ハイスクール・フリート 灰色の狼娘たち⚓   作:黒助さん

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第十話:艦長の責任

 

少しして、泣きつかれたヴィクトーリアさんを寝かせると、艦長室に私は赴いた。ビアンカ艦長は未だに眠っていて、少し心配だったのだ。凄い音がしたし。しかし、そんな眠り姫なビアンカ艦長の直ぐ側にはマリアンネさんがいて、じっとその顔を見ていた。

 私はその隣に座る。しかし、何もお咎めもない珍しさに少し戸惑いつつ、けれどビアンカ艦長への心配が勝ってその寝顔を眺め続けた。すると、マリアンネさんはポツリと呟いた。

「……航海長には話してやっていいな」

「え……?」

 いいから黙って聞いてくれ。そう言って彼女は話し始めた。ビアンカ艦長の頭を撫で、心配するようにして。少しだけ、羨ましかった。

「私は落第生だったよ。町中のやぶ医者とそうかわらんくらい拙い治療しかできない落ちこぼれだ」

 そういう彼女はじっと息をする度上下する胸を見て、時折熱がないかおでこに手をやる。そうしながら、彼女は話を続けた。

「だが、この馬鹿はあろうことか私を救ったんだ。五年前の、丁度適性検査のときだ。もう乗ることはかなわんだろう船に、副長と共に私をも説得してまでな。まるで船のサルベージだ。沈んだ私を拾ってくれた」

「あのときの……」

 何かに例える独特な喋り方のゲルトラウデさんだが、自分を卑下するのはなかなか無かった。珍しいなんてものではなく、おそらくそんな喋り方は初めて聞いた。

 そして、彼女の言う五年前。丁度副長や艦長がメモを持っていた時の話だった。

 その話には、他にも数人はこの艦に乗船させてもらえたと付け加えられる。その乗員たちをメモしたノートが、あの手帳だったのだ。

「だから、この馬鹿者には払いきれん恩がある。それこそあのゲルトルートと同じ借金王だ」

「借金はしてないさ。色々と支払ったけど」

 そこに、ベッドに戻る際に通りがかった怪我人のゲルトルートが軽口を叩いた。噂をすれば影が差す。なるほど、当の本人が来るとは。

「傷口が開く、まずはその口を縫い合わせてやろうか?」

「はは、ヤブ医者だ」

 そう笑って逃げるようにさるゲルトルートに、しかしマリアンネは笑っていた。そして、マリアンネさんはもう遅い、寝ろ。と言うと私の背を押したのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

翌日、十一日目。遭難八日目。

 目覚めとともに艦長室に行くと、エルヴィーラ副長とジークリンデさん、レオニーさんが其処に居た。ビアンカ艦長が目を覚ました……!そう喜んで駆け寄ろうとしたのだが、しかし、その場の雰囲気がすこし喜ばしいものではなかった。

「私の指示が、まずかったんだ」

「艦長……?」

 そして、その言葉に私は怯んだ。

「副長……艦長は、貴女がふさわしいわ。私じゃ、皆を守れない」

「艦長……! な、何を」

 エルヴィーラ副長の戸惑いをよそに、ビアンカ艦長は自身の白い艦長帽をエルヴィーラ副長に押し付ける。その表情は苦々しいもので、後悔が募っていた。

 

「私は、艦長なんかじゃない……ただの、愚か者だ」

 

 その言葉を最後に、私達は追い出された。ビアンカ艦長はおそらく……いや、確実に昨日の救助実行に責任を感じて、そうしたのだろう。私達は反論する猶予すら与えられなかった。

 ビアンカ艦長の判断は間違いじゃない。そう言いたかったのに、とっさには言えなかった。ビアンカ艦長があんなに怯んでいるなんて、正直、ショックだったのだ。

 ビアンカ艦長が目覚めて、昼食時になっても、ビアンカ艦長は顔を出さなかった。食事を摂る私達は、いつもはそこに居た席を見て、何とも言えない雰囲気を出してしまっていた。寂しいし、驚いたし、嫌だし、でも気持ちもわからなくもなくて……。

