日本にある、とある県のとある町のとあるホテルの会場。
豪華に飾られ料理が並べられた会場では、とある新婚夫婦の披露宴が行われていた。
国際結婚を果たした若い夫婦は、幸せそうに笑い合っている。
新婦側の父親である、大柄な金髪の男性が男泣きしているのはご愛嬌か。
少年――八雲木弥はその光景を前に祝福しつつも、ある事柄について考えが向いていた。
――果たしてこれは、偶然なのか?
「お隣、失礼しますわ」
唐突に、女性の声がかけられた。
そちらに顔を向けると、そこにあったのはかつての記憶で見知った顔。
服装は記憶にあるモノとは違う、紫を基調にしたドレスで被りものもしていなかったが。
「八雲紫――」
「あらあら、自己紹介の機会を奪われてしまいましたわね。私から何かを奪うなんて、さすがは旧地獄にまで行って傷一つ負わず帰還した豪傑ですこと」
あどけない少女のような、且つ妖美な大人のような笑みで、彼女は笑う。
二面性が見事に同居した――否、その境界が壊れてしまったような人物だ。
少年はそんな印象を抱いた。
「あまり、驚いていませんわね?」
「ひょっとしたら、来るかもしれないとは思っていましたから」
木弥は壇上――若い夫婦の片割れの女性に目をやる。
メアリ・ハーン。自らの従兄である八雲籐弥とこの度結婚した人物。
その顔立ちには、たった今隣に座ったばかりの女性と似通っているものがあった。
「あなたも、誰かから招待を受けたんですか?」
「別に敬語でなくとも構わないわ。・・・・・・というよりも正直、あなたから敬語を使われると、背中がむずかゆくなるのよ」
「ではお言葉に甘えて」
「結構なことですわ。――ここに招かれたのは、外向けの顔でちょっとした縁があってのこと。正式な招待客なのよ」
「確かに。名簿を見たら、普通に名前載ってるな」
木弥が招待客向けのパンフレットを開くと、八雲紫の名があった。
というか隣のテーブルだった。
今の今まで気づかなかったのはたまたまか、それとも認識を弄られていたのか・・・・・・
「・・・・・・よく見たら、あなたの式も来ているんだな」
「ええ、藍ったらモテモテでねー。殿方に囲まれちゃって、流石は傾国といった所かしら」
確かに会場の一角に、何人かの男性に囲まれ熱心に話しかけられているスーツ姿の女性の姿があった。
にこやかに対応しているが、ちょっと困っているようにも見える。
もっとも学生の身分に過ぎない自分が、あの中に割って入るのは空気を読んでいない気がするので、木弥は放っておくことにした。
「ちなみに橙は幻想郷でお留守番。幾つか課題を与えておいたけど・・・・・・ふふ。うまくやれているかしら?」
「あんまり、意地の悪い真似はしていないよな?」
「さて、どうかしら? ふふふ・・・・・・」
紫はそう言って笑ったが、その表情は子供の成長を見守る大人のようで――
「なんというか――」
「何かしら?」
「言われるほど、胡散臭くもないな」
「あら、誰がそんなひどい事言っていたのかしら?」
「巫女・・・・・・というより、幻想郷(あっち)じゃ割とそういうイメージを持たれているんじゃあ」
「風評被害が辛いですわー。私はいつだって真摯なのに」
「その“いつだって”は、人生の内のどれくらい?」
「おおざっぱに、一割から十割といったところですわね」
「そのあたりが胡散臭いって言われるのかもな」
少女は笑って――
少年は笑わなかった。
「そういえば、新郎の八雲籐弥さん。婿養子に入られるそうですわね」
「結婚条件の一つらしい。メアリさんはハーン家の一人娘で、嫁に行かれると家の方が――って話だった。幸い兄さんは次男だったから、親の許可も比較的簡単に降りたって言ってたよ」
「それはなによりですわ。立場の違いからの悲恋なんて、お話の中だけで充分ですものね」
「今回の場合、どう転んでもそんな話には転がらなかったと思うけど」
結局のところ例の指輪が見つからずとも、多少時期の違いはあれど二人は結婚しただろうと木弥は思っていた。
壇上の二人を見れば、それは一目瞭然だった。
「もっとも、現実から幻想の側に転がりかけはしたけど」
「――大概の神隠しは私が原因だけど、今回は本当に違いますのよ? むしろ原因は・・・・・・」
