「なるほど、お空さんが指輪を拾っていたんですね」
土蜘蛛たちの住む縦穴も終わりに差しかかった頃、早苗は合流した魔理沙から話を聞いていた。その間も、前に進むのは止めない。
ちなみに文のカラスは連絡の為に帰してあるが、地底に含むところのある彼女がここまでやってくるかは不透明だった。
「ああ、地上でチルノたちと遊んでいるときに見つけたらしくてな。そのまま持ち帰ったらしい」
「氷精なのに太陽属性のお空さんと遊ぶなんて、相変わらず変なところで気合の入った妖精と言いますか」
「何も考えてないだけだろ」
チルノに限らず、基本的に妖精は深く物事を考えない。
日々を楽しく暮らすことと、拙い悪戯に頭を巡らせるくらいだ。
「それよりこっちばっかり話すんじゃ不公平だろ。何かそっちでもわかったこと教えてくれよ」
「そうですね・・・・・・魔理沙さんが言っていたことを除けば、目がたくさんあって女の子を磔にする趣味があるかもってくらいですか」
「どんだけヤバい奴なんだよ。・・・・・・遅まきながら不安になって来たぜ」
魔理沙は普通に引いたような表情になった。
どこぞの少年にとってはひどい風評被害である。
「だったら引き返しますか?」
「うんにゃ。ここまで来たんだ。今更それはないよ。それに、使った時間分くらいの成果は貰わないといけないからな」
「とんだ押し売りもあったものですね・・・・・・」
二人が縦穴を抜け少し進んでいると、大きな橋がありその上に一人の人物が立っている。
緑色の髪をした女性――水橋パルスィだ。
彼女は魔理沙と早苗の姿を認めると、フンと鼻を鳴らす。
「――この短い時間に人間3人。のこのことやってくるその能天気さが妬ましいわ」
「相変わらずの妬み節だな。橋姫」
「わたしはそういう存在なのよ。何者でもないあなたには分からないでしょうけど」
水橋パルスィは、嫉妬心を操る女神だか鬼女だかである。
会話する際は何かにつけて『妬ましい』と繰り返す癖をもっている。
だが魔理沙は、彼女の台詞が気に入らなかったようでムッとする。
「おいおい、魔理沙さんを前になんて言い草だ。どこからどう見たって立派な普通の魔法使いだろうが。そのきれいな両目は飾りか?」
「さらりと相手を褒める気障さが妬ましいわ。生憎と、地底の薄暗さの中でもはっきりと見えているわよ。土蜘蛛の彼女のように幾つもはないけど」
「ヤマメさんですか・・・・・・そう言えば見かけなかったですね」
「こっちには来ていないし、また地上にでも出かけているんじゃないかしら。制限が緩まったとはいえ、あのアグレッシブさは妬ましい。それで――」
パルスィは改めて二人を見据え、口を開く。
「人間がこの先に一体なんの用事かしら? 何度も言ったとは思うけど、この先は人には厳しい環境。あまりほいほい入り浸るものではないわよ」
「あっ、はい。先ほど3人の人間と言っていましたけど、わたしたちの前に男の人が通っていったんですよね?」
「ああ、彼を追いかけてきたの。まあそんなところじゃないかとは思っていたけど」
「お前って守護者的な面もあるんじゃなかったっけ? どうせなら足止めしてくれればよかったのに」
「・・・・・・事情が事情だったからね。フン、妬ましいったらありゃしない・・・・・・」
「事情って――恋愛沙汰? でも、橋姫っていうと・・・・・・」
橋姫とは、痴情のもつれから人より鬼に変じたとの伝承がある。
そのことを考えれば、逆に嫉妬心から妨害に走ってもおかしくはない。
そんな考えが早苗の頭によぎったのだが――
「余計なことに頭がいって、あまつさえ口にするその軽さが妬ましいわ」
「えっと、すみません」
「フン。色も知らない小娘たちに、わたしの事情をどうこう言われる筋合いはないわよ」
