ハイスクール・フリート 灰色の狼娘たち⚓   作:黒助さん

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第四話:生活がピンチ!

――― 一日目

 燦々と輝く太陽のもと、灰色の装甲を鈍くきらめかせ、波を超えていく小さな船が其処にいた。艦橋には五人くらいしかおらず、皆一様にあたりを見回す。と言ってもその表情や観測はとてもゆる~いものだった。

「ふぁぁ……」

「おい、ナターシャ。あくびをするんじゃあない。アタシまで眠たくなるだろう?」

「ほぇぇ……だって、眠いんだもん」

 目をこすりながらそう答えるナターシャ・アナンカ。ウトウトとしていて、とても仕事に集中しているようには見えない。むしろ夢の世界にお熱な感じだった。はぁ、とため息をするソリナ・ラフマニノフ。背中まで伸びるその髪は波風にもてあそばせておき、ナターシャをじっと見つめていた。

 そんな様子を私は甲板から眺めている。とってもゆる~いものだった。

 本来、見張員の当直は四名で構成されており、今日も四人が配属されている。そのうちの二人がソリナさんとナターシャさんだ。

それ以外の人員は、艦内で休憩や他のお仕事にあたっている。が、まぁ、私は当直でないものの、外に出てひとまず洗濯物を干そうとしていたけれど。これは委員長である特権なのだ。実際仕事はしてるし……。

しかし。

「やっぱりつまらないのかな」

 ちらりとみえた艦橋では、ソリナさんもナターシャさんも眠たそうにしていて……というより、ナターシャさんなんかはもう寝ているし、ソリナさんも眠気とシャドーボクシングをしていて半分寝ていた。見張員の当直の役割は、この広大な海の上で船や他の岩礁などを発見し、報告する役割である。そのため、正直にいうと大体の時間が暇なのだ。

 それに、今日なんかは太陽が光輝いていて、風は気持ちよく温かいし、お昼寝にはもってこいの日和だ。そうなってしまうのもうなずけるだろう。

 しかし。

「ひゃっほー! 良い天気ね! 海水も気持ちいいわ!」

「海に落ちたら助けられませんから、飛び込まないでくださいよ? って、走っちゃ駄目です! おちますよ!」

「心配しなくてもいいよー航海長ー! 今日の波は静かだからさー!」

「わかってますけど……観測者の皆に迷惑です!」

 その一方で、水着を着て甲板の掃除をすると言う建前で、ヴィクトーリア・オリーヴィア・シャルンホルストさんが柵を手に海へと大きく身を乗り出し、もう片方の手を海水へ突っ込んで遊んでいる。その短い髪を気持ちよさそうに揺らしながら、満面の笑みで戯れていた。う、羨ましくなんて無いんだからね。

 そんな私の声にしかし、当直員のマルテさんが気だるげに言った。

「大丈夫で~す。どうせ、なにもないから~」

「……はぁ、観測者の皆も、仕方ないとはいえあまりだらけすぎないように! いいですね!」

 その言葉に返答する今日の当直員たちは、それでもやる気が少し見当たらなかった。ナターシャさんは変わらず寝ているし……。ソリナさんだけは、しっかりしていそうではあったが……やっぱり船を漕いでいるのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 ちゃかぽこ、ちゃかぽこ。

 ディーゼルエンジンの動く音を聞くと彼女は幸せそうな表情を浮かべる。幼い頃から馴染んでいた定期的な振動が、まるで電車の揺れのように心地よい。いくつも並んだディーゼルエンジンが二列あり、それぞれが2つのスクリューを回す動力となる。その間を行ったり来たりしながら、時折そのエンジンに異常がないか調べる。

 彼女はレオニー。ベリーショートの毛先は少し揺れ、中性的な顔立ちとその喋り方から男性を連想させるが、その体は女性の特徴をしている。この機関部を任された長であり、本来ならば司令室付近にいるのだが、自然と体が機関室へと向かってしまっていた。

「このエンジンちゃんはごきげんだね?」

「はい! 何処までも私達を連れてってくれますよ!」

 そう笑顔で答えるのは、マルゴット・ヴァルトラウト・エンゲルス。彼女は作業着に腕を通し、軍手に黒い油を染み込ませていた。そして額の汗を腕で拭うと元気良く答える。レオニーの親友の一人だった。

