東方指輪物語   作:サボテン男爵

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「・・・・・・ヤバい。女子高生相手とか、何を話せばいいんだ?」


後日談1・超能力少女の邂逅

 現代を生きるソーサリアン――八雲木弥は、ある日ふと思い立ってネットを立ち上げ、幻想郷というワードを検索してみた。

 木弥の知る幻想郷とは全くかかわりのない個人サイトの名前がたまたま被っているものもあったが、目当てのものらしきSNSアカウントを見つけて中身を確認し、確信に至る。

 

 アップされた自然豊かな写真や幻想郷のことを称賛する文章――宇佐見菫子のもので間違いないだろう。

 

                      ◇

 

 現代を生きる超能力女子学生――宇佐見菫子は、スマホに表示された味気ない時間表示に目を落としながら、若干そわそわしつつ人を待っていた。

 

 事の発端は数週間前――菫子が幻想郷のすばらしさを説くSNSアカウント(周囲の反応はあまりよくない)に、一通のメッセージが入った事だった。

 

『放置しているってことは問題ないってことだろうけど、賢者殿の不興を買わない程度にね』

 

 それを見た瞬間、菫子に電流が走った。いや、もちろん比喩表現だが。

 

 賢者――幻想郷の有力者の一部を指す言葉。このメッセージの主は、明らかに幻想郷のことを知る相手だった。

 菫子はすぐさまその相手にメッセージを送り、なかなか来ない返信にイライラしつつもコンタクトをとることに成功。

 その後幾度かの交流を交わし、直接会って話そうということに相成ったのであった。

 

「早まったかなぁ・・・・・・」

 

 待ち合わせの場所として使っているのは、菫子が住む町にあるお気に入りの喫茶店。

 時間が止まったような雰囲気を発しているこの店のマスターは既に老齢と呼べる年代であり、小さく呟かれた菫子の言葉は届かない。

 

 勢いで交わしてしまった約束だが、相手は男である。しかも年上の。

 

 菫子は、身もふたもない言い方をしてしまえば所謂“ぼっち”である。

 別にいじめられているとかではなく、菫子自身の『友達を作るのは群れたがっているような奴ら』という主張が原因な訳だが、それはさておき――。

 

 今問題となるのは、董子自身の対人コミュニケーション能力が決して高くないということだった。ぶっちゃけ、年上の男性相手に何を話していいかとかよくわからない。

 

「店主さんは、また違うしね・・・・・・」

 

 身内以外で関わりがある年上の男性としては森近霖之助があげられるが、彼の見た目はともかく実年齢はおじいちゃん以上だ。多少年上なだけの、同年代と呼んでも差し支えない相手とはまた勝手が違うだろう。

 

 そもそも同年代相手にほとんどコミュニケーションをとってこなかった菫子である。

 幻想郷の少女たちならば、勢い任せに突っ込んでいっても妙に高い順応性で何事もなかったかのように対応してくれるが、例えば同じことを同年代の女子学生たちにすれば普通に引かれるだろうということは簡単に予想できる。

 

 ――と言うよりも、そもそもわざと奇抜な行動で相手から引かせて孤高な状態を作りあげたという過去が、董子にはあるのだが。

 

 かといって今回は董子から誘った手前、今更お断りという訳にもいかず・・・・・・

 

 ――チリンチリンと、軽やかな音が鳴った。

 

 董子がハッとして顔を上げると、今しがた開けられた扉から入ってきた一人の男性の姿は瞳に映り込む。

 

 中肉中背の、ごく平均的な日本人といえる体格の少年。

 顔立ちは中の上といった所だろうか? あんまり自分の容姿に自信がない菫子としては、僅かに親近感を抱いた。

 彼は誰かを探すように店内を見渡し、董子と目が合った。

 

 彼は店主に「待ち合わせです」と一声かけると菫子の方に静かに近づいてきて、テーブルの前で止まって声をかけてくる。

 

「宇佐見菫子さん、でよかったかな?」

「あ、ハイ」

「そうか、じゃあ改めて自己紹介を――」

 

 少年は、軽く笑って己の名を告げる。

 

「八雲木弥――大学生で、ソーサリアンをやっている」

 

                    ◇

 

「あの、今日はすみませんでした」

「うん? なにが?」

「こっちから誘ったのに、わざわざ私の住んでいる町まで来てもらったことです。――遠かったでしょう?」

「ああ、まあ近い距離ではなかったけど、ちょっとした小旅行気分ってことでいいんじゃないかな。もともと出不精なものでね。こうやって用事でもなければ、ろくに遠出もしない」

「はあ・・・・・・」

 

 自嘲気味に笑う木弥に、菫子はどう返すべきか迷い結局曖昧な返事になる。

 

「まあ最近は悩み事がちょっと減った事もあって、羽を伸ばしたいと思っていたところだしね。のんびり観光でもさせてもらうよ」

「う~ん、そう大したものもない町ですが」

「なに、美味しい店の一軒でもあればそれで十分。それよりも・・・・・・」

 

