日本にある、とある県のとある町のとあるアパートの一室。そこで少年は、突然の連絡と共に訪ねてきた従兄の青年を向かい入れていた。
「実は、ここ最近記憶がない日があったんだ」
出した麦茶でゴクリと喉を潤わせた青年は、そう切り出した。
少年は、それだけでは言いたいことが分からないと首を傾げ、ウチよりも病院に行ったらと正論を返す。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと慌ててね。急いちゃったよ・・・・・・。ええっと、どこから話したものか・・・・・・」
眼鏡をかけた青年は顎に手をやると、僅かの時間「う~ん」と唸って考えをまとめ、再び口を開いた。
「ほら、僕がメアリ――親方の娘さんと付き合っているのは前に話したよね?」
知っている。前に一度、写真を見せてもらったことがある。
少年から見て従兄は、気は弱いが優しい――そんな青年だった。
そんな性分なものだから適当な会社でサラリーマンに成るモノとでも思っていたので、外人の彫金師に弟子入りした時は驚いたものだ。
その彫金師の娘さんである、金髪巨乳の美人さんと付き合い始めた時はもっと驚き、祝福するとともに「この野郎」と思ったものである。
「それでさ、ほら。付き合ってそれなりに経つし、そろそろ結婚とか考えててね」
そう言って頬を緩ませる青年を、少年は半眼で見つめる。
おめでたい話だが、自慢しに来たのかと。
「っと、違う。そうじゃないから話を聞いてくれ。今のは前提条件なんだ」
青年は慌てて少年を宥めると、説明を再開する。
「それで親方さんにそのことを打ち明けたんだけど、幾つか条件を出されたんだよね。その内の一つが、“自分を納得させるだけの結婚指輪を作ること”だったんだ」
それはまた何とも、彫金師らしい――のか?
少年は内心首を傾げるが、それとは別の疑問を口にする。
「うん? 指輪作りを手伝えばいいのかって? 違う違う、そうじゃないよ。今回のことは自分の力でやり遂げたいところだしね。――それに、実のところ指輪はもう出来上がったんだ」
それは朗報だが、反面青年の顔は暗い。
・・・・・・ひょっとして、親方さんに認められなかったのだろうか?
「・・・・・・いや、そうじゃないんだ。というよりそれ以前の問題で、親方に見せる前に、その、指輪が無くなっちゃったんだ」
・・・・・・・・・・・・
どうやら、それが今回の要件らしかった。
「探したけど何処にも見当たらなくて・・・・・・それで話は最初に戻るんだけど、一昨日の話になるけど、記憶が一日、ポッカリ抜けているんだ」
青年は苦い顔をしながら話を続ける。
「指輪を作り終わって、その時は親方もいなかったからね。指輪を持って家に帰ろうと、店を出てちょっと歩いたところまでは覚えているんだけど、その後の記憶がね・・・・・・」
気が付いたら丸1日が経過して、家の前に立っていた。おまけのそのことに半日気づかなかった――そんな話だった。
「幸いその日は仕事も休みだったし大きな問題にはならなかったけど、狐か狸に化かされた気分だよ。 ・・・・・・それで気づいたら指輪もなくなってて、探してもどこにも見当たらなくて――ほんともう、どうしようかって頭を抱えたよ」
それで妙に疲れたような顔をしているのか、と少年は納得した。
努力の末に得られたものが訳も分からず失われたら、ショックも大きいだろう。
同時に、ふと思ったことを尋ねる。
「もう一度作らないのかって? ・・・・・・それも考えはしたんだけど、あの指輪は僕自身、会心の出来って言えるものだったんだ。正直、今あれと同じレベルのモノをもう一度狙って作れるかって言われたら、ちょっと自信がない」
そこまで話しきると、青年は再び意気消沈する。
所詮当人ではない少年には分かり切れなかったが、相当に落ち込んでいるようだ。
「それでさ、ほら。君って昔からこういう探し物とか得意じゃなかったじゃないか? それで、藁にも縋る思いで今日こうやって足を運んだんだ」
藁なのか――と少年は思ったが、口には出さなかった。
実際青年も無茶を言っているのは分かっているだろう。
どこか気まずそうな顔をしている。同時に、僅かな期待も瞳の奥にあるのだが。
とにかく、その“記憶がない1日”で指輪が失われた、それは間違いないようだ。
とは言え手がかりが全くない状態ではどうしようもない。
「何か、ほんのちょっとでも手がかりはないのかって? そうだね・・・・・・」
青年はポケットをゴソゴソと漁ると、透明な袋に入った落ち葉を手渡してくる。
「コレ、いつの間にか服にくっついてたんだ。多分、記憶がない間にくっついたんだと思うけど」
少年は落ち葉を受け取ってしげしげと眺めるが、生憎と少年は植物学者ではなかったので、それだけでこの落ち葉がどこのものか調べるのは不可能だった。
それでもとっかかりさえつかめれば十分手がかりになるので、預かったままにする。
「他に何かないかって? う~ん、そうだなぁ」
青年は腕を組んで考え込み、1分、5分、10分と経ち・・・・・・いい加減少年がじれ始めたところで、ポツリとある単語を零す。
「――巫女・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・?
「巫女さんが、いた気がする。こう、ちゃんとした神社にいるような巫女さんじゃなくて、ちょっとコスプレっぽい感じの」
・・・・・・・・・・・・
それは、アレだろうか? ちょっと特殊な感じのお店に行って、酔いつぶれて記憶を失ってしまったとか?
少年が若干呆れ交じりの視線と共にそう問いかけると、青年は慌てて否定する。
「いやいやいや!! そうじゃないからね!? お金とかも特に減ってなかったし!! というかそれ、冗談だとしてもメアリや親方に言ったりしないでよ!?」
心配せずとも、少年はメアリさんや親方さんの連絡先など知らなかった。
知っていたとしても、わざわざそんなこと言ったりしないが。
しかし巫女・・・・・・
漠然とし過ぎているが、手掛かりがそれしかない以上そこを調べるしかない。
「あ、ああ。その巫女さんのことをもっと詳しく? ううん、そうだなぁ。顔はよく思い出せないけど、結構若い子だった――と思う。妙に人気のない神社にいたような・・・・・・。髪は黒のロングで、赤くて大きなリボンをつけていた、かな?」
覚えていることが曖昧なのか、たどたどしそうに特徴を上げていく。
そして・・・・・・
「あと、コスプレっぽいって思った一番の理由なんだけど」
青年はちょっと言いづらそうにしながらも、口を開く。
「こう、その、脇がね? 丸見えの、変わった巫女服だったんだよ。巫女さんにはあんまり詳しくないんだけど、普通そんな巫女さんいないよね?」
同意を求めてくる青年に対し、少年は考え込むように沈黙を返す。
脇と巫女。一見キノコとタケノコのように関連のないキーワードだが、少年はその組み合わせには、覚えがあった。
――今世ではなく、前世での話だが。
その後青年と幾らかの会話を交わし、「疲れてるのかな?」と言って目をこする青年に、念の為病院で診てもらうようにと言って帰し、少年はパソコンを起動してある名前を検索する。
すなわち、“博麗神社”の名前を。
――ヒット。少数だが見受けられ、その内個人ブログのものをクリックすると、古ぼけた神社の写真が載っている。
少年はこの日、自分が転生した世界が“東方Project”なのだと初めて知った。