最低限の整備が為された山道をコツコツと歩む。
空を駆けた方が早く着くが、そこまで急ぐ用事でもない。
それにこうやって見られている現状では、余計な警戒をかう可能性もある。
視線の正体は、多分天狗辺りだろう。
目的地との間の参道は人間の行き来が許可されているそうだが、だからといって外来人である自分にまでそれが適用されるかはわからない。
少なくとも現状は見ているだけのようだし、関心をかいかねない真似は慎んでおくのが吉。
天狗という人外連中とは言え、組織である以上余分な仕事が増えるのは嫌うだろう――多分。これが鬼あたりならまだ分からないが。
ところで白狼の椛とかもいるんだろうか? 実物に耳と尻尾があるかを確認してみたいけど。
そんなことを考えていると、徐々に道が整っていき目的の場所が見えてきた。
――守矢神社。
幻想郷にある2つの神社の片割れで、比較的新参者。
そこに座するは、外の世界において失われる信仰に危機感を持ち幻想郷へと移転した三柱の神。
木弥の目当ては、その内の一柱の神であった。
※
「あっ! ようこそおいで下さいまし・・・・・・た?」
守矢神社に座する神の一柱にして風祝――東風谷早苗の言葉が尻すぼみになったのは、訪れた青年の風体からだった。
人里では一般的な和装ではなく、洋装。それに身に纏う雰囲気も、あんまり幻想郷人っぽくない。
どちらかといえばかつての自分と同じ――外の世界の匂いだ。
(それに、どこかで見たことがあるような・・・・・・)
手に持った箒を掃く手を止め青年を見ていると、彼は自分の方に近づいてきて1メートルほど手前で足を止めた。
「失礼、今少しいいかな?」
「あっ、はい。参拝客の方も少ないですし、大丈夫です」
砂くないというより、目の前の青年以外いないのだが。
それなりの広さがある境内は閑散としており、自分で言っておきながら早苗は少し悲しくなった。
これでも外の世界にいた頃よりははるかに信仰が集まっているのだが、それでもこの山の中では里の住人も気軽に足を運びづらい。
(やはり距離がネックですね)
外の世界でなら移動手段も多様で大した距離ではないのだが、ここは幻想郷。
基本的に住民の足は、自らの両足2本のみになる。
加えて守谷神社の住所は“妖怪の山”の山中という、文字通り妖怪の陣地の腸の中。
幾ら天狗との協定があるとはいえ、人間では足を運びにくいのというのが現状だ。
(でもロープウェイが完成すれば――)
「こちらの神様にお目にかかりたいんだけど」
「ひゃい!? 神様はわたしです!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
噛んだ。恥ずかしかった。
参拝客の目の前で考えに耽った自分が悪いのだろうが、じわじわと恥ずかしさがこみあげてきて顔が赤くなる。青年の沈黙がそれを助長した。
「あーうん、君も神様だったね、うん。でもゴメンね? こっちの言葉が足りなかったけど、会いに来たのは君じゃあなくて・・・・・・」
しかも咄嗟のこととはいえ勘違いしてしまった。
というかこの神社の主神は神奈子様なのだ。なんで自分だと思ったんだ、私。
(うう・・・・・・この恥ずかしさは、小学生の時の将来の夢発表で神様発言した時に通じるものがありますよぅ)
その時教室の中が何とも言えない気まずい空気になったのは思い出しつつ、ぶるんぶるんと頭を横に振って青年に笑顔で向き直る。
「はい、失礼しました! 神奈子様に如何なる御用でしょうか?」
先ほどまでの醜態を亡き者にする勢いで対応する。
こういう時はパワーが大事。いつまでもくよくよしてはいけない。
すると青年は、困ったようにはにかんで見せた。
「いや、用事があるのは八坂の神様でもないんだ」
「え? だったら・・・・・・?」
「私ってことだね、お兄さん」
境内に、幼い声が響く。
早苗の視線の先――青年の後方に、特徴的な帽子を被った幼い影がいつの間にか佇んでいた。
青年が振りむくと、少女はにっこりと笑いかける。
「遠路はるばるようこそ、外来人のお兄さん。わたしは洩矢諏訪子。この神社の裏ボスをやってる」
「これはご丁寧に。――神に先に名乗らせて申し訳ない。オレは八雲木弥――しがないソーサリアンです」
「へぇ? 八雲だって?」
諏訪子はまじまじと木弥を観察すると、青年は苦笑した。
「こっちではそういう反応よくされますけど、別に身内って訳じゃないですよ」
「ふ~ん、本当?」
「たまに一緒に飯食ったり、駄弁ったりする程度の仲です」
地味に衝撃の発言だった。
(あの人幽々子さん以外に友達いたのっ!?)