それを言われてしまえば、二人はぐうの音も出ない。
幻想郷の少女たちには、恋愛というものは未だ遠い場所にあった。
「まあいいわ。先に進むのなら、精々気を付けることね。もし死んでも誰かが跡形もなく片付けてくれるでしょうから、死体の心配をする必要はないけど」
「そうなったら、幽霊の魔法使いをやるのもいいかもな」
「魔理沙さんの場合、悪霊になりそうですけどね」
魔理沙と早苗は軽口をかけ合いながら、先に進んでいく。
その後姿を見送り、見失った頃にパルスィはふうと息を吐き、欄干の上に座る。
顔も名前も知らない、遠い何処かの男女二人。
何となくだが、その恋は成就するだろうという予感がある。
多分、もう自分には手に入らないもの。
だからこそ羨ましく、そして――
「ああもう・・・・・・本当に、妬ましい」
しかし言葉とは裏腹に、その口調はどこか優しく――
少女は今日も地の底にて、静かに妬みを謳う。
◇
――旧都。
地獄に住む妖怪たちが築き上げた、地底の王国。
酒と喧嘩の喧騒に包まれ、人里とはまた違った活気を持った町だ。
目的とする空がいると思しき場所――地霊殿はこの先になるので、魔理沙と早苗はそのままスルーするつもりだったが、その二人に待ったの声がかかった。
「おぉーい、お前さんたち!!」
旧都の一角から放たれた大声。
何事かと二人が目線を下ろすと、そこに居たのは女の鬼。
かつての山の四天王の一角――星熊勇儀だった。
「お前さんたちが二人そろってここに来るとは珍しい。異変か宴かい?」
声に惹かれて近づいてきた二人に、勇儀は酒瓶片手に語りかける。
「いや、人探しだぜ。人間の男がここを通らなかったか?」
「おう、来た来た。ちょっと前に通っていったよ。生きた人間のくせに、地霊殿に用があるなんて言うんだ。変わったやつだよな」
地霊殿は、地獄から怨霊の管理を委任された妖怪が住まう場所。
死して地に堕ちたものならまだしも、基本的に生者が訪れる場所ではない。
「変わり者というところに関しては同意ですが、事情があるようなので」
「それよりも、喧嘩を売らなかったのか? あんたに出会って素通りなんて、ちょっと意外なんだが」
「おいおい、お前はわたしのことをどれだけ喧嘩っ早いと思っているんだ? まあ、もちろん喧嘩は売ったんだがな!」
そう言って勇儀は豪快に笑う。
「ってことは負けたのか?」
「負けちゃいないよ。ルール的には、時間切れの相打ちってところだね。というより、とんちを利かされて勝負を流されちまったんだが。はっはっは!」
「勇儀さん的に、それってありなんですか?」
「鬼として先に決めたことを違える気はないし、とんちをきれいに決められた以上、妖怪として道を譲る程度の度量はみせるさ。もっとも、首をくれてやるわけにはいかないが」
「鬼の首なんぞ貰っても、使い道に困るだけだと思うけどな」
「うーん、ジェネレーションギャップってやつか。鬼の首といえば、昔は首級として最上のものだったんだけどねぇ」
勇儀は自分の首をさすりながら、そう呟く。
そんな様子を、魔理沙と早苗はよく分からないものを見る目で見ていた。
「まあ、詫びとしてこうして酒まで貰ったんだ。あいつは今頃、地霊殿までたどり着いているだろうさ」
「気前のいい奴だな。呑まないのか」
「今は酒の肴が始まるまで待っているところだよ」
「作るとか届くではなく、始まる――ですか?」
「おうよ」
早苗の発した疑問に、勇儀はニヤリと頬を吊り上げる。
「ちらっと聞いただけだが、あいつは例の神の力を得た地獄烏に用があるらしいな?」
「ええ、落し物をお空さんが拾ったとかで」
「へえ、そうなのか・・・・・・。まあそれは置いといて、あいつ相手に、どこまで話が通用すると思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
