ハイスクール・フリート 灰色の狼娘たち⚓   作:黒助さん

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第七話:最悪、災厄

「艦長! 着弾! およそ80m後方!」

「実弾だなんて……!」

 砲弾は高速に水面へ落ちると、水柱を立てて雨とともに水しぶきを巻き散らかす。早鐘を打つがごとく、心臓の音がやけにうるさかった。ビアンカ艦長はと言うと、それを確認するやいなや叫んだ。ありったけの声量で、艦内にも聞こえるような。

 

「急速潜航ぉ!!」

 

 非常事態時、潜水艦は早急に潜行をする必要があり、直撃弾を食らうとまともに潜行も、航行もできなくなる恐れがある。最悪、沈むことになったりして、船員全員が死亡する恐れまであるのだ。まさかそれが今になるとは思っていなかった私は、艦橋要員だったにもかかわらず足がすくんでしまった。怖い。ひたすらに、怖かった。

 

「ア……ALARRRRRRRRRRM(アラーム)!!!」

 

だけど、足がすくむ中でも、ハッチの中、発令所に向けてアラームと叫ぶことでその緊急性を伝えることはできたのだった。

 その時、ナターシャさんは腰が抜けたのか、その場に転倒してしまった。彼女の視線の先にはなおも波に揺れ、しかし砲口をコチラにむけんとする戦闘艦がいた。一瞬見た感じでは、あれは、旧式の駆逐艦だ……!

「ナターシャ!」

「……!」

 エリヴィエラさんが駆け寄ると、ナターシャさんは必死にエリヴィエラさんに掴まって立ち上がろうとした。同じく、エリヴィエラさんもそれを手伝ってハッチへと急いで運ぶ。

「敵弾、未だ装填中! ハンナも、速く中へ!」

「わかったわ! 貴女も速くね!」

 エリヴィエラさん、ナターシャさんが勢いよく降りていくのを見てから私も降りた。ヴィクトーリアさんは敵艦の正確な位置を目視かつ短時間で計測すると、同じようにハッチの中へと体を入れた。そして、ハッチをしめ、バルブを回して閉鎖すると同じように滑って降りてきたのだった。

 発令所に降り立った私はその光景を忘れることはないだろう。狭いU-ボートの廊下を滑るように駆けていく同期たちは、脇目も振らず艦首へと向かっていた。ラジオルームでは学校側に連絡をとり、おそらくすぐに聴音へと戻るミヒャエラさんも叫んでいた。そしてなおもけたたましく鳴り止まない、目覚まし時計のような甲高い音が艦内に響き渡る。もはや、そこはいつものゆるりとした空間がなかった。

「敵艦より砲撃! 交戦中! 応援をはよ!」

「前へ走って! 速く!」

「ALARRRRRRRRRM!」

「走れ走れ走れ!」

「10m!」

 しかしその時、急激な揺れと共に電灯が消えた。悲鳴と轟音とともに炸裂するようなガラスの割れる音は、さらに全員の恐怖を煽ったのだった。生きている電球が少ししてパッと点くと、計器類のガラスも割れていることに気づいた。それを見てビアンカ艦長が叫ぶ。

「一発食らったか! 面舵一杯!」

 しかし、更に被害はひどく、パンっと鉄が破損する音が聞こえると共に、放水音があたりから耳に入る。それは、何よりも怖いものだった。この場は混乱に陥り、あちこちから報告と悲鳴が飛び始めた。

「きゃあ!! 浸水発生!」

「ダメコン急げ! 狼狽えるな!」

「20m!」

「何なんですの!?」

「エーリカが負傷!」

「痛い! 踏まないで!」

「バルブを締めて! はやく!」

「何よ、何なのよ一体!!」

 悲鳴も少し聞こえる中で、殆どの乗員が前方へと集まった。これによって艦首が重くなり、急速な潜行を可能としているのだ。私は急いでTDC(魚雷管制装置)の隣の机に航海図を開いて現在地を確認し、敵のおおよその位置を書き記した。その手の震えと、冷や汗が私の恐怖心を表していた。

