数瞬の静寂。そしてそれぞれの口から漏れた困惑の思いがそれを破った。
私はというと口をポカーンと開けてビアンカ艦長を見つめていた。なにせ、まさかのまさかである。
本来潜水艦に関しては男子校の海洋学校等が保有し、主に男子が乗るような船である。それを私達が乗るというのだから……それはもう文句だって飛び交うことも有るだろう。実際、今恐らく避難されるいわれのないビアンカ艦長がここに居る全女生徒の文句等を浴びせられているのだから。
「どういうことですの!? そんな男子が乗るような船など!」
「はぁ!? んな船乗るかぁ!」
「どういうことよ艦長!」
「キツイ汚い帰りたいが揃っている船じゃない! なんでよ!」
「いや、それはキツイ汚い危険だろJK。でも、どちらにしろ間違ってない件」
「ふぇぇあの沈む船に乗るの?」
「沈んじゃ駄目じゃない! 潜る船よ!」
「どっちも一緒だ。一歩間違えたら沈む船さ」
騒がしさが増す中、私は後ろから突いてきた方に顔を向けた。レオニーさん、ジークリンデさん達も同様に、固まっていた。少しして私に気づくと二人共微妙な表情を浮かべたのだった。そりゃあそうなるよね。潜水艦が男子の乗り物と言われるのはその過酷さからだ。私達女性が耐えられないのではなく、単純にその生活が海上船とまた異なるのだ。お風呂は無いだろうし、シャワーすらない可能性も有る。
私達の中にも貴族の出の方もいるし、そういう不衛生極まりない環境下にそういった子が入れるかどうか、考えてみて欲しい。難しいだろう。仮に皆が乗ると言っても、親が許すかどうか……。
「皆落ち着いてほしいわ。担当教官をこれから―――」
「落ち着いてられるかって話よ! どういうことだって言ってんの!」
「正直に答えてほしいわ」
「説明義務を果たして!」
「艦長でしょ!」
このままヒートアップする。その時だった。
ガシャアアアアアアアアアアアンと大きな音を立てて、教卓が倒れた。大きな音にびっくりし、肩をすくめてしまったが、恐る恐る見るとビアンカ艦長が蹴り倒していることがわかった。
っていやいやいやいや!!ビアンカ艦長!?何してるんですか!?教卓蹴り飛ばしたりして!!などとツッコミを入れたかったが、正直ツッコミを入れれる余地のないくらいの衝撃だったためか、またも私は硬直してしまっていた。仕方ないじゃん。怖かったんだもん。
「だまりなさい! 私は開封指示通り、今ここで指示書を開いた! 今知った情報についての説明はこれから来る担当教官に質疑しなさい! 以上!」
そういうと一番最後尾の席へ戻ろうとするビアンカ艦長。ビアンカ艦長もまた自席へとついてから質問を行う予定なのだろう。しかし途中で止まり、踵を返すと教卓を正確な位置に戻し、コチラに向いて言った。
「……突然蹴り飛ばして驚かせたのは悪かったわ。いまのを真似ると担当教官は停学にすると思うから、あなた達は真似しないように。これで以上よ」
そしてそれから本当に自分の席へと戻ったのだった。皆はというと不安と不満を表情に浮かべており、早くも脱落者が出そうな勢いである。勘弁願いたいものだ。ビアンカ艦長を非難する人がいれば、怯えを見せている人も居た。
私はと言うと、びっくりはしたがビアンカ艦長を心配していた。このままではビアンカ艦長は皆から辞めさせられるのではないか、と。
「皆、静粛に」
しかし、またもその喧騒は一時的に止む。その響いた声とともに教室の扉をくぐったのは美人な20代後半あたりの女性だった。ただ、彼女の視線は今にも私達を射殺しそうな鋭いもので……その目で周囲を見渡した。獲物を探しているようで、皆しんっと静まり返っていた。喧騒が止んだだけでなく、室温も下がったようだ。できることならひざ掛けを持ってくるべきだった。
「では、とりあえず君たちにはまず、説明をせねばなるまい」