地獄烏の霊烏路空――通称お空は、基本的に鳥頭である。
もとより頭のいい鳥である烏が妖怪化しただけあって、極端に知能が低いという訳ではないが、記憶力は低めで時折話が通じなくなる。
「さとりの奴がいれば、多分平和的に話し合いか何かで解決したんだろうが――」
「あっ、そう言えば今日、神奈子様が間欠泉センターの件で話し合いをするって言ってましたね」
早苗がポンと手をうつ――と同時に、旧都の外――地霊殿のある方角から、巨大な火柱が上がるのが目に入った。
「えっ、えっ? わ、わたし、何もしてませよ!? ・・・・・・してませんよね? ひょっとして、いつの間にか奇跡がパワーアップしていたとか・・・・・・」
「いや、ありゃあ多分お空の奴だな」
「半々くらいだとは思っちゃいたが、始まったか。わたしとの勝負はすかされたことだし、見物くらいはさせてもらうとするかね」
そう言うと勇儀は、足にぐっと力を入れた。
◇
魔理沙と早苗が地霊殿付近に辿り着いたときには、勇儀は既に岩の上に腰を下ろし、優雅に盃を傾けていた。
「速いな。天狗よりも速いんじゃないのか?」
「さて、どうだかな。比べたこともないし・・・・・・いや、昔あったっけ? あいつら、なかなか本気を出さないからなぁ。今度来たら、一勝負吹っ掛けてみるか」
「そもそも天狗の皆さん、地底を避けてますからね」
天狗たちは今でこそ妖怪の山を支配する立場だが、昔は鬼の傘下であった。
今の地位を力で簒奪した訳でもなく、単に鬼たちが地下に潜った故に支配者とした成り上がったため、今でも鬼のことは苦手としているのだ。頭が上がらない、昔の上司的な感じで。
「それで・・・・・・おぉ、やり合ってるな」
魔理沙が視線を上げると、二人の人物が弾幕ごっこを繰り広げていた。
片や地霊殿のペットである地獄烏が妖怪化した、霊烏路空。
多角状の棒のような制御棒を取り付けた右腕から、八咫烏の神の火を放ちつつ、交戦している。
頭上には力の顕現たる黒い太陽を浮かべているが、その顔に余裕はない。
対峙するは一人の少年。しかしフードを深くかぶり、その顔はよく伺えない。
魔理沙と早苗にとっては、散々探し回りようやく会えた相手である。
「あいつがそうか・・・・・・目がいっぱいあるって、ああいうことだったんだな」
魔理沙は納得したように呟く。
少年は巨大な瞳を模したような人造物の上に立ち、周りにはその瞳を小さくしたようなものが無数に飛び回り、空に向けて怪光線を幾重にも放っている。
「あれは、もしかして・・・・・・」
「うん? 知っているのかい? 守谷の巫女」
「間違いない! ファンネルです! ――っく、羨ましい! あの見事なオールレンジ攻撃・・・・・・わたしも使ってみたい!」
「お前さんが本気で言っているのは分かるんだが、間違っている気がするのはなんでかねぇ?」
無数の小型の瞳は位置を変え、距離を変え、縦横無尽に空を攻撃する。
空も持ち前の反射神経と勘で対応しているが、彼女は火力こそ幻想郷でもトップクラスの力を誇るが、細かい立ち回りは苦手であった。
どうにも、やり難そうな顔をしている。
「あの魔法陣の形式は初めて見るな」
「え、何か言いました? 神奈子様の御柱を取得してファンネルに仕立て上げることを考えていたので、よく聞いていませんでした」
「あー、うん。なんでもないさ」
苦笑しつつも魔理沙が見上げるのは、少年の頭上。
光る瞳を模したような魔法陣が浮かんでいる。
魔理沙も魔法使いとして様々な魔導書(自分で集めたり、紅魔館から借りたもの)に目を通しているが、ああいった形式のものは初めて見る。