 その場にあった料理は、ビアンカ艦長の分を残して平らげていた。箸が進まずとも胃に収めねば、鬼と疲労がやってくる。でも、やっぱり、食欲のない食事は少し気分が悪かった。

その残された料理を見て私は呟いた。

「艦長……」

「食事を取らないのね……ローゼマリーがまた怒るわ……」

 ジークリンデさんはそう言うが、ビアンカ艦長の分をトレーにまとめていた。後で持っていくつもりなのだろう。優しい人だ。その言葉にレオニーさんとエルヴィーラ副長は難しい顔をした。

「そうはいっても、ショックだろうよ。三人も怪我人が出たんだ」

「だが、三人で済んで良かったよ。最悪の場合、全員が一緒に海の底だった」

「でも、艦長の判断は間違いじゃない……」

 私はそう言って、ジークリンデさんに私が持っていくわと伝えた。ありがとう、ジークリンデさん。だけど、とエルヴィーラ副長は続ける。

「そうとは限らない……でも―――少なくとも、ここに居る皆は助けたいって行動はしただろうね」

「……」

 その言葉に、私は背を押された。エルヴィーラ副長は同時に艦長帽を差し出していたのだ。それを受け取ると、ギュッと目をつむる。わかりました。私が……。私が、ビアンカ艦長にちゃんと伝えます。

 そして、艦長室に到着するとカーテンを開いた。

「艦長、失礼します」

「……」

 その言葉に、反応はない。彼女はもう、艦長ではないから……か。私はここで、一瞬だけ一友人に戻ることにした。

「ビアンカさん……ちゃんとご飯は食べないと」

「……其処に置いといて……」

「だめです」

「……」

「私にいつか言いましたよね? 自身の体調管理をしっかりするのも、明日明後日の活動に関わる重要なことって」

「……」

 何も言わないビアンカさんに、私は航海長に戻る。ちゃんと、向き合わなきゃだめだもの。

「艦長……」

「艦長じゃないわ。もう出てって」

「艦長です。出ていきません」

「出てってよ……!」

「ビアンカ!」

「!……」

 私は強く、その名前を呼んだ。強く強く、海洋準備学校で最初にできた友達の名前を。そして、私は自身の思いをすべてぶつける。正しくないかもしれない。でも、間違いじゃない……!

「私は、貴女の判断が間違ってたなんて一ミリも思わない」

「……」

「当事者である、皆がそう思ってる。怪我をした三人も、手当したマリアンネさんも!」

「……でも、結果として、負傷者が出たわ……私も、その三人も。最悪、皆死んでたかもしれない……だから、私は、責任を持って……」

「責任を持ってやめたなんて言わないでくださいね……」

「え……」

「それは、逃げです。責任を本当に持っているなら、失う覚悟だってしてたなら、それこそ陸地に降りるまで責任を持って皆の命を預からなきゃいけない! 投げ出さないでください、艦長! 失う恐怖も、背負って私達は艦橋要員になったんでしょう!?」

 色んな恐怖も分かち合って、色んな出来事も分かち合った。それはビアンカ艦長一人が背負う恐怖ではない。私達もまた、背負う恐怖だ。

 ビアンカ艦長は眉をひそめ、グッと悲しい顔をする。そんな表情を見たいわけじゃない……!

「……それでも―――」

「それに、ヴィクトーリアさんは自身の過去に決着をつけられました! そして、救えた人も居た!」

「……っ!」

「彼は無事です! 助けたんですよ、私達が!」

「……それでも、私の判断はきっと、皆にとっても、助けた人にとっても迷惑だった……!」

「そうじゃないです! 私達は、家族なんです! 海の仲間は、家族なんでしょう!? 少しくらいの迷惑が、余計な世話が何だってんですか!!」

「っ!」

 はぁ、はぁ、と息を整える私。いつの間にか、涙も出ていた。こんなに感情をむき出しにして叫んだのは、いつぶりだっただろうか。まるで子供のようだった。

「……私は、私達は、待っています。艦長が不在の艦橋なんて、寂しいですよ」

「……」

「ここに、ご飯を置いておきますね……」

「……」

 そうして、その場を離れた私は涙を拭った。それだけではないんだ。ビアンカ艦長が戻ったとき、すべてが丸く収まっているように、私ももっと頑張らないと……。

 発令所に入って、はしごを登る。艦橋はすでに誰かいて、私もその見張りに参加した。その雨が何処か優しくて、頬を雫が伝った。

 

