ノイズの殲滅を終え、生徒や教師を安全な場所に避難させようかと動き出した途端。
大地が揺れ、校舎を壊しながら巨大な塔が屹立する。
カラフルで、しかし不気味なそれから感じる既視感は、
「エレベーターシャフト……!?」
しかし周りの反応は、
「カ・ディンギル……!」
私除く装者達は周知の事実かのようにその名を口にするが、え、待って私ついてけてない。
視線を周囲に彷徨わせると、ちょうどそこに見慣れた白衣が見えた。
「さ、櫻井女史……!」
「フィーネ!!」
雪音さんと私は同じ人物を見て、違う言葉を口にした。
いや、待って。マジで追い付けない。
櫻井女史は私にとってはほぼお馴染みになったサディストな笑みを浮かべ、
「私は、フィーネ。先史文明より生き、月を穿ちバラルの呪詛から人類を解放し、統治するものだ」
「月を、穿つ……!?」
立花さんの驚愕の声に満足気に櫻井女史ーーいえ、フィーネは笑う。
「そうだ。その為のカ・ディンギル。その為のーー」
フィーネに青白い光がまとわり、形となって、
「ネフシュタンだ」
感じる敵意、感じる威圧感に足がすくんだ。
ーー、いや、違う。
信じたくない現実に、脳が認識を放棄しただけだ。
そんな、と勝手に口から溢れた思いは、彼女の耳には届いたようでちらりと視線が来たのを感じる。
「ふ、高々実験動物風情が、随分と思い上がったものだな」
嘲りの声は遠く、しかしこの身の心臓が跳ねて、風が通り過ぎるような冷たさを感じる。
その言葉は紛れもなく、自分に向けられていた。
「二課に二人いる装者の内、一人は重鎮の娘。もう一人は異端技術を持つと言え、その生家からは遠ざかっていてかつ親がいない。実験に使わない道理はないだろう?」
立花さんが怒りの声を上げて抗議。さらには実力行使を開始したが、フィーネは余裕を崩さない。
ーーあいかわらず足は動かない。
「取り入るのは簡単だった。親が死んだばかりで心の隙間に入りやすかったからな」
手酷い裏切りだ。
だが、それでも頭は空っぽで、何の意味もなく棒立ちだ。
その惨状に出会ったばかりの雪音ですら目を背け、風鳴先輩など必死で召喚されたノイズを片付けている。
「さくらい、じょし……」
ようやく頭が動く。
口を回せ。疑問をぶつけろ。
「なぜ、実験動物に科学を教えたのですか」
「おまえに教えた事など、初歩の初歩でしか無い。痛くもかゆくも無い部分だけだ」
「なぜ、仲間に誘ったりなどしたんですか……?」
初耳だったのか装者三人が一斉にこちらを見る。
「護衛が欲しくてな。ーーだが、もはやそれは不要だ」
「そう、です。か。」
頭を思い出が駆けていく。
提出する論文にコーヒーこぼして慌てふためく女史の姿。いつもと違って笑った。
唐突に脱ぎ出して無意味に敗北感を与えられた時のこと。なんだあのスタイルの良さ。
二人して夕飯を食べながら寝落ちた五徹目の夜。ちなみにラーメンだった。熱かった。
課題をこなして褒められたこと。頭に乗った手は優しかった。
戦闘後、すぐに全身チェックされたこと。揉まれた。
手枷、足枷……いやこの思い出はいらない。私の魔術が思い出を燃料にするなら即座に燃やす思い出だ。
ふらり、と覚束ない足取りでフィーネに向かう。
無防備な身にフィーネの鞭が当たり、吹き飛ぶ。
「鏡崎ィ! 気をしっかり持て!」
頭から地面に行くまでに風鳴先輩がキャッチしてくれた。
そうだ、そうだよ。風鳴先輩の言葉にハッとする。
「もし、そうだとしても、私がフィーネに、櫻井女史に救われたのは、事実ですよね」
「あぁ、そうだ! おまえにとってその時間は、真実のものだ!」
風鳴先輩としてはそれを認めるのは嫌なことなのだろう。
だが、認めてくれたというのは、そういうことだ。
「ーー道を踏み外した恩人を止めるのは私の役目ですよね」
「ほう?」
少し大きめの声で。
自分を奮い立たせて。
「《
剣を立てる。
フォニックゲインが回る。
「私は、あなたを止めますよ。《
ーーこれは、胸の恩義に報いる戦いである。
ーーこれは、失わない為の戦いである。
十三拘束セーフティにより、二つまでの承認をします。
「児戯で作った機構だ。私に及ぶべくも無い」
「なら、その身で受けてください!」
振り抜く。
塔ごと吹き飛ばそうとしたが、それは盾のように展開された鞭によって防がれる。
「まだ、です」
「ーーいや、終わりだ」
カ・ディンギルが光を帯びる。
同時、鳴動するような高音が周囲に溢れ、地響きとなって大地を揺らす。
「させねぇ!!」
雪音さんが全砲掃射。
さらに二本のミサイルを発射する。
フィーネを狙うそれを撃ち落とすが、
「狙うは塔か!」
ミサイルを乗り物にするとかいう斜め上すぎる発想によって月とカ・ディンギルの砲身。その延長に躍り出た雪音さんは、笑みで
「ーーGatrandis babel ziggurat edenal」
絶唱を口にした。
「Emustolronzen fine el baral zizzl」
「させるかァッ!」
フィーネが鞭を伸ばして攻撃をするが、
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
「間に合わせるっ!」
エクスカリバーを振り抜いて一本を落とす。
もう片方は風鳴先輩が撃ち落としてくれた。
「Emustolronzen fine el zizzl」
そして絶唱は、ここになった。
夜空に、月をバックに蝶が舞う。
その不思議なほどに美しい光景は次の瞬間、塔から吐き出された破壊の奔流に穢される事となった。