「でも門番が言ってた通り、魔力は感じないしなー。永く生きてる鬼のアンタは、何か知っているか?」
「いや、わたしも初めて見る代物だね。・・・・・・ただアレは人間の異能というよりも――」
勇儀は早苗と空の顔を、順に見渡す。
「どちらかといえば、神の力に近い――そんな印象を受けるね」
「え? ひょっとしてわたしと同じ、現人神だったりします?」
「そうは見えないし、精々真似事の範疇だろうね。神としてのルールに縛られない分、むしろ融通は利きそうではあるが・・・・・・おっと、我慢切れか。デカいのを撃つみたいだ」
勇儀がそう呟くと、空は制御棒の先端を少年に向け、その先に小さな火球が灯る。
――かと思えばそれは瞬く間に膨れ上がり、少年一人を容易く呑み込めるほどのサイズにまで成長する。
ある程度離れている観戦場所にまで、その熱気は伝わってくる。
「・・・・・・アレ、不味くないですか? 普通に死んじゃいますけど」
「お空の奴、ちまちました攻撃にキレたな。まっ、大丈夫だろうさ。そこまで速い攻撃でもないし、考えなしの大技なら躱すのは難しくないさ」
「いや、あれは――避ける気はないようだね」
「へっ・・・・・・?」
太陽と見まがわんばかりの火球が、制御棒から放たれる。
位置的、距離的に十分躱せるタイミングだが、勇儀の言った通り少年は迫るソレを見据え、微動だにしない。
あろうことか、幻想郷でも最大クラスの火力に真っ向から立ち向かうつもりなのだ。
「ちょっ!? 無謀な――」
早苗は思わず飛び出そうとするが、その肩を勇儀に掴まれそれは叶わなかった。
「ごっこ遊びとは言え、決闘に水の差すのは無粋ってものだよ」
「あの火力の前じゃあ、水程度じゃあっという間に蒸発しそうだけどな」
「そんな冗談言ってる場合ですかっ!?」
「まっ、ここはお手並み拝見といかせてもらうとしようぜ」
火球はもう少年の目前まで迫っており、ワープでもしない限りは間に合わない。
3人が見守る中、少年は何気ない動作で手に持っていた杖の先端を火球に突きたてる。
同時の頭上の瞳の魔法陣が輝き――地底の空に、大量の花びらが舞った。
「え――」
「あれは・・・・・・」
「ほう、この旧地獄で石桜以外の花見ができるとはね」
風に飛ばされ盃の酒の浮かんだ花びらを、勇儀は面白そうに見る。
一方空はというと、必勝を確信した不敵な笑みが、ポカンとしたモノに変わっていた。
だがそれが、致命的なスキになった。
花びらに紛れるように空の周囲に配置された瞳たちから一斉に怪光線が放たれ、避ける間もなく空を捕らえたのだ。
「うきゅ~!!」
そんな悲鳴と共に、地獄の烏は落ちていく。
少年も、それを追うように空の元へと向かっていった。
「いや~終わった終わった。最後はあっけない幕切れだったが、珍しいものも見れたし良しとするか」
「今の、なんだったんでしょう?」
「多分だが、錬金術みたいなものだ――と思う。お空の火を、直接花びらに錬成したんだ」
「核融合のエネルギーをですか? そんな滅茶苦茶な・・・・・・」
「確かに、瞬間的にアレだけのエネルギーを別のものに変換するとなると、普通じゃないな。ま、その辺は勝ってから聞き出せばいいさ!」
「――あ! 待ってくださいよ!」
先に少年と空の元に向かった魔理沙を、早苗は慌てて追いかける。
勇儀は、その場に残ったままそれを見送った。
このまま戦いが続くようなら観戦を続け、ここで終わりならそれはそれでよかったからだ。
少女二人が辿りついたころには、少年は空から何かを受け取っていた。
おそらく例の指輪だろう。少年はそれを確認すると、ふぅと息を吐いた。
半面空は悔しそうな顔をしながらも、未だ周囲に舞う花びらに気をとられている。
移り気な少女だった。