そう言うと、彼女は少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。でもうるさい野次を飛ばしたら殺されそうだ……。そして、その状態のまま彼女は話を続ける。説明の内容とは何だったのか。それは以外にも事前情報通りだった。
そう、まさかの噂通りの結果、男子校から廃棄間近のU-ボートを借りることとなったのだ。異例の事態である。ただし、半年間くらいのみであり、その後は駆逐艦への乗船となるとのことだった。その全容を聞いたのち、皆は少し唸った。半年くらいなら、我慢したって良いかということである。
「まぁ、何にしてもこれは決定事項だ。再来週に乗船するため、君たちには今日から特別講習として潜水艦の応用知識を叩き込む」
『えぇぇぇぇぇえええええ!?』
全員が初めて心を一致にした。うん、追加講習ってやだよね。補習って嫌だよね。分かるわその気持は……私もそうだもん。
なんて、その叫びを出した後、先生がギロリとその鋭い眼差しで突き刺さんばかりに睨みつけてきたためか、皆がぐっと抑えた。
「では、艦長、ビアンカ・フォーグラーを中心とし、ここに居る全生徒諸君がより自身を強くできることに期待する。では、次にそれぞれの委員長を発表する。名前を呼ばれたものは前に」
そして、話がそう変わると皆の表情がきゅっと変わった。特に貴族の出の人たちは自信アリげで、しかし少し不満そうな表情を浮かべている。委員長になるのは私だろうと言いたげな感じだ。気の強い人や大半の方はそのまま変わらず担当教官に視線を向けていて、気の弱い人たちは自分が当たらないことを少し期待していそうだった。なんとなく、この時間だけで大体の人がどういう性格なのかが分かってきた気がする……。
「では……まず、副長。エルヴィーラ・クレッチマー、出てきなさい」
「はい」
そして、まずは副長が選出された。というか、エルヴィーラさんだった。……って、まさかだけれど……なんとなくこの選出がどうなるか見当がつき始めてきた。
「水雷長、ジークリンデ・ヘルツォーク」
「は、はい」
予想はできていたのか、しかしちょっと戸惑いながらも起立し、前へと進むジークリンデさん。水雷長はジークリンデさんとなると機関長は……。
「機関長、レオニー・フォーレルトゥン」
「は、はい!」
必然的にレオニーさんになる。彼女は少し元気よく返答すると、ニヤつく頬を抑えながら前へ出たのだった。そして、ここまで着たら航海長は……。私は少し息を吸うと、ゆっくりと吐いた。分かっている。もしかしたら勘違いかも知れない。でも、私の可能性もある。気を引き締め、その覚悟を今……決めた。
「航海長―――ハンナ・デーニッツ」
「はい!」
「以上だ。続いて、他委員長または、副委員長の―――」
こうして、私達はこのU-ボートの船員たちのリーダーとなったのだった。まだ、旅は始まってすら居ないが、ここがスタートラインだったと言えるだろう。
☆☆☆
「お疲れ様でした。以上で全日程は終了した。本日はこれで解散だ」
それから三週間。みっちり潜水艦の内容を把握し、訓練を受けた。担当教官殿はそう淡々と労いの言葉をかけると、この教室を出ていく。航海実習は明日を迎えた今日、その全内容を終了とし休日となったのだった。少しだけ薄情じゃないかとも思いつつ、ここにいる全員がその終了過程を喜んでいた。
「いやったああああああああああ! おわったああああああああ!」
赤い髪の子の、そうナタリア・フィンコさんのキーンと響くような全力の叫び声とともに、教室はざわめき出す。ふと気になって後ろを振り向くと、レオニーさんが机に突っ伏して死んでいた。でも、同じような人も幾人か見かける。正直な話、私も今はそんな気分だった。それほどまでに開放感がある。
そして何人かが遊びに行く約束をしたりして、このあとの半日をどう過ごそうかという話し合いがあたりから聞こえてくる。いいね、この開放感。私もビアンカさんやエルヴィーラさん、レオニーさん、ジークリンデさんのいつもの五人でどこに遊びに行こうかなと、そう考えているときだった。