 しかし、その声に苦笑しながらナタリア・フィンコが突っ込んだ。

「いや、まずはこの3000kmの初航海、持ってくれなきゃいけないし、ずっとごきげんじゃないと困るんだけど」

「まーまーまー、先のことはおいておこう。僕としてはどんなときのエンジンちゃんでも大好きだからさぁ」

「あんたは機械大好き女子だから止まってようがどうだろうが好きなんだろうけどさ、あたしは無事卒業したいわけ。だから止まっちゃ困るんだよ」

 はぁ、とため息とともに、つまらなさそうにエンジンを見て回るナタリアはそう言って計器を眺め始めた。せっかくの初航海だが、海洋上を眺めるのは当分できそうにないことに不満が募っているようだった。といっても、レオニーの予想でしかないため本心は定かではない。

「ま、それはもちろん僕も困るから、しっかり見ておこうねー」

「退屈だぁ……」

 そして項垂れる。これからの船旅だって、基本はこういうことしかないというのに、根性が足りないなぁ。レオニーはそうは思いつつも、自身もこの無為に等しい時間が何処か億劫に感じ始めていた。

「……あ、じゃあ、トランプでもするかい?」

 しかし、なんとなしに提案した娯楽が、今後の虚無な時間を紛らわしてくれるのだった。

「で、参加者は誰かな? どのハニーとでも僕は楽しめるけれど」

「アタシは参加する。退屈だし」

「じゃあ、私も!」

 後部魚雷発射管室にある木箱を中心に、レオニーの募集をかけるその言葉に集まったのは先程声をかけていたマルゴット、ナタリアの二人だった。仕事を放り出して募集をかけたのはレオニーだったが、少しだけ、今後の旅路に不安を抱く。やれやれ、断って仕事をする選択肢はないんだね。内心で少しがっかりしていた。

そして、カードを配ろうとしたその時、もう一人、機関士がコチラによってきた。

「ナタリアが参加するなら、私も参加させていただこうかしら?」

「お、マーシーもやるのか? へへっ、楽しくなってきたぜ!」

 そう言って彼女らの輪に入るのはメルツェーデス・リタ・リンデンベルガー。愛称は表情を変えることなく冷静なまま、この木箱の空いたスペースへと座る。レオニーは他に参加する人が居ないのを横目で確認する。

すると、奥の方にいたアンネリースと目が合い、彼女は困ったように苦笑した。どうやら参加する気がないらしく、そのままディーゼルエンジンの影へと隠れるように仕事に戻った。

「んー4人かぁ……まあ、いいか。カード配るよー」

「よっしゃ、アタシの強さ、とくと見やがれ!」

「私だって、負けませんよ!」

「ナタリアが悔しがる顔、拝ませてもらうわ」

「んだとぉ!?」

 そして、配り終えたあと、手札の中に二枚数字が揃ったカードを、箱の中心へとおいていく。いわゆるババ抜きである。この手の勝負事ではレオニーは中の下の幸運度を持っている、と自覚していた。何度かハンナたちと皆でやるのだが、負けることが多いのだ。

くすっと笑って、ふと気になったことを、カードを切りながら聞いた。

「あのハニーは誘わないのかい?」

「ん? 誰のこったよ」

「向こうにいるアンネリースさ。皆とやったほうが楽しいと思うんだけれどね?」

「……別にいいんじゃね? やりたかったら来いって言ったけど、来なかったのあいつだし」

「そうね。誘ったけれど、断られちゃったし」

「それに、もう配っちゃいましたしね!」

「……そうだね」

 しかし、やれやれ。

 ナタリアとアンネリースにちらりと目を向け、カードで口元を隠し、苦笑する。今後の海洋生活は前途多難だろうなぁと。嫌な予感程度に収まると良いけど……。

 マルゴットからカードを一枚とってため息を付いた。

 

 

 

 

 U-ボートの艦首側の部屋は魚雷発射管室と呼ばれる。そこでは、艦首魚雷のハッチに魚雷、そして折りたたみ式の寝棚が用意されていた。艦橋要員の五名と各委員長、一部副委員長等以外の人はここで寝床を共有している。通称『人肌ベッド』とよばれ、不評を買っていた。とはいえ、魚雷はそんなに積んでおらず、人数が本来よりも少ない上、一週間程度の航海であるがゆえに一人一つのベッドが与えられていた。