紫は目を細めて、壇上の新郎に目をやった。
「兄さん――あの神隠しの前後当たりかららしいけど、ちょっと目の調子がおかしいみたいなんだ。仕事に支障が出る訳でもないし、医者に診てもらっても異常らしきものはなく、少し疲れがたまっているだけだろうって」
「あらあら、それは不幸中の幸いと言うべきかしらね?」
「神隠しの一件と同じく、ね。昔から、悪運は強いから。――で、その目の異常なんだけど・・・・・・時々、空間の裂け目のようなものが見えるらしい」
「・・・・・・・・・・・・」
「加えて更に稀に、その先の光景も。ほとんどははっきりしない、曖昧なものらしいけど」
「――――――――そう」
紫は長い沈黙の後に、一言だけ、そう呟いた。
そして、目を伏せて何やら考え込んでいるように見える。
木弥には、彼女の考えていることはわからない。
納得しているのか、疑問を抱いているのか、計算しているのか、思考を放棄しているのか。
「あんまり額にしわを寄せると、美人が台無しだぜ」
「・・・・・・ありきたりな台詞をありがとう。でも女を口説くなら、もうちょっと捻りが欲しかったところね」
「辛口だな」
「いい女は簡単に妥協しないの」
「それでハードルが高くなりすぎて、行く末は――」
「余計なことを口にしないのが、いい男の条件よ。でも、そうね・・・・・・」
紫は小さく息を吐いて、頬を緩める。
「確かに、祝いの席で見せるべき顔ではなかったわ」
「そういうこと。別に帰ってからでも、時間はあるんだろう?」
「あら、私これでも結構忙しいのよ? 冬眠したり、お茶飲んだり、有事に備えたり」
「ははは、賢者ジョーク?」
「・・・・・・・・・・・・」
「えっ」
「・・・・・・・・・・・・」
紫は顔を逸らした。
木弥は顔を引き攣らせた。
このリアクションも含めてジョークなのだろうと、少年は考えることにした。
「それで、結局のところ・・・・・・」
木弥はこの微妙な空気を打開するため、無理やり話題の変更を謀る。
「ここから、あなたは始まったのか?」
「今の流れの中で、それを聞いてくるのね」
紫はやれやれといった風に苦笑し、首を横に振った。
「正直なところ、私にもわかりませんわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「偶然なのか、必然なのか。因果があるのか、本当は何も繋がっていないのか。無関係と謳うには類似性が多すぎる。でも共通点を見出して、無理やりに括り付けた妄想なのかもしれない」
「曖昧なことは、得意分野なんじゃ?」
“境界を操る程度の能力”。
八雲紫が有する、おおよそ万象に通じると思われる力。だが――
「別に何でもできる訳ではないし、何もかも分かるわけではないわ。太極はもちろん、両儀にも手は届いていないし・・・・・・四象には、何とか足を踏み入れていると思うけど――」
「その域に達している時点で、とんでもないと思うけど」
「異常識で常識を塗りつぶす、あなたの源術《ソーサリー》だって似たようなものだと思いますわよ?」
「やっぱり物知りだ」
「これについては教えて貰いましたからね」
誰が教えたかについては、紫は語らなかった。
もっともここまで来てしまえば、木弥にも予想はついていたのだが。
「お互い、このタイミングで知らないはずのことを知っている前提で話をするっていうのも、おかしな話だな」
「今更ね」
「今更だけどさ。どこかで妙にすれ違っていないかとか、不安になる」
「あら、だったら二人っきりで、たっぷり仲を深めてみるかしら?」
紫は一層妖艶に微笑んだ。
このテーブルが術によって他からシャットアウトされていなければ、会場の中の男性の結構な数がコロリといったかもしれない。
どっちが傾国なんだか――そんなことを考えつつ、木弥は別のことを口にする。
「まあ、いずれ機会があれば」
「意気地なし」
「未成年略取」
「幻想郷にまで来てくれれば、何の問題もありませんわよ? いつだって歓迎していますわ」
「あそこは、人間の有力者を嫌うんじゃなかったっけ?」
「自分のことを人間だと思っていたの?」
「肉体的には、そのはずなんだけどなー」
人間を止めたとも超えたとも思ってはいないが、実際のところどうなのだろうかと、木弥は首を捻る。