 すると、ヴィクトーリアさんも私のもとに駆け寄ってきた。

「航海長」

「ヴィクトーリアさん、敵の位置を!」

「お、おおよそこの位置です」

 指し示す場所を定規で測り、コンパスを用いて一定の行動範囲を敷き、様々な方向へと線を引いた後、敵艦の進路方向などから自艦が追い詰められるかどうかを調べたりする。するのだが……

「近い……! これじゃあ!」

「機関全速! 皆静かに!」

 ビアンカ艦長のその声が響くと皆がしんっと静まり返る。一度冷静さを少し取り戻して意思疎通をしあい、ビアンカ艦長へと被害報告を行い、他全員へと通達を回す。このときの皆は、ある程度の緊急事態に対応できるように訓練をしてはいたのだが、やはり実戦経験のない私達は襲い来る恐怖に迅速な対応ができないでいた。

 ふと、TDCに背をもたれさせて天井を仰ぐジークリンデさんが目に入った。彼女は普段から冷静で、でも頼りになる子なのだが、このときだけは全く違っていた。顔面は蒼白で、歯がガチガチと鳴っているその姿は、いつもと違いすぎて怖さを助長した。

 バッとあたりを見回すと、エルヴィーラ副長はEOT(エンジンオーダーテレグラフ)の近くで配管に手を伸ばし、揺れに耐えるようにしていた。その顔も不安さが抜けきっておらず、天井を睨みながら怯えていた。

レオニーさんは操舵席に付くマヌエラさんとソリナさんの二人のそばに居た。計器類をあっちこっち見て、深度の調整と船の操舵を逐一調節し、発令所内のバルブも近場から見ていっていた。

ビアンカ艦長は艦首から持ち場へと戻ろうとする何人かからの報告を受け、指示を出していた。

「50m」

「工具を持って速やかに修復箇所にあたって。それから貴女は」

「高速推進音、まっすぐこちらに向かってきてるお……!」

「こことここは大丈夫っと、深度そのまま、これからが大事だから、頑張ろう」

「わかっているさ。だが、心持ちはそれほど穏やかじゃあないね」

「が、がんばります」

「……ハンナ、これからどうなるのかしら……」

「……えと、だ―――」

 弱るジークリンデさんに、大丈夫。そう声を掛けようとした時だった。何だっていつも、タイミングが悪いのか。恨むのも仕方がないくらい丁度良く、それは来た。

 

コ――――――――ン……

 

 長く長く、それこそこの海の底まで響くのではないのかと思うような、神経に障る音。トンネルで拍手をしたときのように、大きく、どこまでも響いていく。それが聞こえた瞬間、皆の体が止まった。ゆっくりと見上げる私に続いて、皆が見上げた。わかる。これは駆逐艦から発せられた音だ。

「えっと……何の音……?」

 ナターシャさんがそう呟くように見上げたまま言うと、ラーエルさんが同じように見上げたまま返した。なおも響くピンの音は、どこまでも私達を怯えさせた。

「ASDIC(アスディック)ですよ……! 反射音で私達の場所を探ってる……!」

 ゴクリとつばを飲む。後ろではビアンカ艦長が冷静に舵中央と命令を下していた。しかし、それどころではない……アスディックを使って私達の位置を調べて、いったい何をするのか。教本において対潜方法を学んだ私達には、ある一つの名詞が浮かんだ。

「爆雷……!」

「やだ……やだよぉ……」

「大丈夫だ。掴まってくれ。……ラーエル、すまないが操舵を代わってくれ」

「まかせてほしいであります」

 ナターシャさんがへたりとその場に崩れ落ちてしまった。ソリナさんがそれに駆け寄り、操舵席には変わりにラーエルさんがついた。だが、続くコ――――――ンという音にビクッと身を縮めさせながら、彼女たちはやるべきことを続ける。