 木弥は若干言いよどみ、菫子の顔をじいっと見やる。

 

「え、ええっと・・・・・・私の顔に何か?」

「いや、何というか――ひょっとして、緊張してる?」

「――えっと・・・・・・あっと・・・・・・ハイ。分かります?」

 

 反射的に誤魔化そうとも思ったがそれも何か子供っぽいと思い、結局首を縦に振ることにする。

 

「うん、まあそうだよね。ろくに知らない男と二人きりなんだから、それもおかしくないか。とは言え――」

 

 彼は若干苦笑した。

 

「年相応な部分もあって少し安心したかな。幻想郷相手に喧嘩を売ったって聞いてたから、どんなとんでもない娘かとも思っていたもんだけど」

「あ、アハハ・・・・・・それは若気の至りというヤツでして」

 

 菫子は、羞恥で己の顔が赤くなっているのを感じた。

 あの時は自爆まがいのことまで決行して、未だ女学生の身に過ぎなくとも“若かった”としか言いようがないからだ。

 

「まあだったら、オレ達の側の話題に移るとしようか。そっちの方が、気分も軽くなるだろう」

 

 木弥はそういうと右の手のひらをテーブルの上で上向きにし、そこに瞳のような魔法陣が現れた。

 

「わっ」

 

 驚く菫子の前で、木弥が小さく何事かを呟くと瞳は一瞬光り、静かな帳が辺りに満ちた。

 

「これは・・・・・・」

「所謂、“意識を逸らす結界”ってやつだよ。マスターは耳が遠いご様子だけど、万一はあるしね」

 

 漫画なんかでよくあるだろう? という彼の言葉を聞きながらも、菫子は自身の好奇心がうずくのをはっきりと知覚した。

 慣れ親しんだ異能、追い求める神秘を前に、先ほどまで重かった心と共に、口も軽やかになっていく。

 

「それがあなたの力ですか? さっき言っていたソーサリアンっていう」

「幻想郷風に言うなら、“ソーサリーを操る程度の力”。・・・・・・もしくはちょっと洒落た言い方をして、“奇跡を起こす程度の力”なんてのもいいかな?」

「それって、早苗さんと同じ・・・・・・」

「名前が一緒なだけで、その実態は違うと思うけどね」

 

 木弥が空いた左手を使ってカップを掴むと、中身のコーヒーは一瞬にして、その色合いを黒から白へと変貌させた。

 続いてショートケーキをフォークで突くと、瞬く間にガトーショコラと化す。

 

「わっ、わぁ・・・・・・」

「物理、熱学、力学・・・・・・この世界には様々な力が満ちている。だけどソーサリーは、心の力で現状世界を支配する法則を超えた奇跡を起こす」

「まるで、おとぎ話の魔法使いみたい――」

「何ならカボチャを馬車に、ネズミを馬に変えてみようか?」

「だったら私は、パーティドレスを身に纏うことになるんですか?」

「お望みなら――お姫様」

「ふふっ・・・・・・でも遠慮しておくべきですね。その流れだったら、姉妹がハトに目玉をくり貫かれてしまいそうだから」

 

 菫子は、硬くなっていた自分の頬が緩んでいるのを感じる。

 だらしなく見られていないか? という考えが一瞬頭をよぎったが、瞬時にそんなものはどうでもいいとその考えを捨てる。

 今は、目の前に現れた新たな神秘についての話を色々と聞きたい。

 

 ――ああ、やっぱり私は、こういうのが大好きだ・・・・・・

 

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

 木弥が腕時計に目を落として呟くと、菫子もスマホで時間を確認する。

 

「ああ、結構話しましたね。ウチは門限とかは、まだ全然大丈夫なんですけど」

「緩やかなんだな。――とは言え、女の子をあんまり遅い時間まで連れ歩くわけにもいかないしね」

「どっちかっていうと、私が連れ歩いているんですけどね」

「事実がどうあれ、世間様はそうは見ない。フィルター越しで、自分が信じたいものだけを信じる」

「・・・・・・木弥さんほど力があっても、そーいうの気にするんですね」

 

 オカルトの力を――結局幻想は現実に負けるのかと、何故かそういうことを考えてしまって、菫子は少し不機嫌になった。

 

「今まで聞いてきたソーサリーの万能性なら、どこでだって生きていけそうですけど」

「――まあ、それは否定しない。何でもできる――とまではいかなくても、大概のことは賄えるからね。それでも、文明社会で世話になっている以上ある程度の迎合はするし、余計な面倒ごとは避けるよ」

 

 ブラックな会社勤めは勘弁だけどね、と木弥は笑った。

 

「木弥さんは、例えば幻想郷で暮らそうとかは思わないんですか? 力を隠さなくてもいい分、生きやすいとは思うんですけど」

「そうなったらそうなったで、別の縛りやしがらみが生まれてくるだけだよ。――それにオレは外の世界――この現代社会だって、そう捨てたものじゃないと思ってる」

 