 とはいえ、向かい合わせにお互いが見え、プライベート空間がほとんどなく、全員が共有し合う場所であるがゆえに、色んな問題が発生しやすかった。

「あ! こら! ゲルト! またトランプしてるでしょ!?」

 キーンと響く怒号が魚雷発射管室を襲う。そんな声の先にはテーブルを囲う四人の乗組員が居た。彼女たちもまたトランプを手にゲームをしており、航海中の今を楽しんでいた。だが、注意をする彼女、マヌエラ・ルート・ブルクハルトは職務中のトランプゲームについて怒っているわけではなかった。

「んあ? いやまぁ、暇だしねぇ? じゃあ、この勝負あたしゃ40ユーロ賭けるとしようかね」

 あぁ、いつものことかと慣れた風に、マヌエラにそう答えるのはゲルトルート・パトリツィア・グラッツェル。そう、マヌエラが問題視していたのは賭け事だった。プライベート空間のほとんどないここでの問題、とはまた、違った問題であった。

 ゲルトルートは額に当てたカードを眺めると、手元にあったお金を前に出した。

「どんどんレートを引き上げるじゃないか。でも、私もまだ降りはしないよ。ま、つまり私の手札は勝ちに近いということだ」

 しかし、そんなゲルトの宣言に対抗してか、クラウディア・レッチェ・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエールが挑発をしながら続行を選んだ。その表情は笑みで隠れており、自信ありありで堂々としたものだった。さすがは貴族である。

「えぇ? ほんとかぁ? まぁ、それで泣くのはあんたかもねぇ」

 だが、その挑発に仕返す挑発も忘れないゲルトルート。額に押し当てるカードの数字を知らぬまま、彼女は強気な発言を繰り返していた。そんな状況を見たマヌエラの脳裏によぎったのは、過去幾度となく負け続けるゲルトの姿だった。

「ふっふっふ……我が邪神の目が疼く……我が手札よ、勝どきをあげよ。我は降りるぞ」

「堅実じゃないか」

 そして、今度は制服を少し乱し、格好をつけたように着こなす、訳の分からない少女が涙目で堅実にお金を差し出した。彼女はヘルミーネ・キルシュネライト。自身のことをヴラドと名乗っているが本名は全員に知れ渡っている。今日の右目は邪神の目らしい。

「……」

 そして、無言でヘルミーネ……いえ、ヴラドと同じ様に降りるのはザシャ・ボルマン。彼女は声が出ないという障害を持っている。そのため、コミュニケーションを取る際は筆談で行うような子なのだが、意外なことに賭け事に参戦していた。しかも余裕の態度でやる気満々である。

「ってちょっと! 無視しないでね!? 風紀ってのがあるでしょう!? てか、クラウディアさんは貴族で砲術委員長でしょうが! 何やってるんですか!」

 と、いけない。自身の仕事を忘れかけていたマヌエラは、この中で自身よりも偉い責任者に問いただす。しかし、その言葉に微笑んで彼女は答えた。

「ふ、貴族の嗜みとして賭け事というのはよくあるものだ。それに、カードゲームは得意だ。あと、風紀に関してだが……この艦内でのみならある程度自由にしようと思っているんだ。そこら辺は許してほしいのだが」

「いや駄目でしょ!?」

 何を言っているんだこの人、と突っ込む私。貴族の嗜みとか、今船の上なんですけれど。

「いぃじゃあん、ちょっと硬いよ?」

「ゲルトは黙ってて!」

「けち……マヌエラはいっつもあんな感じなんだ。許してあげてねぇ?」

「なんで私が悪いみたいな感じなの!?」

「ふ、我は器が大きい故……その程度のことなどちっぽけに過ぎんわ」

「うっさい中二病!」

「ちゅ、中二病ではない!」

「……」

 ザシャは器の大きさは何処行ったと筆記で突っ込むも、膠着する睨み合いにフッと嘲笑してそのメモ用紙を捨てた。

「はぁ……でも、これだけ暇なんだし、休憩時間くらい良いでしょ?」

「いや、だから、賭け事が駄目だって言ってるのよ!」

 何度も言うが、問題視すべきは賭け事の部分だ。一応、自身らの年齢を考えると16である。そう、まだ成人を迎えてはいないのだ。正直な話校則でも禁じているはずで、バレたら結構怒られるどころか、停学だってあり得るのだが。クラウディアが微笑んで言う。

