いや、煙幕だ!」
騒ぐ警官達の声を聞きながら、2人の視界は黒で塗りつぶされる。次の瞬間、その体は店から離れた路地の上へと移動していた。
呆気に取られたセシリアの体が地面に降ろされる。
「……なんとかなったな。警察が来たなら人質の人たちも無事だろう」
「え?あの、ここは……」
「……ワープ能力みたいなものだ」
困惑するセシリアに幻徳は軽く伸びをしてから言った。
「どうせこの後も暫くあの周辺の店は使えないだろう、今日はもう戻るか?」
「……ええと、そうですわね。買い物自体は済みましたし……」
同意しながらも、セシリアの顔はどこか名残惜しそうだ。幻徳は小さくため息をつく。
「……今日は中途半端になってしまったからな。別の日で良ければ買い物くらいまた付き合おう」
「ほ、本当ですの!?約束ですわよ!」
幻徳の言葉に、セシリアは身を乗り出して詰め寄ってくる。少し困惑しながら幻徳は頷いてみせた。嬉しそうな顔になったセシリアはぴょんぴょんと小さく飛び跳ねる。その跳ねる体に合わせて揺れる胸部に幻徳は釘付けになりかけたが───ふと罪悪感を感じて目を逸らした。
セシリアも自分のはしゃぎ様が恥ずかしくなったのか顔を赤くしながらコホンと咳払いをする。
「では、帰りましょうか」
「あぁ、そうだな」
2人は学園の寮へ向かって歩いていく。気のせいか、その二人の間の距離は今朝よりも少し狭くなっていた。
「髭を生やした男の子が助けてくれたんです!」
「彼はどこにいったんだ!?」
「あの外国の女の子もいないわ!」
助け出された人質にされていた人々が警察に詰め寄っている。それを見た一海はハァとため息をついて手に持っていたスクラッシュドライバーを懐にしまい込んだ。
「やっぱりヒゲが巻き込まれてたか」
「外国の女の子ってセシリアの事か?2人とも、いないけど……」
一夏と一海は周囲を見回す。だが幻徳の姿もセシリアの姿も見当たらなかった。
そこへ遅れてラウラたちも駆けつける。
「カシラ!早いぞ……む?なんだこの人混みは」
「はぁ、はぁ…………あれ?連行されてるね、犯人」
「どうやら、既に解決したようだな」
「このご時世に男が強盗なんてアホな話よね、ISが出てきたら何も出来ないってのに」
鈴が連行される犯人たちを見ながら腕を組み呆れたような顔をする。一海は鈴のその言葉に何か言いかけたが────首を振って口を閉じた。
その様子を見た一夏は話題を変えるようにラウラへ声をかける。
「そういや、結局ラウラはなんで氷室たちを尾行しようとしてたんだ?」
「むっ……それは…………」
先程と同じ一夏の疑問にラウラは慌てた様子を見せる。一海と、さらに今度は鈴と箒からの視線も加わった。助けを求めるようにシャルロットを見るが彼女も今度ばかりは助けるのは無理だと言うように苦笑いを浮かべている。
やがてラウラは観念したかのように口を開いた。
「その……私は、デートというやつのやり方がよく分からなくてな、今回セシリアの行動を観察することで自分が誘う時の参考にしようと思ったんだ」
「へ?」
「ほう」
目を丸くする鈴と感心する箒、シャルロットはため息をつく。
「僕は昨日の夜のうちに先に聞いてたんだけどね……」
「そういうのって普通男の方が考えるんじゃないの?」
鈴のジト目を向けられた一海は気まずそうに目を逸らした。そもそもデートとかそういう関係じゃない、と呟くが鈴には届かない。
箒はラウラの言葉に共感を覚えているようでうんうんと頷く。
「分かるぞ、その気持ち」
「な、なんだよ箒、何が言いたいんだよ」
頷きながらもその目は一夏を睨んでいる。睨まれた一夏は戸惑いながら一海へと視線を向けた。
鈴に睨まれる一海の目が一夏に訴えかける。ここから逃げるぞ、と。箒の咎めるような視線に耐えかねた一夏は頷いてその視線に応えた。
「行くぞ一夏!」
「おう、一海!」
2人の男達が同時に駆け出す。
「あっ、逃げた!」
「待て一夏!」
「カシラ!どこへ行くんだ」
「あっ……もう、みんな待ってよ!」
取り残された少女達もワンテンポ遅れて走り出す。
結局、セシリアと幻徳のデートも、ラウラの計画も中途半端な形で終わる羽目になってしまうのであった。
篠ノ之束の秘密ラボにて、この施設の主は楽しそうな声を上げた。
「やーっと完成だねー」
プシュゥと、圧縮された空気が抜ける音と共に機械の扉が開く。そこには黒い、1つのドライバーが。
「束さん、これは……」
後ろに控えていた鷲尾風が珍しく感情を表に出して目を見開いた。彼は、この黒いドライバーに見覚えがある。
かつて自分がいた世界で何度も交戦した「仮面ライダービルド」が変身に使用していた道具、
束はたった今完成したそれをスーツケースに入れて蓋を閉じる。
「それじゃあふーちゃん、それにらいちゃん。行こっか」
「行く?どこへですか」
困惑する風に束は悪戯っぽい笑みを浮かべながら告げた。
「