「ガングニール……だとォ!?」
「そんな……それは奏の……」
モニターの向こう。
話でしか聞いたことのない聖遺物が起動したという事実が二課のあらゆるスタッフに激震を齎す。
「そんなびっくりする事なんですか?」
「え、えぇそうね、びっくりすることよ円ちゃん。そもそも、装者は一つの聖遺物に一人の適合者が普通なの」
近くにいた櫻井女史に疑問をぶつけると、簡単な説明と肯定がくる。
ちらっと我らが二課の剣を見れば痛いほどに拳を握り締め、目を見開いて画面を凝視している。
司令官も同じ。
「でもガングニールのシンフォギアは保管してある……一体誰が……」
「……なんにせよ、私と先輩は現場に急行した方が良さそうですね。……先輩? 風鳴先輩?」
「ーーっ、え、えぇ、そうね」
「あ、ちょっと……司令官。あれは……」
まずいのでは。と司令官を見るが、こちらも固まったままだ。
「えぇい、想定外が発生したからとそんな硬直していては守るものを取りこぼしますよ!?」
「、っ!? あっ、す、すまない。翼は現場に……もう行ったのか……」
「えぇ。私は」
「いや、円くんはここから行くには少し距離がありすぎる。それに、円くんは翼と違い、固定砲台タイプだからな。周辺への被害が洒落にならん」
「しかし、それでは」
大丈夫、と司令官は悔しげな笑顔で円の頭を撫でた。
そのままモニターを見れば、50ccバイクで駆け抜けて行く剣の姿がある。
「翼はそうやわではないさ」
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翼は怒りと疑問、脳の半分以上を占めるそれに、思わず突き動かされそうになっていた。
『風鳴先輩。落ち着いてください』
「わかっている……!」
通信機の向こう側で後輩の声がする。
相変わらず何を考えているか分からない色だ。
『風鳴先輩に置いてかれたので今日は単なるナビゲーターです』
私に現場に急行するだけの速度は無いので。
非難するような声だ。
「すまない。だが」
『はいはい。分かりましたよ風鳴先輩。おや、ガングニールが動きましたね。これは……逃げてる……?』
アクセルを握った手が痛くなるほどに握り込まれている。
ーー逃げる、だと?
奏なら、奏なら……!
『ガングニールの性能に任せた回避? 風鳴先輩急いでください。多分、これ一般人で、しかもさらに一般人を庇ってる可能性があります』
言われずとも。
すでにアクセルはフルスロットル。
燃料タンクを腿で挟み、姿勢を低く、車体に平行に。
「奏なら……ッ!」
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ーーこりゃ重症ですね。
つい呟いた言葉に司令官が反応する。
「どういうことだ」
「簡単な話ですよ。風鳴先輩、まだ奏さんのこと引きずってます。それもシャレにならないレベルで。多分、すごく依存していたんでしょうね」
二課という居場所に依存し始めている自分に言えた話では無いのだが。と脳内で自嘲。
櫻井女史にはお見通しのようで、視線を感じる。
最近なにかと構ってくれるなこの人。という感想をひとまず置いて続きを促す司令官に視線を返す。
「色々根拠はありますよ。訓練中とか。でも、一番の根拠は彼女の行動規範ですね。多分『奏ならこうする』が根底ですよ。まぁそもそも、女子高生が親友を失って、すぐに立ち直れる訳もないのですが……」
「しかし、二年だぞ」
「たった二年です」
即答にたじろぐ司令官。しかしここで止まらず言葉を重ねる。
「風鳴先輩の戦い方。どうも荒っぽいなと思ってましたが合点が行きました。ーー彼女、無意識でしょうが自殺願望があります」
「なん……だとォ!?」
「死ねば奏さんに会えますからね」
わたしにも分かります。
そう続ければ司令官のみならず、スタッフ全員に沈黙が落ちる。
「彼女は今、奏さんを汚されたような気持ちなんでしょう」
モニター。
間に合ったらしく、ノイズを轢き飛ばしながら減速なしで突入していく荒ぶる剣の姿がある。
その先にガングニールの反応。
一瞬映る少女は、
「ーー立花さん……?」
次の瞬間。バイクに仕込んだカメラからの信号は途絶えた。
バイクさんは死んでしまったのか。
「信号、切り替えます」
次の瞬間、ほぼノイズを殲滅している画面が現れ、それを確認した緒川さんが不意に消えた。
「えっ」
「緒川は忍者だからな」
誰も疑問に思ってない。
忍者だから仕方ないみたいな。えっ。
えっ。
櫻井女史は苦笑いでこちらを見ている。
二課屈指の変人に理解の視線を貰った……!?
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「ーーえっ」
やっぱそうなるよね。
唖然とした立花さんの顔がある。
対してこちら側。
垂れ幕には『ようこそ二課へ! 立花 響さん!』の文字。
数々の料理は食堂のものか。
完全に歓迎ムードだ。
そしてそれが気に食わないが、強くは言えない風鳴先輩。
多分、風鳴先輩としては未知のガングニール装者に対して歓迎ムードにまでなるとは思っていなかっただろう。彼女の感情を中心に考えれば当然のこと。
「風鳴先輩」
「円か……これは……」
「二課には装者が必要なのです。といえば、分かりますか」
「いや、しかし、それはーー」
「彼女は立花響。わたしのクラスメートで、趣味は人助け」
ーー貴方ならご存知でしょう。サバイバーズギルトなる言葉を。
まさか、というように目を見開くが、こちらはそれに対するだけの根拠がある。
「二年前のツヴァイウイングの悲劇。その生還者ですよ。彼女」
少なくとも怒りの感情が目から消えたのを確認し、私は風鳴先輩から離れる。
すこしはマシになっただろうか。……いや、しばらく当たりは強いのだろう。しかし、それは当人同士が解決しなければ前に進めない事だ。
そして櫻井女史に絡みつかれている立花さんに近寄って、
「櫻井女史。それくらいにしてあげてください」
「えっ、鏡崎さん!?」
「はい。クラスメートの鏡崎円ですよ。名前で呼んでくださいね」
緒川さんを呼んで手錠を外してもらう。
ちょっと痛かったのか手首をさすってやっと解放されたぁと気の抜ける声を披露してくれる。
「手荒な真似をしてすいません」
「あっ、いえ! お気にならず!」
緊張したように緒川さんに受け答えをする姿は安全を確かめようとする猫のようにも見えた。
ーー天羽先輩なら家族。風鳴先輩なら天羽先輩。私なら両親。装者はなにかを失わないとなれない呪いにでもかかっているのだろうか。
であれば、立花さんはなにかを失っているのか。
ふと胸に浮かんだ疑問を笑みで振り払って立花さんに手を差し出す。
「こちら、櫻井女史謹製の荒巻鮭パンです。中々のボリュームですので是非」
「えっ」