「まぁ、この艦の中でのみ、だからな。さぁ、どうする?」

「勝負さ……!」

 両者は不敵な笑みを浮かべて、勝負は再開した。互いに睨むは相手の額のカード。残ったゲルトルートとクラウディアが、声を合わせて言う―――

『せーの!』

 

 

☆☆☆

 

 

「と、まぁ。そんな感じで、皆さん自由に過ごしてますね。甲板に出て遊ぶ人、トランプとかボードゲーム、スマホゲーとか。独りで過ごしたり複数で過ごしたり、様々です」

 そう言い出したのはラッヘル・ルイーゼ・ハーニッシュ。記録係の立場として艦内全域を見回り、ビアンカ艦長やエルヴィーラ副長等の発令所要員方へと報告することが主な仕事であった。だからか、今は本日の出来事を日記帳に纏めて、それを報告していたのだった。座りながら聞いていたビアンカ艦長はふうっとため息をつく。

ここは発令所。中心に司令塔、艦橋へとつながるはしごがあり、艦の浮上や潜航、航法、戦闘指揮等、そのすべてを司る。進行方向右側に舵手席があり、エリヴィエラ・フォミナ・フォン・ローテンブルク、マルレーン・ティアナ・ベルツの二人がそれぞれついていた。また、その二人の後ろに機関室から戻ってきたレオニーが立っており、計器を眺めていた。

他にはジークリンデもいて、計6名がこの場に立っていた。

「なるほど。みんなは遠足か何かかと思っているのかしら」

「はは、でしょうね? 初航海ですから気分が乗ってるんでしょうよ」

 やれやれと肩を上げるジェスチャーをとりながら、ラッヘルは苦笑した。ビアンカ艦長は海図を再び見直し、うーんと考え始める。

「そうね……それじゃあ、初航海の一日目だし、美味しい料理でも振る舞って、祝いましょうか」

「それは嬉しいですが……良いんでしょうか?」

 バレたら怒られるかもしれませんよ?とラッヘルはニヤニヤしながらそういう。この事実をネタにするけれど、それでも良いというのか?と挑発するかのようだった。しかし、ビアンカ艦長はフッと微笑むと、良いともと答えた。

「これからこの船は私達の生活そのものだもの。楽しく過ごせるようにすることと、お祝いごとをしっかりすること。そしてそれを切り替えて自分たちの任務を全うすること……それができて一人前でしょう?」