発令所にずぶ濡れで出てきたマルテさんがまず、1つ目の吉報を持ってきた。

「ディーゼルモータールーム浸水、止まりました~」

「よくやった。でもまだ安心はできないな」

 エルヴィーラ副長がそう褒めて、マルテさんをまたエンジンルームに配置させる。現在、出力はエレクトリックモータールームが担っており、潜行時はディーゼルエンジンが使えないのだ。だから、エレクトリックモータールームにビアンカ艦長は機関科の子達を数人配置させ、細かい出力を任せていた。

 そして、余った数人でダメコンチームを急ぎ編成し、修理にあてていた。

「くっそぉ、頭打った……!絶てぇ許さねぇ」

「で、何がいるのかしら?」

「レンチ」

「これで良い?」

「Danke (ありがとう)」

 すぐ近くでは頭を擦りながら修理にあたるナタリアさんとメルツェーデスさんがいて、程よいコンビネーションで早急な修理を可能にしていた。流石、機関科の子。機械類に強い。

 私は現在地を自艦のスピードから計測し、地図に記していた。敵艦の位置については不明だが、聴音・水測のミヒャエラさんが時折ビアンカ艦長に報告するので、それを聞いてある程度記していた。現在は……後方……。

 すると、エルヴィーラ副長がビアンカ艦長に言い出す。

「艦長、スクリュー音が大きいです。静音潜行をすべきでは?」

「だめよ。今はとにかく速く深く潜るの。補講が短かったから仕方ないけれど、変温層まで潜ることで見つかる可能性を低くできるわ。それしかないの」

 そういうビアンカ艦長の表情にも焦りが少し見えた。基本的に現在の練習艦であるU-ボートとかだと、そうやってとにかく潜って隠れる他にない。外装をステルス性の高いものに変えたりするのも有効だけれど、最新鋭の戦闘艦とかだとバレるだろう。まぁ、今回の相手は旧式の駆逐艦。だけれど外装は変えてない……。

「ヴィクトーリアさん、艦種はどうだった?」

「駆逐艦です。おそらくですが、旧式です」

「やっぱり? ……あの装填の遅さはきっとそうね」

「次弾発射までかかってましたし……至近弾でしたけど」

「……あっ」

 と、そこで私は更にまずいことに気づいてしまった。現在この艦は敵艦の砲撃を受け、早急に潜行をしている。本来の進路を変更して、だ。そのため、進行方向が変更され艦首は嵐へと向かっていた。

「艦長……!」

「何?」

「このまま進むと、嵐に突っ込むことになります。最悪、現在の位置を見失いかねませんよ……!」

 嵐の規模や日数などにもよるが、遭難する可能性はないとはいえない。今の緊急事態を乗り越えるのも大切だが、その後も大切であり、今後の予定や方針を確認しておきたかった。

 ビアンカ艦長はと言うと、苦々しそうな表情を浮かべながら返答をしてくれた。

「今はしかたないわ。私達はまだまだ新人、それも学生よ? 相手はどうだかわからないけれど、対等に渡り合えるとは思えない。だから、嵐の中へ隠れる」

「嵐の中へ……?」

「聴音は普通、この天候だと波も荒れて聞き取りづらいものなの。相手が熟練ならそれでも正確に見つけるだろうけれど、普通は見つけにくいものなのよ」

「だから、より波の荒れる嵐へ向かって、やり過ごすということ。だろう?」

 エルヴィーラ副長も混ざってビアンカ艦長の説明を聞いていた。確かに、それなら嵐の中で隠れられる……!でも、それは同時に今後の予定を難しくするものとしてしまうのだ。

「そうよ。確かに嵐の大きさは見た感じ大きいから嫌だけれど、突っ込む他ないわ」

「……っ!? 艦長!」

 いつも薄い目のエルヴィーラ副長が大きく目を見開いて気づいた。指は天井を指しており、嫌な予感しかしない。……そういえば、いつの間にか、アスディックの音がやんでる……?