精神や魂の方とかは、特に。
「どちらにせよ、あんまり人様の夢に土足で踏み入る気はないさ」
「荒らし回らない限りは、気にしないのだけれど」
「それに、ネットとかインフラが整っていなのはちょっと」
「その程度、あなたならどうとでもなるでしょうに。現代っ子なのね」
「そういうあなたは、夢見がちだ」
「・・・・・・そうかしら?」
「そうだとも。そうでもなかったら、あんな場所(幻想郷)作ろうとは思わないだろうさ。あなたは生粋のロマンチストだよ」
「・・・・・・賢者なんて呼ばれていても、案外自分のことはわかっていないものね。そう言われてしまえば、意外としっくりくるわ」
「まあそれをこじらせて行き遅れているのは、自業自得だけど」
「そのネタは止めてちょうだい」
「はい」
声のトーンがマジだったので、木弥は素直に返事をした。
異性相手の冗談は難しい――少年は、また一つ学んだ。
「そろそろ披露宴もお開きね。挨拶もあるでしょうし、私は自分の席に戻りますわ」
「もうそんな時間なのか・・・・・・」
「そこで『美人と話していると時間が経つのが早い』くらい言えれば、男が上がるというものよ?」
「気障な台詞は、使う人間を選ぶんだよ。幻想郷の娘たちは、酒は簡単な時間旅行くらい言いそうだが」
「見てきたように言うのねぇ・・・・・・。霊夢なんかも、もうちょっと女の子らしくしてもいいと思うんだけど」
「身の回りに意識するような異性でも居れば、また違うんじゃないか?」
「そうなのよねぇ・・・・・・でも里の男衆は、博麗の巫女は一線を画した存在という視点があるから。――やっぱり幻想郷にこない?」
「観光位なら」
「つれないわねぇ」
紫は立ち上がり、身を翻す。
「二次会はどうするの?」
「こちとら未成年だ。分かるだろう?」
「あなたの場合、成人していても飲まないでしょうに」
「そんなことまで知っているのか・・・・・・」
「結局、お酒だけは一度も交わす機会がなかったら」
「そっか」
木弥は少し迷って、最後に声をかけた。
「結局、あなたはここに何をしに来たんだ?」
紫は、振り返らずに答えた。
「勿論、新たなる門出の祝福に」
――ごきげんよう。
そう言い残して、紫は去っていった。
去っていった先が隣のテーブルで未だ視界に入る位置なので、いまいち締まらなかったが。
席を外していた親戚たちも、徐々に戻ってくる。
紫の言っていたとおり、そろそろお開きになるのだろう。
そんな中で木弥は、後年に向けたちょっとした思い付きを頭に浮かべていた。
◇
『以上が、事の顛末である。当初の目的は間違いなく果たされたが、個人的にはいろいろと疑問が残る出来事でもあった。そちらについては、またの機会に記すとしよう――』
「しっかし、まさかメリーのご先祖様が幻想郷に関わっていたなんてねぇ」
ちょっと変わった瞳を持つ女子大生――宇佐見蓮子は、読み終えた日記帳をテーブルの上に置き、吐き出すように呟いた。
「直接のご先祖様じゃなくて、ご先祖様の親戚よ」
テーブルの向かいに座っているちょっと変わった瞳を持つ女子大生――マエリベリー・ハーン――通称メリーはストローから口を話し、相方の少女の言葉を訂正した。
とあるカフェテラスにて秘封倶楽部というオカルトサークルの少女二人は、メリーが実家から見つけたある人物の日記帳について語り合っていた。
「どっちでもあんまり変わらないでしょ。・・・・・・そんなに長い文ではなかったけど、興味深い内容が盛り沢山だったわ! メリーって、日本人の血が入っていたのね」
「まず食いつくのがそこなのね」
オカルト好きらしからぬ箇所が相方の琴線に触れたことに、メリーは苦笑した。
「日本人の血が入ったのはその時だけみたいだから、わたしの見た目からじゃ全然わからないのよねぇ」
「でもこの日記を見る限りは、メリーの境界視の力はこの八雲籐弥さんから受け継がれているみたいじゃない」
「みたいね。物心ついたときから付き合いのある視界だけど、妙なところでルーツが見つかったものだわ」
「世の中そんな事ばっかりよ。わたしだって食べた覚えがないのになくなっていたプリンが、冷蔵庫の裏から出てきたことがあるし」
「さすがにそれと一緒にしないでほしいわ・・・・・・」