「まぁ、確かにそうですが」

「だから、今日は思い切り楽しませる。明日からはすこーし引き締めてもらうわ」

「すこーし、ですか」

 ビアンカ艦長の言葉に苦笑するラッヘル。その表情を尻目に、ビアンカ艦長は続ける。

「船の上は、つまらないものよ。大半が暇なの。ダレて仕事ができないよりは息抜きを挟んだほうが良いわ。ただ、仕事中までダレてたり遊んでたら私が怒るわ」

「諒解です。じゃあ私はそれらを監視してますから」

「チップは弾むから」

 はぁ、と溜息をつくような、つまらないなと体現するような態度で答えるラッヘル。だが、ビアンカ艦長のその言葉にラッヘルはぱぁっと満面の笑みになって答える。

「ありがとうございます~」

 そしてそのまま、上機嫌に去る彼女の背を見てビアンカ艦長は「現金な奴め」と苦笑しつぶやいた。

 すると、丁度梯子からカンカンと靴を鳴らし降りてくる音が耳に入った。其処に居たのはいくつかの洗濯物をカゴいっぱいにし、抱えているハンナだった。

「やぁ、ハンナ。丁度航路について相談があったの。魚雷発射管室の皆は暇だろうし、洗濯物を畳んで片付ける作業をそっちに回してきて」

「ヤヴォール(諒解)、ビアンカさん」

「ふふ、ここでは艦長(カピテーン)よ」

「ヤー、艦長(カピテーン)」

 そう言って二人はクスリと笑った。ハンナは洗濯物を持って、ハッチのある丸い通路口をくぐり、細い狭い通路を渡る。そして、ついた先でハンナは驚くことになった。

「と、クラウディアさん? この洗濯物を皆で片付けてほし……」

「ハンナさぁん!!!」

「え、なに、え、マヌエラさん?」

 足にへばりついた半泣きマヌエラさんがハンナを襲う。洗濯物に関しては特に問題はなく、とりあえずその荷物をおいた。

「ハンナさん、見てください! 賭け事をして、この有様なんです!!!」

 その言葉と差し出す手の先を見ると、貧富の格差という題材で芸術展に出せそうな構図ができあがっていた。クラウディアとザシャはドヤ顔で腕を組み、下段ベッドに腰掛け、足を組んでいた。特に突っ込むべき所はゲルトルートさんとヘルミーネさんである。まさに死屍累々、屍と化していた。ゲルトルートさんは真っ白になってるし、ヘルミーネさんも涙目だし。

「くぅ……屈辱だ……殺せぇ……」

「ま、もう巻き上げられるものも無さそうだし、これで終わりだ。それに交代の時間も来るころだろう」

「そうですね。洗濯物は帰ってきた人達に任せますけれど……えぇっと、何があったんです?」

「なぁに、ちょっとした勝負事だ」

「いや、賭け事って聞いたんだけれど……」

 ふぅやれやれとため息をつくクラウディアさん。その隣でザシャさんも同じようにドヤ顔で苦笑する。なんだろう、ちょっとイラッとした。

 何がちょっとよ! とマヌエラさんが突っ込んだあたりで、先程まで艦橋に居たソリナたちが通路から現れた。

「クラウディア、交代の時間だよ。エーリカとヴィクトーリアの二人がまだ元気そうだから、甲板においてきた。二人向かわせてやってほしい」

「わかった。じゃあ、ここはザシャと私が向かおう。ゲルトとヘルミーネ、マヌエラは発射管についてくれ」

「だ、だから私は……我は! ヴラドと!」

 そう言うと二人は逃げるようにして通路へと消えていった。ふぅ、と一息つくソリナはしかし、その休憩スペースの状況を見て絶句した。

「えぇっとぉ……お腹でも減ってるのかなぁ」

「いや、こりゃ死んでるっしょ」

「死屍累々であります」

 ひょこっとソリナの後ろから顔を出した当直メンバーのナターシャさん、マルテさん、ラーエル・ザンドラ・アッヘンバッハさんも、二人の爆死姿とマヌエラのだからこうなるって言ったのにという頭を抱える姿から、各々絶句していた。

「……えぇっと、とりあえず、当面賭け事は禁止です。あと、これから休憩の皆さんや暇な方は洗濯物を畳んでね」

 そして……ハンナはそう言ってにっこり微笑むと、ソリナに丸投げをして発令所へと戻った。

「……やれやれ。とりあえず、洗濯物を畳もう。其処の三人も手伝わないと、ジークリンデからお怒りを食らうよ?」

 ソリナもまた、思考停止に近い自身の頭を回し、とりあえず受けた命令をこなすことを優先した。彼女に似合わない、遠い目で。

 

 

☆☆☆

 

 

 そして、それから数時間後。時刻は夕暮れを越し、艦橋から見える景色はほぼ闇に包まれた。波の揺れはなく、しんと静まった海をゆったりと進むU-ボート。その発令所にビアンカ艦長は顔を出した。

「何処に行ってたんですか?」

「あー、ちょっと厨房にね。今晩は初航海一日目だし、ちょっとしたパーティーがしたいって思ったから、豪勢にしてもらったわ」

「へぇー! 楽しみですね!」

 そう答える私に、ビアンカ艦長は嬉しそうに微笑んだ。それを隣で聞いていたジークリンデさんも呟くようにコチラに言う。

「私も楽しみ……」

「ジークリンデさんも一緒に食べましょうね」

「うん」

 ジークリンデさんの笑顔って、貴重だ。このときの微笑みは凄く可愛いものだった。普段からジト目でムスッとしている分、破壊力が増す。なんだろう、少しだけ、ほんのちょっぴり、レオニーさんのジークリンデさんをハニーと呼びたい衝動がわかったような気がしないでもない。