 するとビアンカ艦長もはっとして叫んだ。音が、しないのだ。

「!!! 現在の深度は!?」

「は、ひゃ、140m!」

「もっと潜って、180mよ!」

「安全保障ラインを突破しますよ……!」

「死ぬよりマシよ。それに、この子の最大潜航深度は230mよ」

「今爆雷受けてますし、死んじゃうかも……! くっ、艦首最大まで下げ、艦尾最大まで上げ」

 たじたじになりながらレオニーさんが報告し、言い合う二人。レオニーさんは機関長としてこの艦の耐久性は知っているつもりだからか、ビアンカ艦長に反発する。だけれど、ビアンカ艦長の決断と勇気は何よりも強く硬いものだった。

だが、今度は聴音室からビアンカ艦長へと声が響く。

「艦長! 着水音! 爆雷来るおっ!」

「爆雷防御ぉ!!! 何かに掴まって!!」

 続けてビアンカ艦長も叫んで命令を下した。それに従って全員がバッと配管や机、ベッドなど、近くの物に掴まってギュッと小さくなっていた。再び誰一人言葉を発さない、静寂が艦内を襲う。何一つ音のない空間だが、着実に爆雷は降りてきていた。

 ミヒャエラさんは装着していたヘッドホンを首にかけ、耐えるように態勢を変えてプルプルと震える。私は、隣のジークリンデさんも心配になり、ちらりと横目で見てみる。彼女は祈りを捧げていた。震える声で救済を望み、震える両手をギュッと握りしめ、目もキュッと閉じて。

 静かになると、否応無く耳に入る艦の軋む音が、神経を削っていく。このとき艦首方向に居たラッヘルは、それを詳細に書き記していた。周りにいる皆が怖がっており、不安そうにしている子が沢山、と。軋む音は水圧か爆圧で、いつか船体を破壊されるかもしれない恐怖を助長し、そこにいる全員の正常な判断力をゆっくりと奪っていく。

 しかし、その静けさは小さな揺れと炸裂音で消されていった。遠くで爆発音がしたのだ。それは始まりであり、まるで雷が落ちたようだった。

「……来てるな……」

「……爆雷の爆発、数えて、ハンナ」

「は、はい」

 言われるままに、上に備え付けてある黒板にタリーを記していく。だが、その爆音はまだ少なかった。そして、5つ目が爆発すると、艦は少し大きく揺れた。小さい悲鳴が艦首や艦尾から聞こえてくる。

「……近いわね」

「……くっ、深度を読まれてる……?」

 

 そして、六発目。その爆発が起きた瞬間、艦内は大きな揺れに襲われた。

 

「きゃああああああああああああああああ!!」

「ぐあああああああああっ!」

 

 同時に耳を劈くいくつかのひしゃげる音と、破裂音、そして勢いよく噴出する水の音が何処からともなく発生した。照明が再び消えかかり、何とか保っているもののいつ落ちても仕方ないものだった。

「浸水発生! 発令室、いくつかのバルブが破損! 誰かレンチ持ってきて!」

「角材通ります! 道を開けて!」

「こちらラジオルーム! 多分通信機が、破損!」

「修理は!」

「調理場もやられたわくそったれ! よくも食器をやりやがったわね!? ぶっ殺してやる!」

「ローゼマリー!? いいから手伝って!」

 どうやら発令所の位置、艦の隣で爆発したようで、発令所を中心にいくつかの部屋が被害を被っていた。その場にいる全員が修理を行う最中、ビアンカ艦長は続けてこう言った。

「応援は呼んだはずだから、とにかく潜ること、そして嵐へ逃げること! 取舵! 全力でぶん回して!」

「マルゴット!」

「やってますよ! 一杯です!」

 エレクトリックモータールームから発令所まで修理に来たマルゴットさんの名前をレオニーさんが叫んだ。修理にあたりながらそう返すマルゴットさんの表情にも、焦りが見える。

「マーシー! こっちは修理終わったぜ、そっちは!?」

「終わったわよ。浸水も停止、水の排出もしないとね。それじゃあ艦長、機関室に戻ります」

「Danke(ありがとう)。疲れるし、しんどいだろうけれどお願いね」

 ナタリアさんとメルツェーデスさんは発令所の修理を終え、艦尾の方へとくぐっていった。他にも爆雷が炸裂し、爆圧による攻撃はなおもつづいている。いくつか慌ただしい声の中、ビアンカ艦長はレオニーさんの数える深度に対して注意を向けていた。