「ごめんなさい、みんな。ちょっとした相談があるの。少しだけ時間をくれないかしら?」
ビアンカ艦長はそう言って、全員に静止を呼びかける。ざわついていたその場を収めると、ビアンカ艦長は教壇の前で全員に話しかけた。
「今回、私達は半年とはいえU-ボートに乗ることになったわ。でも、元々は男子校のもので、中身も外も無骨すぎるデザインといっても過言ではないわ」
そういうビアンカ艦長の言葉に、殆どは頷いたり、そうだそうだと声を上げて肯定していた。それを見たビアンカ艦長はニヤリと笑っていう。
「なら、この際だし、このU-ボートをアレンジしましょう? 私達の船であるわけだし」「確かに、中身は臭い汚い危険の三拍子揃ったものではあったけど、シャワールームとか洗濯機とか……色んなものをアデリナさんと改造したんじゃ」
「確かに、そうよハンナ。それに、内装に関しては各々に任せるからそれは置いておくの」
「つまり、外見ですか」
エルヴィーラ副長がそう言うと、ビアンカ艦長はそうよと微笑んで答える。そして、みんなに目を向けると、そこでと続け始めた。
「とりあえず、まずはU-ボートにペイントするエンブレムを決めたいわ。案があればぜひとも言って見せて欲しい」
「え、勝手に変えて良いのでしょうか」
「気にしなくていいわ。描くだけの範囲を決めたし、私が許可したから。勝手に案を出して私達の雰囲気ある船にしましょう」
そう言うと、皆の顔がニコリと輝き出す。何しろ自分たちで船をアレンジできるのだ。それは願ったり叶ったりである。無骨な船に、ちょっとでも可愛らしさを求めたい年頃なのだから。すると、何処か気品のあるお嬢様、エリヴィエラ・フォミナ・フォン・ローテンブルクさんが質問をする。
「じゃあ、範囲を教えてほしいですわぁ。それから方向性から考えましょう?」
「範囲は……このくらいだな。まぁ、ちょっとくらいオーバーしていてもいいだろう」
その質問に対してビアンカ艦長は、背後にあった黒板をつかって、どの程度の大きさまでのエンブレムが作成可能かを示した。それを見て、みんなが口々に意見を出し合い始めた。それはもう色んな人達が色々と、自分のイメージや想像を語って。
「じゃあ次はぁ~、方向性ね☆」
「はいはい! 元気でしょ! 気合でしょ!」
「熱血すぎ~」
「じゃあ、二次の推しのイケメソを……萌え絵をエンブレムにするおっおっ」
「萌え絵って何……?」
「気にしてはだめだ。あんなふうになんてはいけないよ」
「えっと、うん、わかった?」
「正直傷つくお……」
「やっぱり高貴さが必要ですわ。これほどまでにカクカクしたデザインですもの、もっと上品な方が良くってよ」
「け、これだから貴族様は」
「何かしら? 話でしたら表で聞きますわよ」
「やるかこの!」
「どうどうどう、喧嘩はいけないなぁ」
そんな様々な意見に対して、ビアンカ艦長の隣に立っていたエルヴィーラ副長が高速に手を動かし、黒板に記載していく。書き綴っていくだけでなく、その意見らに対してグループ分け出来そうなものはグループ分けして、見やすい工夫をしていたのだ。さすがは副長である。
すると、その意見合戦にレオニーさんもまた、参加し始めた。
「僕は格好いいのが良いな!」
「あなたは黙って」
「酷いなジーク、僕たちだって提案する側だよ? ちゃんと言っていかなきゃ」
「……なら、私は可愛い感じが良いわ」
「ジーク、君も可愛いよ」
「黙れって言ったでしょ? 耳鼻科行く?」
手厳しいなぁとレオニーさんとジークリンデさんも提案をする。可愛い感じもいいし、格好いい感じも良いなぁ。あ、ちなみに校章という案もあったけれど、それはどちらにしろ後に書かれるとのことで却下されていた。
「今の状況は他の人達とは違ってU-ボートに乗艦することになるのだ。この逆境に立ち向かう者たちが私達なわけだ。つまり、テーマは「逆境へ立ち向かう」だ」
「なにそれ格好いい」