「お~い、お前!」
魔理沙は少年に向かってぶんぶんと手を振る。
少年は魔理沙と早苗の方に視線を向け、少し驚いたような気配が漂ってきた。
「あっ、白黒と神様のとこの・・・・・・」
「こんにちは、お空さん。ちょっとそちらの男性に用があったので、寄らせてもらいました」
少年はその言葉に首を捻る。
初対面の相手が自分に何の用があるのか、という疑問だろう。
「う~んと、そうだな。まずは一勝負と行くか! わたしが勝ったらいろいろ吐いてもらうぜ!」
「魔理沙さん、端折り過ぎです。簡潔かつ男前ですけど、それじゃあ強盗ですよ」
「わたしみたいなどこから見ても乙女な相手に男前とは、何事だ」
少年は目の前のやり取りに小さくため息を吐く。
早苗は呆れられてしまったかと思い、まずは自己紹介からやり直そうとしたが、少年の行動の方が早かった。
彼はポケットを漁ってペンを取り出すと、素早く空中にある人物の絵を描き記す。
「えっ?」
「おい、そいつは――」
突然の事態に驚いた二人の前で――突如、スキマが開いた。
◇
「あら、お帰りなさい」
董子も帰り、境内の掃き掃除をしていた霊夢の前に、今朝であった少年が再び姿を現していた。
彼は霊夢の言葉に応えるように、片手を上げる。
「指輪は見つかったの?」
霊夢が問いかけると、少年は手のひらの上に指輪を乗せて見せてきた。
「そう、良かったわね。もっと時間がかかるものと思っていたけど、なによりだわ。そう言えば、白黒みたいな魔法使いと、緑っぽい巫女がなにか迷惑をかけなかったかしら?」
少年は苦笑して、首を横に振る。
会うことは会ったようだが、何があったかはあの二人から聞けばいいかと霊夢は考える。
「このまま帰るの?」
少年は首を縦に振り、肯定の意を示す。
指輪が見つかった以上、早く従兄の元に指輪を届けたいというのが道理だろう。
「私が外に帰してもいいけど、どうする?」
おそらく自力で帰還は出来るだろうが、外来人を外に返すのは自分の仕事なので、霊夢はそのことを問いかける。
少年は少し迷った後、せっかくだからと首を縦に振った。
「わかったわ。じゃあ鳥居の前に立って――」
少年は頷き、鳥居の前に移動する。
霊夢はそれを確認して帰還の術を使おうとするが、ふと思いついたように声をかける。
「そう言えば、お互い名乗ってもいなかったわね・・・・・・。今更だけど、私は博麗霊夢。この博麗神社の素敵な巫女よ。あなたは?」
お互いここでお別れな以上、名を交換することに大きな意味はない。
霊夢にとって、これはふとした思い付きだった。
だからなのか、少年の名前を聞いたとき、素直に驚いてしまった。
「――っと、ごめんなさい。別にあなたの名前がおかしかった訳じゃないわ。そっか――外の人間なんだから、そういうこともあるわよね。うん? いえ、あなたの姓は、幻想郷じゃそれなりに意味を持っているものなのよ」
霊夢は息を整えなおし、改めて彼に向かいあう。
「それじゃあ、せっかくだから名前で呼ばせてもらいましょうか。さようなら、
霊夢は茶目っ気を出して軽やかに笑い、少年はフードの下で苦笑した。
そして、少年は外の世界に帰っていった。
◇
その日、今にも夕日が沈もうとするタイミング――夕方と夜の境界とでも呼ぶべきタイミングで、魔理沙は再び神社を訪れていた。
ちなみに早苗は、夕飯の用意があるということで守谷神社に帰っていった。
「霊夢! あいつは!?」
「木弥さんなら、もうとっくに帰ったわよ」
「そんな名前だったのか・・・・・・ちくしょー、この魔理沙さんが逃がしちまうとは。先に話を聞いておくべきだったぜ」
「その様子じゃ、フラレちゃったみたいね。プロポーズの仕方が悪かったんじゃない?」