流石に口にしないだけの分別はあった。もし口にしていたら、空から金ダライが降ってきていたかもしれない。
「早苗~、あんまり滅多なこと考えるもんじゃないよ」
己が仕える神にとっては、お見通しだったようだが。
「それで、その八雲クンがわたしに一体何の用なのかな?」
諏訪子の目が怪しく光り、チロリと舌を覗かせる。少女然とした姿ながら、艶めかしさを感じさせる仕草。
早苗もそれは気になった。この外来人であるらしい青年が、わざわざ何をしに幻想郷までやって来たのか――
二人の注目が集まる中、青年はポツリと呟いた。
「秘密の貯蔵庫」
青年は手元にあいた謎の空間に無造作に手を突っ込んだかと思うと、直ぐに何かを取り出した。それは――
「お酒?」
白い包装紙にくるまれた、1本の酒。少なくとも、そう見えるもの。
それを諏訪子へと手渡す。
そして困惑する諏訪子に向かって、口を開く。
「――――――――」
放たれたのは、早苗の知らない人の名前。
諏訪子も最初はピンとこなかったようだが数瞬後、「あっ」と小さく呟いた。
「遅くなったけど、約束の品だそうです」
「あー、そういうことか・・・・・・あの子は?」
「一月ほど前に、身罷まったそうです。大往生だったと聞いています。ただ、約束の件だけが心残りだったそうで。一流の杜氏として成功し、最後に作り上げた最高の酒がその酒です」
「そっかー。確かに、もうそのくらいの年だろうからね・・・・・・ほんと、人は年喰うのが早いなぁ」
しみじみと、懐かしむように諏訪子はつぶやいた。
「ちょっとした縁からその話がオレに来て、こうして宅急便の真似事を勤めた訳です。――正直、あなたが覚えていてくれて助かりましたよ」
「今の今までは忘れてたさ。思い出したのは、きっとこれがいい酒だからだね。うん、飲まなくても分かるよ」
「それは何より――じゃあオレは、参拝だけしたら帰らせてもらいます」
「性急だね。コレのお礼くらいはするよ? 今ならウチの可愛い風祝のお酌付きで」
「魅力的なお誘いですが、生憎と酒はダメでして。報酬は別口で貰ってますし、貰い過ぎはいけませんからね」
そう言い残すと、青年は宣言通り参拝をして去っていった。
※
「ほほう、これがその酒か・・・・・・」
守矢神社の主神――山の神・八坂神奈子はコップに注がれた透き通るような日本酒を興味深気に眺め、グイっとあおった。
「ふむ・・・・・・良い酒だ。味はもちろん、思いがこもっている」
「でしょ? いやー、いい職人になったもんだよ」
夕餉の席で、諏訪子は機嫌が良さそうにニコニコとしていた。
そんな諏訪子の様子を見て、早苗は気になっていた質問を投げかける。
「それで諏訪子様、約束って一体何だったんですか?」
「うん? 気になる?」
「はい――差しさわりなければですけど」
「んー、そんな大した話でもないよ。よくある口約束さ」
諏訪子は酒をあおり、懐かしむように目を細める。
「ふぅ・・・・・・もう何十年前の話だったかな。今よりもまだ少しだけ、人々の間に信仰が残っていた時代。神社の近くに住んでいた子が、親戚の酒蔵で働くために引っ越すとき言い残したんだよ。『いつか最高のお酒を造ったら、きっと届ける!』ってね」
「ほほう・・・・・・それは何とも、羨ましい話だな」
「はっはっは、妬くな妬くな。普段は神奈子の方が役得なんだからさ」
諏訪子はカラカラと笑い、神奈子はそんな相方の様子に苦笑する。
早苗は――風祝の少女の胸には、一つの思いが宿っていた。
「みんながみんな、忘れたわけじゃあなかったんですね・・・・・・」
「うん?」
「あ、いえ――その・・・・・・何というか・・・・・・」
早苗は胸に浮かんだ考えを口にすべきか逡巡しながらも、言葉を選びながら紡ぎだす。
「わたしたちは、外の世界に見切りをつけました。信仰が薄れ、わたしたちを忘れていく時代よりもこの地を安住の地に定めました」
「・・・・・・・・・・・・」
「わたしたちはもう、外では必要とされてないって思ったから・・・・・・でも実際は、子供の頃の口約束ですらきちんと覚えている人もいて――」
「後悔しているのかい? この地に来たことは、早とちりだったと」
いつの間にか、神奈子は早苗のことをじっと見つめていた。
「実際、幻想郷に来たのはわたしの都合というところが大きい。諏訪子は信仰が薄れることもあんまり気にしてなかったし、早苗だって神ではなく人として生きる分なら、こっちに来る必要はなかった」
「いえ! ・・・・・・いいえ、そういうことじゃあないんです。そりゃ言い出しっぺは神奈子様ですけど最終的には私自ら選んだ道ですし、こっちの生活は不便もありますけど逆に開放的になった部分もありますし・・・・・・」
