マイカルに限らず、ムーでは漁業用に使われるのは手漕ぎの船か、大きくても遠洋に出るための中型船であり、現代のような大型船は使用されていなかった。商業用の貨物船や客船も、せいぜい1万トン程度が主であった。
さて、マイカルには、いくつかの造船所がある。そのなかで最も大きな規模であるのはマイカル重工傘下のマイカル造船所である。マイカル造船はムー海軍からの小型艦から主力艦までの発注がおこなわれる。そのつぎに大きなものは、バース製作所造船部である。こちらは総合重電メーカーである。どちらかと言えば中小の漁船や、中型の貨客船など、民間からの発注が主である。
今回は、ムーと日本の交流が始まって約半年後の物語である。
マイカルに日本企業が進出し現地の企業と様々なプロジェクトが立ち上がるなか、造船分野に関しての交流はいまいち進んでいなかった。単純に、施設の見学をしても、技術レベルが離れすぎている上に、機関自体の方式が日本側と全く違う(レシプロ式)のだ。
造船はその国の技術レベルが分かるというのはあながち間違いではない。
そして、日本の造船所側としても技術交流などには苦い思いがあるため、また数年先までぎっしりと埋まっているスケジュールをこなすためにも、そういった技術交流などをやっている暇はなかった。
バース製作所本社取締役会会議室
現在、バース製作所取締役会会議では、造船部についての会議が行われていた。
「そうか、また良い返事は貰えなかったのか」
取締役の一人が大きなため息をつく。彼らにとっては、日本というイレギュラーは、巨大な商売敵であると同時に、マイカル重工に追いつくためのかつてない絶好の機会。なんとしてでも技術支援を取り付けたいと考えていた。
「はい、やはり暇が全くないようです。今日本の造船所はフル稼働で貨物船や客船を造っているみたいです。あと軍艦...日本では護衛艦でしたか。その建造が急ピッチで進んでいます」
「今までに交渉したのはどこだ?」
そう発言したのは、バース製作所の社長兼最高経営責任者(CEO)であるローンズ・バースであった。創業家の一族であり、敏腕な経営者として知られている。
「現在交渉を行ったのは八菱重工業、河崎重工業、墨友重機械工業、今梁造船、大嶋造船所、尾之道造船、新大村造船所などですが、少なくとも今は難しいと断られています」
「フム...他の地方の造船所はどうだった?おそらく今言ったのは日本国内でも大手の造船所だろう?」
「それらはそもそも初期調査すら行っていませんね。そもそもすぐに連絡を取れないので、調査も難しいと思われます」
現在、日本とムーの間を結ぶ長距離通信はムーの民間用には解放されておらず、日本企業はスカパー!JSATが打ち上げた衛星通信用のExBirdを使用しての日本との長距離通信が可能となっている。
そのため調査をする場合には、まず日本の通信代理企業に通信依頼を行い、その後に相手企業と交渉を行うという面倒な手間がかかるようになっている。もちろんムーの企業が一斉に通信依頼を出しているため、待ち時間は数年先まで一杯であった。
ちなみに代理企業はネットカフェの業務用版のようなものである。基本的にNTT傘下となっており、競争は抑えられている(料金の異常値下げを防ぐため)。
「では、中小の造船所でもかまわない。ある程度大きな船舶を建造しているところに片っ端から連絡を取ってくれ」
「わかりました。早急に連絡を取ります。ですが次に通信出来るのは半月後となります」
「よし、それまでに他の日本人から情報を得られないか探ってくれ。それでは二十分休憩のあとマイカル重工の動きについての会議にはいるぞ」
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バース製作所組織図
バース製作所
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機械部 造船部 化学部 インフラ部 金属部
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客船部門 貨物船部門 その他(漁船等)
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「では、十分頭の切り替えもできたと思いますので取締役会会議を再開いたします」
マイカル重工は、バース製作所造船部だけでなく、その他の部門にとっても大きな壁であった。もともとマイカル重工が官製の造船所の払い下げにより設立された企業であり、政府からの発注はマイカル重工が受けていた。
「では私、経営戦略部調査部長ベル・ラッセンが報告いたします。お手元の資料②の造船部調査と書いてある資料の5ページ目をご覧ください。今期の造船部の業績となります。公式に発表されている資料では、売上高は我々の3倍。経常利益は我々の1.5倍です」
ここまで一気に述べると、取締役からポツポツと感想が出てくる。
「やはり政府からの発注が大きいのでしょうな」
「確かに軍艦は単価が大きい。確か今年は駆逐艦の建造を始めたのではなかったか?」
「貨物船も5月に竣工していたはずだ。そのドックを駆逐艦建造に回しているのか」
取締役たちがしばらくして静かになると、続きを述べる。
「では、続けます。日本の造船所との交渉は現在は確認できません。ただ、新型の駆逐艦を建造しているとの情報があります。軍に確認したところ、間違いないようです」
「新型の駆逐艦?どういったものだ?」
「魔導技術を応用し、各所を強化・改良したものということですが、詳細はわかりません」
「魔導技術についてはあちらが有利だからな。おそらく新型の試験運用艦だろうな」
マイカル重工自体、国立の研究所との連携が盛んであり、テスト艦等も建造する。その技術を民間船舶に利用することもあるようだ。
「マイカル重工の今年の建造数は約20隻。我々は7隻となっています」
「それは特に変わらないな。去年から1隻増えたがどこからの発注だ?」
「えー、『マイカル総合海運会社』からの受注です。1万トンクラスのものですね」
「あぁ、新興海運会社だな。数か月前にマイカル商工連盟が出資して設立されたところだな」
「一体どこの航路に...」
「ミリシアル帝国では?」
ローンズCEOは既存航路の増便に使用するのではと考えている役員たちを見た。
「日本航路だろう」
「「「!!!」」」
日本航路。現在日本との商用航路はもっぱら日本の1万トンクラスのコンテナ船が利用している。日本周辺の水深などがよくわかっていないためだ。しかも、日本側は第三文明圏で手一杯であり、ムーには月に10隻程度しか来ない。そのほとんどが、マイカルに来る。
「日本航路ですか...!」
「予測が当たっていれば大きな商機!」
「マイカル総合海運会社が日本航路を独占的に確保すれば、我らも規模が大きくなるな!」
取締役たちが喜ぶなか、ローンズCEOは小さな不安を抱いていた。
なぜ、マイカル総合海運会社は国と密接な関わりのあるマイカル重工ではなく、我々に船を発注したのかと。
マイカルの造船業界に、大きな波乱がもたらされようとしていた。
これは長くなりそうです。造船業界の話は1話当たり3000字を目指して書いていこうと思います!