「もうちょっとメルヘンな感じが良い」
すると、私の斜め後ろの方に座って居たクラウディア・レッチェ・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエールさんが、逆境だと力説をする。だがしかし、その意見に対してもみんなは納得しているような気配はなかった。メルヘンな感じもいいし、そういう格好いいのもいいわね。私といえば挙がっていく意見のそれぞれに惹かれては迷いを増していた。
そしてみんなも同じだったのか、色々と意見が挙がったのだけれど、結局どの方向性にするかなどは決まらなかった。
「しかし、どうしたものか……む? アンネリース、君のその絵は」
「え!? あ、えぇっと……」
状況をみて打開策を同提案すべきか思案するクラウディアさん。
すると、クラウディアさんは隣で必死に何かを書き込む、アンネリース・ヴェローニカ・ゾンバルトのそのノートの中身に気がついた。アンネさんはあまり人と接するのが苦手な子でいつも消極的だ。でも、だからかクラウディアさんは、そんな彼女を気にかけてあげている。
そしてそのおかげか、ノートの中身をじっと見つめる事ができた。アンネリースはそのノートで顔を隠すようにして、クラウディアさんに見せながら少し微笑んだ。
「えへへ……その、エンブレムの案をいくつか……」
「へぇ? 凄いではないか。なになに、笑うホオジロサメと……これは何の花だ?」
クラウディアさんはそのイラストの出来に驚きながらそれらを眺めている。デフォルメされたホオジロザメが描かれているエンブレムに、その他にも色んな可愛らしいような、格好良いようなイラストが載っていた。
しかし、そのうちのあるイラストにクラウディアさんの目が留まる。そこには可愛らしい花が2つ並んだ、盾のようなエンブレムだった。
「これは……ハマギクというお花と、ローダンセというお花」
「風になびくような感じで……芸術的じゃないか」
「あぅぅ……ありがとう……」
「それぞれの花言葉が、このエンブレムに込められた想いなのかね?」
「……はい。それぞれが、「逆境に立ち向かう」、「終わりのない友情」です……」
アンネさんがそう言うと、クラウディアさんがその双肩をがっしりと掴んだ。びっくりしちゃっているアンネさんがちょっとかわいそうだった。うん。
そして、キラッキラな目で彼女を見ると、クラウディアさんはそのノートを持って立ち上がった。
「艦長! このエンブレムはどうだろうか!」
「く、クラウディア、さん……!あわわ……わわ……」
「クラウディア……何かしら、見せて」
そして、それを提出しに行くクラウディアさん。アンネさんは少し恥ずかしそうにうつむいていた。
「……ほう、中々良い案ね。これで採決をとりましょう」
「皆も気にいると思う。では、これがそのエンブレムのあんなのだが……」
「あぅぅ……あうぅぅ……」
クラウディアさんはそのエンブレムについて説明を行うと、全員が納得したような表情をしていた。大体のみんなの意見を取り入れたものが、そのエンブレムであったためか、みんなも満足げではあるのだ。ただ、アンネさんが少しうつむいて、全く見ていなかったのは流石に恥ずかしがり過ぎだと思いたい。
「で……この案で行こうと思うわ。何か反論はあるかしら?」
ビアンカ艦長がそう言うと、皆は何も手を挙げない。それがこのエンブレムでもよいという、肯定を示していた。それを見たビアンカ艦長はニヤリと笑った。
「では、アンネの案で行く。この後すぐ手伝えるものは手伝って欲しい。特にアンネ、君は手伝ってほしいが良いか?」
副艦長がそういうと、アンネさんはぴゃいと緊張しきった感じの大きな返事をしたのだった。
これが、初航海に出る前日のお話で……そしてこの後、描き終えた後にビアンカ艦長が先生に呼び出しを食らい、エンブレムについて叱られていたことを知った。許可出てなかったじゃないの!!何してるんですかビアンカ艦長!!