「ハニー達! 僕も楽しみだよ!」

「私もですわ」

「我もじゃ。祭りというものはいつだって、心を潤わせるものじゃしの」

 そら、噂をすれば影がさす。と言っても、同じ発令所にいたのだからこの会話が聞こえないはずもなく、レオニーさんとエリヴィエラ・フォミナ・フォン・ローテンブルクさん、そしてツェツィーリア・アデーレ・キルヒシュラーガーさんがそう答えた。

「だけれど、ローゼマリーが渋るから説得に少しかかったわ」

「あー……ローゼマリーさんかぁ」

 ローゼマリーさんとは、私達の炊事と会計担当で、美味しい料理を振る舞ってくれる人である。本名はローゼマリー・アンナ・オッペンハイム。補給とか色々と担当しているけれど、少しケチくさい人なのだ。また、金持ちが嫌いなのか、貴族に対しては高圧的であったりする。ビアンカ艦長がそうでなかったことを喜んでいたりもしたような。

「残りの食料から考えて全日程の献立を作っているからって言って、引こうとしないんだもの。まぁ、最後にはやってやるわよって怒って納得したのだけれど」

「常に怒っているような人だからなぁ……」

「容易に想像できるんじゃが」

「あのハニーは茶化すと殺しに来るからなぁ」

「口も悪い……」

 口々にローゼマリーさんの愚痴を語る私達。ちらりとラジオルームの方を見て、彼女が居ないことを確認してホッとする。聞いていたら夕食を抜きにされるかもしれないからね。おそろしあ。

 と、其処に梯子を滑り、上からエルヴィーラ副長が降りてきた。そして、地に足をつくなり彼女はまっすぐビアンカ艦長へと向かう。

「艦長」

「何?」

「そろそろ当直第三班たちと交代の時間です。今の時間にパーティーはいかがでしょうか」

 すると、少し思案するビアンカ艦長。少し調理を早めるメニューに変えてもらうか、それとももう少しだけパーティーのタイミングをずらすか。伝声管の発声口に近づくと艦橋の見張りたちと連絡をとった。

「現状、波はどう? おおよそ静かだと思うけど、揺れる?」

『問題はない。波は静かで、すべてがとても綺麗だ。芸術として名をつけるのなら、【期待と羨望】といったところだ』

 とても上機嫌に話すのはクラウディアさん。命名するのが好きなのだろうか……テーマを決めるとき然り、今の景色然り、テンションが上がると格好の良い名付けをしている気がする。準中二病患者と言っても差し支えないだろうなぁ。

「ふふっ。なら、そろそろ切り上げようか」

『もう少しだけ眺めていたいが、皆足がつかれてしまっている。これ以上は難しいだろう』

「あー、ただその場で待機してほしい。このあと全員甲板へ向かわせるから」

『うん? それはどういうこと―――』

 そう言うとビアンカ艦長はくるりと振り返る。発声口は閉じられていた。まぁ、あとで分かることだから、クラウディアさんはサプライズとして楽しんでください。

「さて、それじゃあもう一度ローゼマリーのもとへ向かうわ。エルヴィーラ、全員に甲板へ集合と通達。ランプとライト、キャンドルを持ってね?」

「ヤヴォール。―――総員に通達。各学科副委員長、委員長はそれぞれの学科生を率いて皿を持って甲板へ集結せよ、かな。行ってくる」

 エルヴィーラ副長はラジオルームに行くと、通信係のアデリナ・ペトラ・フローエさんにそう伝える。程なくしてその内容文は艦内放送で流れてきた。ビアンカ艦長は機関停止を命じてこちらを向いた。

「始まるわね……」

「そうね。それじゃあ、私達も行こうか。甲板へ」

「そうだね。じゃあ、ハニー達、二人も先にどうぞ?」

「切り上げさせてもらいますわ。またあとで」

「さて、ではまたな」

 そう言ってビアンカ艦長やジークリンデさん達が先に上がっていく。無論、私もそれについていくのだが、とりあえずはこの発令所に集まってくる皆を誘導して登らせるのが先だった。登らせる際に幾人かは不安げにしたり、上機嫌だったり、不機嫌だったりしているのがわかる。まぁ、狭くてしんどいこんな船に乗せられたんだもの。仕方ない気もする。