「最近の早苗は随分開き直ってたらかねー。そういう意味じゃあ、昼間は顔真っ赤にしちゃって可愛らしかったけど」
「すーわーこー、今ちょっと真面目な話なんだから」
「ハイハイ、要するにさー。早苗は、ちょっと薄情だったんじゃないかって思ってるんでしょ?」
「――っ!」
茶々を入れるかのような気軽さだったがその口調のまま、諏訪子は核心を突いてきた。
「外にはまだわたしたちを覚えている人がいて、わたしたちはその全てを振り払ってこっちに来た。それを、後ろめたく思っているんじゃない?」
「それ、は・・・・・・はい。自分でもうまく言葉に出来ませんでしたけど、それが一番しっくりくる気がします」
実際、ストンと腑に落ちた感覚がある。
――ああ、そうだ。わたしは、僅かとはいえ残っていた信仰を、捨ててきたのだと。
「真面目だなー、早苗は。まあわたしや神奈子よりも、現代社会とのつながりが強かったから仕方ないかもだけど。学校とか、友達とかね」
「でもっ! 今回のことは、諏訪子様こそが――」
「はっはっは、優しい子に育ったもんだね。でもそれは、同時に傲慢でもあるよ。神としての成長の証でもあるけど」
諏訪子は、すうっと目を細めた。
「わたしがこれまでどれだけの願い、恨み、畏れを身に向けられたと思っているのさ? 叶う、叶わないは別として」
「それは・・・・・・」
「幾千万の思いを身に受けてきたんだ。その全部が全部を、当人たちの思うように返せるもんじゃない。そもそも、神は決して人に対して甘く優しいだけの存在じゃあない。そりゃどっちかといえば、悪魔の領分さ」
諏訪子は早苗の元に寄り、その頭に手を置く。
「取捨選択をしたこともある、期待を背負いがら負けたことだってある。わたしたちは決して、全ての願いにこたえられる訳じゃあない。ただ、できることを出来る限りやってくしかないんだよ」
「でも、それじゃあ神様の意味って・・・・・・」
「今はまだ納得できないかもしれないし、わからないかもしれない。早苗の神様生は始まったばかりだからね。案外、新しい神である早苗ならわたしたちとは違う境地にたどり着けるかもしれないし。でもね・・・・・・」
諏訪子は酒瓶を片手に掲げ、ウインクして見せる。
「知らないところで紡がれた縁が、こうやって奇跡を運んでくれることもある。このことをよく覚えておくといい。奇跡は決して、神だけによって引き起こされるものじゃないってことを。善かれ悪かれ、紡がれた縁が途切れることはない」
「そう、ですね・・・・・・」
捨てたと思っていた絆がある。
絶ったと覚悟した繋がりがある。
でもそれがまだ、僅かなりともどこかでつながっているとすれば――
早苗の心は、少しだけ軽くなった。
「よーし! じゃあ辛気臭い話はここまで! 今日はあの子への花向けだ、飲むぞー!
早苗、つまみの追加!」
「は、はい! ただ今!」
早苗は諏訪子の言葉の押されるように、慌てて台所へと向かっていく。
そんな姿を見ながら神奈子はぼそりと呟く。
「何というか、わたしの立つ瀬がないんだが」
「今日はわたしのターンってね!」
守谷の夜は、騒がしくも更けていく。
その行く末や、誰ぞ知るかや。
※
時は少し遡る。
守矢神社を後にした木弥の前に、とある少女が立ちふさがっていた。
「善き行いをしたようですね」
「・・・・・・・・・・・・」
「善き行いには、善き報いが与えられるもの。もっとも私はおろか、閻魔というシステム自体が貴方を裁くことはないでしょうが。ええ、本当に、非常に、真に残念ながら」
「どれだけオレを裁きたいんだ、貴女は」
口惜しそうな様子の笏を持った少女に、若干たじろぎながらも木弥は返した。
「とは言え個人的な教えを授けるのなら話は別――という訳で」
楽園の閻魔――四季映姫・ヤマザナドゥはにっこりと微笑みながら残酷に告げた。
「お説教のお時間です。ええ、死後の分までたっぷりとね」
――この後めちゃくちゃ説教された。
後日談・祟り神への宅急便はこれにて完結です。
早苗さん、木弥クンのことはあんまりよく覚えていません。
何故って薄暗い地底でチラッと遭っただけだからネ!
後は幻想郷の忙しい日々の中で、直ぐに薄れていきました。
木弥が閻魔に裁かれることがないというのは、この世界のシステムの
管轄外だからです。異世界から来た改造された魂故、正常な輪廻転生には
紛れ込めません。
そんな相手にも手を差し伸べるあたり、映姫さんはやさしいなー(棒読み
幻想郷は地続きの異界――それ故完全に外から隔絶されている訳ではない。
今回は、そういうお話でした。