むしろどうやったらそんなところにプリンが潜り込むのかと、頭を悩ませたメリーであった。
肝心の蓮子はというと、『アレにはまいったわー。腐ってるし』と笑っていたが。
「それにこの“ソーサリー”よ! これについては何か残っていないの? 日記から読み取れる感じでは体系化された技術みたいだけど、実はメリーの家の秘伝とか?」
「別にわたしの家は魔術師の家系じゃないし、魔法学校から入学の誘いが届いたこともないわ」
「う~ん、でもこの日記の主――八雲木弥さんは使っていたのよね?」
「全部適当に書かれたホラだとは思わないの?」
「もっちろん! ホラなら幻想郷なんて名前が出てくるはずがないし、なによりロマンがない!」
「蓮子、もうちょっと声を抑えて。他にお客さんもいるんだから」
「ア、ごめん」
乗り上げた上半身を元に戻して、蓮子は改めて日記をめくる。
「何かほかに載っていないかしら・・・・・・」
「さっきのところで終わりよ。わたしだって散々見たんだから――」
「あぶり出しになっているとか・・・・・・あ、あった」
「え、嘘!?」
今度はメリーががばっと身を持ち上げた。
周りから視線が集まったので、顔を少し赤くして蓮子の隣に移動した。
「で、どこなのよ」
「ほら、ここ。ちょこっとだけど何か――って、え? さっきより文字が増えて・・・・・・」
蓮子が指し示した箇所――その指先では、現在進行形で文字が書かれ続けていた。
誰かがペンで書いているとかではなく、文字自体が自動的に現れている。
そして、その最初の一文が完成した。
『秘封倶楽部へ――』
「蓮子、これって――」
「うわ・・・・・・今、すごくゾクっとしちゃった」
食い入るように日記の空白に魅入る二人の前で、更に文字は増えていく。
『未来においてこの日記を見ているであろう、秘封を継いだ子達へ
さて、格好つけて書き出したはいいものの、本当に意図した人物がこの文を見ているかはわからない。もし君たちが宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンでないのなら、先人の間違いを笑って日記を閉じてくれると嬉しい。
わたしの知る君たちなら、きっと秘められし神秘を求めていることだろう。だけどそれは、一方的に与えられるものではないと思う。なのでこれはちょっとした催しものだ。もしくは私のソーサリー自慢か。現代社会では、披露する相手もそうそういないからね。
ちょっとした景品も用意しているから、ゲーム感覚で楽しんでくれると嬉しい。参加する場合は以下の手順に従って――』
蓮子は日記に現れた分に目を落としながら、不敵に笑った。
「ふふ・・・・・・私たち秘封倶楽部に挑戦なんて、おもしろいじゃないの」
「どちらかというと、こちらが挑戦者な気がするけどね」
「揚げ足とらない! ここで乗らなきゃ女が廃るわ! メリー、早速準備よ!」
「はいはい。ちょっと遠出する必要がありそうだし、スケジュールを調整しないとね。・・・・・・一体、何が待っているのかしらね?」
「そこはメリーのご先祖様のセンスに期待しましょう! さあ――秘封倶楽部、活動開始よ!」
神秘と深秘を求める少女たちは、目を合わせて笑い合う。
新たに拓かれた道の先を確かめるため。
その果てに何が待っているのかは、今はまだ、誰も知るところではなかった。
比翼連理か、永久の別離か、人と妖か――
可能性は無数に分かたれており、今はまだ確定していない。
以上をもって本編は終了となります。
今まで個人的にちょくちょく小説は書いてきましたが、完結したのはこの短編が初めてだったり。
曖昧に始まって曖昧に終わった物語。でもわたしとしては、読んでいて想像が広がる物語が好きだったりします。・・・・・・熱い展開なんかも、もちろん好きですけどね!
主人公の木弥は神様転生らしくチート持ちですが、想像を広げられるようあえてぼかして書いてみました。ぶっちゃけチート能力の内容自体は、あまり作品には関係なかったので。ラストで明かされましたが、詳しくは最後に投稿する”人物設定”にて。
それでは拙作にここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。