 

 

 そして、数時間後。私は発令所に戻ると、うーんと唸るエルヴィーラ副長を見つけた。

「副長……」

「……さて、どうしようか」

 エルヴィーラ副長のその言葉に、肩をすくめてレオニーさんが言う。

「嵐も止み始めたけれど、あの船もレーダーが故障したらしくてね。そろそろ晴れてくれると嬉しいんだが」

「……とりあえず、どうしましょうか……」

ジークリンデさんがそう言うと、うーん。と皆の唸りが重なった。とにかく天候が晴れ、船同士が隣接できるとレーダーの修復やら航路が作れるのだが……。

そう、私達が悩んでいる時。

足音が響いた。

そして、柔らかい声が、その場を包んだ。

 

「大丈夫だ」

 

 ネクタイが歪んだ制服に外套を纏い、白い艦長帽を頭に乗っけた姿は……私達がずっと待ち望んでいた姿だった。私達は声を揃えて、その名を呼んだ。

「艦長!」

 すると、ビアンカ艦長はフッと柔らかい笑みを浮かべると、帽子を深くかぶり直し、こう言い放った。

「少し、休ませてもらった。これより本艦の指揮権は私に戻るわ。異論のあるものは居るかしら!?」

「……ないでしょ。そんなの……」

「ジークの言う通り、無いよ」

「このあとどうしましょうか、艦長?」

 口々に言う皆の顔を、それぞれ見るビアンカ艦長。そして、私と目と目が合う。じっと見つめる私は、信じていた言葉を口にした。

「おかえり、艦長。指揮をお願いします」

「えぇ。ただいま」

 

 

 

 その後、夜。

 私達は少し休み、食事をし終えたあと、ビアンカ艦長は船員全員に謝りに行った。中でもナタリアさんとメルツェーデスさんは警戒心が残っていたのだけれど、ビアンカ艦長の謝る姿を見て、とっさに顔を上げてとわたわたしていたのが少しおかしかった。あぁ、言っていたのはこのことなのだ。ここには家族のような暖かさがあったのだ。

 それから少しして、私が艦橋に上がろうとしていると、また上から滑るようにヴィクトーリアさんが落ちてきた。よろよろとしているその体を、私は反射的に支える。

「って! ど、どうしたの?」

「はぁ、はぁ、こ、航海長、艦長は!?」

「ここに居るわ。どうかしたの?」

「星です! 星が見えました!」

「何!?」

 私達は急いで梯子を駆け上った。すると、そこには……。

「……は、はは……」

 いつか見た、満天の星空だった。

雲が少し残ってはいるものの、その星々の輝きは私の目に爛々と写り込んだ。しかし、雨だろうか。

「あれ……あ……」

 雨じゃない。視界がぼやけるのも、頬を流れるのも、私の目から溢れた感情の塊だ。

 私は拭えど拭いきれないそれに、次第に抵抗しなくなった。

 

「うあぁぁぁ……あああああああ!!」

 

 それから少し、ビアンカ艦長に抱きとめてもらいながら、涙を流した。その星空には流れ星が流れていた。

 

 その後、私は天測を行い、現在の位置を得た。色んな所をぐるぐるしたのか、海流に逆らったのか乗ったのかはわからないが、よくわからない位置に私達は存在していた。ここから学園に戻ることを考えたが、タンカー船の曳航を考慮する必要があった。そして、できれば補給も済ませたいと考えていたビアンカ艦長は一番近く、ビアンカ艦長が信頼できる港を指さしたのだった。

 

「……ロリアン、ですか?」

「そう。フランスはロリアン。私の―――故郷だ」

 

 

 

 

 

 

 

今後絡んでほしいキャラ

  • テア・クロイツェル
  • ヴィルヘルミーナ
  • その他(名前を挙げていただければ)
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