そして、翌日―――
『これより、乗艦する艦による初航海を始める! 各自、担当する艦に乗り込み、準備せよ!』
そのアナウンスが港の潮風に乗って流れてくる。青々とした空が、気持ちの良い日差しが、今日この日を祝福するかのようだった。その天候のもと、私達の船は少しボロくさいが鈍く輝き、ハマギクとローダンセが太陽に照らされ、まるで生きているかのような華やかさを魅せていた。
「良い航海日和だ」
「本日天気晴天なれども波高しってね」
「いや、波も静かでしょ……」
「ジーク、これはヤーパンの名言だよ。良い日和だなって意味らしいよ」
「変な嘘を吹き込まないでよ」
「あながち間違いではないが、もう少し勉強したほうが良いよ、お嬢さん?」
「ふ、副長……!」
ビアンカ艦長の呟きを私達艦橋員たちが小声で潰しつつ、船へと近づく。ビアンカ艦長がちょっとふてくされていたのが少し可愛いと思ってしまった。不覚、写真機を持ってくるべきだったわ。
ただ、皆が乗艦してからは雰囲気がガラリと変わった。ビアンカ艦長の外套がはためき、その目はキッと遠くを睨んでいる。彼女の、ビアンカ艦長としての初の航海。遠くのかもめの鳴き声や他の船の汽笛とかは、何も聞こえはしなかった。
「至急、全員整列しろ!」
その声が響くと、甲板に乗員が全て並んだ。すると、エルヴィーラ副長がビアンカ艦長に体を向けると、ピシッと背を伸ばして言う。
「艦長、全員乗艦しました。準備完了です」
「ご苦労さまよ」
もはや、以前までのお遊びのような雰囲気はそこにはなかった。ビアンカ艦長も返礼として敬礼を短くすると、ついに始まるということをそれが示していたのだ。全員が気をつけの姿勢でビアンカ艦長が眼前を通るのをただ見る。狭い甲板だが、その密接さが何処か気持ちよかった。
休め、とエルヴィーラ副長が言うと全員が少し態勢を崩した。その全員が、緊張した表情を浮かべ、その顔ぶれをビアンカ艦長は前を行ったり来たりしながら確認した。そして、その表情を微笑みへと変える。船員全員を見て、何を思ったのかはわからない。だけれど、皆も一緒で、きっと気持ちは変わらず同じだった。
私達は、ワクワクしていた。好奇心、期待。ビアンカ艦長への視線が、その表情が……一部、誓った表情を浮かべている人もいれば少しうつむいている人もいるが……自信満々に微笑んでいたのだから。
そして、ビアンカ艦長が口を開いた。
「諸君。これより、出航する」
その声はしんと静まったその場に響く。全員の眼差しを、ビアンカ艦長は浴びていた。
「私は、君たちと共にこの海を征くことを心から嬉しく思う」
目を伏せ、その笑みは深まる。ビアンカ艦長は本気で嬉しく思っているのだろう。本当は誰よりも今ここで暴れたいのではないだろうか。教卓を蹴り飛ばすような人だし。なんて思いながらクスリと笑った。
「この船で行くことで、我々は様々な困難や逆境に合うだろう。周囲からの非難や罵倒もあるかも知れない。海での生活はさらに厳しいものとなるだろう。そうした苦楽を共にする我々は、絆を結ぶこととなる。それも、固い絆だ」
彼女は脳裏にある人物を浮かべていた。その人は手を振りながら、皆に見守られながら、船を出航させる。世界一と信じて止まないU-ボート乗りの艦長。
「皆、私に力を貸してくれ。そして、皆でその逆境を乗り越えてみせよう! 抜錨! 総員、配置につけ!」
『Jawohl Herr Kapitän!!(諒解、艦長!!)』
皆が駆け出し、船へと乗り込む。そして、私達はここからはじまるのだ。ビアンカ艦長は艦橋に立ち、叫んだ。
「海に生き、海を守り、海を往く! 中速前進! 方位三十五度!」
「方位三十五度! 中速前進!」
私は復唱し、舵を取る。遠くに居たかもめが近く感じた。風は追い風。風速3。私達の祝福は始まったばかり――――
アイルランドからさらに西。海上基地。
そびえ立つ学校は海が見渡せ、ブンカーは大きく、ドイツ最高峰と呼ばれるその基地のとある高級で書斎とも取れるような上品さのある一室から、見下ろす気品のある老婦人。黒きコートに身を包んだ彼女はしかし、何処か遠くを眺めていた。
「校長」
その部屋に若い女性がタブレット端末を手に入室する。彼女の透き通る声は眼前の校長の耳に確かに届いた。
「ただいま全教育艦が出航いたしました」
「……確かこの中に、クロイツェル家の娘がいるらしいな」
校長の目線は変わらず、遠くを、しかし見下すのとは違って見守るように眺める。
「はい。アドミラルシュペーの艦長を務めています」
「そうか……」
その言葉に、校長はニヤリと口元を歪ませた。心待ちにしていた物語の続編が出た喜びのように、これからを思い、楽しんでいた。
「新任早々楽しくなりそうね」
ひとりごちたその言葉がそれを表していたと言えるだろう。クツクツと少し笑うと校長が言った。
「そして、フォーグラーの娘もいるときいたが」
「えぇ、U-ボートの艦長ですね」
「―――くくく……これもまた、運命なのかも知れないな」
本当に、楽しそうに、彼女は笑う。ただその表情だけは少し、憐れみを帯びていたのだった―――
今後絡んでほしいキャラ
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テア・クロイツェル
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ヴィルヘルミーナ
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その他(名前を挙げていただければ)