「インパクトはあったと思うんだけどな・・・・・・こうなったらやけ酒だ! 霊夢、貰った酒を持ってこい!」
「清々しいまでの横柄さね・・・・・・まあいいけど。夕飯も食べていく?」
「ゴチになりますわ」
「準備は手伝ってね」
二人は仲良く料理を進め、手慣れたものであっという間にしたくは整う。
そして今日の出来事を肴に、食事と酒を進めていく。
「――それで、お空が落とされてな。次はわたしの番だと息巻いたんだが」
「地の底まで行くなんて、なかなか冒険家ね。あの娘が指輪を拾ったのは、よかったのか悪かったのか・・・・・・」
空が指輪を拾ったから地底まで出向く羽目になったが、拾っていなければおそらく、もっと時間がかかっていた。
「結果だけ見りゃ、良かったんじゃないのか? それでわたしは勝負を挑んだんだが、あいつどうしたと思う?」
「どうしたって、逃げたんじゃないの? あっちにとっては百害あって一利なしだし」
「百害とはひどい言い草だ。多いのはいい事だけど。 ・・・・・・逃げたのは確かだが、その逃げ方が問題だったんだ」
魔理沙はグイッと酒をあおり、赤ら顔で目を細める。
「あいつな、急に何もない空中に、絵を描いたんだ」
「変わった手品ね」
「手品で済んだらよかったんだけどな。よりにもよって描かれたのは紫の奴だったんだぞ?」
「・・・・・・・・・・・・」
霊夢は一旦橋を止め、無言で先を促した。
「デフォルメされていたが間違いなくスキマ妖怪の絵でさ、しかもそれが動き出したんだ。挙句の果てにはスキマまで開いて、あっという間に行っちまった。・・・・・・アレには驚かされたぜ」
「――そう。ひょっとしたらとは思ったけど、やっぱり知り合いだったってことかしら」
「何か知ってるのか!?」
「名前――八雲木弥っていうのよ」
「――っ!」
霊夢の口から漏れた名前に、魔理沙は息を飲んだ。
幻想郷において、スキマと呼ばれる現象を操る人物はただ一人――妖怪の賢者・八雲紫だ。
例外としてその式である藍が限定的にその力を扱えるが、それも紫の力あってのもの。
そしてその八雲紫と同じ姓を持ち、スキマまで扱って見せた、人間の存在。
「あいつも、紫の奴の式ってことか・・・・・・?」
「外の世界に人間を式として置いている――紫は外と幻想郷を行き来している存在だから、ありえない話ではないと思うけど、何かしっくりこないのよね」
「う~ん、霊夢がそう言うんならそうなんだろうが、だったら一体何なんだ?」
「さて、ね。考えてもわからないことだし、異変にでも繋がらない限り調べようとも思わないわ。今度紫にあった時にでも聞いてみればいいんじゃない?」
「あの胡散臭い妖怪が素直に答えるとは思わないけどな」
「違いないわね。でも――」
霊夢は、ぼそりと呟く。
「スキマを使う外来人――紫が何の動きも見せないのは、ちょっと気になるわね」
ひょっとしたら、あのスキマ妖怪が今も話を盗み聞きしているかもしれない――
霊夢はそう思って口に出してみたが、結局あの呼んでもいないときに現れる妖怪が姿を見せることはなかった。
日常の中に紛れ込んだ、ちょっとした非日常。
ある意味ではいつも通りといえる出来事は、時間が経つにつれ少女たちの記憶から色あせていくことになる。
それから時折、お中元やお歳暮と書かれた贈り物が届くようになるまでは、だが。
◇
「あやややや・・・・・・。やってきましたよ地底まで。この射命丸文のジャーナリズムを甘く見てはいけませんとも。――決心するまでいささか時間がかかってしまいましたが、さて。件の外来人は一体どこに・・・・・・」
「おー? 天狗じゃないか。速さ比べ――鬼ごっこでもしようぜ。おっと、わたしが鬼な時点でごっこってのは間違いか」
「げえっ!? 早速見つかったー!?」