 全員を上へと登らせ、最後に私が登る。そういえば洗濯物を回収したあと外へは出ていない。送付と思い出すと、船から見える外の夜景を心待ちにしていた自分に気づいた。わくわくする。全員でのパーティーも、その夜空も。

 高ぶる気持ちを少し抑えて、駆け足気味にその梯子を上へ上へと登っていった。タンタンタン。真上に見えるハッチは開いており、空が見える。近づくたびにそれは開けていき、やがて艦橋にたどり着いた頃には頭上一杯に満天の星空が広がっていた。

「ハンナ、どうしたの?」

 ビアンカ艦長の声が聞こえ、私ははっとする。ハッチのところから出て……そして立ったままだったのだ。クスッと笑ったビアンカ艦長が隣りにいた。

「すごく綺麗ね」

 ビアンカ艦長は天を仰いでそういう。ため息をつくように声に出たそれは、そのほほ笑みから見てもわかる心からの歓喜の感情だった。私ははい、と答える。波は静かで、街の喧騒はなく、その明かりもないこの場からは、一つ一つが小さくても見える輝きを発している星々がよく見える。クラウディアさんの言ったとおり、一言で言い表せはしないが、美しかった。

 ふぅ、と一息をつくとビアンカ艦長は私に向き直る。

「さて、と。私は挨拶があるからここにいるけれど、貴女は降りましょう?」

「はい。向かいます」

 微笑んでそう言って、艦橋後方側面の下るラダーから甲板へと降り立つと、前方の方へと向かう。其処には105mm砲を囲んで、いくつか皆が待ちぼうけをしていたところだった。

 皆は手に紙コップを持っており、其処にはジュースが注がれていた。私ももれなくそのジュースを頂くこととなるのだった。

「では、諸君。傾注!」

 いつの間にかビアンカ艦長の隣りにいたエルヴィーラ副長がそう大声を出すと、皆がビアンカ艦長らに注目しだした。そして、ビアンカ艦長はふっとわらった。

「ヴィルヘルムスハーフェンを出て、そろそろ一日目が終わろうとしているわ。皆はどう感じたかしら? 楽しい? 嬉しい? それとも不満? ここの生活は他の艦船とは違うものね」

 そう切り出したビアンカ艦長に、皆は思い思いに口に出す。もう少しマシな船で出たかったとか、でも、この景色は素晴らしいだとか、退屈だとか、楽しいだとか。

 いくつもの感想を聞いてビアンカ艦長はウンウンと頷いた。その微笑みは私達を見守る母のようだ、なんて、私は極大な妄想をしつつ傾聴する。

「うん。正直でよろしいわ。……私は初め、不安だったわ。艦内は狭いし、トイレも狭い。一人の空間もなければ、シャワーだって共用だから長く安らげない。その上こうして甲板の上に立って、太陽の光を体いっぱいに浴びるのだって少ないこともある。……でも、同時に特別だと思った」

 そういったビアンカ艦長に、皆は静かになる。静かに、その言葉の一つ一つにうなずいていた。やっぱり、不満は大きいよね。でも、その静けさのおかげで、波の音が心地よいBGMとなっていた。

「私達は特別よ。他より厳しい条件だし、辛いことも多分たくさんある。でも、ここで生活すれば、私達は他の艦船の人たちと比べて一回り大きく成長できると確信してる」

 その言葉に皆がフッと微笑む。全員ではないけれど、きっと笑みを浮かべてない彼女たちも今日一日を過ごしてその言葉の確信を実感しているのだろう。と言っても、殆どが暇だったからこれからが大変なんだろうなぁって思う。

「私は、あなた達を信じて航路を征くわ。今日この日、初の航海を祝して……乾杯!」

 そう言って、杯を掲げるビアンカ艦長。皆は笑顔で声を揃えたのだった。

 

『乾杯!!』

 

 

 

 