「深度、180m」

「……よし、静音潜行!」

「静音潜行! 皆静かにするんだ!」

「前進微速、回転数はできる限り10でっ」

 ビアンカ艦長は静音潜行をここで発令し、エルヴィーラ副長が復唱すると皆に言い聞かせた。静音潜行とは、その名の通り静かに潜航することを指し、声を押し殺し、スクリュー音を小さくするために出力も極力まで抑えるのだ。

 今度もまた静になる艦内で、皆は静かに、しかし迅速に動いていた。艦首にいる十数人は修理に必要になるであろう道具と材料を探し、エレクトリックモータールームに居る数人はエンジンの出力に尽力していて、ここ発令所ではビアンカ艦長の指示の下、操舵を行っていた。

 私は正確な位置を見失わぬよう、時間、出力、速度、現在の針路などから求めていた。

「……どう、なるかしら」

 隣のジークリンデさんはポツリとそう呟いた。不安は隠しきれておらず、声の震えは止みそうになかった。私はそれに何かを言おうとして、そしてやめる。大丈夫とか、私が言っても……。

「大丈夫よ。相手は潜ることはできない。そして海上は嵐に見舞われるだろうし、そう簡単に私達を追い続けるのはできないわ」

 しかし、ビアンカ艦長はそう断言してニッと微笑んでみせる。その不敵の笑みは、根拠も合わせてジークリンデさんを……いや、その場に居た皆を元気づけた。私は、だから、ビアンカ艦長についていくと決めたんだ。私もそう、フッと微笑んで見る。すると、少しだけ心に巣食う不安が和らいだような気がした。

「さぁ……来なさい」

「いや、呼ばないで……」

 元気付いたのか、ビアンカ艦長の呼び声に対してそう突っ込むジークリンデさん。いつもの調子が出てきたみたいで、クスッと笑った。

 だが、再び訪れたアスディックの音が、その雰囲気を切り裂いた。バッと全員が上を睨むと全員の動きが止まる。そりゃそうなるでしょ、動いた音が敵になるのだから。

「来たな……」

「ぐぐぐ……これほど怖いとは、思わなかったでありますぅ」

「もう、なんなのよ……! しつこいわっ」

 エルヴィーラ副長の声に反応してか、操舵席につく二人も弱音をあげていた。そして、その音はどんどん頻繁になってくると、パタリと止んだ。すると、ビアンカ艦長はラジオルームを覗いて、ミヒャエラさんの声を聞いていた。

「……どうかしら」

「……着水音っす……! 爆雷、くるお……!」

「敵船の数は」

「スクリュー音一つと、微弱すぎるスクリュー音しか聞こえないので、おそらく戦闘にあたってるのは一隻だけっすね」

 そう言ってヘッドホンを外すミヒャエラさん。ビアンカ艦長はわかったと一言告げると、コチラを向いてじっと上を見つめていた。私は続けて爆雷の数を数える。ただ、不安なのは先程書いていた数は多分少し少ないはず。だって、あんだけ揺れたり被害が出たら、数える暇なんてないでしょう? 一応いくつか聞き取れた分だけ書いたけれど……。

 すると、先ほどと同じように遠くで爆発音がした。しかし、その音が先ほどとは違って結構遠い。これは……

「……深度が合ってないね」

「私の読みが当たったのかな?」

「艦長、やりましたね……!」

 爆雷の数を数えていく私。その手が止まると、二回目の爆雷は避けられたことに気づけた。爆発の音がもうしないのだ。

「……だけど、まだよ」

「え?」

 そう言うとビアンカ艦長は発令所の皆に顔を向けてこう言った。

「もしかしたらまだ攻撃をしてくるかもしれない。ピンを打ってくるかもしれない……浮上するのを、待ち伏せされているかもしれない」

 まだ完全に見失ったと言える状態ではないとビアンカ艦長は言って、梯子にもたれかかり、眼前を睨む。確かに、まだ一度攻撃を避けられた程度だ。ビアンカ艦長は安心して良いわけではなく、気を引き締めろと、そういっているのだ。私は口をきゅっとつぐむとコクリとそれに頷いた。