 木弥は窓の外の、夕暮れがかってきている町の光景に目をやった。

 

「住んでいれば悪いところばかり見えるものだし、実際問題も多いんだろうけど――何だかんだで、地力がある」

「地力、ですか?」

「なんていうのかな・・・・・・多様性を受けとめる為の、土台っていうか」

 

 その意見は、菫子としては納得がいかないものだった。

 

「妖怪や神――神秘を排した社会なのに?」

「それを言われると痛いけどね。――人の世は最適化の中であやふやなものを一旦排斥して、力をつけてきた。だからこそ、再びそれらを受け入れる土壌ができつつあると、オレは思っているよ。――まあそれも、すぐにそんな世が来るって話でもないと思うけど」

「自分たちの都合で捨てたものを、自分たちの都合で拾う――ちょっと、勝手な気もしますけど」

「人間の社会なんて、そんなものだろう。幻想の存在に限らず、人の繁栄によって絶滅危惧種にまで追い込まれた動物たちを“保護”しているのも、根本的には同じ話だ。ひと昔前まではひたすら消費するだけでも、今では再利用を考えるようになった。それだけ、余力が出来つつあるってことじゃないのか?」

「それは――」

 

 菫子は言いよどんだ。

 目の前の男性の意見が全面的に正しいとは思わない。

 現に社会は異物を排斥するし、菫子の目にはひどく窮屈そうに映る。

 それでも、一理はあると――そう思ってしまった。

 

「それに、神秘の側だって完全に排除された訳じゃない」

「えっ・・・・・・そうなんですか?」

「ああ――オレはちょっとばかり護身術をかじっているんだけどさ、ウチの先生、笑えることに“気”が使えるんだ」

「ええっ!? ほんとですか!?」

「弟子入りしたの、それが理由だからね。それに“気”の存在は、ある程度の位階にある武術家の中ではそれなりに浸透しているって話だ。それに表に出ていないだけで、所謂“異能”も社会の裏側では確かに存在しているそうだ」

「はぁ~、何というか、漫画みたいですね・・・・・・」

「だろう? やっぱり、そう思うよなー」

 

 わかるというように首を縦に振る木弥に、菫子は愕然としていた。カルチャーショックだった。

 結局、色眼鏡で見ていたのは自分も同じ。世界は思っている以上に広かったらしい。

 

「さっきは多様性を受けとめるだけの地力があるって言ったけど、それも現実にはまだまだ成長途上。でも将来的には、神秘という概念を受けとめるだけの土壌が生まれる――そんな未来もあるじゃないかな」

「来るんでしょうか、そんな時が・・・・・・」

「可能性としては、皆無って程でもないと思う。10年後かもしれないし、100年経っても叶っていないかもしれないけど。こう言っちゃなんだけど、一人で生きていくなんていつでもできることだからさ。今はそういう、社会の変化を見ていきたいんだ」

「もし、そういう時代が来るんだったら――」

 

 幻想郷も結界を取り払って外と共に生きるのか――それは何というかすごく不思議というか、複雑な感覚だった。

 

「っと、さすがに話し込んじゃったか。そろそろ出よう、家までは送るよ」

「へっ? ああ、いえ! そこまでしてもらう訳には!」

「気にしなくていい――って言っても難しいか。何なら、男の甲斐性磨きと思ってくれればいい」

 

 ――結局菫子は、木弥に家まで見送られることとなった。

 

                   ◇

 

 ――後日菫子は、珍しくクラスメイトの女子から話しかけられていた。

 

「宇佐見さん、あの・・・・・・」

「うん? 何かしら?」

「昨日宇佐見さんが、男の人と一緒に歩いてるのを見たんだけど・・・・・・」

「へっ・・・・・・あ、見てたの!? えっ!?」

「わあっ、やっぱり宇佐見さんだったんだ! ああいうのに興味なさそうだったから見間違いかとも思ったんだけど。ねぇねぇ、ひょっとして恋人さん?」

「え、いや違・・・・・・同好の士――と言うか」

「え、何々? 宇佐見さんの恋愛話!? わたしも聞きたい!」

 

 菫子は否応なしに、年相応の少女らしい話に巻き込まれ、しどろもどろながら答えていくことになった。

 ――この日菫子は、一度は距離を取っていたクラスメイト達と、ちょっとだけ仲良くなった。

 




後日談その1、宇佐見菫子との邂逅編でした。
ちなみに木弥が菫子のSNSを探したのは、「そういえばそういうこともやってたな~」と何となく思い出したからです。
その時点では、決して直接会うつもりはなかった。

菫子の発言した姉妹云々についてはある童話を意識したものであって、実際に姉妹がいる訳ではありません。もっとも、原作でもその辺りは明言されていませんが。

今後も何か思いついたら、後日談や番外編を投稿するかもしれないので、よろしくお願いします。
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