 それから少し。食事は皆に行き渡り、それぞれが楽しく雑談し会食を進めていた。食事を配り終えたローゼマリーさんは残したらサメの餌って叫んでいたから、こぼさないようにしつつちゃんと食べるようにする。私も例外ではなく、万が一にも本気で海に落とされないように食事をする。だってローゼマリーさんこういうとき本気で怖いんだもん。

「や、ハンナ」

「あ、艦長。お疲れ様です。良い前説でした」

「あぁ、あはは、ありがとう」

 すると、ビアンカ艦長が私の元へときた。私の言葉に照れながら、困ったように笑うビアンカ艦長。そのまま、視線は空へと向かったので、私も同じように空を眺める。丁度、少し欠けた綺麗な月が海面を、私達のこの先をも照らすように輝いていた。そして、視線を彼女へと戻す私。そんあ月を何処か愛おしそうに眺めるビアンカ艦長から、何故か寂しさを感じた。

 

「……貴女は何故ブルーマーメイドになろうと思ったの?」

 

 すると、ビアンカ艦長はそう私に訊く。何故、ブルーマーメイドになろうと思ったのか。女性なら誰もが憧れる海を守る女神、ブルーマーメイド。それはどこまでも格好良くて、皆を助ける誇り高い仕事だった。

 私は、そのあこがれから、初めたんだっけ。

「……皆を助ける、そんな素晴らしい仕事に憧れたから、かな……」

 いいや、違うんだ。

 私は……本当は、そんな崇高な考えでなりたいと思っていない。どころか、何故なるのかすら、実はあまり浮かんでいない。流れで、親のすすめで、そうあろうと思った。それだけなのだ。

 私は、海を眺めながらそう答えたことを少し後悔する。ビアンカ艦長にだけは、ちょっと見栄を張りたかったのだ。

「素晴らしいわ……私は、お祖母様に無理やり入れられたのよ」

「え、えぇ? そうだったのですか?」

 しかし、私の答えとは違った……いや、同じ答えのような理由がビアンカ艦長から語られた。予想外なんですけど。だって、ビアンカ艦長、海に生き、海を守り、海を往くって言ってたじゃん。ちゃんと覚えてるってことはなろうと考えてたんじゃ……?

「そうなの。本当は漁船とかに乗る、船長や漁師になりたかったの」

「えぇぇぇぇぇ……」

 似合わない……。正直今の格好がしっくり来る私としては、船長は似合うかもしれないとしても、漁師姿なんて想像できやしなかった。というか、衝撃的な夢なんですけど……。

「今、失礼なこと考えてなかった?」

「そんなバカな」

「……まぁ、いいわ。他人の夢は他人の夢よ。それが悪いものでなければ、誰であっても馬鹿にしちゃいけないわよ」

「……すいません」

 反射的に謝る私。ヤーパン魂の負の側面が教わったからか私に宿ったのかしら。あらやだ。

「やっぱり失礼なことを考えてたの?」

「ち、違います!」

 そしてこのような誤解が生まれるのだった。や、ある意味誤解ではないかもしれないけれど……。

訝しむビアンカ艦長は、しかし、その口角が少し吊り上がっていた。あ、悪い顔してるわ。

「ほんと?」

「本当です」

「ほんとかしら?」

「本当ですってばぁ」

「……ふふふ」

「もう……」

 いたずらを成功させた子供のように、無邪気な笑顔を見せるビアンカ艦長。私は文句を言いたげにするが、つられて笑ってしまった。どことなく憎めなくて、そして可愛らしいその笑みに私は魅了されたのだろうか。なんて。

 そうしていると、遠くに居た艦橋メンバーの内、レオニーさんが私達を呼んだ。と言っても狭い甲板だから、大声でなくても聞こえてくる。

「あ、皆が呼んでますね……行きましょう、艦長」

「えぇ、行きましょう」

 空になった皿を置きに行くついでに、エルヴィーラ副長たちの元へと二人は向かった。皆の話も聞いて、もっと仲良くなりたい。きっと、たぶんだけれど、少なくともそのために学校へと足を進めたのだから。

この日の晩餐会は美味しく、楽しいものとなった。これまでの苦労もあるし、同じ船員としてふざけあって、話をして……。そんな私達を、星々と月は照らして見守っていてくれたのだった。

 

 

今後絡んでほしいキャラ

  • テア・クロイツェル
  • ヴィルヘルミーナ
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