「だから、今は耐えるときよ……皆、もうひと踏ん張りお願い。絶対に私が死なせないから……力を貸して」

 そういうビアンカ艦長の目は、とても輝いていた。いつも服装を乱して怒られるような、そんな人ではない。ちゃんと、私達を引っ張ってくれる……リーダーとしての力強さがそこにはあった。

 

 

 それから数時間後。

 あれからも何度もアスディックと爆雷の音を聞くこととなったが、どれも私達から遠く、一度も喰らうことはなかった。ビアンカ艦長は全力でそれらに対応し、見事この危機を乗り越えたのだ。

現在の深度は200mであり、軋む音はとてもひどく聞こえてくる。だけれど、そのおかげか全く敵が爆雷を落とさなくなったのだった。これは単純に深く潜ることで見失わせられたのと、おそらく嵐の中へ突入したのだろうと考えられる。私は敵から逃げ切れた安心感をいだき、しかし、今後の航路が設定したものに戻れるのかという不安もまた胸中に抱いていた。

現在は皆も安心したように動いており、艦首に居た皆は各自が休憩所にて待機をしていた。まぁ、ゲルトルートさんはこんな時でも賭け事をしていて怒られていたけれど……。

艦内の酸素濃度と二酸化炭素濃度の値は通常時と見比べてみると、減ったり増えたりしており、その差は息苦しさをしっかりと自覚することができるほどだった。休んでいるとはいえ、速く浮上して空気が欲しいとうんざりしている雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。

 私はと言うと、発令所と艦首にある休憩所と艦尾の方にもある休憩所を移動していき、全員の安否や様子を確認していた。だから、その、凄くいつ浮上するのかと迫られるのだけれど……私は答えられないからね?

「艦長、いつ浮上するのでありますか?」

 はぁ、とため息を漏らしながら発令所に戻ると、ラーエルさんが操舵席から立ち上がり、ビアンカ艦長に質問をしていた。其処におでこに絆創膏をつけたエーリカさんが座ろうとしていて、ビアンカ艦長に目を向けている。あ、交代か。ラーエルさんは帰るついでに、浮上する時を知りたいのだろう。

「んー……もう、良い頃合いかしらね……ミヒャエラ」

「んぁ? んー、全くスクリュー音がしないおっ。こりゃ勝ったでござるな風呂はいろっ」

「お風呂に入られちゃ困るんだけど……て、お風呂はないです」

「がーんだな、出鼻をくじかれたお……」

「……聞かせて」

 ヘッドホンを付けながらミヒャエラさんはビアンカ艦長にそう返した。よくわからないけれど、とりあえずミヒャエラさんがいつもの調子でいるから、つい突っ込んでしまったのだけれど……なんでお風呂?

 すると、無言のままビアンカ艦長は聴音室へと向かい、ヘッドホンをミヒャエラさんから受け取った。丸いハンドルを回してビアンカ艦長もじっと耳を澄ませている。中腰で、背中しか見えなかったけれど……ビアンカ艦長って良いお尻しているのね……っは、私は、何をっ!?

 ぶんぶんと頭を振って、自身の思考を回復させると、ビアンカ艦長のその背に声をかけた。

「どうですか?」

「……」

 少しの静寂が訪れる。皆が黙ってビアンカ艦長の背を見つめていて、どうするのかに注目していた。そして、ビアンカ艦長がヘッドホンをミヒャエラさんに返すと、くるりとコチラを向いて微笑んだ。

 そして、その言葉を聞いて私達は大きな安堵のため息や小さな喜び、やったぁという叫びを各々が発する。

 

「諸君、浮上よ。準備なさい」

 

 そう、これで約7時間にも及ぶ実戦が終わりを告げたのだった。

 

 

今後絡んでほしいキャラ

  • テア・クロイツェル
  • ヴィルヘルミーナ
  • その他(名前を挙げていただければ)
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